叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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本作では大嘗祭前の後継者は王太子、大王の正式即位後の後継者が大兄王子という呼び方になる形です。まぁ太子様が太子様になったら(丁未の乱と少し後)特に関係なくなるんですけれど…。




四十五話 王国を蝕む呪い

 

 

 

 

 先の大兄王子が暫定的に大王の地位に着いてから一年が経った夏の半ば頃、僕は諏訪に戻って比売や諏訪子といった気心知れた存在と共に休暇を過ごしていた。

 

 

 政局が動きそうな時に地元に戻ってて平気なのか? と聞かれそうだが、元々伯母上には一年に一度諏訪に戻れないのであれば戦士は育てられないと伝えて許しを得ているので問題はない。

 

 

 因みに、河勝からは

 

 

「師よ、貴女は些か緊張感が無さすぎるんじゃないか?」

 

 

 と言われたけれど、正直そんなに大騒ぎする事でも無いと思うんだよね。

 そもそもな話、大王の地位自体が大御神の存在あってこその地位な訳なんだし、そこを蔑ろにするような悪い選択を選ぶとは思えないのだ。

 

 

 

 話を戻すと、今は比売に誘われて諏訪湖で葦舟を漕いで釣りを満喫しているところである。先程までは諏訪子がワーワー騒いでいたのだけど、今は鼾をかいて寝ているので夫婦水入らずの時間となっていた。

 

 

 

「大和の方はどうなってるのよ。順調なの?」

 

 

 

「いやぁ〜、全然ダメ。そもそもはじめに行った時点で仏教優勢だったしさ、それに状況変えろったってアレじゃあ正直無理があるよ」

 

 

 

「……それなら大御神様に失敗したって報告して、とっととこっちに帰って来た方がいいんじゃないかしら」

 

 

 

「それが出来たら楽なんだけれどねぇ。自分の宿神も居るからさ……とりあえず彼が死んで神霊になるまでは僕が面倒見てやらないと」

 

 

 

「はぁ……貴方ってヒトは……。

 ……ところで、その宿神とやらはどれくらいやれるのよ」

 

 

 

「うーん、一人前になる前の僕くらいかな。でも僕と違って知恵があるからさ、曲者だよ」

 

 

 

「……その程度なら人より多少強い位よね? なら良いわ。また私の見てない所で脅威の種を撒かれちゃ困るもの」

 

 

 

「いや、流石にそんな事自分からはしないって……。

 

 

 そうだ。八百万の神の末席に座れるよう、河勝には神の関係だとかを色々と教えてるんだけど……肝心の彼が持ってる神格が分からないんだよね。

 

 

 神力が有るから間違いなく神になれると思うんだけど、自分が司るものが分からなければ神霊にもなれないじゃない?」

 

 

 

「そんなことあるのかしら? 私達だって子供の頃から何となく使える能力が分かっていたはずだけれど……」

 

 

 

「僕もそのつもりだったんだよ。だから僕達にとっての父上みたく、王子と一緒に鍛えてやって、その上で本人に何かこう……来るものがあったりとかしないかな? って聞いたけど、てんでダメ」

 

 

 

「……アンタ、もしかして鍛え方間違えてるんじゃない? どんな鍛え方してるのよ」

 

 

 

「え? 瞑想、走り込み、対人同士の刀の打ち合いに組討ちする時のコツ、それに敵対的な妖怪と出くわした時の対処とか刺客に狙われた時の為に短い得物で戦う術だとか……」

 

 

 

「……」

 

 

 

「あっ、あとは戈や弓の扱いとかも忘れずに教えてる。武器は多く扱えた方がいいに決まってるからね」

 

 

 

 その後更に修行の内容を言おうとすると、比売は「もう良いわ!」と言って腕を振りながら静止した。それに対して僕が一言なんでさと返すと、「今ので十分にアンタが間違った鍛え方してるってのがわかるからよっ!」と怒られてしまった。

 

 

 

 

 

「アンタねぇ……。相手は朝廷直属の豪族に王族なんでしょう? 霊力鍛えるならともかく、武器の扱いなんて、そんなのそこらの家人でも教えられるわよ」

 

 

 

 そうかな? そうよ……という短い問答をした後、比売が言うには、「もっと幻惑の術だとか霊力を活かした術を教えてあげれば?」という事だった。

 

 

 

 

 

 …………確かに! 

 言われて気が付いたけど、河勝はそういった類いの事柄が元々好きな系統の人間だし、王子も僕みたいに物体を操るような能力の持ち主では無いのだから、初めからそうしてやれば良かったんだ。

 

 

 

「なんだ、そういう事かぁ……。そうすれば秘術に関わる信仰の事も学ぶから、自然と結び付く可能性が高いよね。

 

 

 いやぁ〜、自分の力を分けた者に選ばれし者って二人だったからさ、僕の得意分野でめいっぱいに鍛えてあげなきゃ! ってなってたよ。さすが比売!」

 

 

 

「……アンタねぇ…、昔の方がしっかりしてたんじゃないの? 

 

 

 それに、いくらこのいびき魔と戦った時に精鋭を鍛えた実績があるからって、そんなの今の人間にやったら死ぬかもしれないのよ? 

 

 

 もし生き残ったとしても……あ゛〜、ゴホン。

 

 

 

『……朝斗彦、其方が命令に従いやったことを妾に申してみよ』

『はい伯母上! 選ばれし者とわが御魂を分けし宿神の二人を殺戮兵器にしました!』

 

 

 

 ……なんて、そんなこと許されると思う?」

 

 

 

「……いや、駄目だよ。また赤ら顔の建御雷に説教されること間違いない。

 というか比売、真似するの上手いね……」

 

 

 

 でしょう? と二重の意味で答える比売に対して僕がうんうんと頷いていると、突然隣でンガッ! と大きくひといびきをかき、ゼェゼェと荒い呼吸をしながら諏訪子が起き上がってきた。

 前そんなのなかったよね? いつもそうなの? と僕が聞くと、「最近よくなるんだよ!」と言うのは諏訪の土着神の元締めである。

 

 

 

「そうそう朝斗彦、諏訪子ったら最近妙にババ臭くなってんのよ」

 

 

 

「うるさいなぁ〜! まぁ確かに私は五桁位は生きてるけどさ、こんなのなるのは生まれて初めてだよ!」

 

 

 

「なんでだろう、地脈の乱れとか?」

 

 

 

「何よそれ、気圧の変化みたいなノリで言うことじゃあないでしょうが」

 

 

 

 そんなやり取りをして三人でガハハハハと爆笑していたその時だった。湖の水面に不自然な波紋がたち始め、それを目にした途端に諏訪子が「アアッ!」と、大きな声を出したのだ。

 呆気にとられ、「どうしたの?」と聞く僕達二人を見た諏訪子は

 

 

「どうしたもこうしたもないさ!」

 

 

 と、声を荒らげながら帽子を被り直し、不安定な舟の中で立ち上がったあとに続けてこう言うのである。

 

 

 

 

 

 

「朝斗彦、正解だよ! 直ぐに地震が来る! 社に戻らないと!」

 

 

 

「「ええっ!?!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 大八洲を襲った大地震による被害は近年稀に見る惨状であった。特に、それに伴う不尽山、浅間山や榛名山の噴火は甲信越、上下毛野の地方に対して壊滅的な被害を与え、人々はそれらの山に縁のある磐長比売命と木花之佐久夜毘売命の姉妹が瓊瓊杵尊を取り合って喧嘩したのだと口々に噂していた。*1

 大王が正式な即位を出来ていないにもかかわらず、この様な天変地異が起きたという事実はただただ朝廷を震撼させたのであった。

 

 

 

「大王、これでは民が怯えるばかりにございます。行幸をなされるべきかと」

 

 

 

「大王、私からも……王太子として何卒お願い申し上げます」

 

 

 

 朝廷内における一大勢力の棟梁である馬子、並びに大王最愛の嫡子・豊聡耳王子が各地の豪族達からの要請に応えて連名で行幸の誓願を出すと大王は二つ返事でそれを認めた。

 

 

 

「分かった。被災した土地を巡り、民草を慰める事とする。

 蘇我大臣よ。手配をば、どうかよろしく頼む」

 

 

 

「はっ、承りましてございます」

 

 

 

 こうして新王が行幸を行われるという知らせは朝廷より送られた使いによって全国に広がった。しかし、ここで思わぬ問題が発生する。未だ収まる気配の無かった疫病の魔の手が大王にまで伸びており、彼の身体は病に侵されてしまったのである。

 

 

 寝たきりの状態となった大王を無理に連れ出すという訳にもいかない為、行幸は一月ほど延期となり、大王にもしもの事があった場合はその代理として若き王太子夫妻が主として各地を巡ることとなった。そして、当初行幸に付き従う予定であった蘇我馬子は丸腰である大王とその宮を警護するとして大和へと残ることになったのである。

 

 

 

 

 

 

「此度の行幸で其方が同行してくれると聞いて嬉しいぞ、河勝」

 

 

 

「河勝殿、我々の事をよろしくお願いします」

 

 

 

「いや、それは良いのだが……大王のお身体のほうは大丈夫なのか?」

 

 

 

「ああ……その話か。

 父上本人は大丈夫だと申されているが、どうにも心配だ。せめて大嘗祭まで何事もなく過ごされて欲しいが……」

 

 

 

「そうだな。大王になられたとはいえ、今はまだ仮初の状態……ここでもし! ……もし、もしもの事が起きようものならば、朝廷にとって非常にマズイ事態になるぞ」

 

 

 

「そうだ。父上が仮の大王である限り、私の立場も仮の立場、王太子でしかない。王の快復、そして我が未来のためにも、私は王の快復を仏に祈るしかないのだ」

 

 

 

 

 

「……そこは師にも祈ってみるべきでは? その……一応は彼女も列記とした神なのだから……」

 

 

「いや、今は風雲急を告げる事態なのだ。そんな悠長な事は言っていられない」

 

 

「そ、そうか……悪かった」

 

 

「……分かればいい」

 

 

 

 河勝は冗談を言ったつもりでは決してなかった。彼は自分の師の口から、身内である杵築大神の持つ並外れた回復術についてや、怪我した夫を自身の神力で癒したという話を幾度となく聞いていた為に、何となくではあったものの、彼女を頼るべきだと直感で感じ取っていたのである。

 

 

 しかし、王太子のまるで鬼が宿ったかのような表情を見たことで、彼はすぐさま『これはまずいかもしれん』と思い、それ以上の会話を避けた。いくら二人の間には親子兄弟のような絆があるとはいえ、彼らの大元に存在するのは主従の関係である。

忠誠を誓う者として、主の機嫌を損ねる事はあってはならないのだ。

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 初めは熱のみであった大王の症状は、一度は落ち着きを取り戻したことで、そのまま快復に向かうかと思われていた。しかし、それから一週間経つか経たないかという頃に、彼は再び高熱を出して倒れ込んだのである。

 そして間もなく、大王は全身に浮き出た瘡蓋のような腫物によって起きる痛みに悶え苦しむ事となり、宮の中では「痛い…痛い…」という、彼の苦しそうな唸り声だけがただただ響く事となった。

 

 

 

 その後、大王を癒せる者には褒美を取らせるというお触れまでもが出たことで、各地に住まう祈祷師達が邑の皆々の期待を背に受けながら主邑へと訪れた。然し、そうなると当然大王の命を狙うような不遜な輩も紛れ込もうとする為、蘇我の家人たちによる厳正な身元確認が行われていた。

 

 

 

 

「何故じゃ! 何故われが大王の元へと参ることが出来ぬ! 我は蘇我大臣馬子殿の妻であるのに!」

 

 

 

「我等は物部夫人は宮に入れるなという命令を大臣様御自らより仰せつかっております。故に貴女様をここから先通すことは出来ません」

 

 

 

「なんじゃと!? 馬子殿が!? むぅぅ……

 

 

 我は清廉潔白だ! ほら、うぬらも見よ! 我は凶器などもってはおらんし、他に疑われる様なものもない!」

 

 

そう言って彼女が袖を振ると、日用の品から何処からこんなものがというものまで様々な物がポロポロと溢れ出て、家人達はドン引きした。しかし、彼等にも仕事があるためすぐに切り替えて蘇我が抱える問題児こと布都姫と再び対峙するのである。

 

 

「ならば何故に入られようとするのかを申してください! 夫人が理由もなく宮に入られようとするのが我らにとっても一番困るのです!」

 

 

 

「それは勿論! 我が一族に伝わる秘術で大王を癒す為だ!」

 

 

「!? 物部の者の秘術など信用に値しませんよ!お帰りください!」

 

 

 

 ほかの者の人目すら気にせずに兵士と睨み合っていた布都姫の様子はさながら山で争う猿のようであり、その為周りで己が持つ能力を説明していた者たちも呆気にとられてしまっていたほどであった。

 

 

 

「我は入る!」「入れません!」

 

 

「いいや、入る!」「入れることはなりません!」

 

 

「我は入らねばならぬのだ!」「主の命令ですから!」

 

 

 

「ぬぅぅ……ッ! この頑固者がッ!」

 

 

「どの口が仰っているのですか!」

 

 

 

 このままだと埒が明かない。誰もがそう思っていると、ここで思わぬ大物が現れた。それは大君の腹心にして、暴れる布都姫にとっては一応夫の関係である蘇我馬子であり、騒いでいた布都姫を始め、ここに集まっていたもの達は腰を抜かしそうになったのだった。

 

 

 

「お主ら、何をしておるのだ。こやつについてはもし来たとてすぐにつまみ出しておけと伝えたはずだが」

 

 

 

「申し訳ございません、馬子様! 我らの力が及ばぬ故にこの場で抑えることが限界にございます!」

 

 

 

「何じゃと貴様ァ! ……馬子殿、我はただ大王の病を癒やすためここへと参ったのです!我の何をそこまで疑われるのでしょうか!」

 

 

 

 喉まで出かかっていた『全て』という言葉を飲み込んだ後、馬子はこのちんちくりんで勝気な問題人物をじいっと眺め、思案する。彼にとって、布都姫という存在は夫婦の契りを結んだその時より、常に目の上のたんこぶと言って良いものだったからだ。

 

 

 先の三輪逆誅殺事件において馬子が敢えて泳がせるよう仕向けたとはいえ、ひとたび隙を見せればすぐにそれを兄である守屋へと報せたという事実が彼女にはある。その為、そんな危険な存在を宮に入れることは彼には出来なかった。

 しかし幸か不幸か、その後宮中より現れた王太子によって彼女の潔白は証明される。王太子の持つ力で布都姫の思考を聞き出してみた所、彼女には害意が無いということが明らかになったのである。

 

 こうして彼女は宮へと入り込むことに成功し、自らを信用してくれた王太子に対して深い尊敬の念を抱き始めたのであった。

 

 

 

*1
ちなみに榛名山はハニヤスこと袿姫の縄張り。






作者が出す場所を分からなくなった結果、ダークホース的ポジションになってしまった布都ちゃん。次回は彼女が頑張ります。

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