明けましておめでとうございます。今年も何卒よろしくお願いします。
新年一発目はあのお方、あの時代のお話からです。
四十一話 神が宿りし者
「遂に奴を追い詰めたな。師よ、あやつらは如何に処理するか?」
「いやァ、アレはなかなか…手が折れる。追い詰めた宗教家ってのはいつの時代も死兵そのモノだもの。…それとさ、師匠って呼ぶのもうやめてよね。翁になったお前のほうがよっぽど師匠面してるよ……」
「ハッハッハ! 我が身に神格を与えておいてよく言ったものだ。お陰で太子様亡き後もここまで永く生きてしまったではないか!
……然しこの戦は我が一生最後の大仕事、神に登極する為の試練にはもってこいだな。逆境は打ち勝ってこそだ。そうだろう? お師匠殿よ」
「相変わらずの野心家ね。出会った頃から変わらない。でも、期待してるわよ。ちち……いや、新羅明神の申し子の二つ名に相応しい戦いを見せて頂戴」
「フッ、貴女に言われずともそうするさ。今までずっとそうやって来たからな。
……此度従いし
見よ、聞け、そして語れッ! そなたらが此度の戦を伝える事で、我らの勝利は歴史に語り継がれることとなるだろうッ!
全軍、私に続けッ! 目の前の敵を打ち砕くのだ!」
……
「ああ、河勝よ! ようやっと目を覚ましたか!」
「ち、父上? それに母上まで……私は、一体……」
「なに? 覚えていないのか……? 数日前、夕餉の刻を迎えても尚お前が姿を見せぬ故、侍女に様子を見に行かせたら部屋で顔を真っ青にして倒れておったのだぞ!?
いやしかし、助かって本当に良かった……っ!これぞ新羅明神の加護のお陰だ!」
私の名は秦河勝。偉大なる弓月君の子孫である秦氏の生まれだ。
この時のことは忘れるはずもない…。まるで今すぐにでも殯が始まるかの如く、周りの者たちはヤケにしんみりしていた。そんな状況に対して強く困惑しながらも、幼き頃より聡い私はまず周りを落ち着かせることを選んだのだった。
「えっと……? 父上、母上、私の身体は大丈夫なのでどうか心持ちを楽にしてください」
「本当に大丈夫なのか? お主は我が後継者、万が一などあってはならぬのだぞ?」
「大丈夫、大丈夫ですから……。
父上、とりあえず今は何か食べる物を頂けますか? 腹が減って死にそうです」
「分かった。すぐに用意させよう!」
慌ただしい様子で父が召使に対して指示を出しているのを見つめていると、母が側へと寄ってきて私の額に手を重ねてきた。
「良かった……熱も冷めたようですね。貴方は分からないでしょうが、昨日は信じられない程の高熱でずっと魘されていたのですよ?」
「そ、そうだったのですか……思い出せないのでそう言われても何がなんやら……」
「そうですか。ずーっとうわ言のようにある事だけを呟いていたのよ?」
「……? ある事とは? 私は何をいっていたのですか?」
そう言って私が疑問を投げ掛けると、母はこういうのであった。
私に入ってくるな、と。
……
数年前のあの日以来、どんな事に取り組んでも何処か現実味がなかった。……勿論、剣術の鍛練に学問、馬術、貴族の子息間の交流など、己が出来る事全てに挑んでは皆に一目置かれるくらいには力を発揮しているという自負は有るのだが、……満たされない。満たされようがない。
自分でも何が起きているのか分からないが、この時の私は力というモノへの渇望が抑えられなくなってきていた。私が自分を満たそうとすればするほど、周りの者は私を持ち上げてくるが、それでも尚もまだ満たされないのだ。
こうしてまだ年若かった私は一人で抱え込んでいる事に限界を迎え、まず父に相談したのであった。紅葉を見るためにと何となくそれっぽい理由をつけて遠乗りに誘い、二人で里を駆ける中で悩みを打ち解けた。すると、彼はうんうんと頷いたあとにこう言った。
「河勝、それはお前が新羅明神の加護を受けているからだ。今はそれがお前の悩みとなっているかもしれないが、不撓の精神で乗り越えれば必ず己の力に結び付く筈だ」
「はぁ……」
「然し、お前は新羅明神の申し子である前に、何よりも大事な……大事な息子である。悩みがあるのなら此度のように幾らでも親に頼ってくれて構わないからな」
「……はい。父上のお心遣いに感謝致します」
父は心優しき人だったが、些か狂信的な部分がある。それに対し、私は昔からまるで面で顔を隠すかの如くうわべを取り繕う癖があり、且つ若気の至りで反抗的な部分が心のどこかにあったのだ。……尤も、あとの事を思えば彼の言う事もあながち間違っては居なかったのだが。
屋敷へと戻り、夕餉を済ませた後に同じ事を母に相談すると彼女は暫し思案した後、
「自分で分からないのであれば卜占の術士に話を聴くと良いでしょう」
というので私はその占術にかけることとしたのだ。やはり、母は偉大である。
……
母より紹介を受けた卜占の術士の元へ従者を連れて向かっていると、この国の者とは思えぬ身なりをした女子が道の真ん中で右往左往しているのが見える。物珍しさから道行く者たちの視線こそ集めているものの、誰も彼女を手助けすることなく通り過ぎていた。
私もまた急いでいた為にその場を通り過ぎようとすると、たまたま振り返った彼女と目を合わせてしまった。私は慌ててすぐに視線を外したものの、件の女子はパタパタと袖を振ってこちらへと向かってくるではないか。
面倒な事になったなと私が考えていると、あっという間に彼女に距離を詰められたのでそのまま渋々対応することになってしまった。
「もし、そこの徳の高そうなお方? 倭国王への拝謁をしたいのですが宮への道が分からないのです……」
「倭国王……大王のことか。大王の宮はここから南東に位置する大和の他田にあるが、歩いていくならばだいぶ距離があるぞ?」
「あら……それは困りましたわ。政の乱れた斉の地より遥々海を渡ってまでこの倭国にきて、同じ文化を有してるという豪族を頼りにきましたのに……」
「それは難儀な事だ。だが、伝えた通りなので異人相手にこれ以上私に出来る事はない。それでは、急ぎの用があるのでこれにて失礼」
「用? 用とは如何な用事なのですか?」
なんだこの者は、図々しいな……。
そう私が感じつつ、卜占の術士に己の事を占ってもらうのだと伝えると、彼女はまるで一つの石で二羽の鳥を撃ち落としたかのように目を輝かせて食いついてきたではないか。
「あら!それはそれは…。実はわたくしも卜占に嗜んでいるのです。貴方、何を聞きたいのかしら?」
「え?いや、ここで変な貸しは作りたくない」
「貸し借りなど気にしませんよ!」
「いや、其方が気にせずとも私が気にするのだ! そのような事を貴方がせずとも良い。大体、我々はお互いの名前すらも知らないではないか」
「なら遠慮なく名乗りますわよ?
私の名は霍青娥。道の教えに基づいて仙道を広めんとする道士です。青蛾娘々とでも呼んでくださいまし?」
「……あまりにも躊躇がないな。仕方があるまい。名乗らせておいてこちらは名乗らないというのも失礼だ。我が名は秦河勝。この太秦の地を治める秦国勝の子である」
「河勝様ですね! 今後とも是非によろしくお願い致します」
「今後って……これから会うことも無いだろうに」
「なっ、失礼なっ。そんなこと言わないでくださいよぅ河勝様ぁ」
「やめろ引っ付くな気色が悪い! 私までほかの者に避けられるではないか!」
結局、私は従者と協力して無理矢理彼女を振り払うとそのまま術士の元へと向かったのだ。思えば、太子様やその側近達よりも早く私は彼女との繋がりを得ていたのだな……。
……
占いの結果が出たあと、術士はまず人払いをした。それにより、その結果についての話を聞かれてはまずいという事は誰が見ても明らかだった。
「……河勝様。心して聞いて欲しいのだが、其方には人ならざる力の素質がある」
「何っ? 何故だ? 私には神の親など居ないぞ?」
「それが困ったことなのだ。国勝様も奥方もそういった力は持っておらん。それに河勝様、其方もそうだ。いや、この場合はそうだったと言うべきか……。
実は其方を幼少の頃に一度見たことがあるが、その時は特に何もそれらしいものは感じなかったのだ」
「……そうなると、後天的なモノなのか?」
「そうだ。浅学な私のこの頭ではそうとしか考えられん。
そうだな……。例えば天啓を得ただとか、霊験あらたかな禁足地へと踏み込んだとか、そういったことで何か思い当たることはあるか?」
彼が出した例はどちらにも当てはまらないが、私にとって思い当たることなどひとつしかない。それはあの高熱を出した時の事だ。あれを境にとめどない野心がこの身を焦がすようになったのだから。
その出来事について彼へと伝えると、成程な……と言って深く考え込んでしまった。そして考え込む事数分後、彼は深く息を吸ったあとにこう結論付けたのだった。
汝、秦河勝には神の御魂が宿っており、今現在の其方は言わば宿神の身である、と。
……
あんな事を言われて困らない者など王家以外にいるのだろうか。しかし、それならば今までの事も多少は納得がいくだろうし……と、従者を先に帰してから私が物思いに耽ながら帰り道を歩んでいると、今一番出くわしたくない存在こと霍青娥と再会してしまった。
良き話は聴けましたかぁ? と彼女が声をかけてきたために適当に返事をすると、彼女はまるで興味津々な様子でその結果を執拗に聞いてきたではないか。
「別に青娥殿に教える必要はない」
「えぇ〜? ちょっとくらいは良いじゃないですか」
「駄目だ」
「ぶぅ……河勝様のけち!
……あっ、そういえばまだ河勝様の事を占えていないですわね」
「いや、占いはせずとも良い。まず屋敷に戻らせてくれ」
「そうですねぇ……。
まず見たところ、河勝様は華夏の五行で言うならば火にあたりますね。火の徳を持つ方は木、土の徳を持つ方と相生の関係に当たり、木生火,火生土……言わば木が燃えて火が生まれ、その火が全てを燃やし尽くすことで土となります。
反対に、金、水の徳を持つ方とは相剋の関係になりますね。火は金属を溶かしますし、水に消されてしまえばそれで終わりですから」
「……いや、五行五徳の思想については知っているから言わなくていいし、そもそも占えとも教えてくれだとも頼んでおらぬぞ私は……」
「聞けば倭国の王は太陽の子孫を名乗っているとか。即ち彼らは金の徳を持ち、水、土の徳を持つ方と相生、木や火の徳を持つ方とは相こ……あれ? 河勝様? 河勝様〜? 何処に行かれたのですか?
……はぁ、あの方でしたら私の野望を叶える為のいい駒になりそうでしたのに」
……
彼奴は絶対金の元素だ。それだけは間違いない。
聞いてもいないのに延々と話し続ける気配しか無かったためにこっそりと逃げ出してあと、私は無我夢中で走って我が屋敷へと到着した。当時の私は距離の詰め方が異様なだけで害意などは彼女に感じてはいなかった為、まぁ話したくはないな程度にしか感じていなかったが……。
それはともかくとして、屋敷に戻った私はまず母の元へと向かった。母が案をだしてくれなければ私は一生をむず痒い思いを抱いたままに過ごす事となっていた為、いち早く報告せねばと思ったのだ。
「母上、ただ今戻りました」
「あら河勝、おかえりなさい。卜占の結果はどうでした?」
「えっと、それについては人払いをした後に……」
「分かったわ。皆、重要な話をせねばなりません。人払いを」
「承知致しました」
召使達が皆離れていったのを確認した後、母は優しい表情を浮かべながら私に対して発言を促したのであった。
「聴いて驚かないでください。
実は術士曰く、我が身体には神の御魂が宿っているようなのです。しかも、私自身がその御魂を上手く従えているらしく……本来の私が持つ魂と密接に結びついているのだとか。
その為、あの時の熱は間違いなく神に憑かれたが故のものという風に結論付けられました」
「……それはつまり、今の貴方は宿神の身であるということですか?」
「はい」
「……旦那様が普段から言うアレが現実になられたということですか。にわかには信じがたい事ですが、それならば貴方の才覚溢れる部分にも納得が行きますね」
母がそういうと、ガタガタッ! と隣の部屋から騒がしい音が鳴ったので二人でその方を見つめていると、まずい……という一言の後に現れたのは父だった。
「いや、盗み聞くつもりなどはなかったのだがな? 足を滑らせてしもうた」
「……いずれ父上にも話そうとは思っていたので別に聞かれたとて大丈夫ではありますが、あまり口軽く他人に言わないでください。宿神である事がバレたら我らが大王や大連の側へと付いたのだと大臣に認識されてしまうかもしれませぬから」
「旦那様、あまりそういったことはせぬ方が良いですよ? そういった類の行いから仲が拗れる者だっているのですから」
私達母子から至極真っ当な事を言われた父は頭を掻きながらいやぁ、すまんすまん! と謝罪の言葉を口にしており、私達は苦笑いを浮かべざるを得なかった。
「しかし、お前が宿神とはとんでもない事になったな。どうしたものか……。
ああっ、そうじゃ! この倭国には高名な神の子孫達がおるではないか。彼等の元へと行けば何か掴めるやもしれん。それに、今のお前の年齢ならば出仕するには充分だろう。
河勝! 日時を決め次第大和の宮へと出立するぞ!」
五行おまけ
今までに出てきた人物を生まれ持った五行で表すのならば、諏訪三神では朝斗彦が木、諏訪子が土、神奈子は水であり、それぞれが相剋の関係(朝斗彦と神奈子は相生)に当たります。そのためこのシリーズでは諏訪での戦いの際に神奈子は諏訪子に苦戦し、諏訪子(とそれを信奉する者達)は朝斗彦によって追い詰められた形になっています。
他にも鬼や河勝は火に当たり、素戔嗚や大国主は水、大御神とそれに連なる者たちや建御雷は金の徳を持っている、というのが本作でのオリジナル設定です。なので朝斗彦は何かと極悪非道の鬼達を贔屓するし、天穂日は大国主の事を慕っているんですね。
…大御神(金)と素戔嗚(水)の関係は比和を起こして修復不可能になったんじゃないでしょうか。知りませんけど。