叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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七十一話 陽の光も届かぬ地下の底

 

 

 

「案内は済んだから、私は後戸の国へと戻る。ではな師匠、頼んだよ」

 

 

 

そう言い残すと、無情にも彼女は立ち去っていき、ボロ小屋の前には哀れで日陰者な神一人が取り残された。

どうする他もないので今にも崩れ落ちそうなボロ小屋の戸を引くと、そこには二人の妖怪がいた。きっとこの子らがウワサのサトリ妖怪だろうと思い話しかけようとしたら、話しかけられなかった。話しかける必要が無かったのだ。

 

 

 

「ああ。貴方が一緒に仕事をする神様ですね。私はサトリ妖怪の古明地さとり。こっちが妹のこいしです。

 

 

…人が流した猿に似た姿という風説通りに、我々のことを毛むくじゃらだと思っていたようですね。あれは熊の皮ですよ。暗示をかけて、自死させるんです。ああそれと、言っておきますけど私たち別に無理矢理ここ連れてこられたわけではありませんよ。何故なら私達は嫌われていますからね。自らここに来ることを望」

「はいおねーちゃんは静かに!妹のこいしだよ!ヨロシクね!」

 

 

 

「あ、ああ。葦原朝斗彦だ。ヨロシク、二人とも」

 

 

 

正座で座り込みながら片側の口角を上げ、不敵な笑みを浮かべるのが姉のさとりちゃん。そして、この埃まみれの二畳半の部屋の中で「わ〜」と意味もなく走り回るのが妹のこいしちゃんだった。

 

 

 

「…あのさ」

 

 

 

「ええ、分かってますとも。こんな場所で私たち姉妹が一体どうやって暮らしているのか、それが気になるのでしょう?ならば、教えて差し上げましょう」

 

 

 

「外へと出ましょうか」

そう言うさとりについて行くと、彼女が指を指す先には無数の石桜があった。まぁ、どうせなんか言おうとしたら被せて喋ってくるからな…と、僕が黙っていると、向こうも黙り込む。そして息を吸おうとした途端に喋り出すのだ。

 

 

 

「貴方もご存知の通り、あれは石桜。地上で死に斃れたもの達の純化された魂を閉じ込めたものです。アレが純化される理由、分かります?」

 

 

 

「…あ、喋らせてくれるの?そうだな、君らが魂が抱える想いを喰らってるとか?」

 

 

 

「半分正解で、半分不正解ですね」

「あ、そうなの」

 

 

 

さとりが妹を呼ぶと、暫くの静寂の後にこいしが現れた。…血塗れの姿で。抱えているのは得体の知れない何か…恐らくは鹿かなんかだった気がする。

 

 

 

「獲ってきたよ!」

 

 

「こいしは偉いわね。

…正解は、彼女が食べ物を確保してくれるから。ただし、貴方の予想も間違ってはいない」

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 

「出来たての石桜には想いが宿っている。…まぁ、大抵はロクなものでは無いですがね。

あ、あそこら辺なんかは鬼に翼を千輝れて死んだ烏天狗や、盾ごと腕を持って行かれて討たれたであろう白狼天狗達のモノですよ?つい最近まで自分達を偉い目に合わせた星熊童子への怨嗟に(まみ)れていましたからね」

 

 

 

「…」

 

 

 

「おや、信徒として大事に思っている様なのに彼女達の行いは知らないのですか。今、この上にある山は酒呑童子や星熊童子、すなわち貴方が面倒を見ていた鬼達が武力によって制圧し、支配しているのですよ?」

 

 

 

「はぁ〜。何やってんだか」

 

 

 

「話が脱線しましたね。

あの石桜というものは思考を読むという、私が生活する上では必要不可欠である要素を叶えることができる。それを行うことで、私はサトリ妖怪としての本懐を遂げることが出来るし、あの石桜は余計な記憶の残滓を捨て、純粋なる力をもつことが出来るのです」

 

 

 

まぁ、アレだ。要は心を読んでいないと自分を見失ってしまうということだろう。たとえ人であろうが、妖怪であろうが、神であろうが、アイデンティティを失くした者というのは途端に弱る。信仰する者がいなくなって神格を喪い、そのまま没落する神なんてものを、僕は今まで幾度となく見てきた。

…と、この時はそう思っていたのだけど。

 

 

 

「死者の思考の遺りカスを読むなんて、気持ち悪いよね!」

 

 

 

姉が喋っていた間、ずっと傍で「蛸踊り〜!ニョロニョロクネクネ〜!」と、言いながら不思議な踊りを踊り続けていたこいしちゃんがそう話していたため、どういう事だ?と僕が不思議に思っていると、続けて彼女はその場でふわふわと回りながら、「私、心読めないからー!」と、わけのわからぬことを言ったのである。

 

 

 

「…どういう事?覚が心読めないなんてそんなことあるの?」

 

 

 

「読めないというか、読まないようにした!」

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 

「おや、疲れましたか。まぁそうでしょうね。私達と喋っていて疲れない者なんてまずいませんから。

火でも起こしましょうか?取ってきた獲物でも食べましょう。あ、大丈夫ですよ?黄泉竈食にはならないはずですから。あら。やめておく、ですか。ならこいし、お姉ちゃんと一緒に頂いちゃいましょう」

「はーい」

 

 

 

今は慣れたものだけれど、この姉妹と居ると正直調子が狂う。王子でも分からなかった僕の心の内を意図も簡単に覗き、そして無意識に振り回してくるのだから。

 

 

 

姉妹がボロ小屋へと入っていくのを見届けたあと、僕はとりあえず己にとって安全な領域を造ることを決意した。

正直な所、思っていた以上に地底の空気が澱んでおり、これでは力が発揮出来ぬままに荒地の神として消滅することになりかねなかったのだ。

 

 

伝説における我が祖父母に、父とその姉兄。そして旧主であり我が義父でもある大国主様などなど、日ノ本を代表する神が一度は通り、そして数多の八百万の神々が皆一度は憧れるであろう自らの領域を構築する時がやってきた。

ここで、どうせやるならあの不気味な石桜の力を使ってやろうかな…とこれまた馬鹿な事を思い付き、僕は地に足つけて力を溜め始めたのであった。

 

 

身体の根っこである足元から溢れる神力が、まるで地中へ根を張るかのように辺りへと広がり始め、それに刺激された苔や地衣類が光を発しだした。光った原生生物の群体はみるみるうちに壁を伝って伝播していき、そう待たないうちにそれは夜空に浮かぶ星々のように輝き始めた。

 

 

 

「わーっ!すごいすごい!きれー!」

 

 

「ああ、私が石桜の話をしたから張り合いたくなったんですね。まぁ、神様ですしそれくらい良いのではないでしょうか?」

 

 

 

こいしちゃんはいいとして、アイツうるさいなぁと思い(そしてそれもまた突っ込まれ)ながら作業を進めていると、何となくの勘ではあるがひとまずの区切りを付けるべきところまで領域を広げた感覚があった。

なお、その範囲はというと、掘っ建て小屋を中心としてそこから正方形の形でほんの少しだけ広げた程度のもの。後のこいし曰く、"演出の割には実態が伴っていないもの"であった。

 

 

 

この時の話をする度、話を聞かされるもの達からすれば、「お前、阿呆なんじゃあないか」などと突っ込まれそうな状況であるが、考えて欲しい。

 

 

天孫を巡って行われた姉妹の大喧嘩で吹っ飛ばされてから何世紀もたっていたにも関わらず、磐永比売の力が色濃く残っていた当時の地底の色を塗り替えるという大仕事を、たまたま明神と結ばれた事でそばに居ただけの国津神が任されたのだ。

緊張の一つや二つだってするし、河勝が付けた手伝いのせいでストレスも溜まるしで、兎に角大変だった。

 

 

 

だからこそ、この時ばかりは妖怪の信徒を多く抱え、妖力が身近にあるという特性を応用し、石桜に宿った妖力を神力で上書きした。

今に思えば、随分と慎重になってやったものだ。

 

 

 

 

 

 

「…今はこれでやめておこう。日進月歩、根気よく続けていけば上手くいくはずだ」

 

 

 

「…期待外れですね」

 

 

 

「お姉ちゃんみてみてー、お花咲いてたよ!お姉ちゃんの髪の色に似てない?綺麗だよね!」

「そうね。でもこの花は私と違って心が読めないから私の次に綺麗だわ」

「お姉ちゃんさー、花に勝とうとするのみっともないからやめなよー」

 

 

 

「花が咲いたということは、ここら一体は僕の力が行き届いているという証だ。少しずつ進めていこう」

 

 

 

とにかく、今は根気よく。命の活力が湧き出してきたこのあばら家の周りを眺めたあと、僕は一息着いて一度諏訪へと戻ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この獣の巣のような掘っ建て小屋に来るようになってから、二週間が経とうとしていた時のこと。

黄泉醜女の侵入を恐れた僕は、わざわざかつての領地まで種を取りに戻るまでして四方の方位にヤマブドウの木を生やしていたのだが、ある時侵入者が現れた。

 

 

 

 

 

「こんにちは。夜叉の代理でもある葦原朝斗彦命はいらっしゃいますか」

 

 

 

「…それは僕の事だけど、アンタらどなた?」

 

 

 

 

 

この時、土いじりをして作物を育てられるか調べていたので、袴の袖は大きく捲って頭の髪も結んでいた。正直言って、来客である彼女達に見せられた姿ではなかった。

 

 

この目の前の二人は大鎌を持った方は下駄を履いているので僕より少し背があり、ゴテゴテの帽子を被った方は踵を盛ってはいるものの我々とほぼ同じくらいの背丈なので中々に威圧感があり、ゆるかわ系な古明地姉妹と違って(彼女たちも強いが)見るからに強そうである。

それだけに、これはまたとんでもないのが来たなぁ…と、袖を捲り顕になった腕の肌で感じ取ることとなった。

 

 

 

「私は四季映姫・ヤマザナドゥ。この郷の生死を判決する閻魔として赴任しました。小町、挨拶を」

 

 

 

「私は死神の小野塚小町で、上司の四季様についてきたよ。以後よろしく」

 

 

 

「はぁ…つまり二人はこの湿っぽい洞窟に左遷させられてきたのか。

ようこそ、地底へ。同情するよ…マジで」

 

 

 

「…事実とはいえ、面と向かってそう言われると複雑ですね」

 

 

 

 

 

先住民であるサトリ姉妹は置いておいて、第二第三の被害者の出現である。とりあえず、中にどうぞ?と、彼女たちをあばら家へと案内する…が、戸が開かない。

 

 

「なんだコレ、どうなってんだ?」

 

 

僕が無理矢理に引っ張ると、中から「ワーッ!」という声が聞こえたのでもしかして着替えたりしたのか?とも思ったが、あの姉妹はズボラなので僕が言わなければ着替えもしないし、洗濯もしない。禊すらしないので臭いのだ。

(姉より妹の方がそこら辺についてはマシ。五右衛門風呂が好きらしい)

 

 

 

力を緩めると、「負けちゃったー」と言いながら中からこいしが戸を開いた。その瞬間、後ろにいた二人が驚きの形相で鼻をつまむ。

 

 

なお、僕は常に周りに結界を張っているので全くもって気にならない。

 

 

 

「…くっせー」

「…ちょっと!なんですかこの臭いはッ!?葦原朝斗彦、貴方管理が杜撰すぎます!」

 

 

 

「いやそれ僕に言われても困るんだよ。ホントに。叱るならこの姉妹にしてくれ…アッ!なんでもうこんなに散らかってんだよ、さとり!」

 

 

 

「私のせいではありません。」

 

 

 

「地上の読み物を持ってきてください」

なんて、どっちが主でどっちが従者なのか分からない願いをされ、僕も他人に甘いので持ってきた結果がこれだ。こうして、今は二畳半の部屋の半分を占領しそうな勢いで本が積まれ(わざわざ隣に仮の書斎を建てたにも関わらずだ)、しかも明らかに僕が持ってきたものよりも数が増えている。

 

 

こいしちゃんが無意識のうちにどこかから盗んできているのである。

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

「逃げよう、朝斗彦さん。今すぐに」

 

 

 

「え?ああ、わかった」

 

 

 

川無き国の船頭にそういわれ、僕達は木陰に隠れて様子を伺った。すると、これまた見事に腹の底から大きな声を出して、だらしない姉妹に向かって映姫さんが怒鳴ったのである。

 

 

 

「………貴女達、そこで正座なさいッッッ!」

 

 

 

*ガミガミ*と、映姫さんが叱り続けてから三時間が経った。

彼女が叱るのに夢中となっている間にいつしかこいしちゃんは脱走し、そんな彼女を連れ戻そうとしたさとりちゃんは余計にお叱りを受け、その後彼女は僕が地上から持ってきた大釜で作った風呂で"釜茹で"の刑に処されることとなった。

 

 

 

 

 

「ハァハァ…あつ、あっつい!映姫さん、熱いです!」

 

 

 

「熱いでしょう、そうでしょう!私、肺活量には自信がありますから!」

 

 

 

とか、

 

 

 

「映姫さん、ぬるいですよ。あれだけ大言壮語していた割には貴女もしや疲れてらっしゃいますね?」

 

 

 

「はぁ…ハァ…つ、疲れてなどいません!閻魔が疲れるなど、そんなことがあるわけないでしょう!…ふぅ〜ッ!はぁ…」

 

 

 

「四季様、ついこの前昇進したばっかなんだ。だから無茶したいお年頃なのさ」

「はぁ…」

 

 

「お黙りなさい、小町ッ!」

「きゃん!」

 

 

 

とか、

 

 

 

「…?映姫さん、調子戻ってきましたね?

 

あ、あち!熱い、アツッ!アッツ!!!ちょっと、熱すぎますって!…絶対二人以上居るでしょう!こら、こいし!出てきなさい!」

 

 

 

「わーバレた!」

「んなっ!?貴女、いつから横にいたのですか!」

「私も一緒にはいるー!」

 

 

 

 

 

「バカだなぁ」

「お笑いみたいだねぇ」

 

 

 

 

 

みたいな事があった。茹でられ続けたことでさとりちゃんの第三の目がより赤くなってた記憶がある。

 

 

女子たちがわちゃわちゃやっている話で脱線してしまったが、この頃の外界と隔絶される前の幻想郷にはまだ山の後ろに三途の川が流れていなかった。そして、当然川がなければ彼岸もない為に閻魔や死神も僕らと共に地底で働いていたのである。

しかし、既存の仕組みに則って箱庭の中で完結させようとするこの取り組みは恐らく是非曲直庁の連中も懐疑的だったのだろう。それ故に、まずは小手調べと言わんばかり(人柱とも言う)に、新人閻魔の映姫さんとその補佐になった小町が送られてきたのだった。

 

 

それにしたってこんなにも狭いあばら家で仕事を行うことなんて、間違いなく無理に決まってる。そう考えた僕は根の国の地主として、また鬼達から見た時の建築の神(彼らは僕の事を絶対的な信仰の支柱と考えており、明らかに本来の僕には向いていないものであっても構わずに神格を与えてくる。)として、領域を拡げる作業の傍らで木々を生み出し、それを切り倒し、鑿を打ち鉋で削った。

位置のよろしくないあばら家から離れた場所を選び、方位ヨシ、品格ヨシ、風水ヨシと阿呆なりに考えて建築を行い、激務をこなし続けたのである。

 

 

 

そして、気付けばいつの間にか大社造りの神殿が出来上がっていた。

 

 

 

「…おおかた予想は着いてましたけどこんなの貴方しか住めないじゃないですか。どうするんですかこれ、私妖怪ですよ?」

「閻魔がこんな社に住んでいたらおかしくありませんか?」

「浄化されちまうよ」

「落書きしちゃお〜!えいえい!」

 

 

 

非難轟々である。

僕はその日、涙で袖を濡らした。

 

 

 





風呂キャンはやめましょうね、臭いし。
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