叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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六十一話 常世祓いの幕間劇

 

 

 

 しかし常世の信仰ね……こんな所で絡んでくるとは。

 大国主様より伝え聞いた情報があったから良かったけれど、あんな人任せな命令じゃあ並の奴はたまったもんじゃないだろ。

 

 

 確か……ヤツらは私財を投げ打って芋虫を育てるんだっけか。大国主様は半人半霊が信じてるって言ってたけれど、つまりは……あの方が怒りのあまり顕界に集団追放したってのが今になって響いてる……って事なの? 

 

 

 

「……あれ、もしかして僕ら国津神って問題起こしすぎ?」

 

 

 

『ふっ、今更気付いたのか? 我が甥よ』

 

 

 

「え? うわっ、伯母上! 久しぶりに声聞いた!」

 

 

 

『まさか未だに畿内にいるとは思いもしなかったが、元気そうでなによりだ』

 

 

 

「……まぁ、もう直に長い子育てが終わりそうだけどね。それにしても、急にどうしたのさ」

 

 

 

『近頃のそなたが一人で居るのは珍しいのに加え、妾もやっと休めたからな。所謂神の気まぐれ、と言うやつだ。悪かったか?』

 

 

 

「いいや全然? 伯母上、調子は変わらず?」

 

 

 

 僕がそう聞くと、伯母上はため息をついた。

 それに首を傾げていると、どうやら遣いとして支配領域の管理を代行している八咫烏達がその温度調節を間違えてしまったのだという。

 お陰で天下への影響こそ多少は免れたものの、伯母上の領域は猛烈に暑くなり、不変の存在であるにもかかわらずすっかり彼女は日焼けしてしまったのだとか。

 

 

 えっと、不変って……? 

 

 

 

『出来うる限りのことはしたが、妾も以前ほど力が出せなくなった。故に少し時間が経った後に影響が出るやもしれぬ』

 

 

 

「あら〜」

 

 

 

 伯母上の少しってことは、人だったら何代も世代が変わった後だろうなぁ。多分三百年くらい後かな? 

 

 

 

「おっとそうだ、伯母上に聞きたいことがあったんだ。少彦名様って今どこにいるかわかる?」

 

 

 

『少彦名? ……ああ! あの小人の国津神か。いや、妾は知らんな。それこそ、そなたの旧主が一番詳しいのではないのか?』

 

 

 

「いや、前……七十年くらい前に大国主様本人に聞いた時にそれらしき話題は出たんだ。

 

 

 んで、あのお方は冥界にいると目星をつけていたみたいなんだけど、結局再会出来なかったみたい。でも、あそこには常世神を奉じる半人半霊達が居たって言う話じゃない? だから、伯母上なら何か知ってたりしないかな〜と思って」

 

 

 

『ふむ……なるほどな。彼奴が自ら望んで冥界に入ったのは斯様な理由があってこそか。

 ……しかし、あの神は朝斗彦、そなた以上の風来坊だったと妾は記憶しているぞ? もうとっくのとうに野垂れ死んでおるかもしれないし、子孫が何処かに居るやもしれん』

 

 

「そうだよね……分かったよ、ありがとう」

 

 

 

『済まないな。そなたの役に立てなくて』

 

 

「伯母上が謝らなくていいのに。僕はただ大国主様が喜ぶ報せでもあればと思っただけだからさ。むしろ大量に親戚がいるのに、ここまで気にかけてくれてる以上、こっちが申し訳ないよ」

 

 

『いや何、其方は弟の腹立たしい部分を無くした可愛い妾の身内なのだから幾らでも頼ると良い。他の嫡出の甥姪共は親に似て何処か可愛げがないから余計にな』

 

 

 

 八坂の神々、なんて言われようなんだ。

 ていうか、伯母上って父上の事好きなのか嫌いなのかよくわかんないんだよね。僕の事褒める時って絶対弟って単語が出てくるし。

 

 

 父上元気にしてるかなぁ、してるだろうなぁ。アホなことしてないといいけど。

 

 

 

『そういえば、其方。選ばれし者はどうなった』

 

 

 

「えっ? 王子のこと? もう随分と前に息を引き取ったよ?」

 

 

 

 僕がそういうと、伯母上は『なんだと!?』と酷く驚いた様子。なんだ知らなかったのか。ついでにこの前一族が族滅された事も伝えると、まるで信じられんと言った様子の反応を見せた。

 

 

 

『いつの間に死におったのか、妾にはさっぱり分からなかった。なんということだ……妾の切り札だったというのに』

 

 

 

「何人もの殉死者が居たけれど、あの子は誰にも死に顔を見せなかったんだよ。僕達も人伝に知ったからね」

 

 

 

『……神になる力こそはあれど、所詮は人の子か。なんとまぁ儚いものよ』

 

 

 

「そうだね。寂しいものだ。

 あっそうだ、宿神こと河勝は今彼等の菩提寺に行ってるんだよ。今更叶わぬ願いだけれど、彼の元気さを少し分けてやりたかったくらいだ」

 

 

 

『ふふっ、そんな事出来るはずが無かろうに。

 

 

 ……? なんだお前達、今甥と話しているから突ついて来るなと言っただろう。……何だと!? うぬら何をしておるのだ! 他所の神を刺激するなと常々言い聞かせておったでは〜……』

 

 

 

 ……またなんかあったんだろうな。

 明らかに騒がしい様子が聞こえた後、伯母上からの念話はぷつりと切れた。仕方が無いのでちょっと情報収集に勤しむとするか。

 

 

 僕の力にかかれば、今の豪族達の纏う摺り衣に冠だって簡単に真似出来るのだ。これで怪しまれずに済むだろうよ。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 供回りを連れて斑鳩へと足を運ぶと、そこには大臣による焼き討ちで燃え尽きた斑鳩宮と、大きな被害を免れて再建中の斑鳩寺があった。

 何でも、先の山背王子の変の際に大臣が訪れたあとに突如として雷が落ち、槍が降るかの如く雨が降ったといい、そのおかげで寺の被害は軽微だったのだとか。この一連の出来事について、陰謀に加担したと噂される諸王子は山背王子と太子様の祟りだと噂し、そして再建へと動くことになったという。

 

 

 

「……しかし噂通り、宮は跡形もなくなってしまったな。

 そのうえ、未だに焼け跡が放置されるとはなんという無念。これでは昨年死に斃れた王子たちが浮かばれんな」

 

 

 

 この宮は実に思い入れが深い。

 かつてこの斑鳩宮ないし寺の造営において、それぞれの区画に割り当てられた人員の管理を何人かの豪族達と共に任された。

 そして、そのまとめ役たる太子様御自らが指揮を執り始めるまでの間、事務仕事に加えて資材を運ぶのを手伝ったりと随分と汗水を垂らしたものだったな。

 寺の方はその後私の関わらぬ所で何度か手が加えられたが、何かと太子様に呼び出されてはこの敷地内を巡ったものだ。

 

 

 

 かつて太子様によって亡き橘豊日大王に捧げられた釈迦如来の像に祈りを捧げ、様々な思い出に耽りながら師匠の言う通りになったな……などと一人考えていると、作業の喧騒に混じって何処か浮世離れした気配を感じた。

 

 

 そして、その得体の知れない気配に導かれるがままに言うことを聞かなくなった足を運ばせると、目の前には夢殿と呼ばれる仏殿があった。

 正面にある扉は固く閉ざされており、気配の正体は分からなかったが、ちょうどその時に寺に務める僧侶が前を通りがかったので、私は彼に少しばかり話を聞く事にした。

 

 

 

「もし、そこの方。ここからは何処かむず痒い気配を感じるのだが」

 

 

 

「これは秦河勝殿。お久しぶりでございます。

 

 ……実はそう言われたのは二度目でございます。

 かつて身罷られる直前の額田部女王*1にも良からぬ気配があるから何とかした方が良いと言われたことがあり、故に我らはここを通る際は毎日欠かさず救世観音様へと祈りを捧げ、この謎の邪なる気を祓うようにしているのです」

 

 

 

「なるほどな。……しかし、この寺院に勤める者ですらも原因が分からぬとは、厄介極まりない物だな」

 

 

 

「ついこの前にも例の一件がございましたのでねぇ。開基に尽力してくださった彼等一族の無念を現世に遺さぬよう、努めてまいります。

 

 ここ夢殿は開かずの仏殿故に中に上がる事は出来ませぬが、是非河勝様も一度お祈りになられると宜しい。さすればきっと、聖徳王様や山背王子様もお喜びになられるはずです」

 

 

 

 確かに、言われてみればその通りだ。

 私と側仕えの者たちは彼に言われた通りに祈りを捧げ、作業の邪魔にならぬよう早めに退散する事にした。早い所例のインチキ宗教家を倒さなければ、死んでも死にきれないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いやいや、危なかったですねぇ屠自古さん。あのまま妖力を暴走させたら危うく河勝様にバレるところでしたよ? 

 ここの事がバレたら豊聡耳様の復活も叶わぬ願いとなってしまうのですから、お気を付けくださいな」

 

 

 

「うっ……、悪かったよ。許してくれ……」

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

「ああ、お貴族さま! 私めのこの常世虫を見てくださいよ! 立派でしょう!?」

 

 

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

 邑の者たちから話を聞き、この度常世信仰が盛んだという地域に潜入するは葦原朝斗彦改め、秦朝勝である! ででん。

 

 

 嘘だよ。若かりし頃の河勝の格好を真似た上に勝手に秦氏の縁者を名乗っているけれど、まぁなんとかなるでしょという気持ちだけでの行動である。

 ……ホントは(みわ)か八坂って名乗った方が良いんだろうけどね。

 

 

 さて、潜入に成功したのはいいものの、皆見事なまでに虫の飼育に夢中になっている。その上、先程のように純粋無垢な瞳を向けながら話しかけてくるので何とも言えない気持ちにもなってしまうよね。

 こんなモノの何が徳になるのやら……なんて考えてしまうが、いやしかし人々の想いというものはいずれ形を成すものだ。放置すればやがてどこかの祟り神*2のように実体が生まれだし、人の世に悪影響を及ぼす事間違いないだろう。

 

 

 ……いやでも、なんかこの青虫がむしゃむしゃと葉っぱを食べてる姿はちょっと見ていてハマりそうだな。僕も育ててみようかな? 

 

 

 

「おや、お貴族様もご興味がおありですかい? 

 何でも、遠く駿州に住まう大生部多様が説く教えによれば、この虫を敬えば貧しき者は富を得て老いを失い、やがては人の身を超越した力が得られるのだとか! これはもう、やるしかないですよ!」

 

 

 

 なんだそりゃ? たかが揚羽蝶の青虫を育てたところで意味無いでしょうよ。……ん? ちょっと待て、駿河だって? おお、そんな場所に標的は居るのか! これは知らせねば。

 

 

 

「……うーむ、私は既に欲しいものは充分に持ち合わせているから結構だ。

 

 いやしかし、この子らが育つ様子を見るのは心が癒されるだろう? きっと、健やかな気持ちで仕事を行い、家へと戻って再び世話をしてやればより充実感が増すと思う。

 それにほら……きっとただ一日中眺めるより、時間を置いて眺めるのだとその間に成長してるやもしれんからな?」

 

 

 

「……ああっ、確かに! 皆育てて安置するのはいいけれど、他にやることもなくて暇だ暇だとは言っていたのですよ。伝えてやればこぞってそうしだしますぜ!」

 

 

 

 話しかけてきた百姓はそういうや否や「おおい、皆!」と叫びながら走り出し、彼と同じように虫を育てる皆へ僕からの受け売り話を聞かせた後に皆で踊り始めた。

 

 ……まぁ、仕事に従事してる間に盗みが起きたりしても、それはそれでしょうがないよ。だって人ってそんなもんだしね。それに、僕はあくまでも彼一人に提案しただけだから大した関係もない。

 まぁ残酷な話だけれど、本物の神というのはそこら辺強かでないと生き残っては行けないのだ。

 

 

 

……

 

 

 

 そんな喧騒を抜けて表の通りへと出ると、斑鳩より戻ってきた河勝一行の姿が見えた。そこで、いつもの己を視認させる術を使うのをやめて飛んで近付くと、唯一僕のことが視える彼は大声を上げて驚き、そのせいで危うく落馬しかけてしまった。

 

 

 

「……オイッ! 驚かせるんじゃない! 危うく死ぬ所だったではないか!」

 

 

 

「ごめんごめん。まさかそんなに驚くとは思わなくてさ」

 

 

 

 落馬一歩手前だった所を並走する奴婢達に助けられた河勝は、まるで僕の父が憑依したかのように顔をしわくちゃにして怒り出した。そりゃ怒るよね。

 

 

 

「ふん、全く……! ここまで生きて、最期の死因が落馬*3など真っ平御免だ!」

 

 

「もう、許してよ〜悪気はなかったんだからさ」

 

 

「やめろ、女子の姿で顔をうりうり擦り付けてくるな! この妻帯者めが! また落とす気か!?」

 

 

 

 あっ、後ろで「またいつものが始まったぞ……」と小声で噂されてる。可哀想に……って、私のせいか。へへへ。

 

 

 

「…あっ、そうだよ河勝! すっかり忘れてたけど君に伝えなきゃならないことがあったんだった!」

 

「?」

 

「あの敵のこと! 何でも、例のヤツの信者に話を聞いたところ、教祖は駿河に居るらしいよ?」

 

 

「何ッ!? それは本当か?! 

 急ぎ屋敷へと戻り、支度を行わなければ! 者共、急げ!」

 

 

 

 河勝の号令を聞くやいなや側仕えのもの達が先頭に立ち、退け退け! と民草を路肩へと追いやり、そのまま一団は屋敷まで一直線に飛ぶように帰ってすぐに出立の準備を始めた。

 なんだよ、自分の事を近い内に将星落つなんて言ってたくせに全然キビキビ動けてるじゃん。

 

 

 

 

*1
推古帝の事。

*2
諏訪子「なんだとお前ー!」

*3
実際に落馬が原因で死去したとされる偉人だと藤原鎌足(墳墓より見つかった彼のモノとされる遺骸には落馬の影響と見られる外傷があった)、源頼朝や佐竹義重などがいる。背丈の低い在来馬でも簡単に重傷になるので本当に危険。






河勝と朝斗彦は師弟関係にありますが、言わばリ〇クとナ〇ィみたいな関係です。にしては随分とむさ苦しいけど。

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