年内最後の投稿になります。
時は動いて神在月に入る。
それまでに神々が続々と出雲・杵築の大社へと参内し、場は喧騒を描いていた。早くに訪れたもの達の和気藹々とした様子もどこへやら、辺りには張り詰めた空気が漂っており、なにやら只事ではないということはどんなに鈍感なものでも察する事が可能な程であった。
「あら、朝斗彦くん。暫く見ないうちに随分と立派になったわね」
「お久しぶりです袿姫さん。ですが今の僕は諏訪明神……の代役なのであまりその名で呼ばないでください」
「あら、それは失礼。そうそう、今回は磨弓ちゃんも連れてきたのよ?」
「おお、磨弓ちゃんが? なら後で……って、そうだ。それは後で……後ででお願いします……」
「分かったわ」
そそくさと袿姫が離れていくと、朝斗彦は周りを見渡して今年はどんな神が来ているかを確認した。そうしてよく見れば、かつて戦争の際に襲撃してきた宵闇の妖怪から匿ってくれた八衢比売こと天弓千亦の姿や、自身が今もなお大事にしている勾玉を創り出した玉造魅須丸の姿もある。
しかし、彼女たちがこの集会に来るなど中々にない事だ。
しかし、朝斗彦は自分の中では一年ぶりの参加のつもりなのだが、他の神々からしてみれば数百年失踪していたはずの存在が突然帰ってきて代表面して座っていたという、あまりにも謎な状況である。
今この場で一番視線を浴びているのは間違いなく朝斗彦であろう。
「静粛に。大御神の御成りである」
進行役である天穂日命がそういった事で、ざわめいていた神々はすぐに口を閉じて礼の形を取った。間もなく聖域を閉じていた扉が開くと、近習を連れて大御神御自らが姿を現したのだ。今までであれば、彼女の遣いである八咫烏が一羽飛んできて、その遣いを経由して大御神のありがたい言葉を得るというものがお決まりの流れだったはずだ。
(どういう事だ!?) と内心驚きつつも朝斗彦が視線を横に向けると、そこには同じく戸惑いの表情を浮かべる神奈子の姿があった。さらによく見れば戸惑っているのは彼等だけではなく、他の神々もまた何事かと互いの顔を見合っている。
皆が平静を装う中、思わぬ存在の登場に声を上げて驚いたのは、彼女の末弟にして不倶戴天の宿敵こと素戔嗚である。
その後、「来るのは八咫烏だけだからと聞いて渋々参加に応じたというのに、何故に姉上ご自身が参られたのか!」 と声を荒らげて暴れだしたため、彼は自身の血族であり、出雲に由縁のある国津神の面々によって取り押さえられる事となった。
「そこの愚弟の疑問に答える前に、まずは皆々方今年も遠路はるばるご苦労であった。こうして妾の号令に応じて貰えたことに感謝である」
「……号令だって?」
「知らない話だわ」
朝斗彦と神奈子が目立たないようぼそぼそと喋っている間にも大御神の話は続く。
「知らせた通り、今この大和には外つ国の宗教が流れ込み、国はふたつに割れようとしている。我らは如何なる脅威にも屈してはならぬ。
そんな時こそ、我らは結束のもとで敵に備えねばなるまい!」
そう力強く宣言する大御神に対して、朝斗彦達のように戸惑う者がいれば、素戔嗚のように怪訝な顔をしている者もあり、そして大御神に賛同し盛り上がる者もいるなど、諸神の反応は様々であった。
特に盛り上がりを見せているのは香取の明神たる布都怒志命に率いられし東国の神々である。彼等がいる坂東の地は、最後に編入された陸奥に次いで後ろから二番目、つまりは神基準では比較的最近に大和へと組み込まれた地域である。そんな地域にて元は鬼神悪神の類いとして存在していた彼らは、やがて大和に与してその支配を受け入れたことで、此度は力を見せつけんと躍起になっていたのであった。
「威勢が良いな。お主達のような猛者達が力を貸せばこの困難も乗り切れよう!」
そう言って喜ぶ様子を見せる大御神に対し、待ったをかける者がいた。
それは今もなお子である朝斗彦や八坂の神々を始めとする血族達に取り押さえられた素戔嗚である。大御神に対するただの逆張りかは分からないが、彼は「斯様なことをすれば人が築き上げた今の世の理を壊しかねん」と言って、自らの姉に対して反対の姿勢を明確にしたのだ。
……なお、周りにいる一族郎党に対して、
「勿論お前達は儂の味方であろうな!?」
と叫びながら。
「……なんだと? 天神の長たるこの妾の意に反するとでも? 弟よ、天下に落ちてから幾千もの時がたってもなお妾に楯突くか?」
「当たり前だ! 確かに信仰は我らの力の源であるが、どの神を信奉するかについては民の者たちが決めることである。故に、彼等の決断に我らが直接介入することが必要だとは到底思えぬ!」
神々は驚いた。月ともやり取りをあまり重ねなくなって久しい今、大御神にここまで強く意見できる存在というものは中々おらず、それ故に忌憚なく発言する素戔嗚の姿は日和見主義の神々に衝撃を与えたのだ。
「天を統べ、日を司るこの天照大御神の意向に背くとはな……。
良いのだぞ? わらわがお前の心無い言葉に傷付き、もう一度岩戸に籠ることだって出来るんだからな? 弟よ、よく考えて欲しい」
大御神が不満げにそう言うと、どこからか
『大日女……、岩戸に籠るのだけはこちらが困るから流石にやめて欲しいわ』
と透き通った女性の低い声を持つ念話がこの場にいる全員の頭の中へと流れ込んできた。その声の持ち主は月の賢者にして穏健派、思兼神である。実はこの頃、彼女は嫦娥の頼みによってとある禁忌の研究を行っているさなかであった。その為、岩戸隠れをされてしまうと月の都が文字通り真っ暗闇に飲まれてしまい、研究が進まなくなるために阻止したのでは?という噂が囁かれている。なお、真相は思兼神のみぞ知る。
自身の必殺技……? たる岩戸隠れの選択肢を潰されたことでむくれる大御神を他所に、ようやく解放された素戔嗚は背筋をぴんと伸ばして姉を見下ろし、大きく口を開けて笑い声をあげていた。
「どうやら利はこちらにあるらしいな、姉上!
とうの昔に神代は終わったのだから我等は黙って見て居れば良いのだ!」
「くっ……、相変わらず減らず口を叩くヤツだ。
……誰ぞ! 妾や愚弟に対して自分の意見を述べんとする者はおるか?」
しかし、誰も喋らなかった!
国譲りが起きた時を彷彿とさせる渋い反応を見せた神々に対して、大御神は不機嫌そうに眉を釣りあげながら辺りを見回した。そして、ある者と目が合った瞬間に先程までの威厳ある様子は何処へやら、つかつかとその者へと近付いていき一言、「お主はどう思う!」 と聞いたのであった。
その者とは、言うまでもなく朝斗彦である。
珍しく角髪を結び、北の民のように毛皮を纏った異質なその存在は、あっという間に周りにいるもの全ての視線を集め、当の本人も目を丸くしていた。
「問おう、諏訪明神よ。其方はこの問題、どうすべきと捉える?」
彼にとっては普段は面倒見の良い伯母でも、この場においては全ての神をまとめる天照大御神である。
朝斗彦は動揺を上手く隠しながら考える素振りを見せたあと、こう言い始めたのであった。
「むぅ……。難問ですな。
ただし、我が一族を代表してあえて言うならば、私はち……素戔嗚尊の言う事に一理あるかと存じます。人の世が乱れている時に神々を結ぶ関係に綻びが起これば、それは更なる乱れに繋がります。
もしそうなれば我ら大八洲の者達は更なる敵を招く事となり、力が削がれることになるのは必定かと存じます」
ゆっくりと言葉の一つ一つに余裕を持たせ、周りを囲む血族の顔を見ながら朝斗彦がそう言うと、横にいる神奈子が初めに大きく頷き、それを見た周りの親戚達も次々にそうだそうだと首肯し始めた。
それを聴いた大御神は一の字の如く口を結んだ後、流石に弟に面と向かって言われるよりはマシだと考えたのか、渋々とだが
「うむ、しかと聞き遂げた」
とのみ言うと、背を向けて大国主の傍、段を上がった所にある彼女の席へと座りこんだ。そしてその後次なる意見を求めたものの誰も発言することがなかったがため、大御神は反対意見を採り入れることを決めたのであった。
こうして一つ峠をこえたことでその後の式については恙無く進み始めたものの、その後すぐに素戔嗚と朝斗彦の近況報告の際にまた一悶着起こる事となった。
……
「静まれ! 皆の衆! 静まるのだ!」
やはりというかなんというか、脳筋親子の近況報告は荒れに荒れた。
片や大神を凌駕する力を持ちながら封じられた自身の領域を破壊した上、脱出。そしてもう片方は敵対的な妖怪に手を貸して間接的に朝廷に仇なしたというではないか。互いに厳しい山陰の地にて過ごしたとは思えぬ程に緊張感を持たない、困った親子こと素戔嗚と朝斗彦の二柱である。
そしてそんな彼らに対して、先程主戦派であった東の神々が噛み付くのは避けられようがなかったと言えるだろう。興奮した彼らが朝斗彦に対して軽く手を出した瞬間、翁とは思えぬ反応速度を素戔嗚が見せたことで、そのまま乱闘が勃発した。
神域内で刃傷沙汰など起こすべからずという、あまりにも当たり前すぎる暗黙の了解によって死傷者こそ出なかったものの、膂力に優れた素戔嗚とその血族たちが大暴れしたことで決着はすぐに着いた。
「全く、何をやっておるのだお主らは! それに愚弟よ、これはいくらなんでももやりすぎだぞ!?」
最初に手を出されたのが彼女のお気に入りたる朝斗彦とはいえ、弟の事など天地がひっくり返ったとしても擁護したくない大御神としては弟を責めることしか出来ず、手を出された後に嬉々として乱闘に参加していた朝斗彦や神奈子達はお咎めなしということになった。
なお、慌てふためく大御神の横で乱闘を見守っていた大国主は、自身の一族も乱闘に参加していく中で止める様子もなくただ大きな笑い声を上げていた。
……
鼻や指などの身体の一部がひしゃげてしまった東の神々が端っこにて大国主の持つ治癒の力で身体を治されている中、再び式は進行し始めた。そして、一つ大きく咳払いをした後大御神は朝斗彦と神奈子、そして諏訪子と有員の四名を呼ぶと、伝えたいことがあると言い出したのであった。
「汝らはその……まぁ、色々あってややこしい信仰体型になっておるだろう? それについて、彼らの祭祀を行いやすくすべしという風に
「「「「はっ」」」」
「そこで、この度妾が勅命を持って命じよう。
これより、汝らの祭祀については汝らの血を引く者達の中から才覚ある童を現人神として称え、祀る事とせよ。このやり方ならば、表向きは変わらぬ立場であろうとも、こういった己らの素性を知っている者が集いし場などで態々立場を逆転させるなどという面倒な事をせずとも良くなるからな」
「「「「ははっ」」」」
「そしてその最初の現人神となるのは神有員、其方である」
「は、ははっ!偉大なる天照大御神御自らの命令とあらば謹んでお受けいたします」
「よし、決まりであるな。
神奈刀比売に守矢神、そして朝斗彦よ。今後も諏訪の地の神として民を見守るのだ」
「「「ははっ!」」」
……
一部険悪な関係になりつつあったものの、無事に集会は終わりを迎えた。
朝斗彦が角髪を解きながら昔馴染みである袿姫とそのお付きの埴輪である杖刀偶磨弓と話していたところ、てくてくと歩いて近付いてくる者がいた。玉造魅須丸である。
「やぁやぁ、久しぶりですね葦原朝斗彦くん。元気そうでなによりです」
「おおっ、魅須丸さん! お久しぶり!」
朝斗彦にとって、彼女は幼少の頃より実質親戚みたいな存在だった出雲王家を除けば初めて出来た神の友人である為、その再会に対する喜びもひとしおであった。固い握手を交わした後、魅須丸の視線の先にあったのは朝斗彦の首に掛けられた透き通った青色の勾玉であった。
「おやおや、まだ其れを身に着けてくれていたのですか。勾玉も昔に比べたら大分廃れてしまったものですから嬉しくなりますね」
「そりゃあ勿論! どんなに時が流れようがこれだけは手放すものかって常日頃から思ってるもの!」
『……』
「朝斗彦君が言うと説得力が段違いだわ。ね、磨弓ちゃん?」
「そうですね袿姫様。何せ朝斗彦様は三世紀と五十五年程行方不明となっておりましたからね。言葉の重みが違います」
「磨弓ちゃん、凄い正確だね……」
「磨弓ちゃんは進化し続けてるもの。ねー魅須丸?」
「え? まぁそうですね。彼女の制作には私も協力しましたからね。恐らく当時の埴安神袿姫くん一人なら恐らく天若日子くんの時の二の舞になってましたから」
「磨弓ちゃんと一緒に私も造形神として進化してるから今ならヘマしないわ」
「まぁ、今となってはそれも懐かしい……あッ! そういえばお二人共、この前天稚彦を殺しむぐっ「ちょっと朝斗彦? あんまりそういう事を人前で軽々しく言うんじゃないわよ!
……それじゃあ、私達は先にお暇させて頂きます。
磨弓ちゃん、久しぶりに会えて嬉しいけどまた今度ね!」
『……』
「御名方神奈刀比売くんが止めてくれたから良かったけれど、今のは中々……危なかったですね」
「そうねぇ」
こうして再び神奈子の説教を喰らった朝斗彦は、常に彼女の顔色を伺いながら諏訪への帰路に着くことになったという。なお、その途中にてまた鬼達と鉢合わせしたことでどんちゃん騒ぎを起こし、暫く口を聞いて貰えなかった。
年内最後がこれでいいのかな?感
それでは皆様良いお年をお迎え下さいね。