叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

77 / 80

地底の成り立ち、書きたくなっちゃった…。



地底の神の回顧録
七十話 日常坐臥


 

 

僕達国津神と天津神が大八洲の覇権を巡って争った頃もそうだが、河勝をそばで面倒を見ていた頃より今まで本当に長い時が流れた。ヤマトがいつしか大倭へと変わり、その大倭が大和、そして日の本と、まさに光陰矢の如し。時代が移るのはあっという間だった。

 

高天原と葦原中国、ヤマトと土着神、蘇我と物部などの僕が密接に関わった戦などが遥か彼方の出来事となった頃においても、人妖たちは案外思っていたよりも大きくなかったこの島国のなかで争い続けていた。

そしてその間の僕らはというと、地域密着型な国津神となっていた為にいつしか故郷の中つ国こと出雲への里帰りも滅多にしなくなって、相も変わらず湖の周りで幅を利かせていた。

しかし、人々が戦う事が当たり前となったそんなある時から、全国各地に我等の社の分社が建てられ始めた。空前のお諏訪様ブーム到来である。

その結果、もはや打ち止めだろうと思っていたにも関わらず、僕、比売、諏訪子の三人にとっての全盛期が到来したのだ。

 

 

 

「今更来たって別に大したことする訳じゃないのに」

「信徒が増えることはいいことよ。貴女も素直に喜びなさいよ」

「そうだよ。思ってない時に我が身を助けるかもしれないんだから」

 

 

 

そうは言いつつも、別に自分達が密接に関わるほどの異変なんかも起きる訳ではなく、僕達は日々を呑気に過ごしながらも、時たま起こる災害、子孫や土地を巻き込む危機を乗り越えた。

そんなある日である。身内であり、身内ではないような気配が我が領域たる下の社へと出現したのだった。

 

 

 

「…敵か?」

 

 

 

社の奥から顔を出し、気配に導かれるがままに奥の杜へと向かうと、そこには随分と懐かしくて見覚えのある扉が。ははぁ、さては河勝のヤツがようやく顔を出しに来たな?と思い、にやけ顔を浮かべながらどんどんと握り拳を打ちつけると扉が開き始めた。

さぁさぁ、立派な神様のお出ましだ。

 

 

 

「久しぶり河勝、会えてウレ…アッ!?

へっ?なん…ッ!その姿、まさかっ!」

 

 

「ハッハッハッ!そうそのまさかだよ、師匠!

今の我が名は摩多羅隠岐奈。数多の神格を吸収した神霊であり、かつて人の身にあった頃に貴方に鍛えられた弟子・秦河勝でもある!」

 

 

「お、おお〜!びっくりした!めっちゃ若返ってんじゃん!

女体化してるけど!」

 

 

「フフッ、貴方の驚いた顔を見れただけでこちらとしては儲けものだ。

いやなに、身体に流れる血こそは違えども、内に秘めるモノは実の親子に等しいものだから、こうなってしまったのも致し方あるまいことだよ」

 

 

 

出てきたのは昔以上に明るい頭髪を持つ、北斗の星々を象った装束を身にまとった少女。

唯一頭に被った三韓(この呼び方も最早懐かしい響きだ)由来の冠のみが二人の間にかつての関係を思い出させるだけという、正直言ってあまりにも劇的な変化を迎えた弟子の姿であった。

 

 

 

「…なんか、可愛くなったね?いや、面倒見てた時から可愛い弟子ではあったんだけどさ」

 

 

 

「言うな。私だってこの姿を受け入れるのに一世紀と半世紀がかかったんだから」

 

 

 

「だから全然来なかったんだ。…え、でも君が一度いなくなってから今までって幾つ経った?…ひのふのみの…六世紀以上は経ったんじゃない?一体何してたのさ」

 

 

「うーん。私に縁ある寺社で祭神として役割を果たしたり、まぁ色々。…あとはまぁ、言ってしまえば別にここに来る必要って正直あんまりないから」

「酷っ」

 

 

 

言うようになったね!と言うと、河勝はニンマリ笑って「まぁね」という返し。慣れ親しんだ姿の頃より随分と若返り、ちっこくなった彼女は自分で言うのもなんだが、正直娘が増えたような気分だった。

 

 

 

「ところで、用件は?ただふらっときたわけじゃあるまいに」

 

 

 

「おっとそうだ、それを伝える為にここへと来たのに。

 

ここ二百年の間に、痛い目を見る妖怪の数が目に見えて増えているだろう?例えば、貴方の信徒でもある鬼とかな」

 

 

 

「ああ…アレはまぁ…萃香達の自業自得というかなんというかって感じだし。暫く前、急に月に攻め込んだりした時からアレ?とは思ってたけど。それで?」

 

 

 

「うん。だから、私達は彼等のような目に遭いたくない妖怪の有志と共に楽園を作る事にしたんだ」

「はぁ…」

 

 

彼女の壮大な話しぶりを見て、僕は空っぽの頭を回しに回しまくって一つの結論に至った。きっと、河勝はその楽園とやらを作るために我が力を借りたいのだ、と。

 

 

 

「なんだ、そんなことか!

良いよ!君の為ならいくらでも力貸してあげるから」

 

 

 

こちらが自信満々にムキッと力こぶを見せつけると、対する河勝はまるで「フッ、コレだから師匠は…」等と言い出しそうなニヤケ顔を浮かべていた。

 

 

 

「フッ…これだから貴方というお方は…。話は最後まで聞いてくれないとこちらも困ってしまうではないか。

 

 

郷はもう出来ている。

我が友である妖の八雲紫が、太古の昔に不尽の怒れる女神によって破壊されるよりも以前の八ヶ岳が現世と忘却の境界を漂っているのを見つけたんだ。そして、その山を起点とし、彼女が災害やらなんやらで失われ、境界に流れ着いた土地を繋ぎ合わせたことで原型を造りあげ、私がソレを後戸の力を用いて現世へと移したのだ」

 

 

 

愛弟子との久しぶりの再会に喜んでいたかと思えばデタラメのような話を聞かされたので、僕は空いた口を塞ぐことすらも出来なかった。

目の前の彼女が語るこの郷こそが、今日の幻想郷の礎となった土地である。

 

 

 

「…壊される前の八ヶ岳だって!?

おいおい、そんなのがあったのは僕達夫婦が諏訪に来るよりも前だぞ!へぇ、よくもまぁそんな荒業が出来たね。いやはや、凄い話だ」

 

 

 

「そうだろう。あいつには気に食わない部分もあるが、その実力は確かなものだ」

 

 

 

向かいの彼女の頭上に開きかけ、しかし何もせずに閉じて消えた得体の知れない何か(後にソレがスキマだと知った)にぼーっと目をとられていると、その下で腕を組んでいた河勝が再び喋り始めた。

 

 

 

「郷はここ諏訪より東の連峰の近くに存在する。

 

我らの誘いに応じて天狗やらなんやら多種多様な妖がこの地に越してきて、まぁその後にも色々とゴタゴタがあったんだけども、ひとつ兎に角困ったことがある。簡潔に言うと、山には不可思議な力が宿っていて、定命の者であっても生死の概念が薄れそうになるんだ。

 

郷に住まう人々は我ら神や妖にとってなくてはならぬ餌だというのに、奴らが死を恐れなくなればそれは過剰な自信へと繋がり、妖共を恐れなくなる。故に、我々にとってもまた不利益が生じるのだ」

 

 

「はぁ…」

 

 

「だから、我らは一案を講じた。浮世離れしたあの郷に擬似的な地獄…黄泉や根の堅洲国に準ずる地を作るべきだとな。

…師匠、もう言いたいことが分かっただろう?」

 

 

 

腕を組み、第一関節から先があらぬ方向に曲がった右手の人差し指で左肘をトントンと叩きながら、目の前のこの女神は僕に対して期待の眼差しを送った。

流石にここまで聞けば僕だって分かる。きっとかつての父上のように、僕が根の国の管理をしろということだろう。

 

 

諏訪の東、位置的には蓼科(たてしな)の山などがある地域こと世に広く知られた八ヶ岳連峰の地下には、出雲における根の国のような空間が存在する。その場所は今の諏訪において、かつての僕の帰還劇が形を変じて新たな伝説となったものが紐付けられた地であった。

 

 

 

「そうか。ついに僕も父上の役割を継ぐときが来たんだな。君が言いたいのは、僕に根の国の管理を頼みたいということだろう?」

 

 

 

「その通り。秦河勝という一人の人間として生きていた頃に貴方に聞かされた話を思い出し、その役目を務められるのは貴方しかいないと思っていたのだ」

 

 

 

「是非とも受けたいところだけど…まずは家族に話さなきゃね。勝手な事をして離縁されたら困るからさ」

 

 

 

「勿論だ。私としても、貴方の身内二人とは揉めたくはない。まだまだ郷は造られている途中であり、途中でその計画が失敗することなどということは絶対に許されないからな」

 

 

 

「なら会いに行く?きっと今なら二人とも暇してると思うけど」

「そうしよう。今の私の姿を見たらきっと驚くに違いない」

「だね。それじゃ、飛んで行こうか」

 

「いや、その必要は無いぞ」

「へ?」

 

 

「私に任せてくれ」

そう言って我が弟子が扉を作り出すと、開いた先には諏訪湖が広がっていた。振り向けばそこには小舟に乗って釣りをする比売と諏訪子がいて、流石に四人で乗ったら仲良く沈没してしまうので、僕達師弟は宙に浮くことにした。

 

 

「おー、扉の力だ」

 

 

「あら、貴方来たの…!?ちょ、ちょっと!誰よその女!」

 

 

 

「やっぱりな」

「こうなると思った」

 

 

 

あらぬ誤解を招いては不味いので僕が事情を説明すると、諏訪子は「ほー、あの時のミシャグジが…」と興味津々な表情をうかべ、比売は眉を八の字にしながら口を開けて困惑していた。

 

 

 

「ていうことだからさ。普段の勤めは勿論として、そっちの河勝の言う方も手伝っていいかな?」

 

 

 

「…えっと、それについては別にいいわよ?」

 

 

 

相変わらずの困惑顔のまま、一番の関門だろうと目していた比売は余りにも呆気なく許可をだしてくれた。

 

 

 

「よし!!」

「反対されると思っていたがこれで安心だ」

 

 

 

思わず拳を握り締めて喜ぶ僕と、落ち着いた素振りを見せつつも声色は嬉しそうな河勝。喜びのままに手を取り合い、実の親子のような素振りを見せる僕たち二人を見て、比売はどこか複雑そうであった。

 

 

 

「…また大和とか根の国に行くってんなら文句のひとつやふたつも出るけど、八ヶ岳なんてすぐそこじゃない。それなら認めるわよ?」

 

 

 

「束縛系だ」

「うるさいわよ、今日ボウズのくせに」

「今日はそういう日なのさ。神奈子こそ、普段はボウズじゃない日の方が少ないじゃん」

「フッ、それこそそういう日なのよ」

 

 

 

釣りキチ二人の会話は置いておいて、兎にも角にもやることが増えた。

こんな事をするのは初めてなので河勝に話を聞けば、幸いなことに手伝いなんかもつけて貰えるんだそうで、それはサトリ妖怪だと言う。

 

 

覚。その存在は知識としては知っていたものの、あまり詳しくはない。隣の弟子が言うには、元々数が少なかった上、心を読むという種族の特性から忌み嫌われ、周りの妖怪や人々との諍いによって淘汰されかけた連中なのだとか。

そんな希少な妖怪であるにもかかわらず、数ヶ月前に起きたという八ヶ岳の覇権争いに巻き込まれた結果生き残ったのははぐれ者の姉妹二人だけだそうで、なるほどそれは大事にせねばならんなぁと、同じ日陰者としてかは分からないけれど僕の心の中で謎の庇護欲を掻き立てた。

 

 

 

「師匠、暇しているなら一度行ってみやしないか?…彼処はヤバいぞ?」

 

 

 

「いいよ…ってアッ、そうだ。確認したいことが一つ。その第二の根の国ってさ、時の流れは地上と同じなの?」

 

 

 

僕が質問すると、根の国という単語に反応したのか比売が大声をあげて驚いたので、彼女以外の三人全員が耳を塞ぎ、比売へと視線を向けた。

その前の説明でも、僕はあくまでも郷造りを手伝いたいとしか言っていなかったので、予期せぬ単語を聞いた事で彼女はすっかり動転してしまったのだ。

 

 

 

「アンタ今根の国って言った?言ったわよね?」

 

 

 

「え?ああ、うん」

 

 

 

「ダメ、絶対ダメ!

ねぇちょっと!………ってアンタの事、なんて呼べばいいか分からないわね…じゃなくて!朝斗彦を根の国に連れてくってんなら、タダじゃおかないわよ!」

 

「今の我が名は摩多羅隠岐奈だ。摩多羅神でも、名前だけでも、どうとでも呼ぶと宜しい」

 

 

 

釣り竿を置いてこちらへと飛び上がり、腕にしがみつく比売に対して、呑気に自己紹介をする愛弟子。これはどうしたもんかな、などと考えながら河勝の顔を見ると、僕へと目配せをしたあとに彼女は「安心して欲しい」と、一言言い放つ。

 

 

 

「まず、我々はそのかつての根の堅洲国そのままのモノを作ろうとしている訳では無い。あくまでも、"根の堅洲国のようなモノ"だ。

 

私も師匠からその成り立ちについては伝え聴いているが、まずそんな時流のズレがあったところで損しか無いからな。故に、時の流れについては現世とそのままのものにするつもりだ。

猛き諏訪明神よ、それなら文句はないだろう?」

 

「そ、そこまで言うなら…。仕方がないわね。朝斗彦の名に免じて今回は許すわ」

 

 

一番の問題点の改善を説明されたことでホッとしたのか、比売はすぐさま手のひらを返して僕の地底への派遣を受け入れた。彼女は昔から動揺した際が最も隙が大きい。夫婦で喧嘩した時はまず揺さぶりをかけた後にひたすら謝り倒すというものが勝利の方程式なのだ。

 

 

「あ、後さ。もし受けるなら一つ条件があるんだけどさ。いつでも自分の好きな時に諏訪へと戻れる様にして欲しいんだよね。

君の時は年に二回くらいはこっちに戻っていたけど、そこは自由にさせて貰えたら助かるんだけど」

 

 

 

右腕にしがみ付く比売の力が強まる中、河勝は神妙な顔を浮かべた後、「よろしい」と許可をくれた。何でもその時続けて言った言葉によれば、あれだけ面倒を見てもらったのにここで認めないのも…ということだった…が。

後に聞いたところによれば、僕の横にいた比売の眼光が余りにも鋭すぎて認める他無かったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みょんなことから楽園における根の国の管理人となってしまったが、これが実に厄介な仕事だった。あの後河勝と共に現地を視察しに行ったのだが、僕の頭の中で思い描いていた根の国とは違うものが存在していたのだ。

 

まず、めちゃくちゃに不毛な土地。父上がいた本物の根の国は彼自身の溢れ出る活力によって、陽の光が届かない地下であるにもかかわらず草木が青々と茂り、浮かぶ霊魂によって自然と明るくなっていたのだが、ここは違う。

天井にびっしりと生えた石桜に、地下から感じるのは業火の気配。そして、時たま地上より投げ入れられる死体を目当てにしている飢えた地獄鴉の群れがマヌケな鳴き声をあげながら飛び交っているので、はっきり言って死の匂いしかしないのだ。

 

 

その上、本物の根の国ほどでは無いが、時が進んでいないような感覚がした。初めはかつて父上が暴れた時に壊された領域の断片でも使われているのかと思ったが、河勝曰くこれは元々存在していたものであり、恐らくは山へと宿る力だとか。きっと、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に振られた後にここを根城としていた磐永比売のものだろう。

 

しかし、これに関しては僕の力で何とかできるという自信があった。正直に言って根拠は一切なかったが、荒れ果てたこの地底を管理するという絶望的な状況の中で、僕は自信だけは失わないようにしたのである。

 

 

父上の根の国と、僕がこれから造ろうとしている根の国。何もかもが違うこの二つの存在のただ一つの共通点といえば、小屋がぽつんと一軒建っているというところか。

…いや、嘘偽りは良くない。ハッキリと言おう。たとえ家主が火遊びに夢中となり、全く使われてなかったとしても、かつての父上の屋敷の方が断然立派だった。

 

 

 

「…こりゃあ、ヤバいね」

 

 

 

「言っただろう。ヤバいと」

 

 

 

「あのさ。これ、本当に行けるって判断したの?閻魔とか黄泉津大神とかみたいな…その手の関係者がさ」

 

 

 

「した。だから今ここに貴方が居る」

 

 

 

「マジか…」

 

 

 

これはなんだかんだノリで何とかなってきた今までの神生一千ウン百年、その中でも一番の試練だった。まぁ、世の中甘い事ばかりでは無いという訳である。

かくして、田舎の国津神・葦原朝斗彦の地底地獄での管理人生活が始まったのであった。

 

 

 





初めは書くつもり無かったんですけど、気付いたら書いてました。
何とかして現代に繋げたいところ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。