叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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歴史的事件メインの回になります。東方キャラの出番が少なくて申し訳ございませんが宜しくお願いします。




四十四話 嵐の前触れ

 

 

 

 

 

 

 そして事件が起きた。

 大王の葬儀において、朝廷の権力を二分する大豪族の棟梁である蘇我馬子と物部守屋が口論を始めたのだ。

 

 

 口論のきっかけは些細なことからである。(しのびごと)の儀を執り行っていた際、大臣である馬子が形式に則って誄を奏したのだが、対する大連の守屋は大王の寵臣の代表格と言える存在だった為、自身がその役目を受けられなかったことについて大層機嫌を悪くしていた。そして、そんな不機嫌な様子の彼は馬子が刀を佩びていたのを見るやいなや、

 

 

 

「馬子よ! 其方はまるで猟矢の刺さった雀鳥の様だな!」

 

 

 

 と公衆の面前にも関わらず、大きな声を出して罵声を浴びせたのであった。普段は冷静沈着である馬子もこれには眉を顰めると、すかさず

 

 

 

「弓削大連、それを言うならば其方には鈴を付ければ良く鳴ること間違いなしであろうな」

 

 

 

 と反論した事で二人は激しい口論を始めてしまい、彼等の対立は決定的な物となったのである。そんな様子を見た群臣の一人である三輪逆(みわのさかう)は、(今この場所で揉め事が起きる事は先王に対して失礼な行いとなってしまうのでは……?)とえらく心配になってしまい、万が一に備え殯の宮の外に隼人の兵士たちを配置させたほどだった。

 そしてそんな状況をみてこちらも興奮したのか、自らの野心を包み隠さずにいる者もいた。葬儀に参列していた王位継承権を持つ穴穂部王子は、隼人達に指示を出す逆の様子を見た折に、

 

 

「私という生ける王がいながら、何故あやつは身罷られた先王に今も尚忠誠を誓っているのだ」

 

 

 などと口にし出す始末。殯の宮は混乱極まりない状況となってしまっていた。

 

 

 

 そんな一連の事件の原因となった馬子と守屋のふたりというと、儀式が終わった後すぐさまそれぞれの一族を招集。互いに今後の氏族の指針を明確にする事で結束を強めようとするのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 この頃、蘇我物部の双方より陣営への加入を求める使者が度々我が屋敷へと来るようになった。蘇我氏からは同じ渡来の系統である東漢(やまとのあや)氏の者が使者として尋ねてきた事もあり、我等としては蘇我方に着こうかという話になったのだが、一人難色を示す者がいた。

 

 

 

「いや〜……でも蘇我ってさ、仏教好きなんでしょ?」

 

 

 

 ……我が師である。勿論私にしか姿は見えておらぬし、煮え切らない様子でボヤくだけなので無視しているが、彼女はこの倭国の土地に古くから居る神なのでそう言いたくなるのも仕方ないだろう。

 

 

 

「師よ、次の大王の位に最も近いお方は大兄王子様であり、彼は豊聡耳王子のお父上なのだぞ? 蘇我はその大兄王子との間に血の繋がりという最も強い結び付きがあるのだから、もし物部につこうものなら我らは要らぬ危険へと進むことになる」

 

 

 

「……そっかぁ、そこで王子と繋がるのか。ん? てことはそこが崇仏派でまとまってるってことでしょう? これは困ったな。

 

 

 ……伯母上、私は神々の為の戦士として二人を育ていたつもりだけれど、どうやら流れを変えることなど出来ないらしい」

 

 

 

 彼女の伯母が誰だかは知らないが、神々の戦士だって? その割には全然そういった信仰についての教育は彼女から受けたことがなかったが……。

 

 

 

「その戦士……? とやらは初耳だが、今の在来宗教がかなり苦境にあるというのは間違いないな」

 

 

 

「そうだよ〜……。伯母上が『お前が何とか打開しろ』って言うからさ、はるばる来たぜ、大和へ! ってかんじだったのに、結局また子育てしてるだけになっちゃったわ」

 

 

 

「……子育てでは受けた際に手が痺れる程に強く剣を打ち込むような修行はしないし、伝説で語られる内容と異なる、まことしやかな話を王家の一員の目の前で話したりはしない」

 

 

 

 

 

 

 しかし、神祇の宗教を救えか……。

 

 

 そもそもな話として、この方に今のこの国を取り巻く信仰の状況を変えられるほどの能力はないだろう。

 もちろん純粋な力はあるとはいえ、師自身があまり行動的ではないし、欲がないからか野心的な者の心情への理解力が兎に角ない。

 

 

 彼女の理解力について例えるならば、私が、「いつか王子を直に支える立場に上り詰めてやらん」だとか、「神へと登極する!」と、巫山戯て大言壮語したとしても、彼女はただ一言のみ、「河勝ならなれるわよ!」としか言わないのである。

 これでは、一人の戦士としてはどんなに優れていても、将としての器はたりえないだろう。

 

 

 かつて、兵法の話と共に過去に自分が経験した負け戦の話をされたことがあるが、話を聞いて私がまず感じたのはそこの部分だった。

 

 

 

 

 

 

「……まぁともかくだ。何があろうと我らは物部にはつかない」

 

 

 

「だよねぇ。さっきの説明聞いたらどんな阿呆でもその選択をすると思うよ」

 

 

 

「そうだろう? 貴女が気付いてくれて良かったよ」

 

 

 

「…………ねぇ、私の事舐めてるでしょ」

 

 

 

 流石の師匠もこれには怒ったか? と思い、「舐めてない舐めてない……」と、言いながら彼女の方へ顔を見合せると、そこにはあまりにも間抜けな変顔を浮かべる師がいた。その為私は思わず、

 

 

「そんな事をしていたら本当に舐められるぞ?」

 

 

 と言ったあとに笑ってしまったのだが、私の笑いにつられてか彼女もまた笑い始めた。

 

 

 どうせまた召使いの連中がどこからか覗いていて、

 

 

「河勝様がまた虚空と会話しておられる」

 

 

 とか噂されるのだろうが、もはや私はそれくらいでは動じないのだ。かつての修行様々である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 この頃、国の荒廃を防ぐため、直ちに時の大兄王子が橘豊日大王として新たに大王の地位につくこととなり、正式な即位を定める大嘗祭は先王の殯が終わる二年後に行われる運びとなった。

 

 

 従兄弟である馬子の影響が強いとされる彼が新たに宮を開くということは、それ即ち仏教への扱いも変わるということである。

 活動を容認されたことで彼らは盛んに布教活動を始めたが、大和にはなおも敵が多かった。特に、異母兄である大兄王子の即位に納得が行かない穴穂部王子は密かに物部守屋と手を結び、王座への登極の意志を明確に固めていたのである。

 

 

 

 

 

「守屋よ、其方は如何にして兄上や馬子を倒すつもりなのだ」

 

 

 

「私に考えがございます。

 

 

 まずは、王太后である額田部姫様を殿下の奥方として迎えるのです。誉ある彼女を迎えられれば朝廷内においての殿下の格も高まることでしょう。

 そこで我ら物部の武力も合わされば怖いものなどございませぬ」

 

 

 

「そうか! ならば早速申し出を送ることとしよう!」

 

 

 

 

 

 権力を欲する地位ある者にとって、先の権力者の妻を娶るという行いは当時の豪族連合社会では特段珍しいことではない。その為、まるで鉄は熱いうちに打て! とでも言わんばかりに盛り上がっていた穴穂部王子と物部守屋の二人。

 しかし、彼らの欲望ダダ漏れな願いは、当代きっての女傑である額田部姫本人によって早々に打ち壊されることとなった。

 

 

 守屋との密談後、穴穂部王子は盛り上がった勢いそのままに使いの者に豪勢な贈り物を持たせて姫の宮へと遣わせたものの、迎えた使者からその提案を聞いたことで額田部姫は怒りで手を震わせながら激昂したのである。

 

 

 

 

 

「なんだと!? 妾が我が君を亡くしてから間もないというのに……あの男は何と無礼な奴なのだ! 

 おい其方、すぐにその下品な贈り物をあやつの元へと送り返せ!」

 

 

 

 

 

 彼女の余りの気迫に対し使者は為す術もなく退散し、事の次第を主君へと報告する事しか出来なかった。そしてその報告を受けた穴穂部王子もまた、自身のカンペキ*1な計画が頓挫したということを悟らざるを得なかったことで大層怒り狂ったという。

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 そして、それから半年後。またまた事件は起きた。

 今回も主となる人物は穴穂部王子である。

 

 

 何が起きたのかと言うと、かつての復讐に駆られた穴穂部王子が額田部姫に対し不貞を働こうとしたのである。王子は七度も殯宮へと押し入ろうとしたが、幸いにも、当時姫の警護に当たっていた三輪逆が懸命にそれを阻止した事で姫が汚されることは無かったという。

 しかし、この一件から怒りに己を支配された王子の矛先は完全に逆へと向くことになったのである……逆切れでしかないのだが。

 

 

 

 

 

 宮では大王の嫡子である豊聡耳王子が婚礼の儀を行おうかとしているまさにその時、礼節の欠片もなくドタドタと上がり込んできた彼を見て誰もが驚いた。その上、

 

「王家にとって不忠の臣である三輪逆を私に殺させてくれ!」

 

と、群臣の面前で恥も外聞も無い様子で頼み込んだのだから余計にその暴虐さが皆の知るところになったのだ。

 

 

 

 儀に参加していた要人の中でも王弟との盟を結んでいる守屋はすぐにそれに同意したものの、新妻の父である蘇我馬子は、

 

 

 

「せっかくの祝いの場であるのに、その様な話をするのは如何なものか。冷静になられるか、場を弁えるべきかと存じます」

 

 

 

 と、諫言したのだがしかし、怒りで我を忘れた王弟の耳には届くことがなかった。

 今にも癇癪を起こしそうな彼の異様な殺気をみた馬子はこれはマズイと思ったらしく、(晴れ舞台でとやかく騒がれるよりも、一人が犠牲になった方が楽に済む)と判断したことで、王弟による誅殺の請願に対して渋々同意したのである。

 

 

 

 

 

 馬子は婚儀が終わるやいなや急ぎ三輪逆に使いをよこし、命が狙われている事を知らせた。それによって逆は直ぐに戦いに備え、王子を討つことも辞さないと言って東の三輪山へと登り篭ったのである。

 しかし、その前に夫の馬子の行動を不審がった布都姫が兄である守屋に知らせたことで、守屋の率いる兵が王子の手勢に合流したのだ。

 

 

 

「馬子様! 物部大連が兵を動かしました!」

 

 

 

「まぁ、そうなるか」

 

 

 

 顎髭を撫でつつ、希薄ながらもしたり顔を浮かべる馬子に対し、娘であり豊聡耳王子に嫁いだばかりの屠自古は疑問を唱えた。

 

 

「父上、逆殿は朝敵になってしまったのだろう? 何故に報せを送ったのだ」

 

 

 

「屠自古、お前には分からぬだろうが手強い敵に対して取るべき策は一つ。ここで逆の奴が上手く抵抗してくれるのならば、大連や王弟殿下の力も削がれるだろう?」

 

 

 

「ああ……離間の計ですか……。

 

 

 確かに、逆殿も先王の寵臣だったが故に物部につく可能性が高く、内輪揉めの中で更に嫌いな父上が絡めば大連殿は間違いなく食いつく……。

 

 

 なるほど、父上の思惑にも納得が行きました」

 

 

 

「そうだ。それにしても……よく知っておるな」

 

 

 

「これでも浅学無知な身なりに豊聡耳様に教えを乞って勉学に励んでいるのです。あまり私を見くびらないでいただきたい」

 

 

 

「そうか、済まなかったな。全く、息子共には姉の真面目さを見習ってもらいたいものだ」

 

 

 

 娘の思わぬ成長ぶりを目の当たりにした馬子は珍しく笑みを浮かべ、未来の王后への期待を顕にしたのであった。

 

 

 

 

 逆は数日間抵抗した後、少数を連れて夜に紛れて山を脱出。主と慕う額田部姫の元へと逃げ込んだ。しかし、額田部姫は逆の忠節への恩義に対して深い感謝を伝えた後、もはや抵抗を続けるべきではないと降伏を促した。

 彼女の言葉を聞いたことで漸く彼は屋敷の門を開け、追討軍によって捕縛された。そして、最期は穴穂部王子が見守る中で物部守屋によって首を斬られることとなったのである。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 逆討伐の報について、それは政の中枢にある者たちにはいち早く届けられた。橘豊日大王、そしてその後継者と目されている豊聡耳王子、その舅にして後見人の蘇我馬子も例に漏れず速報を受け取ったばかりであった。

 

 

 

「……近頃の叔父上の行動は目に余る。自らのみならず、王家全体の評判をも下げている事にあの方は気付かないのだろうか?」

 

 

 

「自身で気がつけるならばこのような軽率な行動はしない筈。……これでは大乱が起こる日も近いだろうな、全く嘆かわしい限りでしょう」

 

 

 

「そうだな……。

 改めて言うが馬子よ、私と息子を支えられる者はそなたしかおらぬ。どうかその力を我等に貸してほしいのだ。これは大王として、血の繋がった親族の一人としての切実なる願いだ」

 

 

 

「勿論ですとも。大王を支えることこそが我が望み。

 大連や王弟殿下のような不敬なる輩が蔓延る今、我が思いが変わる事など万が一にもありえないでしょう」

 

 

 

「それを聞いて安心した。

 豊聡耳よ、馬子は信任に足る。彼の事は第二の父と思って過ごしなさい」

 

 

 

「は、はい。大王の仰せの通りに」

 

 

 

そう言って豊聡耳王子が恭しく臣下の礼をとると、大王はにこやかに笑いかけながら

 

 

「我らは親子の間柄なのだからそう堅苦しくするでない」

 

 

と、血を分けた父として優しげにそう口にした。しかし、それに対して王子は思う所があったのか、ただ複雑そうに笑みを浮かべるしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 大王という地位は特別である。

 大王とは即ち天神の血を受継ぎし者にして、偉大なる和国の民の頂きであり、八百万の神を信じる全てのものが従わなくてはならない。故に、大王としての立場に相応しくない振る舞いは許されないのである。

 

 

 橘豊日大王は腹違いの弟とは違って性格が良く、その身に流れている血も申し分ない等、一見すると絵に書いたような貴い存在である。しかし、天に身を任せる大王でありながら蕃神(となりのくにのかみ)を信仰する事は本来あってはならないことであり、その不徳は理由こそは違えども、かつて驕り高ぶった天孫・瓊瓊杵尊がその身を志半ばで滅ぼしたように必ず自身を蝕む事となるだろう。

 

 

 

*1
要出典






後世に倉に船を飛ばすかもしれない宗教に負けかけている、主神が裸踊りに釣られた宗教の図
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