詰め込みすぎた。後悔はしていない。
「……やはり、河勝めは鎌子のヤツと接触したか。あの死にかけの狸めは必ずや消さねばなるまい」
ここは大和、飛鳥の蘇我屋敷。肘置きに頬杖をつきながら配下の報告を聞くのは国の若き宰相、蘇我入鹿である。
遣隋使として大陸に渡った仏僧
しかしこの男、些か独善的な振舞いが多い。それ故に、周りの者からはよく思われないなんてことはざらであり、しかも本人の唯我独尊的な態度も相まってさらに敵を作りやすいという、要はそばに居ると面倒な人間である。
本人は偉大な祖父である蘇我馬子に対して強い憧れを持つものの、彼と馬子には徹底的な違いがある。
馬子の場合、例えどんなに周りの者達に修羅と罵られようとも、常に王家の味方として立ち回ることで大王への変わらぬ忠義と尊王の立場を証明したが、入鹿は何よりも自分の地位が自慢である為、馬子のように忠勤に励む姿を見せる気持ちが致命的に欠けているのだ。
その結果が大きく世を騒がせた山背王子の変であり、この事件の結果、入鹿は己の名声を大きく落とすことになったのであったが、彼は力にものを言わせ、またも同じ手を繰り出そうとしている。
こうして、入鹿は蘇我に対して従順な諸侯を集めると、太秦への襲撃を命令した。時は宝女王三年*1。秦河勝が大生部多を倒してからわずか数週間後の出来事であった。
……
政に関わり深い一族の要人を集め、件の一件に対する相談を行っていた時のことだ。
数十年前の丁未の騒乱の時とは違い、意見が真っ二つに割れたことで我らは再び一触即発の状況となっていたのだが、そこに良からぬ知らせが届いた。
「南より武装した軍団が近付いて来ます!」
「……蘇我め、やはり来たか」
私は息子達に目配せをし、その瞬間に彼等は容赦なく親蘇我派の者を誅殺した。この集まりがバレたという事は、内々に知らせた者が間違いなくこの場に潜んでいる筈だからだ。
バカ息子共を説得するのは骨が折れたが、こいつらも私と同じく入鹿に嫌われており、出世街道から外れていることは自覚していたため渋々私への協力に応じたのだ。
私はすぐに立ち上がり、防衛を固めるべく指示を飛ばした後に弓に弦を張り、弦を唾液で湿らせた。
私は何がなんでも生き残ってみせる。ここまで長い時を生きてきて、最後が地元の冷たい床を枕に討死なんて死に方じゃあ死んでも死にきれんからな。
「おーおー、やってるね。せっかく帰ってきたってのに休ませて貰えないね」
「全くだよ。北狄蝦夷の尻のように青ざめた顔をした、あの蘇我のドラ息子には一矢報いてやらないとな」
「あんまりやりすぎない方が良いんじゃない? 適度に痛い目見せて追い払った隙に逃げるべきだよ」
「違いない。だが逃げるにはまず目の前の敵を追い払わねば。師匠、貴方も戦うか?」
「いや、遠慮しておくよ。人同士の諍いには手を出さない信条だからね」
まぁ、貴方ならそういうだろうと思っていたよ。
私は弓に矢を番えると、数里ほど離れた正面の指揮官へ向けてそれを放った。すると、それはスルスルッと上手い具合に風に乗って飛んでいき、指揮官が乗っていた馬の首へと命中した。
我が腕も衰えてないな……そんなことを考えながら横を向くとニヤニヤと笑う師匠がいた。
「ちょっと手助けしてあげたよ。もしコレが弓技大会ならば間違いなく反則だが、実戦ならば問題はないはずだからね」
暴れる馬によって攻め手の指揮官が振り落とされる様子を眺めながら、師匠がそんな事を言う。
そういえば、子供の頃に昔話を聞かされたな。
望んでないイカサマによって、王国の皆に自身の弓の腕を認められたとか何とか……。
住居を燃やされた民草がこちらへと逃げてくるのでそれらを受け入れると、彼等は水を得た魚のように我らを援護するために石を投げ始めた。
鎧で武装しているとはいえ、野盗に毛の生えた程度の連中にとっては投石も命に関わる危険な攻撃である。
常日頃より民のために政を進めていた甲斐があったな……と彼らの助力に感謝しながら、先程誅した者たちの配下を処断したりしていると、敵が一斉に火矢を放ってきた。
私はすぐに周りにいた屈強な男達に服を脱がせると、水瓶へと服を入れた後にそれを火元へと覆い被せるようにして消火し、それを見た他のもの達が真似をし始めた。
「凄い統制じゃないか。彼ら、自分から進んでやってるんだよね?」
「そうだ。皆も死にたくは無いだろうからできることは全てやるつもりなのだろうよ。全く誇らしい限りだ」
「河勝様! 騎兵達の準備が出来ました!」
「よし。行け、奴らをひき潰してしまえ」
「承知致しました! お前達、行くぞ!」
高句麗の騎兵を参考にした我が軍の精鋭騎兵達が稲城より飛び出していき、敵を一網打尽にしていくのが見える。
此度の諍い、恐らくあの時の物部守屋が思い浮かべていたであろう、理想の戦いが出来ている……。私は思わずニヤケ顔を浮かべつつ、弓の弦を引いて味方を援護した。
「河勝、そろそろ倭弓兵達も前進させたら? さっきはあんなこと言ったけど、これならばきっと殲滅も可能だよ」
「ちょうど同じ事を考えていたところだ。
弓兵隊! 前進せよ! 敵を一人残らず撃ち抜くのだ!」
「ははっ!」
もはや体勢は決した。山背王子の二の舞になど絶対にならぬと決めた以上、私の頭には敗北の二文字など存在しなかった。
フン。調子に乗ったガキの鼻っ柱を折れるならば、幾らでも戦ってやるわ。
「翁! 敵が退いていくよ!」
「どうせ生き残りがいたとて数人程度だろう。
おい小人、味方の騎兵の元へと飛んでいき、追撃を掛けて殲滅するように知らせろ」
「……むぅ! ねぇちょっと! 私にはちゃんとした少名彦ノ坊って名前があるの! 小人じゃない!」
「……ほう? そうは言っているがお前、こちらにも秦河勝というれっきとした名前があることについては忘れているようだな?」
私が年甲斐もなく反論すると、特注の鎧を身にまとった彼女は口をポカンと開けた後、ニコッと笑みを浮かべた。
「……たしかに! 言い出しっぺの私がそう呼んでたらおかしいよね! それじゃあ行ってくるよ! 河勝!」
「……ふむ、任せたぞ! 彦ノ坊よ」
「うーん、異種族間に芽生えた堅い友情を感じる。やはり良いものだね。アツいよね」
「言っている場合か」
……
騎兵とのぼうちゃんが帰ってきたあと、秦軍は勝利の美酒に酔い……しれる事なく、粛々と太秦から脱出する為の準備を進めていた。
「河勝、逃げるとはいえ行き先は決めてるの? もし決めてないなら諏訪に来るといいと思うんだけど。あの近くになら君の次男坊がいるしね」
「いや……師匠のお心遣いには感謝してもしきれないが、行き先はもう既に決めている。
我らはこれより播州の西、坂越へと向かう。摂津の中臣鎌子に使いを送ってあるから、難波より彼らの用意した船を使い、淡路の海を渡る手筈だ」
あんな出来事があったとはいえ、河勝と鎌子の仲は良好らしく、まるで実際の義理の親子かのように頻繁に連絡を取り合っている。
……僕的にはそれが原因で攻められたんじゃないか? という感じなのだけど、流石に触れないでおこう。
「おお、播磨か……。昔中つ国があった頃に彼処で戦ったことがあるよ。相手は君と瓜二つな渡来の神、天日槍って奴だ。この話、覚えてる?」
「勿論。その話は何度聞かされたか。
しかし、我らにとっては太秦に次ぐ第二の故郷と言っても過言では無い土地だ。故に、自然の要害たるあの地にて再起を図る。
ここを離れるのは惜しいが、大部分があの憎たらしい野盗どもによる放火の延焼によって焼け野原にされてしまったからな。一度は凌げても二度目はない筈だ」
「なるほどね。でも、難波まで行くのはどうするのさ。こんなにも君を慕う民達がいたら船がいくつあっても足りないよ?」
「……まぁ、そこは気合いで何とかするしかない。息子が赤穂までの陸路を率いるという手もあるが」
「……置いていくという手は……無さそうだよねぇ。みんな着いて行きたいよね」
「……そういう事だ。こちらとしても善処するつもりだが、連れて行けぬものは鎌子へと預けるなどせねばなるまいな」
全く、仁徳を以て政を行えば、こうも有り難いことに苦労するか……と、よく分からぬ自惚れを見せつけ、額を手で抑えるのは御歳七十二歳のジジイである。おいおい、見ていて痛いぞ。
「……私を殺すつもりなら、きっと山背と河内の国境も抑えられて居るはずだろう。だが、万が一があろうとも我らは負けぬ! 皆で播磨を目指すぞ!」
『おおっ!』
……
「つまり、河勝めは自ら先頭に立って部民達を指揮し、我らの包囲を破って西国へと逃げ仰せたというか!
あの死に損ないの翁め、大臣たるこの蘇我入鹿を出し抜きおって! 許さん!」
飛鳥の蘇我屋敷にて、蘇我入鹿が声を荒げて怒りを顕にしている。あまりの彼の怒りの形相に、報告へと訪れた豪族達は身震いし、これから自らに課せられるであろう罰に怯えていた……そんな時のことだ。
「息子よ、やめよ。怒りに身を任せて河勝殿までも手にかければ、その先に待つは修羅の道ぞ。どうか思い直すべきだ」
入鹿の父であり、先の大臣でもある蘇我蝦夷が止めに入った。対する入鹿は怒りを抑えようとしたものの、昂る己の感情を抑えられずに肘置きを蹴り上げた。
「父上! そんな呑気なことを言っておれば、我らはかつての物部の如く滅ぼされるのは必定! 敵は一人残らず滅せねば!」
「だから、その考え方が駄目だと私は言っておるのだ!
私がまだ元服にも至らなかった頃、己の地位をかさに着て乱暴狼藉を働いた王子が居た。その結果がどうなったか、聡いお前ならば分かるだろう!」
「私はあの姦通王子などとは違う! 私はかの蘇我馬子の孫であり、大臣だ! 例え海を隔てようが、国内の豪族共が大挙して攻め寄せようとも、我らが負けるはずがないのだ!」
少したりとも話を聞き容れようとしない様子の入鹿の言葉を聞くと、蝦夷はがくりと頭を下げて静かに下がっていった。
……元はと言えば、『父のような偉大な指導者になれ』と、本人も気付かぬうちに圧を掛け続けていた蝦夷による今までの積み重ねも一因ではあるのだが、今更彼や周囲の人間がその事実に気付くことはない。
物部という大きな敵を倒し、聖徳の君と共に仏法を興して和国の礎を造り上げた蘇我氏。天を穿く大木が如く栄華を極めた彼らもまた、時代という名の抗いようのない激流に飲みこまれようとしている。
しかし、その事に気付かぬまま、これまで自分が行った所業によって命を奪われた者達による数多の怨みを背負って、蘇我入鹿は暴虐を尽くしながら血に塗られた道を歩み続けるのである。
……
「いやー! 蘇我も恐るるに足らんな! アッハッハ!
師匠、我らを見た時のあやつらの顔を覚えておるか? 口をあんぐり開けておったぞ」
「もう聞き飽きたって……。でも、一人に松明を二本持たせるってのは妙案だったね……。ほら、あんまり騒ぐと手許の鑿で怪我するよ」
テキトーな僕と違って、何よりも陰謀事が大好きである彼はあの時の混乱に乗じて一族の不穏分子を消し去り、あれよあれよと対蘇我の姿勢を世に知らしめた。
手を貸した中臣鎌子はというと、大和へと潜入して
「もう私はここで隠遁出来ればそれでいい。入鹿を葬るための策も伝えたし、あとはアイツが全てやってくれる」
「与志古娘が嫁入りした時は信じられないくらい放言してたってのに、今やすっかりお気に入りじゃん。何があったのさ」
「いいや? 何もない。いやちがうな。命は救ってもらったがな」
「……でもそれくらいなら普段の君だったら靡かないでしょ。何か他の理由があると思うけど?」
それまでずっと辺りに響いていた、小気味よく面を鑿で削る音が途切れると同時に、河勝は顔をあげてこちらへと振り向いた。
「……普段とぼけてる癖に、こういう時だけは勘が鋭いな。
質問に答えるならば、その予想は当たりだ。
頭では違うと分かっていても、私はアイツにかつての自分を重ねてしまう。
初めて会った時、アイツは私の事を王佐の才などと持て囃したが……ちがう。馬子殿ならば兎も角、私はそうはなれなかった。
だが、きっとアイツなら私が出来なかったことを成してくれるはずなんだ。だから信じている」
そこには何一つ嘘偽りのない、本心からの言葉を一言一言大事そうに呟く弟子の姿があった。昔から僕や王子の傍でしか見せない彼本来の表情は、実にその心の内が分かりやすいものなのだ。
「……そうか。河勝は今も変わらず王子のことが大好きなんだね」
「ああ、勿論だ。友として、同じ師を持つ兄弟弟子として……そして最後に、我が主としてな」
……
ずっと座っていると足が痺れると言うので屋敷の庭を河勝の調子にあわせて二人で散歩していると、彼があるモノを発見した。
「見ろ師匠、三葉の松葉が落ちていたぞ」
「……へぇ、珍しいね。普通松は二葉*2なのに。松葉は二つの葉が一つの枝に堅く生えるから本来は縁結びを意味する縁起物なのだけど……、三葉はなんだろうね……そうだな、不変の結束とでもしようか」
「……それを聞いてからこれを見つめていると、不揃いな葉の長さも相まってなんだかまるで在りし日の私達三人のように思えてくる。この一番長い葉が師匠で、こっちが私。それで一番短いのが王子だ。
……年甲斐もないことを言ってしまったが、そうは見えないか?」
「……! そりゃあいい! 急に何十年も前に戻った気がしてくるよ。
いやぁ、それにしてもあの頃は二人とも可愛かったなぁ〜。今も可愛い弟子だけど!」
「また貴女はすぐそうやって引っ付いてきて! 少しは弟子を慮ってくれ!」
そう言いつつも、隣で彼は穏やかな表情を浮かべていた。
縁側に座って二人で海風に当たっていると、やがて地元に住まう彼の親族であり、河勝を師と慕う女の子供二人が河勝を訪ねてきてこう言うのである。
お師匠様、遊びに行こう! と。
河勝は腰を上げてゆっくりと歩いていき、そしてそのまま屋敷へと戻る事はなかった。
傍で見守るという己に課した任務が終わったからか、はたまた大事に面倒を見た弟子が静かに姿を消したからかは分からないが、僕は嫌な静けさに包まれた屋敷の庭に生えた松の木の下にて、彼が最後に彫った面を被るなどしてまる一日座り込んだ後、静かに坂越の地を離れ西へと向かった。
その後の畿内で起きたことについては、もはや僕の預かり知らぬことである。後の世にも神へと祭り上げられた者は幾人も居たが、この時を以て神の時代は完全に終わったのだ。
……
出雲・玉造 とある民家
「……
「分からん。
「
「そげかもしれん。あんま変な事言うとわしら二人とも仲良く
「食べ終わるまでは向こうで待っちょりましょう」
「そげだな」
「……はぁ。この葦原朝斗彦ともあろうものが、人の生き死に胸を揺さぶられることになるとは。王子の時は平気だったのにな……。
ふぅ、ご馳走様。美味しいしじみ汁をありがとう」
「お粗末さまでした。……どげかね? こんなモンで腹膨れました?」
「いや何、気持ちが温まったよ。やはり故郷の味は格別だ」
「ほー、ここいらの人なんかね。生まれはどこだいの?」
「生まれは隣の伯耆だけど、育ちは出雲の杵築だ。ここ玉造にも住んだことがある」
僕の話を聞いて、こげな人村にいたかね……なんて話す村人夫婦。
しかし、彼らが疑問に思うのは当たり前だ。何せ僕がこの地に住んでいたのは何百年も昔、それこそあの山葡萄の木がもっとひ弱そうな見た目をしていた頃のことなのだから。
「そうだ。ちょっと今持ち合わせがないから何かお礼として渡せるものがないか見てこよう。ここいらは僕の庭みたいなものだからね」
「「はぁ……」」
かつてとあまり変わらぬ光景を飛び跳ねて行くと……あった。魅須丸さんの工房だ。あれから随分と時代が経ったというのに、良く残ってたな……。
「お邪魔しますよ……っと」
「邪魔するなら帰って〜」
「はーい……って、ええ!? 魅須丸さん! 居たのか!」
「居ますよ。……神という立場があるにも関わらず盗みを働こうなど、感心しませんね……。葦原朝斗彦クン」
「はい……申し訳ございませんでした。……ところで、まだここに居たんだね」
「ここは私の肌にあってますから。難波の方にもしばらくいましたが、やはりここの湯と瑪瑙は格別ですよ。それに、昔とは違って今は勾玉の需要が極端に減りましたから。隠遁するには持ってこいという事です。
……おや、村のものにしじみ汁を飲ませてもらったから礼がしたい……と。だからここに盗みに入ろうとしたのですね」
「ゆ、許して……もうここは棄てられたとばかり思ってたから」
「ふむなるほど。礼をあげる相手はあの家の夫婦ですか。あの方々はよく貴方を祀る社を掃除していたりと孝行が目立つ人間ですから……うーんこれですかね。いや違う、こっちかも。ふむ、これも捨て難いですね……」
「いやあの、そんな凄すぎないものでいいから……」
「……! コレね! あの夫婦は子宝に恵まれないと嘆いていた記憶があります。故に、木花之佐久夜毘売命クンに会った際に渡そうとして拒否された、この桜色の勾玉を持っていくと良いでしょう」
「……え、あの娘魅須丸さんの贈り物を拒否したの?」
「そんなものがなくとも私は平気だと言われてしまったのですよ。いやはや、国津神であるのに我ら天津神よりも天津神をしていますよ、彼女は」
「……酷い話だ。
とはいえ、あれほどの神に渡すはずだったものを市井の者に渡せる魅須丸さんも中々に面白いけどね。じゃあ、コレを渡してくるよ」
僕が立ち去ろうとすると、「お待ちなさい、葦原朝斗彦くん」と言い、魅須丸さんが引き止めてきた。
「どうしたのさ」
「コレをあげます。葦原朝斗彦クンは我々界隈の中でも一二を争う愛妻家ですからね。ここ何十年もの間、ずっと社を空けていたでしょうし、奥方に贈り物でもするといいですよ」
「ちょこちょこ帰ってはいたけどね。……でも、ありがとう。きっと比売も喜ぶよ」
受け取ったのは紫紺色の勾玉。比売の髪の色であり、見ているだけで気が滾ってくるような力強さを持つ逸品だった。
「また遊びに来てください。滅多なこと*3がなければ私はここにいますから」
「ありがとう! また機会があれば遊びに来るよ!」
「今度は奥方も一緒にどうぞ。あと、大避の神も連れてきてくださいな」
最後の一言だけ分からなかったけれど、やっぱり彼女は面白い人だ。僕は先程の家へと戻ると、礼として先程受け取った勾玉を二人へと贈った。
「こ、こげなものを貰って良いのですか!?」
「うん。聞けば、僕の社を掃除してるそうじゃないか。それもよく綺麗に保ってくれてるだとか」
「…………!? ま、まさか、東神様!?」
「あげな木彫りの御神体よりも全然わろた顔がえーわ」
「ありがとう。ちなみにその勾玉は子宝祈願のご利益がある。きっと君達の未来が幸あるものになるはずだ」
夫婦は手を叩いて大はしゃぎ。この素朴な感じ、昔と全然変わらなくて落ち着くなぁ。
ていうか、比売以外の存在がカッコイイなんて言ってくれるのなんてめちゃくちゃ久しぶりで、正直嬉しすぎる。多分顔赤くなってるな、僕。
「君達のしじみ汁のおかげで杵築まで行く気力が戻ったよ! それじゃ!」
「きっとこれから大国主命のところに行っちょるよ! 東神様、お気を付けて!」
「東神様のように円満な夫婦で有り続けますー!」
「あっ、東神様ったら一つもすずみの身残さずに食べてくれとるよ」
「そげ!?」
……いや、夫婦の関係まで知られてるのめっちゃ恥ずかしいな。諏訪に帰ったら比売に教えてあげよっと。
でもまずは常世神や幽世周りの事を大国主様に報告しなくては。
僕は大刀や河勝の置き土産である女の面などの忘れ物がないかを確認したあと、神力を強く出力し、左足で地面を蹴って空へと飛び上がる。そして、数多の伝説の舞台となった出雲の半島を一望した後に杵築へ向かって飛び立ったのだった。
人々の生活は移ろいで行くものだが、神は変わらぬ立場でそれを見守り続ける。それこそが古今東西、全ての文化においての我々神の役割であり、存在する意義である。だからこそ、人々からの信仰が尽きるその時まで僕はその役割に徹し、ずっと皆を陰から見守り続けるのだ。
やっと書ききれた。エタらずに。
秦河勝、史実の記録などを見ても虚構と事実がかなり複雑に入り交じった存在だとは思いますが、激動の時代を過ごした生き字引として描くにはかなり楽しいお方ですね。
東方Projectの飛鳥時代二次創作、もっともーっと増えてほしい!
長すぎたから他の章より先に人物紹介書くかもしれないですが、次はちゃんと現代の幻想郷に行くと思います。まぁ、あとのことはきっと後の自分が何とかしてくれるはずですよ。(内なる朝斗彦マインド)