これって…もしかして…、子供時代の大事な話二話分、まるまるあげ忘れてた…ってコト…?!
というわけで誠に申し訳ございませんでした。こちらも読んでいただけると泣いて喜びます。
あの邂逅から三日。本当にあの女は来るのか? と思いながら大兄王子邸の庭にて豊聡耳王子と玉蹴りをして遊んでいると、空より降り立つ影がひとつ。例の神が現れたのだ。
子供二人の視線を浴びながら胸を張り、腕を組む彼女は自信満々な様子で地に足をつけると、「やっ、三日ぶり!」と、軽快な挨拶をしてきた。私はまぁ一度会ってるので普通に挨拶を交わしたのだが、問題がひとつあった。
「か、河勝よ、この方は一体……?」
目を点にして王子が聴いてきた事で、思わず私は驚いて大声を出してしまったのだが、それは向かいの神もまた同じ気持ちであったようだ。
「え? なんで見えてるの? そっちは分かるけどさ、え?」
「……王子、目の前のあの者の特徴を言ってもらっても?」
「巻き毛の髪に紅き衣、背中には立派な注連縄の円環が……」
「……」
「……」
「「……見えてる」」
……
場所を移しましょ? という神(仮)の案によって、私達は屋敷の人目に付きにくい場所へと三人で移動したのだが、「二人して姿をくらましたら色々と不味いのでは?」と、私が言うと、神は、「大丈夫大丈夫! 私の幻術でこの屋敷にいるもの達は全員、君達は庭で遊んでると思い込んでいるから!」と、人の身としては一切信用ならない返事をするので、私としてはますますこの神への疑念が強まる事となった。
「そういえば、貴方の名前を聞いてなかったわね。なんて言うの?」
「私は秦河勝。横に御座す豊聡耳王子のお守り役だ。……こちらが名乗ったのだから貴女の名も教えて欲しいのだが」
「あっそうね、私は八坂刀女比売命よ。諏訪の明神の配神として名が知られてるかしら。それで、その
「……よろしく」
王子は軽く挨拶をするとすぐ私の後ろへと隠れてしまい、それを見たこの八坂刀女比売とやらは
「あらあら人見知りなのね」
とニコニコしながらこちらを見ていた。
「……ところで、用があると言っていたが一体どんな要件だ。私を消しにでも来たか?」
「まさかそんな。まぁ野放しにしておくのはマズイけれど、ちゃんと見守ってれば大丈夫な筈だから危害を加えたりはしないわ。個人的に修行したければ面倒だって見てあげるし、別に良いって言うなら陰から貴方の事を見守るだけよ」
「むっ」
それにしても子供の割に随分と大人びているわね〜と言われて私が顔を赤くしていると、後ろから王子が袖を引っ張ってくるではないか。
「……ん? どうした王子、厠か?」
「ち、違う!!! ……このお方、心の声が聞こえないんだ」
普段意図せず聞こえるという心の声に対して悩んでいた幼き日の王子は、それが一切聞こえないという稀有な存在である師匠と出会った事で、安心するどころか恐怖を覚えていた。袖を掴む手が震えてるのを感じた為、私は背中をさすってやり落ち着かせようとしたのを覚えている。
すると、それを見たお袋殿はゆっくりと姿勢を低くして一言、
「別に取って食ってやろうなんて事はしないよ。安心してね」
といい、静かに手を差し伸べた。
そして、様子を伺いつつその手を王子が握った時、師匠の表情が一瞬だけ変わった瞬間を私は見逃さなかった。恐らく、あの時に太子様が只者では無いという事を感じ取ったのだろう。
彼女の手を握ると王子は
「冷たい……けれど温かい。まるで河勝の手のようだ」
と言った。それに対して
「私は冷え性だからな……」
と、すかさず私が横からボヤくと二人はふふっと笑いを零した。その後、二人の間にあった壁はすっかりとっぱらわれたのか他愛もない話を繰り返しては笑いあっていた。
……
御魂を宿した者はすぐに見つけた。限りなく自分に近い波長を持っているのだから当たり前だ。けれど、まさか一緒にいた稚児が伯母上の言う"選ばれし者"だとは思いもしなかった。
大王家に連なる者は神をうっすらと認識出来る程度の神力を持って生まれる事は多いが、こんなにも鮮明にこちらを認識出来るなんて中々のものだ。
どちらも鍛えればいずれ神に至ることが出来るだろう。いくら幼くとも彼等の持つ素質の高さについては明らかである。
「どうしたものかなぁ」
二人と接点を持つ事に成功し、まず第一関門は突破した。けれど、今の情勢が正直宜しくない。
二人に聞いた所、大和は三韓への調略が思うように上手くいっていない上に、この大和の地にて疫病が流行り始めたことで、大王をはじめとする廃仏派の面々がこれでもかと言うほどに仏教を弾圧し始めたようだ。
今でこそ仏教は反感を買っているようだが、ここで彼らがやり過ぎるならば、その逆が起こる可能性も十二分にある。
……正直、僕はなるようになると思ってるので伯母上みたく廃仏派じみた思想ではないのだけど、そなたがどうにかせよ! って言われた以上は手を打たないといけない。全く、おつかい感覚で頼むことじゃないよね。
まぁ……出来ることといえば夢枕に立ってお説教するくらいしか出来ないけどさ。そういう上から目線な事したくないんだよな。
……もう伯母上直々に行けばいいのに。
「うーん……」
「先程から唸ってばかりだな、どうなされた?」
「え? ああいや、こっちの事だよ。気にしなくていい」
「? そうか、分かった」
悩んでいたら口から漏れ出てたらしく、河勝に心配されてしまった。せっかく勉学に励んでるのに邪魔しちゃダメだよね、失敬失敬。
ちなみに今は彼に宛てがわれた部屋に居候している。まぁ大体の者には見えないし良いよね。
河勝は一人の時間が出来た場合は大抵大陸の書簡を読み耽っていて、話を聞けば彼は軍事的な内容の物よりも学問の方が好みらしい。僕としては読んでいるモノの内容が知りたいので、これは何? そっちは何? と横から聞くと彼が一つずつ解説してくれるのでありがたい限りである。
「……前に修行してもいいとか言ってただろう。一体修行って何をやるんだ?」
「そうねぇ……身体に眠ってる霊力やなんかを引き出せるように瞑想したりだとか、そこで引き出した力で組手したりって感じかなぁ」
「ふーん……」
「おっ、もしかしてやる気充分って感じ?」
「……いや、気になっただけだ」
「ああ、そう……」
なんだよ、興味持ってくれたのかと思ったのに!思わせぶりな反応しやがって!
そんな感じで僕が不貞腐れながら寝っ転がっていると、その様子を見兼ねたのか河勝がこちらへとやってきて一言、「修行、つけてくれないか」と、言ったのだ!
「ほんとに? 本当の本当に?」
「当たり前だろう。そもそも、私は必要と思う事以外はしない」
「それはぼ……いや私も同じよ! ねぇ、いつからやる?」
「……いや、私はいつでもいいが……寒いの苦手なのだろ? アンタは。こんな雪続きの中やれるのか?」
なんで彼がこんな大人びてんのか分からないけど、とりあえずひとつ言えるのは子供相手にどういう心配されてんだ僕。流石にあの雪女が起こす程の吹雪じゃなければ大丈夫なんだけれど、前にその話をしたから心配してくれたのかな。
「舐めないでよね! これでも育ちは山陰の出雲杵築なんだから」
「言っちゃ悪いが、出雲なんてドが付くほどの田舎じゃないか……」
「んなっ!? 由緒正しい葦原中国だぞ!?」
「和国の神話にはあまり詳しくないのでな」
「ひどっ! その言い草、絶対知ってるでしょ! ……これから修行するから覚悟するように! 拒否権無しだから!」
……
アイツ、あんな物臭なくせして修行になると一切の妥協を許さないとは……なんというか意外だ。
若き日に初めて師匠との修行を終えた後の私が感じたことと言えば、これに尽きるだろう。
瞑想中ならば周りを意識せずにひたすら己の力が存在する事を感じろだとか、雑念を抱いたらやり直せだの言うので、此奴気でも狂っているのかと感じたのを今でも覚えている。勿論屋敷の中で行うのでたまに召使いや王子が話しかけて来てしまうので、そこに気を向ければ全て始めからになってしまうのだ。
冬が明けて山桜が舞う春の陽気が迎えに来る頃までの間、少しでも時間に隙があれば私は只管に座を組み続けた。そしていつしか隣で王子も私の真似をし始めた頃、
「許可が降りたから一旦諏訪に戻る! 夏の中頃くらいになったらこっちに戻ってくるからその間瞑想ちゃんと続けててね〜」
というので、真面目な弟子であった私達は毎日欠かさずに瞑想をこなした。きっと彼女であれば止める時は止めろと言うだろうと考えての行動だったのだが、その予想は正解だった。
秦氏の若き後継者である秦河勝が、神の子と名高い豊聡耳王子と共に変なことをしている……と、屋敷に仕える召使い達の間で噂になり始めた頃、夏になって大和へと戻ってきた師匠は私達を見るや否や、ほう……と感心した様子であったのが、童心ながらに嬉しかった。
その後、私の前でもう一度瞑想してみろと彼女が言うので、私と王子は座を組み、多元の力が自分に宿っているということだけに意識を集中させたのであった。
里帰りから戻った事で止まらない師匠の惚気話を一切触れぬまま半刻が経った頃、彼女の止めという合図で私達は目を開いた。
「元がただの人間だったとは思えないほどだわ、河勝。それに王子も見よう見まねから始めたにしては上出来ね!」
「そりゃあ、どうも……」
「ありがとうございます、師匠!」
彼女の両脇に手繰り寄せられたあと、頭をわしゃわしゃと撫でられた事で童共はすっかり舞い上がってしまった。……貴族たる我らをそんな扱いする者など見た事も聞いた事もないのだから当然だ。何もやましい事など考えてはおらん。
「二人とも、身体の中で循環する力が心眼で視える? 感じられる?」
「視える(ます)」
「よし、そうしたらそれ全身に廻らせるように意識して、一週間を過ごしてみよう!
その間、一人読書に耽るもよし、友人と遊ぶでも良し、恋煩いをした相手と会うでもよし! 若しくは家族やそれに準ずる存在と過ごすでも良し! 非行でなければ何だってしていいさ!
ただしどんな時も力を廻らせる事を忘れずに! 力は使わなければ成長しないからね!」
「もし体調が崩れたりしたらどうすれば良い?」
「おっとそうだな、その時は無理しなくていいよ。強くなりたいのにやりすぎて倒れるってんじゃ元も子もないからね」
「だそうだ、王子」
「わ、わかった……」
「王子はあまり身体が強くないものねぇ」
「うぅ……」
図星を突かれて落ち込む王子を見ると、師匠はすぐさま姿勢を低くしてかの御方へ励ましの言葉を送った。
「いつか立派な大王になるのだからそれまでに強くなればいいのよ!
強くなりたければ今みたく私が色々面倒見てあげるし、河勝だっているんだから困ったら何でも言うのよ?」
「わ、分かりました! ……でもどうしてそこまでして下さるのですか?」
「えっ? あ〜……そうね、まぁ立場ある人を支えるのが昔から好きなのよ、私。だから王子の事は放っておけなくてね……ね? 河勝」
「はっ? ああ、確かに私も王子のことは放っておけないな」
「でしょう? だから王子は幾らでも周りの人を頼って良いのよ」
師匠の温もりに触れた王子は鼻をずびっと鳴らして静かに泣き出してしまい、私達はそれをあやすのに必死であった。
これは私と太子様が子供だった頃の、まるで昨日のことのような、遠い昔の思い出である。