「ねぇ多、これからどこに行くの?」
「……皆が幸を手に入れる為の儀式を行うのです。そのためにも、常世神様には何卒力添え頂きたい」
「ふーん、そうなんだ? いいよー」
痩せぎす長身な半人半霊である大生部多によって小脇に抱えられたラルバはわけも分からないままに奥の間へと連れて行かれる。
そして連れてこられた部屋には、屋敷の周りに生えたモノとは明らかに異なる紫色の花を咲かせた桜の木と、多くの信者に囲まれていた今にも散ってしまいそうな儚さを持つ一人の少女の姿があったものの、これから起こることを知る由もないラルバは何一つ気にせぬままに女子の横へ座らせられると、多による幻惑術を受けたことで深い眠りについた。
「……時は来た。これより真の常世神がお目覚めになられる。大王に頼ることのない、常世神様を信ずる全ての者たちにとっての泰平の世が訪れるのだ!」
こうして怪しい気配が満ち始めた頃、高笑いを発する多を除く、儀式に参加した全ての信者が自らに半分残っていた生者としての命を吸われて倒れ出した。
そしてその後、床を突き破るように生えている桜の木の背後より現れた死霊達が我が物顔で飛び交いながら踊り狂い、そして部屋の中央にて眠りについた少女達の身体へ我先にと次々に飛び込んでゆく。
部屋に満ちた死の瘴気が暴風のように渦巻き、桜の花びらがまるで吹雪のように舞うこの大部屋の中でただ一人、大生部多は爛々とした目の輝きを失わぬままに佇んでいた。
……
余りにも元気すぎるジジイ、秦河勝。
六十年もそばで面倒を見続け、名実共に最強の後継者として育てただけあって霊力の扱いは間違いなく敵である半人半霊達よりも長けていた。
長年培わせた知識に加えて己の感覚も磨き続けた彼は、身体に負った数多の病をものともせずに前線へと立ち、普段であれば動かぬ脚の代わりでしかない杖すらも敵の攻撃をいなす手段として使う。
まるで蛇のように狙った獲物へと真っ直ぐに飛び付き、絡み付いて離さないその戦い方は、正に私が彼に追い求めたモノ…つまりは神の力を宿した戦士そのものだった。
「良いよ河勝! 今の調子を維持しなさい!」
「ハァ……ハァ……っ! お前達、油断せずに行くぞ!」
冥界との繋がりがかなり強い地で戦う以上、あまり長居は出来ないことは河勝に伝えてある。故に、彼を通じて兵士達もその事を知っており、彼等は残された短い時間の中で最善の行動を取るべく迅速に館の制圧を進めた。
その時である。
突如として、館の奥から禍々しいなんて言葉だけでは言い表せないような邪気が我々に向かって迫ってきたのだ。死の穢れに満ちた瘴気は呑み込んだモノ全ての命を枯らすこと間違いなく、そんな絶体絶命の状況において私が出来ることは一つ。皆を護る事だけだ。
「私が結界を張るッ! 河勝、急いで皆を近くへ!」
「あ、ああ!! 皆の者、急ぎこちらへ集結せよ!」
迫り来る死の瘴気に対し、私はすぐさま対応して自らの周りに結界を張り、犠牲を抑えようと努めたのだがしかし、兵士達の中には結界の領域へ入るのが間に合わなかったものが多数存在した。
死した者の名誉の為に言おう。彼等は決してノロマの臆病者だった訳ではなく、むしろ主君のもとに己ありと言わんばかりに勇猛果敢に戦っていた戦士達だった。その活躍によって血路を見出したことで味方達は快進撃を続けていたものの、しかし彼等は敵をも恐れぬ豪胆さ故に深入りしてしまい、こちらへの退却に間に合わなかったのである。
不可解な現象によって命の灯火が簡単に消された……という、あまりにも信じられない出来事が目の前で起きたことによって、これまで足並みを揃えて戦い続けた味方の連携に綻びが出来た。
「なっ!? おいダメだっ、私の傍を離れるな! お前達、逃げては死ぬぞ!」
溢れんばかりの恐怖に押し潰された兵士が一人、そしてまた一人と恐れをなして逃げ出して行ってしまったのだが、ドタドタドタッ! と館内に響いた彼らの足音はそう遠ざかった訳ではないにも関わらず直ぐに聞こえなくなり、辺りには怯えた兵士達の早い呼吸音のみが残っていた。
「……逃げたら彼等のようになる。河勝、皆を落ち着かせなさい」
「……ああ。
…お前達、死にたく無ければ決してここを離れるんじゃないぞ。日頃の鍛錬を思い出すんだ」
「は、はい…」
まるで自分に言い聞かせるかのような彼の一言を聞き、私はハッとした。神通方便の力を持つなどという噂が独り歩きする彼であってもやはり人の子なのであるのだという事を再認識させられたのだ。
……しかし、この状況は非常にまずい。この瘴気はもはや人の力でどうこう出来るようなものではなく、このままぼーっとしていればどこから敵の襲撃に遭うか分からない。
ならば、こういう時こそ人々の庇護者たる神が本領発揮をすべき瞬間である!
私は腰に差した刀を鞘から引き抜くと、結界を維持できる程度に持てる神力をソレに注ぎ込み、そして天井へ向けて掲げた。我が父素戔嗚尊が大蛇を討ち果たし、戦利品たる草薙剣を意気揚々と見せ付けた遥か古の時代より、輝ける宝剣は威信の象徴であり、正義の象徴なのである!
「天よ、照覧あれ! この八坂刀女比売命の名を以て、辺りを包み、人々に仇なさんとするこの穢れし邪気を打ち払わん!」
刀を触媒に極大の光線弾を天井へ向けて撃ち放つと、崩れ去った館の屋根の隙間から現れたのはこの大八洲の象徴たる鮮やかな日輪だった。太陽から放たれた日光は死の瘴気をみるみるうちに祓っていき、それに伴って自分たちを護っていた結界もその効力を失った。
ありがとう伯母上、借りはいつか返すからね。
「な、何が起きた? 河勝様は無事なのか!?」
「わ、私は大丈夫だ。……師匠、ありがとう。手間をかけさせてしまった」
「いやいや、こんなのは手間のうちに入らないわ……よ……あら? もしかして皆さん、私の事視えてます?」
私の問いに対し、兵士たちは首がちぎれそうなほどに頷き、中には「本当に居たのか……。河勝様の話し相手……」と目をひん剥いて驚く者も多数いた。きっと神力を一気に大放出したからだろうけど、まさか意図せずして視えるようになるなんてびっくりだ。
しかし国勝が死んで以降、河勝以外の家中の者とはつるんだ事がなかったからね。そりゃ幻の存在にもなるわ、正直地元でもそうなりつつあるんだし。
「ほらっ! 皆ボサっとしない! 今のうちに陣へと
「何だとッ!?」
『は、ははっ!』
「お、おいお前たち! 戻るな!」
絶対服従の主が指示を仰ぐ存在とあってか、兵士達は私の命令を受け入れてすぐさまその場を離れ出した。それを見た河勝は慌てて呼び止めたものの、彼等は脱兎の如くその場から離脱していき、一人残されたことで彼は呆然とした表情でこちらを見つめた。
「……いやいやあのさぁ、明らかに人ならざる相手がいるのに人の中でちょっと強い程度の彼等がいたところで足手まといにしかならないよ。ほら、敵の攻撃とかもない今のうちに先に進むよ」
「……うっ、左足が痛くて歩けない。指も痛くなってきた」
「つくならもっとマシな嘘つきな。ほら、早く行くよ」
「……チッ、クソ……」
……
「誰かーっ! 出してよ〜! 怖いよ〜!」
男の姿に戻り、ぶー垂れる河勝の腕を引っ張って廊下を進んでいると、無視するつもりだった部屋の中から甲高い女子の叫び声が聞こえた。
「……ねぇ河勝、なんか聞こえたよね?」
「……ああ、聞こえたな」
「助けに行かない?」
「……仕方があるまい」
回れ右して戸を開けると、やけに豪勢な作りの籠? があり、その中には信じられないほど小さな人がいた。
「なんだコイツは……小人などとは、本当に実在するものなのか。七十二年も生きてきて初めて見た」
「うわぁーん! やっと助けが……じゃなかった!
そう! 我こそは少彦名のみこ「少彦名様!? まさかこんな所にいたのか!」え……ええ?」
なんだって!?信じられない!こんな所で大国主様の親友に出会えるなんて! うわー、嬉しすぎるッ! 大国主様!見ておられますか!僕やりましたよ!
「いや師匠、コイツ今なんか言おうとしてたじゃないか……」
「なんだと!? コイツなんて失礼なっ! この方は少彦名命、僕の主である大国主様のご親友だぞ!」
「えっ違う……いやっ、そう! 私こそが少彦名命であーる! そなたら、名を教えたもれー!」
うわー、ちっちゃい! ホントに小人族の神なんだ!!!
「私の名前は葦原朝斗彦命と申します!父は素戔嗚尊であり、貴女の魂で結ばれし友である大国主大神、つまり大己貴命に仕えていた者です! お会いできて光栄です、少彦名様!
……ほら、河勝も自己紹介してよ! 早く!」
「……秦河勝と申す。人の身ではあるが幼少の頃、隣のコレから御魂を分け与えられた宿神である。…よろしく頼む」
「えっ何この二人只者じゃ……じゃなかった。ありがとう、諸君!」
「おい師匠、やはりコイツ怪しいぞ」
だからコイツって言うなっての! 偉い人なんだから!
「……それで、少彦名様! どうしてあの様な場所に閉じ込められていたのですか?」
「そっ、それは……えっと……そう! あのおおうべのおおって奴に力を奪われて、それを利用されたんだよ!」
「成程……だから微塵も神力を感じないのか!」
「……もう何も突っ込まないからな、私は」
……
ようやく檻から出して貰えたと思ったら、めっちゃバカなやつが来た! 何故か私の事を少彦名命だと思い込んでるし、しかも名乗り的にめちゃくちゃ強そうだし! つい御先祖様の名前を騙っちゃったとはいえ、人ってこうも簡単に騙せるものなの!? 私はただ自分の素性を名乗ろうとしただけなのに!
や、やばい。このままじゃ絶対すぐにボロが出てバレる。うー、御先祖様との繋がりが証明出来る物なんてこの剣一本しかないのにっ! どうしよう!
「へーっ、やっぱり小人だから剣も身体に合わせたものなんだなぁ。というか、針ですか?」
「え? あ、そう!そうなんだよ! これは輝針剣!かつて大己貴の体を刺してツボを刺激した名刀なんだよっ!」
「ええっ!?凄! ちょっと待って、実物!? うわーっ!やばい、もっと近くで見させて!」
「……」
なんだよ……なんなんだよコイツは!もう心が折れそうなんだけど! 隣の翁はうんともすんとも言わないし! うわーん怖いよ〜!助けてアゲハちゃん! ……って、そういえばアゲハちゃんってばどこいったんだろ?
「……おい、興奮するのは構わないが早く行かないと敵が何するかわかったもんじゃないぞ師匠。貴方がそんな事に時間をかけてどうする」
「ちょ、ちょっと待って! 世紀の大発見だから!」
うわ…あの翁がめっちゃ嫌そうな顔でこっちをチラチラ見てくる。もしかして、お前も何とか言えってこと!? そ、そうだよね。流石に何とかしないと……
「あのさ! 朝斗彦くん……いや朝斗彦様。私、ホントは少彦名様じゃないんだよ……。あの方はご先祖さまで、私の名前は少名彦ノ坊っていうの。父上も母上も当たり前にいる、普通の小人なんだよ」
「……………えっ?????」
ほら! これでいいでしょ? ……って、ひええええ! 翁がめちゃくちゃ怖い顔でこっち見てる! 怖いよ〜!アゲハちゃん、早く戻ってきて!
「…………ほら、やはり私の言った通りじゃないか師匠。こんなヤツに構ってる時間なんてないんだ」
「そ、そんな……。やっと見つけたと思ったのに。やっと大国主様にいいご報告をできるって、思ったのに……」
うわ、あの神様めちゃくちゃ落ち込んでる……。あわわ、どうしよう。私が変なこと言わなければこんな事には……そうだ!
「ねぇ朝斗彦様と……名前忘れたけど連れの翁! 私は確かにご先祖さまみたいな神様じゃないけど、きっと何か役に立てるはず! 一緒に連れてってくれない?」
「翁だと? …チッ、小人一人ごときが何の役に立つんだ……」
うう、さすがに無理か……。私、生粋の箱入り娘だし、人の役に立つことなんて今までしたことないもんなぁ……。…ていうか、今の場合だと籠入り娘?
「……いや、連れていこう。彼女はあの死の瘴気の中で守る術がないにも関わらず今も生き残ってるんだ。
だからきっと、少彦名様の血が流れてるのは間違いない事実だ。ならば、九割九部八厘の勝率を九割九部九厘にすることくらいならきっとできるはずだよ」
「貴方がそういうなら……
おい小人よ、決して我等に迷惑はかけるんじゃあないぞ」
なにそれ、舐められてるのか評価されてるのか全っ然分からないんだけど……。でも良かった! これでこの場所からおさらば出来る可能性が高くなったよ!
よーし! 少名彦ノ坊、いきます……って、痛い痛い、首根っこ掴むな! 痛いだろ! 肩の上に乗せるな!
……
絶世の美女神、神見習いとなってからその道六十年目の翁、そして口八丁の特段優れた力は持たない小人という
さぁ、目の前にて固く閉じられているこの禁断の扉を開けば、そこは現世と幽世が深く入り交じった敵の中枢である。この攻撃もいよいよ大詰めだ。
「よし皆、準備はいい?」
「ああ」
「ばっちこい!」
こういう時は、ためを作らずに勢いで開けるのが様式美というやつだよねぇ。そんなことを考えながら私が思いっきり取っ手を引こうとした、その刹那である。
背後より『斬られたか!?』 と見紛う程の鋭い気配が飛ばされたのを肌に感じたので慌てて振り返ると、そこには一人の浮世離れした剣士がいた。コイツ、今どこから現れた!?
「またれよ、そこは常世神様がおわす最奥の聖域。故に何人たりとも通すことは許されない!」
「何者だ!」
「我が名は魂魄妖忌! 迷える敵の為に刀を振るい、己が義の為に敵を斬ることが生業のしがない元庭師だ。
そこの御二方、それ以上先に進もうと言うならば私は貴方達を止める他ない! 命が惜しくば今すぐ引き返し、上方へと帰るが良い!」
「こらー! 私もいるんだからね!」
「……む、これはのぼう殿。失礼いたした」
この半人半霊は河勝の頭の上から野次を飛ばした彦ノ坊ちゃんに対して律儀に頭を下げた後、キッっと鋭い視線を再びこちらへと向けなおす。
案外悪い奴では無さそうだけれど、彼から溢れ出る威圧感に二人が押されてないかが心配である。
「アイツ、間違いなく手練だよ。どうする? ここは私が行こうか?」
「どうぞ」
「やっちゃえ大将ー!」
即答された。全くしょうがないなぁ……。
というか、大将は河勝でしょ? 私は物見遊山に勤しむ神様なのにな。
「……よし!ならばその挑戦、この八坂刀女比売命が受けて立とう! 刀を抜け!」
「その名前、その力、名のある神とお見受けする。我らの命運がかかりし今、まさに相手にとって不足なし。
だが! 如何なるものとも、この鍛え上げられし楼観剣にかかれば斬れぬものなどないッ!覚悟の準備は宜しいか!」
そう言って刀を引き抜くその姿はまさに美麗そのもの。確かな所作を持つ者の佇まいである。それに、刀を構えたその立ち姿を見るだけで分かる。彼はここに来るまでに見てきた有象無象とは明らかに格が違う。
故に、私は気を引き締めて大刀の持ち手を固く握り、これから始まる強敵との戦いに胸を躍らせるのであった。
「応とも!鬼すらも畏れ敬う我が力、とくとご覧にいれよう!」
若くてギラギラしている頃のおじいちゃん、ドロー!