叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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四十八話 神湖の明神

 

 

 

 どかん。

 

 

 爆風が髪を強く靡かせる中、僕は矢を放った際の姿勢のまま目を開いて前方を確認した。

 やはり敵はこの弓矢の力で滅されたらしく、ヤツが出す闇の靄のようなものが霧散していくのが見えた。

 

 

 

「……よし」

 

 

 

 ああいった自然の力そのものを象徴する存在というものは、例え妖怪と呼ばれる者であってもどこか妖精に近い気配がある。いつかまた復活してくるだろうが、再び襲われるような時があるならば、その時はまた倒せばいいだけだ。

 

 

 

 ひとつ言えることといえば、護るモノがある神というのは強いのだ。

 この土地には大事な伴侶に血を分けた一族が沢山いるし、伯母上ご指名の選ばれし者だって来ているんだから、責任重大なのは当たり前だよね。

 

 

 

「いや〜……やっっっとあの時の借りを返せた! 

 あの日、あの夜にアイツが来なければ防衛位置下げずに済んだからなぁ~! 

 いや〜……ほんとに恨めしかったよ。本当に……」

 

 

 

 何せ中つ国の存亡を賭けてヤマトと争ったあの戦争以来、数百年の因縁である。あれ? いやまてよ、もう千年くらい経ってるのかな。まぁいいや。

 これは萃香達に伝えて新たな伝説の一節にしてもらわないとな。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと貴方、大丈夫!?」

 

 

 

 一息ついていると、湖の向こう側より慌てた様子で比売が渡ってきた。何時ぞやと同じく襦袢のみを纏った姿で。

 

 

 

「比売! 大丈夫だよ、どうってことない。しかし来るのがだいぶ遅かったんじゃない? 折角因縁の相手が現れたってのにさ、僕一人で終わらせちゃったよ?」

 

 

 

「寝支度してたら守矢の者たちが

 

 

『湖の向こう側から鏑矢(かぶらや)が飛んできた!』

 

 

 って、大騒ぎしてたのよ。

 それで、夜襲かと思って諏訪子と見に行ってみれば、刺さってたのは天之波波矢じゃない!それをこの地で用いる事ができる者なんて貴方しか居ないから慌てて飛んできたのよ!?」

 

 

 

「ごめんごめん。でも皆無事だったでしょ?」

 

 

 

「それはそうだけれど……。でも、私は誰よりも貴方が一番心配だったのだから……」

 

 

 

「……しかたがないなぁ。そうしたら一緒に上の社まで戻ろうか?」

 

 

 

「……! え、ええ! そうしてくれると助かるわ」

 

 

 

 比売の腕を肩に回させると、僕は彼女を横抱きに抱えたまま湖の向こう側にある上の社まで飛び続けた。

 始めこそ比売は恥ずかしがっていたものの、そのうち脚をぱたぱたと動かしながら、「こんなの久しぶりだわ!」と、言って喜んでいたので、伴侶の喜ぶ姿が見れて僕も嬉しいことこの上ないのであった。

 

 

 なお、社に着くとすぐに諏訪子に茶化されたので僕も一緒に笑っていたらヤツのみが怒った比売に捕まって、そのままこめかみぐりぐりの刑に処されていた。憐れ。

 結局、このまま僕は社で比売と共に寝所を共にする事になり、諏訪子は近場に住まう野生の蛙と共にゲロゲロと歌っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我等は諏訪の地に根付きし明神。信仰が絶えるその時までこの地を守り続ける者であり、この地に在る生命の象徴である。生命の円環は我等を縛る注連縄のように難く結ばれており、それを断ち切らんとする者には容赦など不要なのである。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 他の者よりも早く起床したので宛てがわれた寝所より出て諏訪の集落を散策していると、一人の乞食が朝早くから物乞いをしているのが目に入った。ご苦労なことだなと考えながらその横を通ると、「もし、そこのお方」と、話しかけられた。

 私は無視しようと思ったものの、彼からの無言の圧に負けたので踵を返して何だと答えると、乞食はひとりでに話し始めたのである。

 

 

 

「私は生まれつき目が見えず、この白んだ眼では世界を直接見たことは一度も無い。けれど、世界を感じることはできる」

 

 

 

「……」

 

 

 

「この世界は我々が思う以上に神秘に満ち溢れ、日常に紛れ込んでいる。この地は特にそうだ。

 

 

 神を宿す者が当たり前に受け入れられ、彼等はその力を代々受け継ぐ事で天道を歩み続ける。然し、それはある種の業でもある。廻り、そして尚も廻り続ける力を得る者達は決して悟りを開くことは出来ない。それを業と呼ばずして如何なるものか?」

 

 

 

「……何が言いたいのだ。それに、目が見えないと言っていたが、本当は全て見えているんじゃあないか?」

 

 

 

「さぁ、それはどうだか。

 されど、私にはこの頭がある限り、空想を世に映すことができる。如何にそれが如何に世と乖離しようとも、な」

 

 

 

 そんな言葉の後に頭を指でトントンとつつく彼を見つめていると、彼は思い出したかのように続けてこう言った。

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだった。もし貴方が私のような盲者に対して慈愛の心を持つならば、どうか一つお恵みを」

 

 

 

「むぅ……仕方がないなぁ…。ならば端金だが受け取れ。これで草履でも食い物でも、欲しいものを何かしら買うといい」

 

 

 

 そう言って華夏(かか)*1の銅銭を入れた袋を手渡すと、この得体の知れない乞食は私に対して拝み出した。そして、用が済んだと言わんばかりに私がとっととその場を去ろうとしたその時、彼は礼の言葉と共に何かをボヤき始めた。

 

 

 

「寛大な心の持ち主に深き感謝を……。

 

 

 ……迷える若者よ。其方には悟りに通ずる神通方便の力あるが故、己が信ずる道を進むべし。さすればきっと、道は拓かれよう……」

 

 

 

 距離を置いていたにも関わらず、しっかりと聞こえたその言葉に対し、私が驚いて振り向いた時にはもう既に彼の姿は無かった。

 

 

 まこと夢幻のような、奇妙な経験であった。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「ただ今支度を終えました……って、師匠。

 先程まで居なかったじゃないか。今まで何処に行っていたのだ」

 

 

 

「ごめんごめん! まぁ……色々あってさ」

 

 

 

 普段だったら、「また河勝殿が独り言を言って居られる……」と陰口を言われるであろう流れの筈だが、今日は違う。どうやら皆が彼女の姿を見る事が出来ているようであるのだ。

 

 

 

「き、貴様何者だ!」

 

 

「河勝殿に近付くな!」

 

 

 

「ねぇ、とりあえずこの人ら何とかしてもらえる?」

 

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 

 事情を説明することで彼等は渋々納得してくれたが、そもそもな話、何故私が説明せねばならんのだ。納得が行かん。

 ……何が「ここは神の国だから〜」だ、甘ったれおって……。

 

 

 

「いやしかし、お師匠様の土地ということは噂に聞く建御名方命にも会えるのかな?」

 

 

 

「会えるわよ〜!」

 

 

 

 王子の質問に対して陽気に答える師……このすっとぼけは全然気にされていないようだが、もし仮にその建御名方命と相見えることが出来たとしよう。そうしたら、師の宿神という身である私は彼に対し、どの面下げて謁見すればいいんだ? と、困惑せざるを得ない。

 

 

 しかしそんな私の心の内など誰にも届くはずはなく、師とそれを認識する有員殿の案内によって、我らは湖の南に位置する社を訪れることとなる。

 そして我らは、すぐさま身の毛がよだつほどの気配を感じた。きっとこの気配の持ち主こそ、この地の明神である建御名方命だろう。

 

 

 

「ここからは限られた者のみ入れる場となります。王太子ご夫妻、……そして、河勝殿。私の後を着いてきて下さい」

 

 

 

「なっ、私もか!?」

 

 

 

「当たり前じゃない、何もしなくても普段から私達のことが見えてるんだから」

 

 

 

 慌てて横を見ると、興味津々な表情の王子、そして心ここに在らずといった様子の屠自古様がおり、後ろを見れば同行者たちの『こちらを見るんじゃあない!』という、あまりにも心情ダダ漏れな様子が目に入った。

 この時の私にはもう退路などないのである。

 

 

 

「……行かせて頂こう」

 

 

 

「よし決まり〜!」

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 社の奥、隠された神域にて私は遂にその時を迎えた。建御名方命……であろうお方が宙に浮かび上がりながらあぐらをかいており、王子に引けを取らない程には大きく、切れ長な鋭い目でこちらを睨みつけてきているのである。

 

 

 

「我こそは、諏訪の明神。幽世大神こと、大国主大神が二人目の息子にして、国津神の王たる素戔嗚尊より数え七代の子孫、建御名方命である!」

 

 

 

 中性的な声で大きく名乗りをあげた明神の気迫に我らが圧倒される間もなく、隣に居た師匠が腰を上げてふらーっと歩いてその横に行ってしまった。

 

 

 

「妻です〜」

 

 

 

 夫である諏訪明神の腕に自身の腕を絡ませながら師匠が一言そう言うと、あまりにもあべこべな組み合わせに耐えられなかったのか、王子がぷふっと笑いを漏らした。

 

 

 

 

 

 

「……お前達の事については妻より聞いている。特に其処の。聞けば、そなたは我が妻の不手際によって神の力を宿したとか」

 

 

 

「ごめんなさいね〜」

 

 

 

 ……おいおい、いきなり私について触れるのか!ああ、あの威圧感……必ず私を殺すに違いない。我が人生、長いようで短かったな。

 

 

 しかし、その後彼に掛けられた言葉は私の想像とは真逆を行くものだった。

 

 

 

 

 

「そのほう、身体に大事はないか?」

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

「我が言葉が聞こえなかったか?」

 

 

 

「あ、ああいや……てっきり妻の不貞で産まれた不肖の子のような扱いを受け、この場で処されるのかと……」

 

 

 

 私がそういうと、明神は大きく驚きの声を上げた。まるでそんな事は頭の片隅にも浮かんでいなかったかのように。

 

 

 

「なんだと!? 斯様な真似はする訳がない! 

 ……お前には血の繋がった両親がいるはずだ。そのような事を致せば家族が哀しむだろう。それに、我が妻が姦通などするわけがないからな」

 

 

 

「貴方を殺すわけないじゃない。もしそんな事したらその時は夫婦喧嘩よ」

 

 

 

 うんうんと頷き合う目の前の二人を見て、この妻にしてこの夫有りだな……と私が考えていると、隣で王子が笑いを堪えており、屠自古様に怪訝な表情で睨まれていた。心の声を聞くんじゃあない。

 

 

 

「して、身体は?」

 

 

 

「……幼き頃に一度生死を彷徨うほどの高熱を出しましたが、その後は何事もなく過ごしております。これも師、八坂刀女比売命のお陰かと存じ奉ります」

 

 

 

 

 

「そうか。我はお主らが妻に振り回されておるのではないかと常々心配しておったのだ。しかし、その調子ならば大丈夫そうであるな」

 

 

 

「いえ明神様。口を挟むようで誠に申し訳ございませんが、師には常に振り回されております」

 

 

 

 間髪入れずに私がそう返事をすると、向こうの神は口を大きく開けて笑い声をあげた。そして隣では師が満更でもなさそうな表情で笑っていた。

 ……何でだ? 

 

 

 

 

 

「しかしだ河勝よ。神を宿らせる者としての力が目覚めぬとは真か?」

 

 

 

「河勝、そうなのか?」

 

 

 

 王子にもそう聞かれ、私はそうだとしか答えることが出来なかった。師にはあらゆる方法を試されたが、ピンとくるものが無い以上はどうしようもないと諦めている状態である。

 

 

 

「……しかし、持てる気配は若人にしては中々なものだが……確かにこれは、分からぬな」

 

 

 

「でしょ〜? ヤマトの神にはない概念なのかな」

 

 

 

 やはり分からずじまいか。

 すると、何者かが壁を伝い降りてきた。それは、先日の集会の際に屋根で酒を飲んでいた三人のうち一人であり、見覚えのある顔であった。

 私達が呆気にとられて見ていると、師と明神も驚いた様子であり、

 

 

「遊びに行ったんじゃなかったの?」

 

 

 と、師が彼女に聞いていた。そんな信じられない登場の仕方をした彼女がじーっとこちらを見た後に一言、

 

 

 

「なんかキミ、ミシャグジっぽい? ていうか、もうほぼ現人神みたいなものじゃんね」

 

 

 

 と、言うので、私は朝出会った隠者に言われたことを思い出した。そして、かの者が口にした言葉をこの場にいる者に一語一句違わずに伝えると、目の前の神々は我らに背を向けて耳打ちをし始めた。

 

 

 

「おい……他所から神が来るだなんて話、私は聞いていないぞ……」

 

 

 

「いや……もしかしたら八百万の神じゃない何かって可能性すらあるよ? あの子達、仏教徒だし……」

 

 

 

 耳打ちする必要が無いほどに大きな声で話し合う夫妻の様子があまりにも可笑し過ぎたのだが、横から王子の質問が飛んできた。

 

 

 

「河勝よ、その御老公は本当に神通方便の力と言ったのか?」

 

 

 

「ああ。間違いなくそう言った」

 

 

 

「ふむ……もしそうなら、長い時間を経て力を目覚めさせる……というような可能性もあるのではないか? きっと、その方は其方に悟りを得よと申されていたに違いない」

 

 

 

「……太子様、仮にもここは神祇の社なのだからそういった話は……」

 

 

 

 屠自古様の至極真っ当なツッコミを受けた後、王子は「そうだったそうだった」と、少し軽めな反応を見せた。

 

 しかし、諏訪の神々の懐が深いから良かったものの、この時ばかりは肝を冷やした。会話の流れで奇妙な存在と出会ったという話をしたとはいえ、上方で揉める原因となっている二つの宗教の話を八百万の神々の前でするのは、その後自分の身に何が起きるか分からないものだからだ。

 

 

 結果を言えば、途中から姿を現した女子も含めた三神は好奇心からか、出てきた用語についてなど色々と質問をしてきた。

 我等はそれらに対し解説を行い、そこからまた質問が飛んで来てはそれに答えるという様な会話を繰り広げた。そして、最終的には説法めいた話を神に聞かせるという、何ともわけのわからない時間を過ごす事になってしまった。

 

 そして少しの休憩を挟んだあと、王子夫妻と神々は災害への対策等の情報交換を行った。これに対して内心、

 

 

「まず始めにその話からすべきだろうが!」

 

 

 ……と言いたくなるのは、間違っていないはずだ。

 みなもそう思うだろう? 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 少しばかりの歓待を受けた後、予め決めていた出立日が来た。この土地の者たちからは名残惜しそうな声が多々聞こえたが、我等は被災した諸国を巡らなければならない。故に、直ぐに発たねばならなかった。

 

 

 しかしここでの日々は長いようで何とも短いものであったが、師匠以外の神と喋るなんて経験、全くなかなか出来やしない。

 それに、この時見た諏訪の湖の力強さは今の今まで忘れることはないだろうよ。

 

 

 

「世話になった。改めて礼を言う」

 

 

 

「こちらこそ、王太子殿下を迎えられて光栄でした。これからの行幸も苦難無く終えられる事を深く祈り奉ります」

 

 

 

「あっ、私は王子と河勝について行くから。皆よろしくね?」

 

 

 

『はぁ……』

 

 

 

 師にそう言われて下の社に勤める者達が溜息をついているが、渋々認めているということはもうこういう事には慣れっこなのだろう。全くなんという事だ。

 

 

 

 

 

「……河勝、あれを見てどう思う?」

 

 

 

「……いや、いつもの師匠だとしか……」

 

 

 

 

 

「なるほどな。はぁ……刀女比売(とめのひめ)、本当に師の役目を全うしているのか?」

 

 

 

「してるって……してるよね? 二人とも」

 

 

 

「……どうだろうな?」

 

「……ふふっ、さぁ?」

 

 

 

「ひ、酷い! 二人ともずっと面倒見てあげてるのに!」

 

 

 

「……はぁ、全く……。二人はああいうのにはなってはならないぞ。明神からの切なる願いだ」

 

 

 

「……肝に銘じます」

 

 

 

「ああそれとだ。王子よ、其方は選ばれし者。どうかこの大八洲にとって正しい選択をするのだ」

 

 

 

「……ああ、わかった。貴方様と私、同じ秘密を抱えるもの同士として、な」

 

 

 

 王子がそう言うと、明神は不敵な笑みを浮かべながら、「子供の癖に言うものだ」と、一言漏らした。

 

 

 その後、行幸の一行は東へと向けて進み始めた。

 その際に帽子の神……守矢神と言うらしい、が

 

 

「ミコー! カワカツ〜! 気を付けて行けよー!」

 

 

 と叫んでいたので手を振り返しておいた。たった数日過ごしただけだってのに、随分な好かれ具合である。

 しかしともあれ、ここは被災地の中でも奇跡と言える程に被害が軽微だった。これから向かう国々はこんなものでは済んでいないだろう。

 こうして、行幸に同行するもの達は全員が気を引き締め、次の目的地を目指すのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「……行かなくていいの? 置いていかれるわよ?」

 

 

 

「いやね、一つだけ用を済ませたら行こうかなって」

 

 

 

「一体なんなのよ、用って……うわっ! 何をする!」

 

 

 

「何って、出発前の口付けだよ。それじゃあね、比売!」

 

 

 

 

 

「……行っちゃった。神奈子、ありゃいくらなんでもやり過ぎだよね」

 

 

「……新たな戸を開きそうになったわ。どうしてくれるのよ」

 

 

「でも言ってる割に満更でもなさそうな顔してら。もしや、そっちもイケる口かい?」

 

 

「う、うるさいうるさい! ほら、社に戻るわよ!」

 

 

 

*1
中華のこと





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