「よし、行くよ?準備は出来た?」
「ああ…。しかし、緊張するな。いくら人生は学びの連続とはいえ、今からやるのは未知の力を使ったものだからな」
「まぁね…。でもちょっと緊張しすぎじゃない?さっきから手が震えてるよ?」
「…コレは年寄り特有のアレ*1だ。関係ない」
「フフフ、今は若返ってるのに。なら今日はそういう事にしておこうか」
場所は移って今皆がいるのは先程私と妖忌が一騎討ちを行った庭である。
手を繋いだ私達師弟の目の前には横たわり眠る姫君、そして傷つけられた常世桜より集めた樹液が入れられし甕、折られた若枝が地面に刺されており、これより常世封じの儀を執り行う事は誰が見ても明白であった。
「段取りを確認しよう。
まず、私があの枝を通じて常世の力を取り込み、それを君に受け渡す。次にその力と娘の力を背の扉を通じて河勝の領域へと移し、それを封じるんだ。そして最後にその混ざりあった力を枝へと送った後にあの甕へと仕舞い、上方へと運んで然るべき場所へと封印する。
君にはとてつもない負担がかかるはずだけど、絶対に私が守る。だから何があっても迷わないようにね」
「ふぅ…よし、覚悟はできた。始めよう」
「分かった。それじゃあ行くぞ!気を確りと保つんだよ!」
僕はまず段取り通りに枝と能力を同調させ、地面に根を張らせることで宿っていた幽世の力を無理矢理奪った。
地中より荒御魂が如く不機嫌な様子の根っこが現れて足へと絡みつく中で、身体には受け入れ難い黄泉の力が流れてくるのがわかる。でも、耐えなければ。
亡霊と同調し、死の力を好き放題に使われるという事件が起きた以上、幽世を管轄する大国主様も力が出し切れていないのだろう。伯母上のドタバタ騒ぎといい、しんどいのは自分だけではないはずなのだから。
「ぐうううッ!河勝、渡すよ!」
「分かった!」
心配なので前もって弟子を若返らせておいたけど、正解だった!
爺の姿のまま儀式をやってたらまず間違いなくぽっくり逝ってるわ、コレ。
河勝に対して力を押し付けると、やはり人の身には荷が重いのかすぐに呼吸が荒くなり始めた。私の力で若返らせたのにも関わらず髪の色はどんどん白くなり、顔にシミや皺が浮かび始めていく。もはや一刻の猶予もない。
私は本来持つ自分の神力を彼へと流し続けた。そして、フラフラとした足取りの中で河勝は姫の背中の扉を開き、その手を握っていた私までもがその中へと引き込まれた。
アゲハちゃんの時とは違い一筋の光も出てこない異様な扉の先はその影響を受けたのかやはりこれまた不気味な雰囲気であった。しかし河勝はそれに臆することなく、恐らく直感のままに己の力を使ったのだ。
あの時詳細を説明しなかったにも関わらず、私が彼の中に入った時にひとりで見た術をいとも簡単に使いこなしたのである。
「…あれ今の教えたっけ?」
「いや…思うがままに使った。ここはこうするべきだと、直感がモノを言ったのだ」
「…いい判断ね。自慢の弟子だわ」
前に来た時には無かったこの領域の象徴たる巨大な扉…きっと河勝のモノであろう荘厳な扉の中へと移す作業が終わった。あの写し身が言う通りならば、河勝はこの力を封ずることができる。それでも妖忌曰く二つの関係は完全に断ち切れぬ可能性があるため、現世に戻った後に再びあの枝へと力を還し、そのまま封印するのだ。
河勝は力を使い、扉を開いて我ら二人は現世へと戻ってきた。
桜の枝を手に取ると私と河勝は神力を注ぎ続け、そしてやめ時を勘で感じると同時に、私は枝を持っていき甕へと漬け込み、木の蓋を被せる。最後に、予め書いておいたお札の効力を確認した後にそれを丁重に貼り付ける事で、儀式は終わりを迎えたのであった。
「…終わったな」
「ええ。終わった」
「折角若返らせてもらったのだからまた若き日のように過ごせるかと思ったが、全部あの枝に吸われてしまった。残ったのは枯れゆく老木のみだ」
「そう悲観しないの。ほら、あの子も起きたから皆を連れて上方へと戻るわよ」
…
上方へと戻った我々はというと、まず曰く付きの桜を封印する場所選びから始まった。そして、選ばれたのは山背深草の地。ここは太子様の宗族たる上宮王家との結び付きが強い地であり、我ら秦氏にとってもまた縁深き土地であった。
そこの南にちょうどいい土地があった為、我らは穴を掘った後に呪物を丁重に埋めた。そして、車持の姫君を連れて大和へと凱旋したのであった。
故郷の太秦での民草の熱狂ぶりは見事であったが、ここ大和の民達の勢いも負けていなかった。常世の神を倒した秦河勝こそが真の神である。人々は口々にそう噂してまわり、誰もが私の姿を一目見ようと顔を出したのだ。
「臣、秦造河勝が拝謁いたします。此度は与えられた任務を終えたことを報告する為、ここ大内裏へと参上仕りました」
「よくぞ戻った、河勝よ。わらわは心配しておったが、杞憂に終わって何よりだ」
「…」
大王は手を叩いて喜んでいたが、隣に立つ入鹿の眼差しは猜疑の目そのものであった。
父の蝦夷に似ず、祖父の馬子殿に似た冷たい視線が私に刺さる。昔の自分ならば恐ろしさで小便ちびらせていたかもしれないが、歳を経た今ならば舐めるなよ小童という感想しか浮かばない。
「…そなた、本当にあの大生部多を倒したのか?証拠となるものはあるのか?」
「なに、勿論ございますとも。…例のものを持ってまいれ」
やはりだ。入鹿に疑いの目をかけられている。だが、そんな事は予想の範疇だ。
私が合図すると、鼻をつまみたくなるような臭いを漂わせた桶が運ばれてきた。そしてそれを開けて出てくるは、妖に変じ、顔に大きな裂傷の入ったおぞましき生首であった。
『何っ!?』
「これが逆賊、大生部多の首にございます。私一人では到底敵う相手ではありませんでしたが、頼もしい味方のお陰で無事勝利を手にすることができ申した。
…大臣、納得頂けたかな」
「…ッ!わ、分かった。分かったからその汚らわしい物を早く持っていけ」
あの入鹿の顔、まるで一杯食わされたというような表情だ。おおかた、無理難題を押し付けて手ぶらで戻ってきた所を責任を追わせて追い出すつもりだったのだろう。あまりジジイを舐めないで欲しいが。
「河勝、老骨に鞭打って斯様な危険な任を終えて戻ってきてくれたこと、真に大義である。まずは家へと戻り、家族に顔を見せてやるといい」
「ははっ。大王の寛大なお心遣いに感謝致します。では、これにて失礼」
腰を上げ、杖を着きながら部屋から出ていくと、対面の方向よりやってくる大王の長子たる中大兄王子と鉢合わせた。彼は爽やかな態度で私に挨拶をすると、そのまま私の背の方…つまりは大王達の元へと向かわれていった。
あの方は好きだ。こんな死にかけの爺にも欠かさず声をかけてくれるし、何より在りし日の太子様と同じ目をしているからな。
…
河勝が大和から地元へと戻ってきて一週間、彼の趣味である能面作りを傍で眺めていた時のことだ。
「河勝様、お客人が参られております」
「…?招いた者など居ないが…」
「何がなんでもお目通り願いたいとの事です」
「はぁ…まぁいい。通せ」
「誰だろ?」
「知らん。ただ分かるのは、自分からこのような翁の元を訪ねてくる奇人変人の類だということだけだ」
「ひょっとしたら妖怪かもよ?」
そんな事を言っていた時だ。
背後より若々しい男の声が聞こえ、僕達ふたりは柄にもなく飛び跳ねて驚いてしまったのだ。
「…もしや、自分でも気づいておらなんだが、実は私は妖怪だったか?」
「い、いや…そんなことは無いぞ?ところでそなた、顔は見覚えがあるが名が思い出せぬ。何者だったかな?」
「これは失礼仕った。私は姓を中臣、名を鎌子と申す者です。王佐の才と名高き秦老公とこうして面と向かって話せる事を光栄に存じます。
…そちらのお孫殿?も以後お見知り置きを」
「ブフッ!え?え?孫?てか見えてる?」
「…ああ、ああ!思い出した。お主の才は聞き及んでおる。聞けば皆が羨む才を持つというのにも関わらず宮仕えを拒否し、摂津に隠れたという話ではないか。なのに私の元を訪ねてくるとは」
「私は今の宮に仕えたくはないのです。…あの按作入鹿が大臣の地位にある限りは…。
奴は気に入らぬ存在を次々と排除し、己が専横を極めんとしています。私が摂津に逃れたのも、奴の毒牙から逃れるためであるとだけ言いましょう」
「…フッなるほどなぁ。ああ、読めたぞ?お主は入鹿を倒すため、この秦河勝の力を貸してほしいのだな?」
「ご名答。私と貴方は生まれた月日は遠く違えど、きっと志を同じくする同志である…。故に、此度こうして尋ねさせて頂いたのです。
貴方も忘れてはおらぬでしょう、あの山背王子が一夜で滅ぼされた一件を。きっと入鹿は貴方の事も狙っている。亡き上宮太子と非常に親しく、此度も功をあげた貴方のことを…」
「また陰謀か〜…河勝、どうするの?」
「…これはかつて似たような事を経験したからな。きっとあの時の父上のように、私の決断がこの一族の全てを決めることとなる。あのバカ息子共は仕切りたがりだが、こういった類の決断は下せぬだろうからな。
鎌子殿、これについては今すぐに決断することは出来ぬ。だが、必ずや一族を代表して、私が答えを出す。…如何だろうか?」
「勿論。良き返事を頂けることを願います。…ところで、秦老公を名前で呼ばれていましたが…もしやそちらはお孫様ではないのですか?」
鎌子とやらが真面目な顔をしながらこちらへと振り向いてそう言ったので、笑いを堪えきれず河勝と顔を見合せて爆笑してしまった。
「違う違う!…いやまぁ、それで誤魔化してもいいんだけど。
僕は葦原朝斗彦命、所謂神様ってヤツだよ。それで、河勝は僕の御魂の一部を宿した宿神なんだ」
「なんと?ハッハッハ!河勝殿、やはり貴方は噂に違わず中々に面白いお方だ。声をかけて良かった!
いやしかし、まさか神に憑かれておるなど中々に信じられないな!」
「でしょ〜?君みたく僕の事を視える人も昔*2に比べれば随分と減っちゃってさ。お陰で僕と喋ってるのを見たほかの人達のせいで、河勝ったら虚空に話しかける狂人扱いされてるんだから!」
「なるほど!その噂は我が耳にも入っておりましたが、まさかそういう事の顛末だったとは!」
『ワッハッハ!』
「いや…迷惑受けてるのは私だけなんだが。至って普通の人間だぞ、私は」
「もうこっち側に両足突っ込んでるのに普通の人間なわけないでしょ!」
押しかけ客人である鎌子とゲラゲラ笑っていると、騒がしい部屋の様子が気になったのか、ある人物が部屋を覗き込んでいた。車持の姫君である。
河勝はまるで自分の孫のように彼女のことを可愛がっているため、その視線に気付くや否や彼は手招きしてこちらへと呼び寄せた。するとなんだ。先程までバカ騒ぎしていたはずの鎌子がすっかり黙り込んで彼女を見つめているではないか。
「…河勝殿、この方は?」
「うん?ああ、彼女は東国に行った折りに訳あって連れて帰ってきた車持の女子で、名は
「ほう…。今この時を逃せば桜の如く目の前から散ってしまいそうな、そんな儚さが彼女にはある。河勝殿、どうか無理を承知の上でお願いしたい。彼女を私の妻として娶らせては貰えぬか」
「何だとッ!?」
なんとなく予想は出来たが、突然の提案に皆が驚いた。目に光を宿さぬ与志古娘もこれには流石に「おお」と一言漏らし、河勝はアワアワと震えていた。
「おお〜っ!与志古娘、良かったねぇ」「えぇ」
「おい!何渡すこと前提で話しておるのだ師匠!…与志古娘、お主はそれで良いのか?」
「私は別に気にしないわ〜。それにこの方、私の好みな殿方ですもの」
「…やはり私の見る目に間違いはなかった。与志古娘、これから末永く頼む」
あっ、鎌子…鼻の下が伸びてる。それに河勝…意地張ったくせに即答されて呆然としてるなんて、まるで僕の父上みたいじゃないか。
結局、鎌子は与志古娘とその側仕えたる妖忌とその親族を連れて摂津へと帰っていき、この場へと残ったのは現実を受け入れられない爺ただ一人である。駿河から戻る時なんかもそうだったんだけど、明らかにあの子のことを実の子よりも大事にしてたもんな。芸事仕込んだりしてたし。
「そんな… 与志古娘よ。まさかあんなぽっと出の男に持っていかれるなんて」
「いやいや…あの子は実家を追い出された身なんだからむしろ鎌子に拾ってもらえて良かったじゃないか」
「だからこそだ!我が孫に嫁入りさせようと思っていたのに…腐っても車持の血筋だぞ!?関八州へと力を伸ばす好機だったのに…」
「まぁ…こればかりは天命だよ。しょうがなかったんだ」
「クソ…クソッッッ!!!」
…うーん。大の大人が鼻水垂らして泣き喚いてるのを傍から見るのって、なんだか面白いな。のぼうちゃんたち呼んでこよっと。
「わ〜!ほんとに翁が泣いてる!」
「翁、大丈夫?」
「…なんでガキ共を連れてきた、師匠!」
「いや…だって面白いし」
郷の絶対秘神はこの時のことを恨んでるとか、いないとか…。