叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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四十九話 変わらぬ運命

 

 

 

 王太子主導の行幸は恙無く進行し、一行はお伊勢様にて参拝した後、西へと進み大和へと戻ってきた。そしてちょうどその頃、大王の体調が上向きになった事から大嘗祭が予定通りに行われることとなった。

 

 

 

「いよいよだ。これでようやく私が大兄王子として公に認められる」

 

 

 

「めでたい限りだ。変わらぬ忠誠を誓おう」

 

 

 

「よしてくれ。私達は身体に流れる血こそ違えど、それを超えた堅い絆に結ばれている。それなのに、何を今更改めて言う必要がある?」

 

 

 

「……フッ、相変わらず王子は身内に甘いな」

 

 

 

 どこかの誰かに似たのか? と冗談交じりに言うと、王子は笑いながら一言、「そうだな」と言った。しかしその後、すぐにその表情は暗いものとなる。

 

 

 

「血を分けた者の中にも信用ならない者はごまんといる。お前のような者は貴重なのだ、河勝」

 

 

 

 そう言って私の手を握った時の王子の手は震えており、己の先行きに不安を抱いているのは明らかだった。そこで私が大丈夫だ、案ずるなと声を掛けてやると、彼も多少は気持ちが落ち着いたようで、その表情は少し柔らかいモノへと変わった。

 

 

 

「まぁ、しかしだ。私はあくまでも友人だからな。愚痴ならいくらでも聞いてやれるが、政についてはまだ地位も築けていない私よりも蘇我大臣を頼るべきだ」

 

 

 

「……まだということは、そのうちこちらへと来てくれるのだろう?」

 

 

 

「フッ、お戯れを……。それは私の働きと未来の大王次第だ」

 

 

 

 そう言ってふたりで笑いあったあと、王子は呼び出しに来た屠自古様に手を引かれ、部屋を後にした。既に殿上の存在であるというのに、私を慕うのは若さゆえか? 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 珍しく雲ひとつない、日照りと言えるほどに眩しい日差しが差し込んでいたその日、警備にあたっている王家と蘇我の兵士達が厳重に目を光らせている中で、いよいよ大嘗の本祭が始まった。

 

 

 

 

「大王、額の汗が凄いですがお身体は大事無いでしょうか?」

 

 

 

「……大丈夫だ、豊聡耳よ。案ずる必要はない」

 

 

 

「ははっ、ですが、もしもの時はこの豊聡耳を頼ってくださいね? 父上」

 

 

 

 

 

 王族、楽士、数多の豪族たちが立ち会うこの儀式は大王の即位にあたり重要な催しである。この儀を終える事で、大王と世継ぎはその地位を確固たるものにする。それは平穏無事に行われるものであり、過去に行われた儀の様に此度もそうなると誰もが思っていた。

 

 

 立太子の宣王が行われるかという頃、私は式の進行に併せて楽士の一員として篳篥(ひちりき)を吹いていた。しかしその時、荘厳な儀には相応しくない、騒がしい声の数々が耳に入ってきた。

 当時はひたすらに役目に徹していたために分からなかったが、大王が倒れられたのだ。

 

 

 側仕えの者たちに背負われて儀式の場を離れていく大王の姿を見た事で場は騒然となり、顔を青ざめさせながらも、必死に浮き足立つ者達を落ち着かせようとする王子の姿だけが、ただただ我が目には焼きついていた。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「師匠、何とかできないのか! このままでは父が……大王が身罷られてしまう!」

 

 

 

 河勝と共に見舞い……という名の様子見に行くと、悲痛な顔を浮かべた王子が藁にもすがるような様子で僕にそう聞いてきた。しかし話を聞いた所、既にもはや手のつけられようがないと、侍医であるという異人にも言われたらしい。

 大王へと視線を向けると、その窶れきった血色の悪い顔には完全に死が忍び寄っているのが分かった。しかも、明らかに人知を超えた瘴気が彼の周りに漂っており、例え神の力を持ってしてもソレを祓うことが叶わないという結果は目に見えていたのである。

 

 

 

「いや……これはもう手遅れだよ。彼は呪われてる」

 

 

 

「なんでだ! 神ならばこれくらいの事、何とかできるのではないのか!?」

 

 

 

「そりゃあ、ある程度なら対応できるわよ。でも、それは自分達を信仰する者達に対してであって、そもそも信仰していない者には力が及ばないの。

 

 

 それに、貴女の父に取り巻いている呪いは藤の蔓のように堅く、難く編み込まれている。かつて、それまで不変の象徴の一つだった瓊瓊杵尊が命を落とした時のように。だからこそ、コレはもう既に誰の手にも負えない状態って事よ」

 

 

 

 僕がそう言うと、王子は悔しさを顔に滲ませながら歯を食いしばり唸り声をあげた。元々気難しい部分があるというのに、身内に不幸が降り掛かっているこの状況ではそうなるのも仕方ないだろう。いくら常人離れした能力を持つとはいえ、齢十四の子供なのだから。

 

 

 

「……豊聡耳よ、そこに居るのか?」

 

 

 

「……! はいッ、父上! 豊聡耳はこちらにおります!」

 

 

 

「そうか……。お前には、謝らねばなるまい」

 

 

 

「何を仰られるのですか! 謝る事など一つもございません!」

 

 

 

「いいや、ある。まだお前が腹の中にいた頃、神託の結果を受けて、本来お前がお前らしく進むべき道を我が一存で塞いでしまったことだ」

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

「当時、例え産まれるのが女子であろうとも、必ず世継ぎとして育てよと言われたのだ。……私は意思が弱い。故に、抗えぬままに言われた通り、お前を男子として育ててきた。

 ……女子として育てておれば、今頃は王族や蘇我の男子との良き縁談を組ませ、慎ましく暮らせたかもしれぬというのに……」

 

 

 

「いいえ、私は今の私の在り方に満足しております! 父上が謝る必要などない!」

 

 

 

「すまなかった……本当にすまなかった、豊聡耳よ。今更謝ったところで道は変えられないが、もし迷った時はお前が良いと思った方へと進むのだ」

 

 

 

 

 

「……ああ、この気はもう……」

 

 

 

「……我らはもうお暇した方が良いかもしれないな、師よ」

 

 

 

 親子の会話に水を刺さぬように小声でそう話していると、大王が掠れた声で、「河勝、居るのか?」と聞いた。それに答えない訳にもいかないので河勝を彼の近くに送ると、大王は河勝に対して我が子の傍にあり続けた事への感謝の言葉を口にした。

 その後、皆を呼べという、大王の言葉にもならないような声を聞いた我々は静かに宮を立ち去り、秦氏の館へと戻ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「一度私は太秦へと戻らねばならぬ。父上と今後の事について話をせねば」

 

 

 

「じゃあ私も着いていくよ。ちょっと今の大和は空気が悪すぎるし」

 

 

 

「……好きにしろ」

 

 

 

 即位の儀の途中で予期せず大王が力尽きたことで、これまで新王の即位によって多少は緩和されるものだと思われていた大和の情勢は、蘇我と物部という二大勢力によって完全に分断された状態へと様変わりした。

 これを受け、河勝は一族の本貫である太秦へと戻り、来たる動乱に向けて備えるという決断を下した。僕もそれに従って山背へと向かったのである。

 

 

 その後、もはや伯母上からの依頼など達成不可能であると判断し、河勝が寝ている日の出の刻の間に胸を張って問題の解決失敗を報告した。そして間もなく、大御神から有難いお叱りの言葉を受けたのであった。

 

 

 

『……まぁ、元はと言えば妾が其方達の忠告を無視して干渉しようとしたのが悪い。やるならばもっと早くに行動すべきであったし、やらないと決めたならやらずにただ落日の時を待つべきであった』

 

 

 

「……」

 

 

 

『いずれにせよ、今は世の流れに身を任せる他ない。朝斗彦よ、無理難題を押し付けたがそなたなりに行動してくれたこと、誠に大儀であった』

 

 

 

「文字通り鍛えてただけだからなぁ。こんな仕事内容で良かったのかは疑問だけどね。

 でも、そうだな。伯母上、貴女の言う通りに今は世の流れに身を任せるべきだよ。きっと最悪な道には進まないはずだから」

 

 

 

『ふむ、なぜそう言いきれる?』

 

 

 

「勘だよ、勘。勘で感じ取ったことが外れたことなんて今まで一度も無いもの」

 

 

 

『はぁ……。其方の斯様なところ、実に父にそっくりであるな。愛らしいやら憎たらしいやら……。

 ともあれ、お前が今最もなすべきことは終わった。諏訪に帰るでも良いし、そなたの好きにしてよいぞ』

 

 

 

 ……いや、そう言われてもなぁ。一度面倒見てしまった以上、今更全てほっぽり出す訳には行かないよなぁ。

 

 

 

「……分かったよ。けど暫くこっちにいるとは思う」

 

 

 

『承知した。ではな、気を付けるのだぞ』

 

 

 

 こうして、短いやり取りで僕は自身に取り巻いていた制約から解き放たれた。でも、まだ河勝がいる。それに王子も。彼らが生きている限り、その傍で見守らなくてはならない。

 師というものは、いつでも弟子に頼られていいように在るべきものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「おお、河勝よ! それに刀女比売様も! 二人とも朝から励んでおるな!」

 

 

 

「おはよう、国勝」

 

 

 

 河勝の呪いの訓練に一区切りつけ、気分転換に二人で修練に励んでいると、この地の有力者にして河勝の父である国勝が起きてきた。挨拶を交わして再び河勝の方へと視線を向けると、相変わらずしらーっとした表情でこちらを見つめていた。

 河勝にはなんで視えるんだと突っ込まれたけれど、何故か彼の父である国勝も僕のことが視えている。別に特別な力がある訳では無いにも関わらず。

 それに、異国情緒溢れるこの太秦の地は何故だか居心地がいい。ここに住まう者たちは朝鮮の地に出自を持つ者が多いのだが、どうやら彼等が古くより信仰している、とある存在が鍵であるようだ。

 

 

 聞けば、名を新羅明神(しんらみょうじん)と云う。かつて天空より韓郷の地に降り立ち、その地の悪神を退治した事で民に崇められたのだとか。そして、彼は東の海より彼等を見守っているという……。

 

 

 ……そんな話を国勝から嬉々として聞かされた時、頭に浮かんだ顔は一つ。あのしわしわヨボヨボな父の顔である。

 知っての通り、彼は若かりし頃に高天原より追放された後、一度韓の島に渡っている。そして本人曰く、"酷く居心地が悪い"と感じた事で、木々を生やし、船を組み立て海を渡ったことで出雲へと辿り着き、その後は知っての通り…という訳だ。

 

 

 他人の空似では? とも思った為、身体的特徴や性格についても聞いたが、大胆不敵、いかり肩、そして艶のある黒い癖付きの長髪だったとか。……その話を聞いた時、民が慕ってくれてるというのに何故あそこまで酷評していたのだと感じてしまった。そして思わずため息を着いてしまったのであった。

 結局、父があの態度なのでそれ実は私の父なんです〜とも言えず、適当に相槌を打っておいたが、そりゃあ、あの狂信具合ならその息子の一人くらいも普通に視える訳である。

 

 

 そして、そんな狂信的な国勝に新羅明神の化身と称されている河勝もまた、明るい髪色以外は全てその特徴に当てはまっており、僕の御魂を介して父の影響がかなり色濃く出ているのだ。

 

 

 

「いや〜……これは確かに新羅明神の化身ね」

 

 

「なっ、いきなり何を言い出すんだ。惑わそうとしたって無駄だぞ」

 

 

 





新羅明神は現在の滋賀県にある三井寺園城寺(みいでら・おんじょうじ)の護り神として知られる存在で、天台宗の智証大師が唐より戻る際、彼から船上で神託を受けたという伝説があります。
また各地には新羅明神を祀っていた記録が残る神社があり、神仏習合を果たした後の神道において、力で厄を払う存在として素戔嗚と同一視されていたとされるようです。

秦氏は百済の弓月君(ゆづきのきみ)を祖とするという言い伝えがあるものの、実際は新羅に出自を持つ一族だったのではないかと言われています。
この作品ではざっくりと仏教を信じていると描かれている秦氏ですが、古い時代だと信仰は地元文化と共生しているパターンが良く見られるので、国勝は仏を信じつつも明神は別枠で信じている…というキャラ付けになりました。

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