叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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七十二話 はたらく祭神

 

 

地底。

かつての主である僕は根の国と呼び、また地上に住まう人妖や、今もその地に生きるもの達は旧き地獄と呼ぶ場所。

ここは顔馴染みのアウトサイダー達にとっては勝手知ったる庭のような土地であるが、明るい地上で暮らすものにとってはまさに未知の世界そのものであるため、ほんのちょこっと地底についておさらいしてみよう。

 

 

地底には、地上より流れ込んだ川がまるで陸を分断するかのように蛇行して流れていて、なかでも僕が"降り立った"あばら家はその中心の中洲、即ち今日の旧地獄の管理者が住まう地霊殿がある場所であり、僕がまず最初に建てた大社はというと、川より北側にある内陸の丘…つまりは今日の鬼の住処である旧都(かつての地獄の都)や地霊殿を見下ろすように位置している。*1

 

そして位置的には地霊殿の真下、地底のさらに深い場所には燃え尽きることのない灼熱地獄の遺構が残っている。

そこは守矢の神として決して他人事とは言えない存在であるハツラツ少女、地獄鴉の霊烏路空(お空ちゃん)がその道のプロとして管理している為、地底や地上が業火に包まれる事はないので安心して欲しい。

 

 

 

 

社を設けた事でこちらが正式に領有を主張したこともあり、僕の領域形成自体は至って順調であったのだが、ここでいくつか問題がでた。それはまず第一に誰にも拝まれない社問題(超がつくほどに重要である)に加え、あまりにも人手が足りなすぎる問題、あばら家倒壊事件などなどである。

 

 

 

まず、ここには住民が僕を含めて五人しかおらず、力作業を行えるのが僕と小町しかいなかった。その上、小町は隙あらば何処かに行ってしまうので、基本的に実働戦力は僕一人である。

そんな中で映姫さん経由で是非曲直庁の連中と何度も連絡をとりあったりだとか、幻想郷の冥界担当に任じられた姫君とのやり取りを続けていたので、精神的疲労が突き抜けるのは時間の問題であった。

 

 

 

 

その日は曼珠沙華が咲き誇る秋の良い地底日和だった。自らで建てたお気に入りの別荘こと社の奥にこもって精神統一をしていると、珍しくこいしちゃんが僕の元へとやってきたのである。

 

 

「ねーねー」

 

 

「…」

 

 

「ねーえー」

 

 

「…ちょっと今話し掛けないでもらえる?」

 

 

「ねぇ!ねえったらねえ!ねぇねぇねぇねぇ!」

 

 

「…分かった!分かったから揺すらないで!」

 

 

「ねぇねぇ朝斗彦聞いて!家が崩れちゃった!」

 

 

「………何ッ!?そんな大事なこと早く言ってくれよ!」

「だから言おうとしてたんじゃない!」

「…そうだった」

 

 

 

こいしちゃんの報せを受けた僕はすぐに社を飛び出すと、髪を靡かせながらボロ小屋へと向かった。

あの信じられないくらいチンケな小屋は、閻魔の裁判所兼本の虫の巣であり、冥界より中洲に直で送られた亡霊達が小町の誘導のもと日々列を作って、ござに座った映姫さんの超高速裁判を受けていたのだが、確かにその行列が普段とは違う方向に伸びていた。

(彼女は浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)で全てを見抜くので弁護人なんてものは存在しない。)

 

 

 

しかし、確かに今改めて思い出してみれば、あの小屋は柱がシロアリに食われて粉の山を作っていたりと危うい部分が多々あった。なので、こいしちゃんから話を聞いた際には「ついその時がきたか」という感じであった。

こいしちゃんと共に現地へと赴くと、僕が建てた書斎(勿論入れる隙間一つすら存在しない)のみが建っており、その真横には確かにこいしちゃんに言われた通り、見るも無惨な姿のあばら家があった。

 

 

 

「映姫さんは?無事なの?」

 

 

「あそこの木の下にござ敷いて霊たち裁いてるよ!」

 

 

「なら大丈夫か」

 

 

 

「大丈夫じゃありません!私の事を忘れないでくださいよ。こいし、アナタもよ!」

「えへへ〜ゴメンねお姉ちゃん」

 

 

 

振り向くと、埃を被った状態でおでこにたん瘤を作り、恐らく崩落した天井に潰されたのか痛そうに背中をさするさとりちゃんがいた。それでも、それだけの傷で済んでるのはさすが妖怪と言ったところであったが。

 

 

 

「見事にやられたね」

 

 

 

「やられました。動物は好きですがシロアリは絶対許しません」

 

 

 

「奇遇だね。僕もシロアリは嫌いだ」

 

 

 

「ならなんで放置してたんですか」

「社建ててたからだよ。みんなもこっち来るかと思ってたのにこなかったじゃん」

「あんなところ、貴方以外の方が住もうなんて思わないですよ!まず、あんなに遠いと書物が運べないではないですか」

「何回かに分けて少しずつ運べばいいじゃないか!」

 

 

 

姉の方は兎に角ああ言えばこう言うので、とりあえず左手をかざして傷だけを治してあげた後、「ほらしっし!あっち行ってなさい!」と、言って彼女を追い払った。そしてそのまま僕は瓦礫を片付けることにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずあばら家の跡地には人が住めるような建物を建てたのだが、やはり根は古代の神人なので所謂高床式のものとなってしまった。コレばかりは本当にセンスというか、慣れ親しんだものなのでどうしようもない。

オマケに、僕からしてみれば使いもしない汲み取り式の便所の穴を掘ったりだとか、なんで神がこんなことしてるんだと思わず文句を言いたくなるような事ばかりのある日、こんな言葉が口からこぼれ落ちたのである。

 

 

 

 

 

「鬼の手でも借りたいなぁ」

 

 

 

 

 

「えっ…イヤですよ。なんでわざわざ戦火を逃れてここまできたってのに、また鬼と過ごさなきゃならないんですか」

 

 

 

僕がそんなことを言うと、その時幽世に向けた口述筆記中だったさとりちゃんはやはり思うところがあったらしく、それについては露骨に嫌悪感を示した。

 

 

 

「…でもこの前の倒壊といい、毎日難儀なことばかりじゃないか。鬼の力があれば家だってもっとマトモなのに住めるかもしれないよ。…治安は間違いなく悪くなるけど。

それに、もしかしたら植民希望者だっているかもしれないし、もし変なことしたら僕がどつけばなんとかなる」

 

 

 

「…やっぱり鬼の元締は暴力的ですね」

「まぁね。それぐらいしないと彼等は従わない。例えどんなに手を付けられない暴れ馬だって、鬼達にとっては酒の肴なんだ。常に力を見せ続けなければあっという間に見捨てられる」

 

 

 

本心から思った事を言うと、対するさとりちゃんは諦めたのか何も返事は言わなかった。まぁ、彼女も彼女でぶっ飛んではいるが馬鹿ではないので、内心は労働力の強化などについては共感出来る部分もあっただろう。

ただ、彼女にとって鬼達は自分の仲間を殺した因縁深き相手でもある。故に、何も言わないことについてをとやかく言ったりはしなかった。

 

 

 

「朝斗彦は神社と誰も知らない時代の建物しか作れないもんね!」

 

 

「私はちゃんと休まる場所ならなんでもいいさ」

「どこでも寝れるくせによく言うよ」

 

 

「なんでもいいですけど、あのままだと地蔵に戻ってしまいます」

 

 

 

鬼のことは置いておくにせよ、まずは環境を整えなければ何も始まらない。

とりあえず、僕は映姫さんに是非曲直庁からの人員補充の願いを伝えるように言うと、目の下にクマを浮かべた彼女はえらく食い気味に頷き、スラスラと筆を走らせて向こうに宛てた手紙を書き始めていた。

 

 

 

 

 

そして後日、是非曲直庁のお達しにより、増援がやってきた。

まるで曼珠沙華のように赤い、特徴的な頭頂部の髪に、背中に生えた立派な翼。頭にきのこが生えそうな程に鬱々ジメジメとしている地底のアウトサイダーズの心を照らすが如く、快活な挨拶と共に上の山より出張してきた庭渡神の久侘歌ちゃんである。

 

 

元々、久侘歌ちゃんは向こうとの連絡係として何度か顔を合わせていたのですぐに受け入れられたが、僕にとっては望んでいた肉体労働のできる存在ではなかったので内心ちょっと落ち込んでいた。

(なお是非曲直庁とその関係者には文治的な者ばかりな為、冷静に考えればそんなことを望む方が酷である。)

しかし、もっと落ち込んでいた存在が一人。

てっきり役割分担を行える閻魔が来るとばかり思っていた映姫さんは、「ああ…」と、明後日の方向を眺めながら黄昏ていた。

 

 

 

とりあえず、閻魔の間だけでも用意しなければならない。このままだと僕は無駄に長生きしてるだけの木偶の坊に等しい存在なので、必死に頭を回転させながら彼女が格と威厳を以て霊たちを裁くための建物を思い浮かべた。

 

 

そして、神仏習合の四文字をひたすらに唱えながら図を描くこと二時間。この上に住まう鬼の生き残り達の信仰のおかげか、意外にもあっという間にイメージ図が完成した。

概要はと言うと、大雑把にいえば寺の御堂であり、破邪の意味を込めて赤く丹塗を施したものである。中に入れば、よくある仏堂において仏像が置かれる位置に映姫さんの座る上座があり、それに向き合う形で亡霊達が裁きを受ける場が置かれている。そして、もし万が一にも是非曲直庁から更なる人員が派遣された時のために東西にも座れる場所を用意する…という形だ。

 

 

 

「さぁ、建てるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

髪を高い位置で一つ結びに縛り上げ、川の対岸に閻魔の御堂を造り始めてから暫くが経った頃。

休憩しに中洲へと戻った際、いつも気が付くとどこかへと行ってしまう問題児であるこいしちゃんがきちんと着替えずに襦袢姿のまま、これまた何処かへと行ってしまった(のち)にあるモノを連れて帰ってきた。

 

 

 

「見て〜!ねこちゃん!」

「…みゃあ」

 

 

 

脇の下に手を入れられて持ち上げられたソレは、まるで「仕方ないなぁ」とでも言いたげな、ぬーんとしたなんとも言えない緩い表情を浮かべながら一鳴きした。

 

 

 

「…すごい伸びてる」

 

 

「…四季様、アレって…」

「…猫又ですかね?尾っぽが二つですから」

 

 

 

「…朝斗彦さん、アレは神様としてどうするべきなんですか?」

 

 

 

急に久侘歌ちゃんからそんなことを聞かれたので、いや別に何もする必要ないんじゃない?と言うと、彼女は「エエッ!?」と大きな声を出して驚いた。

(あれはまるでコケーッとでも言いそうな顔であった。)

 

 

 

「え?だって…妖ですよ?」

 

 

 

「いや、それを言うならあの姉妹だってそうじゃん。君が従う映姫さんだって僕たち八百万の神とは違って仏教の出自なのだから、そこにいちいち目くじら立ててもねぇ…って、君もそう感じない?」

 

 

 

「ま、まぁ…確かに?そう言われればそうかもしれないですねぇ。変な事を口走ってしまいましたね」

 

 

 

「嘴だけにね。ところで話は変わるんだけどさ。そういえば久侘歌ちゃんって山に住んでるんだよね?」

 

 

 

「え?あっ、はい!たしかに私は山に住んでおりますが、それがどうかされましたか?」

 

 

 

「実はさ…」

 

 

 

実はこの時、閻魔の堂を塗るための(たん)*2(にかわ)*3を切らしてしまい、手元になかった。

予め地元から持ってきていた物は、前の社を作る際に全て鳥居を塗る為に使ってしまったため、山に住まうという彼女に丹を手に入れるべくお使いを頼むことにしたのだ。

 

…山に住まう者で寺社作りに慣れていて、尚且つ丹の製法に熟知している者と言えば、彼等しか居ない。日陰者の長として頼らぬようにと思っていたけれど、彼らの神としての側面が強まっていたこの時ばかりはどうしようもなかったのだ。

 

 

耳に手を当ててその件を伝えると彼女は背中をピンと伸ばし、「ほ、本当に私が行くのですか?」と、緊張の面持ちを浮かべた。その後、余りにも心配そうにそわそわとしているので、「いざとなれば僕の名前を出せばいい」と僕が言うと、「本当ですよね?私、信じますからね!」と言い残したのち、久侘歌ちゃんはバサバサと音を立てて飛んで行った。

 

 

それを見送ると、少し離れたところではこいしちゃんが件の猫又を巻き込みながら、その場でぐるぐると回り続けていた。

 

 

 

「こいし、降ろしてあげなさい。その子、肩が痛いそうよ?」

 

 

「えー!楽しいのに。…でも痛いのは嫌だよね。

ゴメンねにゃあちゃん、降ろしてあげるね?」

 

 

 

こいしちゃんがそう言って猫又を降ろすと、猫又はぴょんぴょんと軽い足取りでさとりちゃんの元まで向かい、彼女に向かって「にゃーん!」と一鳴きした後に何処かへと居なくなってしまった。

 

 

 

「おやおや。もしやさとりのヤツ、あの猫に懐かれたんじゃないかい?」

「きっと優しさが伝わったんじゃないかな」

 

 

 

「…私は別に、物言えぬ彼女の気持ちを代弁したまでですよ」

 

 

 

「…ですが、畜生相手に憐れみを向けられ、その痛みを理解してやるのは立派な善行ですよ。

古明地さとり、貴女は定命の者として正しき行いをしたのです。何も謙遜する必要などございませんよ」

 

 

 

僕達の言葉に反応し、ぷいっと顔を逸らした彼女を見てニヤついていると、カツカツと踵を鳴らして映姫さんが近づいていき、さとりちゃんのことを褒めるという珍しい光景を目撃することとなった。

幻想郷の閻魔と旧地獄の管理者、今ではすっかり主従色の強くなった二人であるが、この頃はまだその関係もあやふやなものであったのだ。

 

しかしその後まもなくして、何となくではあるが自慢の勘がここにいては危険だという信号を発し始めた。

それは向かいにいた同胞・小野塚小町もまた似た気配を感じ取ったらしく、彼女と目が合うやいなや、我ら二人は慌ててその場から離れることにした。そしてその刹那、楽園の裁判長(ヤマザナドゥ)の鋭い視線は、ぽへ〜と間抜けな表情を浮かべていたこいしちゃんへと向いたのである。

 

 

 

「…それに比べ、古明地こいし。貴女は些かほかの者の気持ちを理解していなさすぎる。貴女という方は〜…あっ、コラッ!!逃げようとするなど言語道断!…やはり貴女には一度お灸を据えねばなりませんね!」

 

 

 

逃げ出そうとしたこいしちゃんをビシィッ!と指さして怯ませると、そのまま映姫さんはクドクドと説教を開始。結局、こいしちゃんは僕が諏訪に戻る時間になるまで叱られ続け、まるで溶けてなくなってしまいそうな程に力尽きていた。

 

 

 

 

 

 

*1
という設定。

*2
寺社に使われる朱色の塗料。仙人が飲む薬とはまた別。

*3
動物由来の皮等を煮詰めて作った接着剤。鎧などにも用いられ、漆と共にその防御力の向上に役立った。






映姫様の役職にも付くザナドゥという言葉について、いつもの関係ない話。

自分がよく聴くプログレバンドの楽曲名にも使われているのでそこそこに聞き馴染みがあるのですが、この言葉は元々は元朝(フビライハンの頃のモンゴル)の都市である上都がマルコポーロによって西洋に伝えられた際に変じた呼び名(Xanadu)だそうです。
黄金の国ジパングのようなマルコの誇張表現だったのか、当時のモンゴルの威光と栄華を示すものなのかは今となっては分かりませんが、上都も遺構を遺すのみとなった今の時代においてその名が遠い異国の地で楽園を指す言葉になったというのは、なんとも歴史の趣きを感じられて良いものですね。

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