叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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話の都合上、主人公の傷痕についての設定を変更させて頂きました。その為一章と二章の狭間のお話も改編させていただきます。何卒ご理解の程よろしくお願いいたします。



六十四話 めちゃくちゃ悪い男

 

 

 

 火花を散らす戦いというものは男ならば一度は憧れるものである。いや今は女なのだけれど。

 

 

 

 数十年前にやり合った幽香とは打って変わって完全技巧派であるこの魂魄妖忌なる半人半霊の大刀筋は、まるで空を舞う蝶のように軽やかに、尚且つ猛禽のような狙った獲物の隙を的確に突いてくるような力強さがあり、こちらとしては相手するのが誇らしくなる程に素晴らしいモノだった。

 

 

 

「いやはや、まさかこれ程までの達人が居たとは! 妖忌、君は今年いくつになるんだ?」

 

 

 

「はて、詳細な事は覚えておらぬがゆえにお許し願いたいが、我が記憶が正しければ今年で丁度百の歳になるかと」

 

 

 

「なんとっ! ……聴いたか河勝! 彼は君より三十近くも年上だそうだ! 全くそうは見えないけれどね!」

 

 

 

「……うるさい師匠だ。 おいっ! 私の事はいいから、まずは目の前のことに集中しろッ!」

 

 

 

「アッハッハ! はーい!」

 

 

 

 そうだった。向かい合っている妖忌も苦笑いを浮かべてこちらを見ているから早めに戻らないとね。

 

 

 

「あっそうだごめん、もう一つ。貴方弾幕の腕は?」

 

 

 

「……冥界にいた頃、幽世大神(かくりよのおおかみ)*1に気に入られ面倒を見て頂いた際に何度か」

 

 

 

「なんだって!? そうか、君と僕は同じ師を持つのか!」

 

 

 

「もー、早く再開しなよ! そんな事してたらおおがまた変な事するよ!?」

 

 

 

 確かに! 

 あっでもさ、そもそもこんな狭い廊下で弾幕なんて使えないか。多分だけど、無限に続く回廊とかでもなければ無理無理。しかしそんなモノ、この世に存在するのかね? そんなもの探すくらいなら少彦名様探しでもした方が良い気するけど。

 

 

 

「おい師匠! 早くやってくれ、頼むから!」

 

 

 

 年下のジジイに急かされた……。でも河勝の言う通りなのよねぇ。早いところ仕留めましょう。

 

 

 自分なりの戦う顔に切り替えて相手を伺えば、妖忌はこちらの目を見てすぐに次の一手が近い事を察し、緩みかけた気持ちを再び引き締めた。

 そして様子を伺っていると、まず敵が大きく踏み込んで面に向かって一合打ってきた。大振りな攻撃だったので刀を合わせるまでもなく身体を横へと反らし、一発蹴りをお見舞い。相手は春色に染まった小さな中庭へと吹き飛んだ。

 

 

 

「いでよ、堅き根よ!」

 

 

 

 神力を使ったことで髪がゆらゆらと逆立ち始め、まるで動いている事が当たり前かのように、中庭へ植えられた桜の木々がザワザワと騒ぎ出した。

 幹を中心に放射状に拡がる桜の根は私の能力ととびっきりに相性がいい。地中より大蛇の様に飛び出した根が一斉に妖忌へと向かい始め、彼はその攻撃に対して防御の姿勢を取るので精一杯であった。

 

 

 

「何アレ、凄い……」

 

 

 

「……私には分かる。あの様子のおかしい花妖怪とやり合った時とは違い、あれは全力ですらない。師はこの決闘をただの娯楽だとしか考えていないようだ」

 

 

 

「アレで!? ほへぇ……やっぱりホンモノの神様なんだ……」

 

 

 

 桜の根が敵を呑み込み、トドメを刺そうとその場へと近寄った時である。敵を包み込んだ根と根の隙間より真っ直ぐ向けられた鋭い眼差しに気付き、私は慌てて後ろへと飛び退いた。その瞬間、目にも止まらぬ速さで繰り出された斬撃によって木々の根は断たれ、そこには二刀を構えた妖忌の姿があったのだ。

 

 

 

「おお……その腕前、実に天晴なり! しかしだいぶ霊力を使ったようだな? 息が絶え絶えになっているわよ」

 

 

 

「……ただ完全なる死を受け入れるほど、私はやわでは無い。例え……格上の相手だろうとも、持てる力を全て振るい、運命に身を任せるのみだ」

 

 

 

「……これは大国主様が気に入るのも納得だ! ならば、こちらも本気を出す他あるまいっ!」

 

 

 

 半人半霊という存在は、霊と実体が一心同体……つまりは二つで一つという稀有な存在である。長い神生の中で戦ったのは今回が初めてであるが、ずっと気になっていたことを試すべきだろう。

 

 

 私は神人だった頃から自慢であった身軽さを活かしてすぐさま妖忌の元へと間合いを詰めると、その脇を飛んでいた半霊の尾っぽを掴み取った。そしてすぐさま元いた位置へと飛び退いて彼と半霊を引き剥がし、ある事をする為に力を貯め始めた。

 

 

 

「何ッ!?」

 

 

 

 実体に比べれば、半霊などまるで霞のように軽い存在である。完全に想定外といった表情を浮かべた敵に対し、私は唸り声をあげて自らの神力を高めた後、それを神通力として思いっきり半霊に流し込んだ。

 

 

 

「グッ……! ぐああああっ……! 頭が、割れるッ!」

 

 

 

「やはりな! 半霊は己の分身、コイツに攻撃すれば本体もまた被害を受ける! この勝負、この八坂刀女比売命が貰った!」

 

 

 

 私はまるで遅効性のある毒のようにジワジワと、波打つ海のように緩急をつけて神通力を流し続け、敵を追い詰めた。そして相手が苦悶の表情を浮かべながら左手に握っていた短刀を落としたことからも、自らの勝利は間近であると思われたのだが……。

 

 

 しかし、ここで想定外の事が起きる。

 あれだけの力をその身に受け続けたにも関わらず妖忌はフラフラと立ち上がり、そして気付けば、半霊を掴んでいた私の左腕は丸ごと切り落とされたのだ。

 

 

 

「何だとッ!? 一体何が起きた!」

「そんな!?」

 

 

 

 地面に落ちた自分の左腕は光の粒となり、我が身体の元へと舞い戻る。ソレは瞬く間に元の形へと再生し、手の平を握って広げた後に腕を回して感覚を確かめたけど、多分大丈夫そうだ。

 

 

 

「……いやあ〜、やるぅ! なんと素晴らしい大刀筋だ。千年ぶりに身体を欠損させられた*2わ」

 

 

 

「貴女程の神のお褒めに預かり、光栄の極み」

 

 

 

「ふぅ……さぁ、次の一手で勝負を決めましょう。泣いても笑っても、それが最後よ」

 

 

 

「あいわかった。位置に着こう」

 

 

 

 互いに刀を鞘へと納め、着くべき位置へと足を進める。そして互いに向かい合い、いつでも抜刀する準備は万全だ。

 そして辺りが静寂に包まれる中、私と妖忌は最善の瞬間を待ち続け、ついにその時が来た。私は己の感覚のみを信じて刀を抜き、刀を一閃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 勝ったのは私、八坂刀女比売命。

 当たり前だ。齢が百になる程度の童に負けるほど、神として落ちぶれてはいない。

 

 

 

「師匠、放っといて大丈夫なのか? かなり相手に入れ込んでいたが」

 

 

 

「大丈夫大丈夫、かなりキツめにだけど峰打ちしたから彼の命に別状はないよ」

 

 

 

「それより女神様! 顔に傷が!」

 

 

 

「え? あー……いやねぇ、こんな綺麗な神の顔に傷を付けるなんて女心がわかってないわ」

「貴女は元々男だろうが……」

 

 

 

 

 

 最後、相手は死ぬ覚悟を背負った上で実に鋭い居合を放ってきた。その結果、私は完全に躱したと思ったのだけれど、刀の切っ先が目の下や鼻の真ん中、つまりは顔の中央部に横一文字の裂傷を与えたのだった。

 先程斬られた腕についても、袖を捲って確認した際に綺麗に斬り落とされた痕が残っていた。つまり、重傷ではないものの、この顔の傷は永遠に顔に痕がのこるという訳だ。

 

 

 全く困ったもんだ、比売にどう言い訳しようか……。

 

 

 

「何か気になる事でも?」

 

 

 

「いやー、私は気にしないけど妻がね……」

 

 

 

「ええ〜! 奥さん居るんだ!? どんな人なんだろう!」

 

 

 

「そうだねぇ、羨ましいくらい格好良くて、いつまでも可愛い妻だよ。まぁ、帰りに諏訪に立ち寄るのもアリだよね……。

 

 

 って、そうだよ二人とも! そんなこと言ってないで早く奥に行かないと!」

 

 

 

 相変わらず忙しない様子の我ら三人衆である。

 その中でも忙しない担当こと、この私がグイッ! と戸の取っ手を引いて開け放たれた扉の先にはやはり見覚えのある男、噂の大生部多の姿があった。

 ……てか何だこの部屋! 穢れがヤバい! 頭がクラクラしてくる程には穢れてる! 

 

 

 

「あっ! アゲハちゃんがあそこに!」

「なんだって? うわ、黄泉の禁術じゃないか!」

 

 

 

 しばしば話題に出たアゲハちゃんなる存在はアレか。……全然神の力を感じないし動き一つないけれど、もしやあれが常世の神なの? それより周りを取り巻く呪術、コレはかなり不味いぞ。

 

 

 

 

「待っていたぞ、秦河勝。ここまでずっとな」

 

 

 

「フン、散った我が配下達の無念を晴らせる時が来たようだ。貴様が大生部多だな?邪法を以て大王に楯突く者はこの私が許さない!」

 

 

 

 

 

「……ねぇのぼうちゃん。あの多とやらって私達が外でドンパチやっている間もずっとああやって待ってたのかしら。妖忌と組めばきっと痛手を負わせられてたかもしれないのに」

「そうじゃない? 半人半霊って皆揃って生真面目で頑固者だから……」

 

 

 

 

 

 私達が陰口を叩いていると、眉間に皺を寄せて口角をピクピク動かした多と笑いを堪える河勝による応酬が始まった。うおーっ、援護なら任せろ!!! 

 

 

 

「フッ……。おい、貴様がここでボーッと何も考えずに突っ立っている間、我らは何人ものお仲間を仕留めたんだ。何を企んでいるかは知らないが、さっさと降伏するべきだ」

 

 

 

「そうだそうだ!」「負けを認めろ〜!」

 

 

 

「…………私には常世神様の顕現をその目に収めるという大事な使命があるのだ。知らず口を叩かないでいただきたいな」

 

 

 

「そんな神居ないぞー! 現実見ろ〜!」「よく分からないけどそうだそうだ〜!」

 

 

「なっ!?」

 

 

「ぶっふ! ……いや失礼、笑うつもりは無かったのだが、外野が五月蝿いのでな? 許してくれ。……しかし……なんだ? この死体の数々は。まさかお前が全てやったとでもいうのか?」

 

 

 

「………………そうだ。この者たちは常世神様のための贄だ。我が計画の為、自ら進んでその役目を引き受けた」

 

 

 

「……? 

 その割に、随分と動揺の表情が見て取れる死に方をしているものが多いな。

 

おいおい。一言聞かせてもらうが貴様、彼等は本当にその儀式の詳細について知っていたのか? ……もし知らぬとしたら……貴様、それは閻魔も即刻地獄行きを命ずる程の鬼畜の所業だぞ?」

 

「命を盗る盗人だ!」「盗っ人!」

 

 

 

「……ッ! 何度も言わせおって、何も知らぬ貴様が知った口を聞くんじゃあない!」

 

 

 

 おお……血色悪いのが平常なはずの半人半霊にも関わらず、顔が赤くなってる。結構カッとなりやすいのね。

 

 

 

「……フン! これ以上話した所で無駄な時間を割くだけだ! たった一人の老人如き、我が敵では無いわ」

 

 

 

「ほう? 人の子だからといって、こちらの事を舐める様な真似はあまりするべきじゃあないぞ。まぁいいさ。大王や大臣の名代として、舐め腐った死に損ないに宿神と呼ばれし者の戦いを見せてやる」

 

 

 

「ねぇねぇのぼうちゃん、アイツめちゃくちゃ論戦弱いよ」

「あれなら私の方が色々言えるよ!あほ!ひょろ長!」

 

 

 

「二人とも、もう良い。余計な事は言うな。かえってコチラの気が散る」

 

 

 

「はいよー」

「はーい」

 

 

 

  止められた。流石にやかまし過ぎたか。

 

 

 

 しかし、真っ白な白髪の持ち主であった妖忌とは違って黒髪の中に一部分白い髪が生えている多は、まるで社のそばに生えた杉のようにひょろ長い体躯も相まって、酷く不気味に見える。

 そして河勝はまるで自分達が出会って間もない頃のような大胆不敵且つ不遜な態度を崩さぬまま、目の前に佇む敵に対して自らの腰に差した剣を引き抜いた。

 

 

 

「……どちらかが死に、どちらかが英雄となる。私は常世神様の為ならば、全てを投げ打ってやる!」

 

 

 

「ふん! 英雄になるなど、斯様なことには全くもって興味が無いな。何故だかわかるか? 此度の戦いにおいて、勝つのがこの私だと言う事は戦う前から決まっているからだ! 

 定められた天命に従ってお前を誅し、私は貴様の戯れ言以上の存在になるのだよ! ハッハッハ!」

 

 

 

 めっちゃ興奮してるな河勝のやつ。きっと後で一気にガタがくるやつだよね、これ。

 衣摺の戦いの前、酔っ払って守屋をこの手で仕留めてやる! だとかめちゃくちゃな大口叩いてたのに、いざ会戦が終わった後に様子を見てみれば現実の区別がつかなくなって放心状態になってたし。けれど、彼は成し遂げた。そして今は完全に彼に流れが向いている。それを利用しない手はない! 

 

 

 

「やってやれ、河勝!」

「翁ー! 頑張れー!」

 

 

 

 敵はかなり神経質なのが分かる。明らかに我々のくだらない野次が効いてるからね。特に、先程己が奉ずる神の存在をよりにもよって神に否定されたことで多のやつは酷く動揺していた。

 常世の世界だって本当にあるかどうか未だ分からないというのに、人の身を超越させるような強力な力を持つ神が一体何処にいる?もし仮にいたとて、こんな死が密接に絡む儀式を行わなければならない時点で、それは所謂悪神の類だ。きっと天下に降りて間も無い頃の正義の味方・天穂日によって退治されたこと間違いないだろう。

 

 

 取り繕った外面が外れたのか、多は明らかに見切るに易い攻撃を連発していた。対する河勝は若い頃から変わらぬ守り主体の戦い方で臨み、敵の一撃一撃を弾いては反撃に移るという戦法の元で戦いを有利に進めることに成功していたのであった。

 まぁ、自分としては一々相手の攻撃を受けなくていいと思うけどな〜。五月蝿い身内みたいになるから言わないけど……って、普段から五月蝿いから別に関係ないか〜。

 

 

 

 戦う多に対して抱いた印象としては、かつて諏訪湖にて完全勝利の美酒に浸らせてくれた仇敵、ルーミアのようだ。

 彼女は月の魔力と不変の太陽の力を宿した我が愛刀によって闇を晴らされ、力を抑え込まれたままに切り刻まれて負けたが、今の多は正直それ以上に隙だらけすぎる。河勝も河勝で、何故すぐにトドメを刺さないのかが分からないな……。

 

 

 

「河勝! さっさとトドメを刺しなさい!」

 

 

 

「フン、貴女に言われずともそうしてやるさ。……しかし、もう少し楽しめると思ったがな。正直拍子抜けだ」

 

 

 

「何だとっ!?」

 

 

 

 すっかり怒りに支配された様子である多が大きく刀を振り被ったその時である。

 杖を傍へと放り捨てた河勝は空いた左手を刀の柄の頭に添えると、そのあまりにも隙だらけな多の腹に向かって勢い良く己の大刀を突き刺し、そしてすぐにそれを身体から引き抜いたのだった。

 

 

 

「二度と私に楯突くんじゃあない、下郎が」

 

 

 

 河勝の澱んだ冷たい眼差しを受けた多は口から大量の血を吐き出し、手に持っていた刀を落としてその場に倒れ込む。こうして天下の世を騒がした怪人、大生部多は余りにも呆気なく斃れたのだ。

 

 

 

 

 

 

*1
冥界の管理人になった後の大国主の呼び名。半人半霊は皆彼の事をそう呼ぶ…という設定。

*2
国譲りの戦争の際、朝斗彦は敵将である天日槍の放った弾幕によって重傷を負っている。





約束された特攻持ちの超人爺によって意図も容易く倒される主犯格。
果たしてこれにて一件落着…となるのでしょうか?
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