「やったぁ! ……ってあれ!? ねぇ二人とも! アゲハちゃんがガチガチに固まっちゃってる!!」
のぼうちゃんがそういうので河勝と二人で彼女の指さす方へと視線を向けると、そこには深い眠りについたまま固い殻に覆われた精霊の姿があった。
「まさかっ、そんな……! こっちに来て初めてできた友達だったのに……! うわーん!どうしよう! 友達のアゲハちゃんが死んじゃったよ〜!」
大泣きするのぼうちゃんを慰めつつ様子を伺っていると、ピシィッ! という、何かが割れたかのような不思議な音がなったのと同時に、その精霊の背中が割れた事に私は気が付いた。
「!? ……いや、生きてる! ほら見てよ、そのアゲハちゃんとやらが羽化してでて…………うおっ!? ……ちょっと、何?この邪悪な気は───」
呆然とする私たち二人の目の前で光り輝きながら出てきたのは、死霊の力をその身に宿らせた恐ろしい雰囲気を持つ揚羽の妖精であった。
彼女は不気味な笑みを浮かべ、目から赤色に染まった涙を流しながら殻の中で畳まれていた羽を伸ばし始めたが、その姿形は最早妖精ではなく妖怪としか呼べなかった。そんな変わり果てた友の姿を目の当たりにしてしまった憐れなのぼうちゃんは泣き叫びたくなる気持ちを抑えようと、必死に私の服にしがみ付いて視線を逸らし、私達二人は戦いに備えるのであった。
「ウフフ……」
「なんだコイツは……まさかコイツが常世神ってやつだっていうのか!?」
「分からない! けど放置したらまずい事になるわ! 河勝、私達で退治するわよ!」
二人で大刀を構え、ケラケラと笑い続ける化け物と対峙した時だった。私の軸足である左脚の足首を何者かが掴んだのだ。
「!?」
「常世神様……我等の希望、新たなる世を齎す至高の存在。漸く、その姿をお目にかかれた……」
妖でもある以上神力による浄化作用によって痺れるような痛みがあるであろうにも関わらず、私の足を掴んでいたのは倒れたはずの大生部多。驚きのあまりに私が後ろへと視線を飛ばせば、ズルズルと血痕をつけながらここまで這いずって来た跡があった。
……それにしてもこのバカ弟子、なんでトドメ刺してないの!?
「貴様ッ!!! その薄汚れた手で師匠の足を掴むんじゃない!」
河勝が刀を振り下ろして多の左腕を斬り落とすと、彼は耳を抑えたくなるほどの叫びをあげた。それに耐えた後、私は斬られても尚離そうとしない腕を浄化の力でなかったものとし、改めて目覚めてしまった常世神と対峙した。
目の前の化け物はというと、相変わらず不気味な笑みのみをひたすらに浮かべながら自身の周りに鱗粉を撒き始め、死の力を宿したその粉塵はまるで生きた蝶のように舞いながら多の身体へと向かって入り込んだ。そんな時である。
間違いなくいつ死んでも可笑しくない様子だったのが嘘のように、多の体はビクビクと激しく痙攣しだしたのだ。一体何が起きているんだ!?
「河勝、今すぐそこを離れなさい!」
「ああ!」
まず初めに異変が起きたのは先程河勝が斬った左腕が生えていた、肩の付け根部分だった。流れ出る血がブクブクと泡を立て始めると、それはやがて大きくその姿を変じさせ、巨大な刀の様な形の異形の腕へと変わり果てたのである。そして、時は立たずして他の部位もまた、恐ろしき見た目へと変異を始めたのだ。
「ひいいいっ!」
「のぼうちゃん、見てはダメ!」
『グ……ぐおアアアアッ! ……グお、お……アッハッハッハ……』
額に一対の逆反りした角を生やし、目を赤く光らせながら、多は憎悪の入り交じった視線をこちらへと向ける。
のぼうちゃんを落ち着かせたり、色々どうこうしている間にも、ヤツは背中からはメキメキと音を立てながら蝶……いや、蛾? のような羽を生やし始め、正直もう何が何だか分からない事になり始めた。
「ウフフ……私は常世の神……神なのだから、仇なす不遜な者は全て倒さなければならないわ……」
「巫山戯るな! 神を僭称する者は例え如何なるものだろうがこの私が許さない。
…河勝、そっちの化け物との戦いは任せた! 私はこっちの哀れな妖精を相手しよう」
「任された! ……クソ、この死に損ないめ。少しは死にかけの翁の事を労わってくれよ!」
『グハハ……常世神サまに仇なス者は全テ殺す!』
宙に浮かび上がったアゲハちゃん……付けは今の姿だとちょっと違和感しかないので、アゲハさんと同じ目線の位置まで浮かぶと、彼女は相変わらず妖しげな笑みを浮かべながらこちらへと弾幕を撃ってきた。
下では既に河勝と多が戦い始めている中で、私は放射状に放たれた粒弾の間を掻い潜りつつ負けじと弾幕で応戦。……まさか弾幕を主としてやり合うとは思ってもなかったから準備不足感が否めないけど……こればかりはやるしかない!
佇む敵に対して、私は自身の分霊を周囲に纏めて前方へと扇状に広がる弾幕を撃ち続け、ジワジワと距離を詰める。
しかしどうやら、妙な力によって敵の周りには結界のような障壁が形成されているみたい。これを剥がすには刀で断ち切る他ないだろうな〜……全く、骨が折れるわ……。
「うわわわっ! 堕ちるッ!」
「踏ん張って、のぼうちゃん! 私の髪に強く掴まって頂戴!」
「わ、分かった! ひええ、こんな飛ぶなんて聞いてないよ!」
本当なら多を倒した後、ここに来る前のように河勝の元へと渡すつもりだったのに、まさかの連戦のせいで私の元に残ってしまった。小人の彼女からしたらとんでもなく大変な状況だけど何とかしがみついててほしい。
しかし、そんなやり取りをしている間でも、目の前に出来た隙を見逃す程、私は愚かではなかった。頭の中に避ける為の道筋を描き、それを辿る様に動けばあっという間に敵の目の前まで到着だ!
「はああーッ、ふんなッ!」
思いっきり刀を振り上げ、それを結界に向かって叩き付けると、この未知の障壁に対して確かに手応えを感じる。
きっと何度か繰り返せば壊せるはず! さっさと破壊してしまわねば……。私がそう考えて刀を振り上げたその時、敵が声を上げた。
「不遜だわ……我が結界を破ろうなど、常世の神である私に対して不遜極まりないわッ! ……ウッ、ああっ! ううううッ!」
怒り始めたかと思えば、いきなり苦しみ出した。何が起きるかわからなくて怖いから、ここは一度諦めて退くこととしよう……。
相手は頭を抱え込んで蹲った後、急に飛び上がったと思えば叫び声をあげながら辺り一面へと弾幕を撃ち放ち始め、それによって屋敷の天井の一部が崩れ始めた。
予想が当たったとはいえ、ここにいては危険だ。私は慌ててそれを避けると、崩れて開いた穴を通って屋外へと退避した。
「ねぇ刀女比売さま、翁は大丈夫かな……?」
「彼ならきっと大丈夫よ。一刻も早く私がお友達を解放してあげるから、不安にならないでね。……む、敵が来るわ! ちゃんと掴まってて!」
……
死に損ないの妖と部屋の片隅で戦っていたら、奴の真上から天井が降ってきた。文字の通りに、だ。こちらとしては押し潰されてとっととくたばって欲しかったが、そう上手く事が運ぶ……なんていうことはなかった。
師匠が屋外へと移動するのが見えたその時、目の前で瓦礫が震え始めた。そして、その中から我が不倶戴天の敵である大生部多が叫び声をあげながら這い出してきたので、私はすぐさま体勢を整え、敵の攻撃に備えたのだが。
『オマエを、殺しテやるぞッ!』
「何度向かってこようが結果は同じだ! 道を逸れた者にとって勝利など夢のまた夢だと言うことを、この剣をもって改めて思い知らせてやる!」
奴の戦い方というのは、正直言えば人間の姿の頃からあまり変わってはいなかったが、しかしながらその異形の剛腕を使った攻撃に加えて時たま放ってくる弾幕や、凶暴化した半霊のちょっかいじみた攻撃は中々にキツイものがある。
きっと、あの場に我が配下が居たならばすぐに殺されていたことだろう。やはり私でなければ対応出来なかっただろうよ。
師匠が配下の兵を帰らせたのについて、当時は 貴重な味方を帰して何やってんだこの方は! と苛立っていたが、今思えばやはり先を読む力があると言わざるを得ない。そこが私と師匠の経験の差だな。
……む、ほんとに翁様が妖怪を殺したのか、だと?
全く、お前達は弟子を名乗る割に相変わらず失礼な奴らだな。
言っておくが、霊力というものは上手く使えば実年齢以上の力を発揮できるモノなんだぞ。確かに私はお前達が言うように、普段枝みたいな手足でフラつきながら立つのもやっとな状態なのは間違いないが、それは力を抑えているからだ。
私にはお前達を助けた力があり、それは神に至る力だ。だが、人の身としてそれは余りにも大きすぎる力なのだ。
故に私は一度人としての生を終え、改めて神になる。
そうせねばならぬほど、この身体は何かと不便なのだ。勿論、愛着はあるから寂しさはあるがな。
話を戻すぞ。
私が戦う時は鼓を打つように調子良く、けれど派手さなどは求めず堅実に戦いたい性分なんだ。なので、相手が化け物だろうが何だろうが特に気にせずに攻撃を受け止め、そして反撃を行う……という流れを徹底していた。
しかしながら、相手は妖。当然ながらこちらよりも膂力も妖力も優れている。じわじわと敵方へと押されゆく状況を感じながら、私は場を持ち堪えさせる事に精一杯となっていた。
『ゲハ、げ、ゲへ……先程までの威勢の良さはどうした、河勝! このままだとやられてしまうのではないか?』
「ほざけ! 妖に心配される程私も落ちぶれてはおらんわ!」
『そうか……ならば、もっと楽しませて貰おうかッ!』
この時、明らかに敵は勢い付いていた。まるであの時の暴虐極まりない花妖怪が如く、私を一刀両断してやろうと何度も左腕を叩き付けてきたのだ。
「ぐっ……うおお!」
『フッフッフ……、アッハッハッ!』
あの時の事は思い出すだけで今でも身震いする。
不気味極まりない笑い声をあげながら奴は私に対して猛攻を加えた。
師匠から押し付けられたこの神の力が無ければまずへし折られてしまいそうな程に身体へと負荷が掛かり、四肢や背中の骨が軋んでいるのがわかるほどにだ。
いよいよ八方塞がりの状況となってしまったことで自らに死の瞬間が迫った時、私はある事を思い出した。それは、かつて花妖怪相手に師匠が戦う姿であった。
…どちらかと言えば師匠も剛の者ではある。しかし、あの時の師匠のように、我武者羅な力を持つ相手に正面から受け、次の一手を攻めあぐねるようであれば、違う視点を以て攻めればいい。
私は怪しまれぬようにゆっくり右方向へと足をずらして動かすと、ここだと感じたがままに素早く腕を引いた。すると、敵はこちらへと強い力を掛けていたにもかかわらずそれを突然受け流された事によって、その勢いがままに前へと体勢を崩したのだ。
私はその隙だらけの姿身体に向かって上段から刀を振るい、奇抜な色の左翼ごと敵の背を切り裂いた。
『クソッ! 小癪な人間めッ』
「ふうっ……今のは危なかった。
しかし、これでもうお前も飛べまい。折角生やしたというのに、もはやその翼もお飾りに成り下がってしまったな?」
『相変わらず口が達者なヤツだ……。だが、私は生まれ変わったのだ! これくらいは造作もないことだということを思い知らせてやるぞ!』
そう言うやいなや、こめかみに血管を浮かべながら唸り始めた奴を止めるべく、私は手に握る刀を敵に目掛けて振るった。だがしかし、敵の硬化した皮膚は我が溢れ出る霊力でさえも貫く事が出来ず、奴はあっという間に負傷箇所を治してしまったのだ。
「クソ……、これではキリがないではないか」
私が愚痴を零すと、奴が息を切らしながら天井に開いた穴を見つつ、口を開く。常世神様が危ない、助けに行かねば……と。
「あっ、オイ待てッ! 勝負はまだ着いておらぬではないか!」
私は当然納得出来なかったが、奴は私を一目も見ることなく両腕を広げたあとに翼を開き、空へと飛び立ってしまった。
そしてそのままポツンと一人置いて行かれた私はというと、緊張と興奮が落ち着きを見せたことでどっと疲れが押し寄せた。そして膝を床に付け、息を整えたあと、杖を取ろうと腰を上げた時の事だった。
「そなた、この杖が必要なのではないか?」
「かたじけないな……おや……!
お主、ようやく目覚めたのか。戦いに混じるには寝坊しすぎだぞ?」
「全く恥ずかしい限りである。いやしかし、あの女神は加減というものをよく分かってらっしゃる」
「かなりお主を気に入っている様子であったからな。殺すのが惜しいと峰打ちしたせいで顔を斬られたっ! と落ち込んでおったよ」
「なんと、それは申し訳ない事をした。
……しかし、神に一矢報いることが出来たというのは嬉しい部分でもあるな」
現れたのは先程師匠によって転がされた半人半霊、魂魄妖忌。
ここに来て、敵方に与する存在の登場によって、いよいよ私も終わりだッ! と内心は動揺してしまったが、何故だか奴からは全く敵意を感じないので、こちらも上手く気持ちの揺らぎを隠すことが出来た。
昔から外面を取り繕う事は得意なんだ、私は。
「いやはや、陰に隠れ先程までの貴方の戦いを見ておったが……多殿め、元々他の半人半霊に比べて荒事に向いてない性格だったとはいえ、まさか外道に堕ちようとは……」
「……アレはお前のような他の半人半霊から見て良いと思えるのか? もはや原型すら取り留めていなかったではないか」
「無論、あの様な行いは褒められたものではない。
あの方は人を束ねる事には右に出るものはなかなかいないが、心の弱さがある。それが露呈したまでのこと。
騒乱を繰り返し、大王の支配が甘くなった今の世ならば、野望を叶えることが出来る。早計な判断だったが、我ら同族達は皆彼の甘い言葉に躍らされた。だが……。
結果として、多殿は此度の騒ぎを引き起こした。我が同族達は貴公の率いる軍による追討を受け、あの様に哀れな死に顔を晒すこととなったのだから、なんとも悲しきことよ」
そう言うと、この妖剣士は斃れた同族たちの遺体へと視線を向けた後、彼等に近づいてその眼に手を翳して瞼を閉じさせた。
「如何に立派な太い幹をもち、花を咲かせる桜でも、その内側が腐ってしまったならば切るほかない。
妄執に取り憑かれて妖を創り出したことで外道へと堕ち、斯様な姿になってしまった以上、私は彼らの為にこの刀を振るうことは出来ない。
だから、貴方に敵意を向けないのだ」
本当に先程敵として師匠の前に立ちはだかったのか?
彼の貫禄ある喋りは聴いたもの全ての気を鎮めてしまいそうな低い声色も相まったことで、そう思わせるにはあまりに充分すぎるものであった。
「して、河勝殿。貴方は彼女の事はご存知か」
「彼女……? 上で戦っているあの揚羽の妖精のことか?」
「否。彼処で眠りについている彼女の事だ。その様子だと存在すら気づいておらぬ様子。今ならば多殿も上に気を取られているようであるし、話しても良さそうだ。あの方の素性をな……」
ラルバの羽化はエ〇ーズact1の脱皮を思い浮かべてました。
モロすぎるね。