叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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五十五話 霊魂吸いし日輪草

 

 

 

 幽香は何も言わずに得物を構え、その先端より弾幕を打ち始めた。僕はそれを走って躱すと、辺りに生えた木々を蹴って高く飛び上がり、幽香に向かって急降下しながら宙返りし、勢いそのままにありったけの力で剣を振り下ろした。

 

 

 はじめ、幽香はそれを片手で受け止めたものの、力不足と見るや直に両手で得物を持って僕の攻撃を受け止めようとした。対する僕は落下の勢いをそのままに踏み込んで更に腕の力をかけ、敵の獲物を一刀両断するつもりで押し込み攻めたのだ。

 

 

 

 そして、あと一歩で得物が折れるかという時、幽香は顔に血管を浮かべながら不敵な笑みを浮かべ、僕の攻撃をいなしたのである。

 

 

 

「やるわね。やっぱり神を相手するのはそこら辺の雑魚とは違って中々に味わい深いわ」

 

 

 

「はぁ、そりゃどうも。でも、話してる余裕なんてあるのか? もっと仕掛けていくぞ!」

 

 

 

 剣を振り上げ、上段より打ち据えると、幽香はそれにすぐさま対応して受けの体勢をとった。

 隙を生じさせない相手に対して、僕は平常心のまま、なお且つ苛烈に攻め立てる。そして、幽香が攻撃を受け流そうとして手間取った瞬間を僕は見逃さなかった。

 

 

 正面に立つ幽香に対して僕は蹴りを放ち、対応に遅れた幽香はそれをモロに受ける事となった。

 手を地面に付けて起き上がろうとする幽香を見るやいなや地面を蹴って距離を詰めようとしたが、彼女はすぐに立ち上がって弾幕を放ち始めた。

 

 

 弾幕でやり合うのは真っ平御免だ。なので、初めの数発を刀で受け流した後、僕は少し位置を下げて自らの力を行使。木々が蠢き始め、自らを支える根を使って飛んでくる弾幕を巻き込みながら幽香を狙い始めた。

 しかし、幽香はそれらを気にすることなく撃退し、すぐさま僕へと距離を詰めて来ると、それと同時に頭上より大きく振りかぶって僕へと打ちかかってきたのである。

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 

「さっきまでのお返しよ。あれだけ好き勝手やってくれたのだから、私もお返ししなきゃよね?」

 

 

 

「フッ、そう簡単にやらせると思うなよ?」

 

 

 

 幽香の感情任せな乱撃を受けたあと、僕は刀に相手の得物を合わせたまま、それを身体を捻って受け流すと、流れるような動きで刀を返して無防備な敵の両手の下へともぐりこませた。

 そして、素早く持ち手を入れ替えて刀を逆手に持つと、下段より()ち上げる形でソレを振り上げ、その両手を切断する事に成功した。

 

 

 よし、決まったぁ! 

 

 

 

 

 

「うおっ!? なんだ今の技は!」

 

 

 

 草むらに隠れた河勝が驚きのあまり声を上げるのを耳にして僕がニヤついていると、両手首を切り落とされた幽香は地面へと転がった己の手を見てニヤリと笑い、だばだばと血を流しながらこちらを向いた。

 

 

 

「ふぅ……はぁ、身体を欠損させられるなんて経験、生まれて初めてだわ。確かに、簡単にはやらせてくれなかったわね」

 

 

 

「そりゃあ、そんじょそこいらの武人とは年季が違うさ。

 ……しかし、それに動じないのは流石だな。色々複合的な勝因があったとはいえ、前にやりやったヤツは身動き一つ取れないまま僕にやられたってのに」

 

 

 

「それはその敵が所詮その程度の雑魚だったに過ぎないだけよ。私は違う」

 

 

 

「……耳が痛いな。僕は一度ソイツに負けたんだ」

 

 

 

「あらそう、それは失礼したわね」

 

 

 

 ニヤリと笑いながらそう言ったあと、幽香は苦悶の表情を浮かべながらも妖力を高め始める。そして、腕の先より流れる血がぶくぶくと泡を立て始め、やがてそれは瘴気に包まれて人の手の形へと変化した。

 

 ……妖怪の自己修復って神とは違って生々しいから、正直見ていて痛々しいんだよな。

 

 

 

「フーッ、ハァ……、さぁ続きを始めましょう。まさか、あの程度で満足したとは絶対に言わせないわよ」

 

 

 

「おぉ……まだやるか、良いだろう。

 闘争心の強い戦士の相手をするのは好きだよ? 最近、刺激的な敵がほんとにいなかったからさ」

 

 

 

「過ぎ去った時代を忘れられない、哀れで時代遅れな神に引導を渡すってのも悪くはないわね。 朝斗彦、覚悟なさいッ!」

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 師匠とあの妖の女が戦い始めてからもう半刻が経った頃の事だ。

 乱雑で、肝を冷やすほどに鋭い攻撃を行うあの女に対し、師匠はまるで私に新たに戦い方を教えるかの様に弾幕を巧みに扱って対応し、そして確実に追い詰めていた。

 

 

 

 実は私は、師が真剣勝負に臨む様子をこの時初めてみた。私や太子様が子供だった頃、彼女……いや彼は私達に戦う為の術を叩き込んだ。……我らを神祇の戦士とする為に。

 結果、二人とも骨の髄まで仏教徒のまま育った……という面では完全に育成に失敗した扱いになりそうだが、その術というものはあの物部守屋と干戈を交えた衣摺の戦いの際に大いに活きることとなったのだ。

 

 

 

 私はこの自らの腕で武勇に誉れある守屋を仕留め、自分の腕に自信を持ち始めていた。

 

 ……察しがつくかもしれないが、男というものは、いささか調子に乗りやすい生き物である。初めあれ程嫌がっていたにもかかわらず、私は茂みより飛び出ると、師匠に加勢を申し出たのだ。

 

 

 

「ちょっ、河勝!? 何やってんのさ!」

 

 

 

「元はと言えば大王は私に頼もうとしたのだから、少しくらい挑んでも良いではないか!」

 

 

 

「そんな馬鹿なことがあるか! 下がっていろ!」

 

 

 

 師匠の静止があったにも関わらず、無謀にも私は大刀を引き抜いて目の前で袋小路のねずみとなった妖へとトドメを刺しにいった。……すると、妖の女はギロリとこちらへと目を向け、私の攻撃を受け切ると同時に師の攻撃を受け流しながらも、私に対して苛烈極まりない打撃を連発したのだ。

 

 

 

 私は自らの愚かな判断をすぐに後悔する事となった。

 

 

 敵はその桃色の傘で私の刀の鎬を削るほどにキツイ一撃を何度も繰り出し、対する私はその一発一発を受ける度に両手が痺れ、果てにはよろけて地面に手を着いてしまったのだ。

 殺される! と思って覚悟を決め、目を逸らさずにいると、敵はその冷酷な眼差しをこちらに向けたあと、わざわざ彼女自らの後ろへと飛び移って距離を置いた。

 

 

 

「終わりにしましょう」

 

 

 

 そう言うと、敵は得物である傘の先端をコチラへと向けた。

 辺りに咲き乱れる季節外れの曼珠沙華より力を奪って貯められたソレは、当たったらまず間違いなく身体が消し飛ぶモノだった。

 

 

 

「マズいっ、河勝!」

 

 

 

 師匠はすぐさま我らの間へと割って入って何重もの五芒星の印を結び、私を庇うように結界を張った。そしてその瞬間、妖の持つ傘から光線が発射され、目の前は真っ白になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、しぶといわね」

 

 

 

「いやぁ、今のは効いたな。

 自分だけが痛い目に遭うのは気にしないけど、周りの者に危害を加えられるのはイヤな性分でね」

 

 

 

「ほんと、アナタは他人に甘いわね。まるで花の蜜のよう」

 

 

 

「それを言うなら木になる果実だろう? 幽香」

 

 

 

「……ふん、表現の違いなんてそんなのはどうでもいいわ。でも……そうね、少しはスッキリしたわ」

 

 

 

「そりゃあ結構。幽香、弟子が迷惑かけたね」

 

 

 

 そう言って、親指で指しながら後ろに座り込む河勝に目を向けると、彼は後ろめたそうに目を逸らした。

 

 

 

「私との力量の差も分からない馬鹿弟子の割には、意外としぶとかったわね。

 ……まぁ、悪くはないわ。私と戦ったことで何か新たな扉を開けるといいわね」

 

 

 

「お、珍しくお褒めの言葉だ」

 

 

 

「煩い。 ……満足したから私は帰るわ。それじゃあ、またいつかあいましょう? 朝斗彦とその馬鹿弟子さん」

 

 

 

 そう言い残すと、幽香は先程まで乱雑にぶん回していた花を優雅にさし、そしてスタスタと日輪草の畑へと歩いて帰っていってしまった。

 

 

 残されたのは僕と河勝の二人のみ。

 ……彼を導く者として、無謀な行動は叱らねばならない。彼が同じ過ちをせぬ様に。

 

 

 

「……ねぇ、なんでいけると思ったのさ? 河勝」

 

 

 

「……貴方がヤツの両手首を軽々と落としたから、私でも行けると思ってしまった。守屋を仕留めた私であれば、勝てるかもしれない……そう思ってしまったんだ」

 

 

 

「……人間と妖は違うッ! ヤツらは君や僕と似た姿形をしていても、根本から違う恐ろしい存在なんだ! ましてや、幽香はその中でも特に危険な原初の妖怪の一人なんだぞ!」

 

 

 

 

 

「……ッ。そう、だな……」

 

 

 

 

 

「……あの時以来、この国で大きな戦は起きてない。

 有象無象の雑兵に加えて、たった一人の有力者を討ち取っただけの若造である君が、あんな恐ろしい相手に勝てるわけないじゃないか……。

 

 

 勇ましい事は大変結構! だけど、過ぎた蛮勇は身を滅ぼす。君は危うく、掴むはずだった未来さえも失う事になるかもしれなかったんだ。

 そんなことは絶対にしちゃダメだ……絶対に。

 

 

 ……何事も全て一手、いや二手先を読め、河勝。

 自分に挑む資格がない限り、無茶だけはするな。約束してくれ……」

 

 

 

 

 

「……そうだな。申し訳なかった、師匠。約束する」

 

 

 

 目に見えて落ち込んだ様子で未だ地べたに座り込んだままの河勝に手を差し伸べてやると、彼は少しの間躊躇したものの、結局は僕の手を掴んで立ち上がった。

 

 

 

 

 

「……分かれば宜しい。

 

 ……よし。叱るのはここまでにしよう。ここからは河勝、君の出番だぞ! 河内の者達に事情を説明し、あの花畑から日輪草を摘ませないようにするんだ」

 

 

 

「……大丈夫だろうか? 戯れ言だと一蹴されてしまわないだろうか」

 

 

 

「大丈夫大丈夫! 君は戦争の英雄なんだから、自信を持って行けば皆分かってくれるさ」

 

 

 

「分かった、やってみよう。

 

 

 ……それにしてもあの花妖怪め。また会おうだって? そんなのはこちらから願い下げだ。なんなんだあの怪力は? 腕がちぎれるかと思った」

 

 

 

「まぁまぁ、そう言わないであげてよ。きっと彼女なりに河勝の事を認めてくれたんだよ。

 ……僕もさ、まさか河勝がひとつも怪我を負わないであの連撃を凌ぐなんて、全く思いもしなかったもん。あの幽香相手によくやったと思うよ」

 

 

 

「……別に、私は貴方の顔に泥を塗るような真似はしたくなかっただけだ……

 

 

「なんだってー? 出来が良いうえに嬉しいこと言ってくれるなんて、全く弟子として最高じゃあないか〜! よしよし!」

 

 

 やめろ! もう子供じゃないんだぞ! オイ! 女の姿に戻って引っ付くのをやめろ! 

 ……ああほら、やっぱり冠が落ちたじゃないか! 全く、これだから貴方というヒトは……」

 

 

 

 いやー、弟子が慕ってくれるのを嫌がる師匠なんて居ないよね。感心感心。

 

 その後、僕がぴぃ〜っ!と甲高い音の指笛を鳴らせば、直に河勝の馬が戻ってきてその頭を擦り付けてきたので、お前も撫でて欲しかったんだねぇと言って撫でてやっていると、横にいた河勝が怪訝な目でこちらを見ていた。

 

 

 

「……何故コイツが貴女に懐いている?」

 

 

 

「え? ああ、暇な時に馴致してたんだよ。いい子だよねぇ、指示の聞き分けもいいし」

 

 

 

「ほう…………?!!! 

 貴女のせいだったのか! 仕事中や我が家で寛いでいる時、繋いだはずの馬が放馬してるって何度も騒ぎになったのは!」

 

 

 

 やべ! バレちった! 

 でも、触ったとはいえこの子の所有権は貰ってないから許して! 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「屠自古、我を太子様に会わせてはくれないか?」

 

 

 

「……なぜだ? 会う必要など無いのでは?」

 

 

 

「会う必要があるから言っておるのだ! このたわけめが」

 

 

 

「なっ!? おい布都! お前継母とはいえ、太子様の妻である私に対してそんな口聞いていいとでも思ってんのか!」

 

 

 

「煩いわ! 偉いのは太子様であってお主ではない、このベロベロバーめ!」

 

 

 

「くっ、人が気にしてることを……! 

 おい布都! お前ただじゃおかないからな!」

 

 

 

「ふん。屋敷育ちの大根がごときその脚で、鍛えられた我の足の速さに追いつけるかな?」

 

 

 

「……ッ、うがー! 今日という今日は絶対に許さない! 待て! このアホ!」

 

 

 

 河勝と朝斗彦が太陽の畑を調査しに行ったちょうどその頃、いつものお騒がせ女子こと物部布都は、斑鳩宮に住まう義理の娘である蘇我屠自古に会いに行っていた。

 母娘と言うよりも姉妹のような二人は、例えるならば守屋と馬子の関係を大量の水で薄めたような感じであり、出会えばすぐにでも喧嘩を始めるという、大変仲の良い関係性である。

 

 

 ……そんな二人を接触させていいのか、という問いについて、蘇我の棟梁である馬子曰く、

 

 

「喧嘩するほど仲が良いなら別に私は構わん」

 

 

 という認識のよう。鉄仮面の宰相も家族についてはそこそこに甘いのである。

 

 

 

 

 

 話を戻して、布都が斑鳩へとやってきたのには理由がある。

 彼女はここ暫くの間、ひたすらに斬れ味鋭い馬子の懐刀として活動してきた。しかし、ある時彼女はこう思ったのだ。

 

 

 我は太子様に忠誠を誓ったのであり、馬子殿にはただ協力してやっているに過ぎない。故に我が真の主は上宮太子・豊聡耳王子である……と! 

 

 

 

 そしてそう感じたその日の晩のことである。

自身の夢枕に現れた豊聡耳王子に

 

 

 

『布都……布都……、わたしに仕えなさい……?』

 

 

 

 と、中性的で、かつゾワゾワくる声色で耳元にて囁かれた*1布都は、まるで鉄は熱いうちに打て! と言わんばかりに飛び起きてすぐさま行動を開始した。

 

 

 隣の布団で寝息一つすら立てないほどに静かに眠る馬子を少したりとも気にせずにガサガサと音を立てながら着替え、荷造りを始めると、布都は早朝の日が出て間もない頃に一人で斑鳩宮へと向かい、そして案の定門前払いを喰らったのであった。

 

 

 その後、続々と人々が起きて動き出す刻のこと。

 門の横で座り込み、しくしくと涙を流していた布都であったが、飛鳥宮へ出勤しようとした豊聡耳王子に対して困り果てた衛士が相談をしたことで、太子はその存在に気が付いた。

 その姿を哀れに思った太子は彼女を中へ入れなさいと命じ、自身は件の花妖怪の件で用があったため、そのまま飛鳥の宮へと向かっていったのである。

 

 

 そして、招かれざる客である布都は斑鳩宮にて、屠自古に小言を言われながらもタダ飯を食らい、そして勝手知ったる我が家のように仮眠の時間を設け、今に至るという訳であった。

 

 

 

「我がお主に捕まるのと、太子様が戻るの、どっちが先であろうな!」

 

 

 

「知らんが、絶対捕まえる!」

 

 

 

 結局、太子が戻ってくる時までの間、屠自古は一度たりとも布都を捕まえられず、その悔しさのあまりに彼女は涙を流したのであった。

 

 

 

*1
当然これは布都の幻覚、幻聴である。






飛鳥時代に幻覚で擬似的ASMRを受ける豪族少女、先進的すぎる。
個人的に、太子様は格好いいけどカッコよすぎずに可愛さを兼ね備えた、ASMR映えのする声の持ち主だと思うんですよね。異論は認めましょう!

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