叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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六十二話 不尽の山は見ている

 

 

 

 

 敵の居所が分かった以上速攻するのが吉と判断した河勝は、先日出した報せをすぐに受け取ったであろう太秦、播磨、淡路の兵達が合流出来次第大和を発つという決断を下した。

 そして、二週間が経った頃には続々と兵士が集まり始め、出立の時間は刻一刻と迫っていた。

 

 

 

「おお……。久々に君の甲冑姿をみたけど、今の鎧ってこんなに精巧な作りなんだね」

 

 

 

「フッ、我等の軍装は大陸譲りのものだ。私は隋や唐に加え、三韓とも積極的に外交役をしてきた分、そういった先進的なものは敏感に採り入れている」

 

 

 かなり重いだろうに、杖ありとはいえよくこの歳で普通に立ってるよこの弟子。ちょっとにわかには信じられないな。

 

 

「いや、凄いよこれ。僕の頃なんてもっと大雑把に金属鎧や木を加工したものだったし、そもそも僕達より精強だったヤマトの兵士ですらも上裸なんてこともザラだったもんなぁ。

 コレがあればヤマト相手に大苦戦せずとも済んだのかな〜? いや、それとこれは別か。

 

 はー……兜や草摺(くさずり)*1なんてほら、ここまで細かい小札を縫い合わせるのに一体どれだけの時間と労力が必要なのか……。いや〜ずっと見ていられるね、これ。ねぇねぇ、触っていい?」

 

 

 

「子供か貴方は……。別に良いがあんまりジロジロ見るな。恥ずかしいだろう」

 

 

 

「気にしなくて良いじゃん別に、似合ってんだから! え〜いいな〜僕も着たいな〜」

 

 

 

「……貴方にかかれば前の摺り衣みたく模造出来るんじゃないのか?」

 

 

 

「あれは普段から着るところを見てたからいけたけど、これはちょっと複雑すぎてわからない。もっと詳細を理解しないと厳しいかも」

 

 

 

「意外と完璧主義者なんだな……。というか、もう行っていいか? 皆が待っている」

「あっそうだね! ごめんね引き留めて」

 

 

 やばっ。僕としたことが、すっかり自分の世界に入り込んでしまっていたよ。めちゃくちゃ恥ずかしい……。

 

 

 

 こうして河勝のそばに付き従ってついて行くと、屋敷の敷地内には精強なる秦の兵士達が控えていた。新羅への征討に備えて鍛えられた彼等はまるで獲物を狩る捕食者のような顔つきであり、傍から見ればこれから謀反でも起こすのかという様な雰囲気である。

 これでも一応、大臣からの任を受けた官軍だからね。何もコソコソする必要は無いのだ。

 

 

 

「揃ったな。

 

 これより我等は蘇我大臣の命により、駿河に潜むという敵を討ちに出る! 敵の名は大生部多、根拠のない教えで民を惑わす国賊だ! 仏法で国をまとめあげんとする我等に仇なす者は何人たりとも許されない! この国の剣として、敵は全て打ち砕いてみせよう! 者共、出陣するぞ!」

 

 

 

『応!』

 

 

 

 こうして河勝率いる軍勢は東の鈴鹿の山々を越えて伊勢へと入り、東海道を進んでやがて駿河へと入った。

 東国においても依然影響力を保持する彼の用意は万端であり、昨日の敵は今日の友と言わんばかりに同族の手助け(実に調子の良い奴らだこと)があったお陰で天竜川、安部川での輸送も恙無く行われた。

 

 

 

 どうやら、地元において此度の敵はそこそこに名が知れた存在であるらしい。彼は天高く聳えし不尽の山の麓、遠く諏訪の湖よりここ駿河まで流れる不尽川の流域より程近い場所に住まうとされ、その地にはここ数年、年中花を咲かせし妖しき桜があるのだとか。

 

 

 

 これが駿州、遠州にいる河勝の親戚からの情報な訳だが、ここで一つ思い出したことがある。

 かつて天変地異が起きた際、僕は上毛野の袿姫さんの縄張りにおいて千亦さんと一緒に多少の人助けを行った。そして、その時に助けた一団を導いていたのは、死んでも死にきれないと名高い半人半霊の男だった。彼は自らの故郷を駿河と口にし、そこを目指して行くと宣言したのだ。

 その大生部多とやら、きっと彼に違いない。

 

 

 

 ああ、最初から繋がってたのか。

 地元に戻る際の不手際で宿神を生み、そんな事有るんだ〜などと軽い気持ちで笑っていた我が主の話に聞いた存在である、かつて自分が助けた妖をその宿神が討つ事になるとは。

 

 

 今まで歴史の証人として数多の出来事を見守ってきた以上、覚悟を決めるしかない。そうだ、今までずっとそうしてきたじゃないか。最強の国津神の子として、弟子を鍛えた師匠として、僕はただ見守るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 多くの支流に別れた氾濫原(はんらんげん)を渡り、見るからに季節外れな満開の桜が咲く土地へと向かい合うように河勝は平坦な土地へと布陣する。そして、形ばかりの使者を派遣して降伏を勧めたものの、やはりというかなんというか、使者は手ぶらで帰ってきた。

 

 

 

「お役に立てず申し訳ございません、河勝様。

 奴等は最早まともな人にあらず。故に私めは兵を向かわせ、討伐する他無しと考えます」

 

 

 

「お前が謝る必要などない。降伏か、死か、その二つを問われ、奴らは死を選んだだけだ。故にお前の策を受け入れよう」

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 戦いだ! 

 

 

 蛍が飛びかい、羽虫が鳴く夜の刻において、戦いの火蓋は切って落とされた。先に攻撃を行ったのは敵陣営。周りに生えた背の高い叢へと隠れた彼等は鋭く研がれた直剣を振り回しながら、秦の陣を奇襲したのだ。

 しかし、夜が明けた後に攻めると言いつつも、河勝は敵の夜襲の可能性をあらかじめ読んでおり、各指揮官達に備えさせていた。そしてその読みが当たったことで、霊力の籠った刀を振るい、激しく斬りかかってくる敵を相手に秦軍は万全な体勢で迎え撃ったのである。

 

 

 周辺の地理を知り尽くした敵はなかなかの強敵であり、練度に勝る秦の兵たちにとっても生半可な相手ではなかった。

 それでも河勝は陣頭に立ってその攻撃を受け切り、味方の士気を高めさせた。その結果、両軍激しく揉み合いになったものの、結果的には官軍の誇りある秦軍が優勢となった。

 

 

 かつて守りに徹すること無く、隙を見逃さずに一気呵成に攻めよと教えたのが功を奏したのか、夜分遅くにも関わらず河勝は退こうとする敵を激しく追撃した。結果、敵は慌ててその場から逃げ出し、初戦は我々の勝利という結果になったのだった。

 

 

 

「これで我等が負ける事など有り得ないことを敵に知らしめることが出来た! 秦の精兵達よ!勢いはそのままに今は休み、明日総攻撃をかけるぞ!」

 

 

 

『応!』

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 奇襲を撃退し、安心して睡眠を済ませた兵士達には敵など居ないだろうね。実に素晴らしい勝利だった。

 

 

 

 ……あ、今は刀女比売の姿だよ。なんでかって? それはこの戦が間違いなく河勝にとって最後の戦になるから。なら、彼にとって一番慣れ親しんだ姿でその勇姿を見届けようという訳。

 

 

 

「諸将に兵士たちを集めよ。演説を行おう」

 

『ははっ!』

 

 

 

 天幕より飛び出ていった指揮官達を見送ると、河勝はため息を着いてどっしりと座に着いた。なんだかんだ言いつつも、限界に近付いてきているのだろう。

 

 

 

「……河勝、身体は大丈夫?」

 

 

 

「まぁな。

 ……いやな、この歳になろうともやはり戦は怖いのだ。私は元々軍人になるつもりはなかったし、今でもこうやって軍を指揮しているのが信じられない」

 

 

 

「なまじ軍功を上げちゃったからねぇ。あの守屋を斬った男に敵なんて居ないでしょう?」

 

 

 

「やめてくれ。一体いつの話だと思っているんだ。

 あの時共に戦った人々も今は誰一人生き残っちゃいないんだぞ? 太子様も、馬子様も、父上も。なにもかも全てな……」

 

 

 

 

 

「またそうやって自分を追い込んで……。

 君ならやれるわ。身に渦巻く神の力が、北斗の星の加護がきっと、必ず貴方を守ってくれる。だから、弱気になどならずに突き進むのみ! 分かった?」

 

 

 

 私がそう励ましてやると、河勝はキョトンとした表情を浮かべたあとに破顔し、「そうだった、そうであったな!」と言い、それはまるで憑き物が取れたかのような顔だった。

 ……いや、憑き物が取れたら繋がりが無くなってしまうんだけどね。

 

 

 

「……ハッハッハッ! そうだな。師匠、貴女から力を受けてしまったが故に私は同志の皆が死してなお、ここまで生き長らえてしまったのだ。少しくらいは守ってもらわなければなるまい!」

 

 

 

「勿論! ……にしても。君も翁になった今、どっちが師匠でどっちが弟子か見た目だけじゃ分からないよねぇ。なんか面白いや」

 

 

 

「……おいおい! それはズルいじゃないか師匠。私からすればシワのひとつやふたつ、貴女に分けてやりたいくらいだというに」

 

 

 

「残念だねぇ、老いを知らぬままに神霊になってしまったものなぁ私は。いやはや、河勝はどういう神になるかね?」

 

 

 

「見ておれよ師匠? 必ずや私は此度の戦で手柄をあげ、その手土産をもって神へと登極する! 絶対に若返ってやるし、五体満足の状態でヤマトの神に仲間入りしてやる」

 

 

 

「ヤダもう翁がこーんなに若々しい女神にむかって師匠なんて言わないでよ。歳がバレるじゃん」

「バレてしまえばいい」

 

 

 そんな冗談を言った後、傍から聞けば世迷い言にしか聞こえない河勝の発言に対して楽しみに待っているよ! などと反応して笑いあっていると、前方から「あ、あのぅ河勝様……よろしいですかな?」と強面の指揮官が話しかけてきた。そして横には気まずそうな表情で整列した兵士達が揃っていた。

 

 

 ……最後の最後まで顔のど真ん中に貼られた奇人の札は剥がせなかったか〜。我ながらめっちゃ他人事で笑えるよね。

 

 

 

「…………ウオッホン! ……皆、揃ったようだな。

 

 

 ……此度従いし太秦の子、秦の戦士たちよ! 向こうに見えるは女王の治世を惑わす奸賊、大生部多の手勢だ! 

 だが、畏れることはない! 我らは皆偉大なる(しん)の帝*2の血を引きし弓月君の子である。その威光をもってして賊徒どもに目に物見せてやろうではないか! 

 

 見よ、聞け、そして語れッ! そなたらが此度の戦を伝える事で、我らの勝利は歴史に語り継がれることとなるだろうッ! 

 

 

 全軍、私に続けッ! 目の前の敵を打ち砕き、必ずや勝利を手にするのだ!」

 

 

 

 河勝の演説を聴いた戦士たちは剣を掲げ、唾を撒き散らしながら雄叫びをあげた。そして、馬へと飛び乗った河勝の後を追うように走り出し、敵を討つために出陣したのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

「おーい! こんな所に閉じ込める必要なんてないだろー! だせー!」

「そうだそうだー」

 

 

 

 場所は変わって此度退治されることとなった首魁である大生部多の屋敷。ここは常世信仰の顕界における聖地であり、冥界からの力が漏れ出る、定命の者にとっての危険地帯である。この地に住まう者たちは大体が傍に分身たる霊魂を連れた半人半霊であるが、かく言う彼女達は違う。

 

 

 一人は少名彦ノ坊(すくなひこのぼう)。自称少彦名命の子孫の小人であり、彼が創り出したとされる小人の国から飛び出し、自らに流れる血を喧伝して回っていたところを多に拉致された。

 そして、もう一人は多の計画にとって不可欠な存在である、ぷにぷにモチモチな半身を持つ揚羽の幼き精霊。自称する名はエタニティラルバと言うが、勿論そんな名前はこの時代の者たちにとってあまりにも馴染みがないため、半人半霊共からは常世神様と呼ばれている。

 

 

 

「なんでこんな目に会わなきゃいけないんだよー! 私はご先祖さまみたいに手を取り合う相手を探したかっただけなのに!」

「そうなのー?」「そうだよ! てか前も言ったじゃん!」

 

 

 

 竹で編まれた籠の中に二人仲良くしまわれ、早数年。

 ラルバは主食である柑橘の葉が貰えればそれで十分であるものの、身体は小さくとも文句だけは大きいことが取り柄である彦ノ坊は世話役が来る度に己の待遇について文句を言い続けた。

 

 

 

「こんな葉っぱ、食べられるわけないでしょ! ちゃんとしたご飯用意してよ! あと、小人だって色々人目気にするんだからもっとちゃんとした住まいを用意してよね!」

 

 

 

 そして、気付けば半人半霊手製の籠が格上げされたことで小人目線で見れば十分すぎるほどに規模が大きくなり、その内彼女の剣術鍛錬の為の小さな藁人形までもが用意された。そう、実の所そこまで生活に難儀している訳では無いのだ。

 

 

 そんな凸凹な関係の二人であるが、近頃妙に皆が慌ただしくしているのを捕虜ながら肌に感じていた。鳥籠に囚われた彼女達は知る由もないが、ここは今まさに老将秦河勝率いる戦士達によって攻撃を受けている最中なのである。

 

 

 

「ねぇアゲハちゃん。なんか変じゃない?」

「そうかなー?」

「変だよ! だって明らかに血の匂いがするもん!」

「そうかもー」

「……なんでそんなぽへーってしてるの!? もし館が燃やされでもしたら私達二人とも死んじゃうのに!」

「のぼう、私は妖精だからやられても休めば何とかなるよ?」

「あっ、そっか。……じゃなくてさぁ! 早くここから出ないと!」

 

 

 

「ちょっと待ってて!」と言って彦ノ坊が取り出したのは輝ける針の一振り、名はそのまま輝針剣。

 これでもかつては祖たる少彦名命が佩いたとされ、眠りについた大己貴(オオナムチ)……即ち後の大国主に対してイタズラしようと突き刺した結果、彼の身体のツボを刺激してしまったこともあるとされる、兎に角由緒正しい剣である。

 

 

 自らの体に流れる血を唯一証明するこの剣……いや針? をブンブンと回した後、「とりゃー!」と大きな掛け声と共に彼女は全身全霊をかけて籠を斬りつけた。しかし、無情にも籠には傷一つ付けられなかった。

 

 

 

「え〜、なんで〜?」

「さすがにむりがあるよ」

「おかしいなぁ。ちゃんとお手入れしてるのに」

 

 

 

 そんなやり取りを二人がしていると部屋の戸が開き、現れたのは二人を捕らえた大生部多その人であった。

 

 

 

「常世神様、準備が整いました。こちらへ」

 

「わかった〜」

「あっ!?ズルい! もうっ、なんでアゲハちゃんだけ出れるのよ! こーらー! 私を置いていくなーっ!」

 

 

 

 

*1
甲冑の腰の部分。前掛け見たいなアレ(雑な説明)

*2
秦の始皇帝。秦氏は彼の子孫である事を自称し、その族長であった秦河勝は始皇帝の生まれ変わりと呼ばれる才の持ち主と言われた。が、実際の秦氏は朝鮮に出自を持つ一族であり、新羅系とも百済系とも言われるが、詳細は不明。






小さい木偶の坊、少名彦ノ坊ちゃん。なんというか、こういう子が居てもいいよね。
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