叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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気合い入ってます。大国主様なので!




三十九話 生と死の狭間を統べし者

 

 

 

 

 我、大国主命は高天原による中つ国に対する領土請求戦争での敗戦の責を負ったことで、かつて冥界へと蟄居する事となった。

 

 

 現世は大社の背後にある八雲山より続く穴の中、それこそが我に用意された幽世への入口である。

 そこは大御神との話し合いの末に彼女から用意された言わば転移門であり、我以外の者には見ることすら叶わないため、もし力づくで穴を塞ぐ磐座を退けたとしても人ひとりが入れるほどの隙間しかないのだ。

 

 

 

 大御神に対し、幽世への追放を願ったのは他ならぬ我自身である。我は兄達との抗争の中で二度命を落とし、母の力によって死なずの身体を手に入れていたというのもあるし、亡霊とも黄泉の民とも違う死をも超越した我ならば、幽世の管理者たる素質があると考えたのだ。

 それに、常世の国とも呼ばれる彼の地へと向かえば、古き友に会えるかもしれぬと我は考えていた。

 

 

 

 そして、覚悟を決めて転移門へとはいると、まずそこに広がるは無限の階段と妖しく咲き誇る桜の並木である。そんな場所で律儀に階段を登り続けていると、やがて霊魂を従えた奇妙なもの達が我を迎えんとその両端に控えていた。

 彼らは常世神と呼ばれる国津神ですらない神を騙るものを信じる半人半霊の民であり、霊魂の留まる場所であるここ冥界へと渡って来てもその身を保っていて、常に半身とも呼べる霊魂をその身の近くに纏っていた不可思議な存在であった。

 

 

 

 幽世の新たな管理者として渡ってきた我を出迎えた彼等は、我の身の世話をしようとやけに要らぬ気遣いをかけてくる。御食事をご用意いたしましょうか? だとか、肩をお揉みしましょうか? などと、恐らく親切心から聞いてくるのだ。

 それらの薄気味悪い勧めに対し、我が腹は空いておらぬし肩もこってないと伝えると、彼等はただかしこまりましたとだけ答えた。

 

 

 

 

 

 

 永遠に続くと思われた階段をなおも一息もつかずに登っていると、そこには我が降伏の際に高天原へと望んだ姿そのものである杵築の大社があった。これは如何したのか? と後ろに付き従う者へと聞くと、

 

 

 

「幽世の管理者の住処というものはその管理者が望む姿となるのです。そして我らはその住まいを整え、管理者様が責務へと集中出来る環境を作る役目を仰せつかっております」

 

 

 

「そうか。わかった。よろしく頼むとするよ」

 

 

 

 こうして、我の幽世での蟄居生活が始まった。

 のだが……。

 

 

 

「幽世大神、あちらで使用人同士の小競り合いが起きています」

 

 

 

「幽世大神、使用人が悪霊に憑かれました」

 

 

 

 主である我一人に対して使用人が多すぎる。しかも一部を除いてろくに仕事もせず、ただ禄を食むだけである。

 

 

 大御神にここへの配流を願った時、

 

 

 

「おおっ、まさか進んで彼処に行くのを願うとはな。妾にとって願ってもない提案だ、その願いを聞き入れよう」

 

 

 

 と彼女は嬉々として言っていたが、つまりはこの損な役回りを押し付けるためだったのか? 

何れにせよ、詳細は大御神のみぞ知ることだ。

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 立て続けに起こる問題を解決してはまた巻き込まれというのを何百年も繰り返していたある日、またもや半人半霊達の間で刃傷沙汰が起きた。

 すぐに報告をした者に案内を頼み、事件を起こした者に対して何があったのかを尋ねれば、彼が大事にしていた常世の虫を斬られた者が盗んだ為手打ちにしたのだと言う。

 

 

 因みに、罪を犯した者は常日頃から我の指示をよく聞く者であり、文武両道を体現したかのような存在で、我の修練相手にもなってくれていた腹心とも呼べる稀有な者であった。

 そんな彼の面目もあるために我は話の場を設けたのだが、これはいつもの小競り合いとは訳が違かった。

 

 

 

 

 

 彼が凶行に及んだ際に使用した刀は迷いを抱くものを成仏させるという力を持った曰く付きの業物であるという。その為、此度斬られた者は傷こそ浅かったものの、その種族の特性上一回休みとなる暇もなく斬られて直ぐに事切れたと言う。

 

 

 配下の統率すら取れないとなると我の面子にも関わる事態である。そして、我はこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 その常世の虫とやらを集めたところで徳には繋がらないし、富を手に入れることも出来ない。だが、他人の所有物たるその虫を盗もうとしたということは、それ即ち咎人の所業である事は一目瞭然である。よって、その者を誅したことは正当な防衛であり、罪には当たらない、と……。

 

 

 

 

 しかし、そんな我の決定に対して斬られた者の遺族達は強い反発を起こした。こちらは死者が出ているのに、そちら側が無罪放免となるのはおかしいと言ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 我は困った。

 何百年も共に過ごしていたとはいえ、奴らの作った飯は黄泉戸喫にあたると考えて今まで一度も口にしたことがないくらいであったし、何よりも信じる宗教や風習もまるで違う連中に対し、何が罪に対する罰となりうるのかが分からなかったのだ。

 

 

 

 何故食わずに生きていられるのですか? だって? 

…言っただろう朝斗彦よ。私は蘇りし者、本来何も食わずとも生きていられるのだ。お前達と暮らしていた頃には既にその状態だったが、大事な家族と過ごす時に何も口にせずにニコニコしてる当主など嫌だろう? 

 

 

 

 

 

 

 そんな状況の中で、普段は真面目に働かぬ癖して口だけはやかましい連中に我は内心とても辟易していたが、上に立つ者として話は公平に聞かねばなるまいと考えた。それに、いつまで経っても訳の分からない信仰をされてるのも気味が悪いので、どうせなら我ら八百万の神々を信仰させれば常世信仰を持つ奴らにとっては罰になりうるのでは? と思ったのだ。

 

 

 

 そして、話し合いの当日。我の浅はかなる考えはすぐに破綻した。よりにもよって罪を犯した彼が我が差し伸べた救いの手を振りほどいたのである。

 

 

 

「誠に申し訳ありませぬがその申し出、断らせていただきます。徳を積み、常世神へと貢献することこそ我が望み。それを捨ててまでこの命を生き長らえさせる事は私自身望んでおりません」

 

 

 

 それを聞いて「何を言っているのだお前は!」 と、思わず我も反論してしまったが、彼の目に曇りは無かった。その透き通った目はただ一点我の目だけを見つめ、その言葉に嘘偽りはないのだということを思い知らされたのだ。

 

 

 

 結局彼は我が温情によって命は奪われずとも幽世より追放される事となり、一族郎党、少ない手荷物と家宝たる二本の刀剣、そして手塩にかけて育てていた常世虫を連れて幽世の大社を後にする事になった。我が別れの言葉を伝えると、彼は一言、「お役に立てず申し訳ございませぬ」とだけ言った後にその場を後にした。

 

 

 

 彼は長い石の階段を降りていき、ある所まで進むと同時に長い刀剣を引き抜くと、上段の構えから鋭い一閃を放ち縦方向に空間を切り裂いた。これは大御神に何を言われるか分からん……と内心思いつつそれを見守っていると、彼は光差す空間の裂け目へと入っていき、そのまま追放先の顕界へと去っていった。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「……甘い、甘いな……我が義息よ。第一、そんな風変わりな連中は己が意に従わぬものから順に切り捨てればよい」

 

 

 

「何を仰られてるのですか義父上。斯様なことできるわけが無いでしょう。そんな事をしたら悪評が上は天、下は黄泉にまで届くことになりますよ」

 

 

 

「そうだよ父上。父上と違って大国主様はお優しい方なんだから、そんな自分から名声を失うような乱行はしないって」

 

 

 

「いや、私は大国主が堪忍袋の緒を切らして全ての使用人を追い出したという話を大御神様より伺っているが」

 

 

 

『……』

 

 

 

「建御雷よ、それ以上は何も言うな」

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 ……まぁ、仕事の出来る唯一の配下が下野してしまった事で残った連中がその代わりになるとは思っていなかったが、奴らはただ虫の世話と喧嘩しかしなかった。

 

 

 当初の目的であった我が魂の親友である少彦名との再会も叶わず、生活の質は下がっていったことで、あの戦争以来久し振りに精神に変調をきたしてすっかり隠遁者の心持ちと化していた私はある時全てが嫌になり、その自暴自棄な状態で全ての使用人を追い出した。

 その頃には自分のことは自分でやる癖を充分身につけていたし、こやつらを雇う必要があるのか? と思ってしまったのだ。

 

 当然、その決定に納得の行かぬ者たちもいた。彼ら穀潰し筆頭達は武器を手に取って我に対して蜂起したのである。

 

 

 我は曲がりなりにもかつて幾つもの国を束ねた古の大王であり、今は幽世の主である。そんな我にとって、この蜂起は飛んできた虫を払うようなものであり、起きてまもなくソレは呆気なく鎮圧された。

 

 

 

 注連縄(フェムト)で身体を縛られた罪人達は全員、かつて開けられた隙間より顕界へと追放された。その後、何があったのかと慌てて遣いを寄越してきた大御神による質問(きつもん)の中で我が統治能力が証明されると、その流れで蟄居処分が解除されることとなった。

 

 

 

 どうやらちょうど我が使用人達と揉めていた頃、顕界では唖であり一度も喋った事のないという当時の大王の長子*1がある日の晩、

 

 

「国譲りの盟約未だ果たされておらず。無念を抱えし大国主命の為に杵築の大社をあるべき姿に建て直せ。さすれば我を苛む唖が無くなるであろう」

 

 

 と突然喋り出したらしく、それを聴いた大王が慌てて命令を出した事によって、ここ杵築の大社が大改修される運びとなったのだという。

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

「こうして晴れて我はここ住み慣れた杵築の大社へと舞い戻り、この天高くまで聳え立つ聖域にて愛する出雲の民草を見守っているというわけだ」

 

 

 

「なるほど? ですが、それなら今幽世はどうなってるのです?」

 

 

 

 朝斗彦の質問はこの場にいるもの全員が抱いていた疑問であり、この時だけは皆失言の神朝斗彦が発した言葉に感謝した。

 

 

 

「……理由、聴きたいか?」

 

 

 

「聴きたいです」

 

 

 

「本当に?」

 

 

 

「聴きたい……です?」

 

 

 

「本当の、ほんと「もういいでしょう父上! 早く話してくれるかしら?」う、うむ分かった。

 

 ……うーむ、いやしかし、そう言われると言い難いな。だってここが幽世の一部を移した空間であるだなんて、他の神々の前では到底言えないものな」

 

 

 

『!?!?』

「ぶっ!?」

 

 

 

 そう言って尚もああ困った……とボヤく大国主を他所に、話を聞いていた大多数の神達は心底仰天したあと、その視点はある一点へと集中した。

 その視線の先にいたのは、先程先日に引き続いて宍道湖へと遊びに行った際に取ってきた魚をここ最奥神域で躊躇いもなく食らっていた不届き者こと、洩矢諏訪子である。

 

 

 

「す、諏訪子アンタ! そ、それ……黄泉戸喫じゃ……」

 

 

 

 こういう時に真っ先に焦り始める存在こと、諏訪明神八坂神奈子が顔色を真っ青に染めてそう叫ぶと、彼女の抱いた不安はたちまち周りの者へと伝播した。その中でも特に朝斗彦、神有員、そして諏訪明神に連なる諏訪の神族達などはたちまち大混乱に陥ってしまったのである。

 渦中の諏訪子は気絶状態に陥っていたのだが、そんな中でその慌てっぷりを見ていながら平然とする神が二柱。素戔嗚と建御雷である。

 

 

 

「臀の青い奴らめ、いい気味だ」

 

 

 

「やつら、まるで気付いておらぬな。大国主よ、そろそろ種明かししてやるべきでは無いのか?」

 

 

 

「あの二人に関しては幼少の頃に教えてやったはずなんだがなぁ……。まぁいい、そろそろネタばらししようか。

 

 

 神奈刀比売、朝斗彦! 慌てたくなる気持ちは分かるがまず我の話を聞け! 大丈夫だ。守矢神はあの世の住民になどなってはいない」

 

 

 

「「へっ?」」

 

 

 

「おいおい、二人とも昔に我自らが教えたろう……。黄泉戸喫は幽世で出来た物を食べたからそうなるのだ」

 

 

 

 それを聴いてなおもポカンとする二柱を見て大国主は思わずため息をつく。そんな呆れた様子の彼に助太刀を出したのは建御雷であった。

 

 

 

「まだまだ若いなお前達。そんな調子では我が好敵手の地位も失ってしまうぞ? ……第一に、そこの守矢神が食べているものはどこで取ったものだ?」

 

 

 

「……えっ、肥河?」 「ばかっ、宍道湖よ!」

 

 

 

「……そうだが、そうではない! このたわけ共がッ!どこの領域でとったのかと私は聞いておるのだッ!」

 

 

「……え、あっああっ! 顕界! つまり現世か!」

 

 

 

「そうだ。お前達だって神霊……立派な国津神となって久しいのだから、それくらい答えられるようになるべきだぞ」

 

 

 

 恥ずかしげに頭を掻く朝斗彦と、はぁとため息をついて顔を背ける神奈子。子孫達も横にいるというのに、夫婦にとっては恥ずかしい限りである。

 

 

 

 

 

 

「……建御雷よ、すまぬな」

 

 

 

「大国主よ、何故謝る」

 

 

 

「いや、我の教育が行き届いてなかったからな……」

 

 

 

 大国主が肩を縮こませながらそう言ったとき、皆が明神夫婦の名誉の為にそれを聞かぬふりをした。しかしその後、大国主の娘の一人である下照比売命が皆の様子を気にしたのかふらりと神域に訪れた。そこで、同じ質問を建御雷が投げかけたところ彼女が模範的な回答をした事で、朝斗彦と神奈子が悪童であったという事が皆に知れ渡ることとなってしまったという。

 

 

 

*1
誉津別命のこと。垂仁天皇を父に持つ

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