叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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八話 殯と埴輪

 

 

 その日、出雲は重苦しい空気に包まれていた。

大国主の娘の一人である下照比売の伴侶にして、国譲りの使者であった天稚彦が狩猟中の事故によって薨去したのだ。

 

 

 遺体を出雲へ持ち帰った天穂日を除く、狩猟から宮殿へと帰ってきた面々を待っていたのは下照比売からの激しい罵倒の数々であり、天穂日もまた焦燥した表情を浮かべていたために一足先に同じ目に遭った事が容易に想像することが出来た。

 泣き喚く彼女に対して、注意が足りなかった私達のせいよと必死になって神奈刀比売が謝る中、大国主と朝斗彦はすぐに身なりを整え、既に始まっていた葬式に出向く為の支度していたのだが、ちょうどその時に宮仕えの者が二人へと声を掛けた。

 

 

「高天原より三名の神が参っております。如何御対応なされますか?」

 

 

 それを聞いた二人は初め、何?と怪訝な表情を浮かべたものの、朝斗彦がその者達の身辺はどうなっているのか?と聞くと、その宮仕え曰く、天稚彦の両親と埴安の神だと言う。

 それを聞いた二人が慌ててその者たちの下へと我らを連れて行けと指示してその場へと行くと、そこには確かに大粒の涙を流す父母神と、黄色い装束の上に緑の前掛けを着け、また頭にも緑の頭巾を着けた見慣れぬ神がいた。

 大国主が天稚彦の両親と話している間、朝斗彦は何故にこのような方が? と疑問に感じたが為に、恐らく埴安の神であろうその女性に話を聞くことにした。

 

 

「私は葦原朝斗彦という者です。あなたが埴安の神なる方で間違いないでしょうか?」

 

 

「ええ如何にも、私が造形の神である埴安神です。ハニヤスヒメだとか、ハニヤスとか色んな呼ばれ方があるけれど、折角だったら袿姫って呼んでくれると嬉しいわ」

 

 

「け、袿姫? あまり馴染みのない名前ですね……。何故にそんな名前を?」

 

 

「だって、ハニヤスじゃただの糞と同義じゃない。そんなの創造的(クリエイティブ)じゃないでしょう?」

 

 

(あっ、それは普通に自分で言うのか……。てっきりそれ自体を名乗りたくないのかと思ってた)

「まっまぁ、そうですよね。埴安神の袿姫さん、よろしくお願いします」

 

 

「えぇ宜しく。埴安神の袿姫……、響きが創造的でいいわね! ……よし決めた! 今度から埴安神袿姫って名乗ることとしよう! 朝斗彦くん、閃き(インスピレーション)を与えてくれてありがとう!」

 

 

「えぇ、そんなものでいいの……? ……いや、本人が納得してるならいいか」

 

 

「ところで、きみが話しかけてきた理由は何となくわかるよ。私にはわかる…、そうさ私にはわかるとも……。

 

 つまり、何で私が高天原からここに来たか、ということだろう?」

 

 

「あぁ、はい。その通りです。彼の死は……そっち絡みの事件というのがこちら側の認識ですので」

 

 

「いやね、正直私はそういう政治的な事は全然、いや本当に興味無いから分からないけど。

 

『亡くなった天稚彦の後を追おうとする者が多いからおば上の力で何とかして欲しい』って天穂日から頼まれたのよ。天穂日とは昔から仲が良かったし、それならば私の作る埴輪で代用してやろうじゃないかって言ってここまで来たのさ」

 

 

「は、埴輪? 一体なんなのです、それは」

 

 

 朝斗彦は袿姫の言う埴輪なるものを見たことがないため、素直に疑問を口にする。すると、袿姫は待っていましたと言わんばかりのしたり顔をすると、早口で語り出した。

 

 

「埴輪。出雲の者にもわかりやすく言うと土偶。

 

 埴輪とは生き物を土と水で作り直した土器のことよ。土器とは、職人によって何度も捏ねられ、焼き上げられることでできています。埴輪の最小単位である土器を創造できないから、土器はひとつの土の塊に見えるけど、本当は小さな土と水が組み合わさってできているの。土器に模様付けするための組紐も1本の紐のようだけど、本当は細い紐が組み合わさっているもの。認識できない小ささから練り上げられた粘土は限りなく連続した物質に見えるでしょう? そのとき粘土から余計な物がなくなることで最強の手触りを誇り、さらには余計な物質もつかなくなるのです。この土をさらに水と組み合わせて大きな粘土にすることで、決して割れない埴輪ができる。

 

 埴輪は遥か昔から貴人の墓を護るために使われてきたのよ。生前の配下が態々殉死せずとも、埴輪さえいれば墳墓を護ることが出来るってことね」

 

 

(初めと最後しか分からなかった……)

 

 

 まぁ、要は余計な殉死を出さぬようにするために天穂日命が切り札として呼んだのだろう。朝斗彦が必死に脳を働かせていると、袿姫が実物向こうにあるけどどうせなら見ていく? と言ってきたので、折角なら……と、二人でそれを見に行くことになったのだが、宮殿から出て東へ少し歩くと、高床式の家を高床じゃなくしたような謎の建物が稲佐の浜辺に鎮座していた。

 

 

「えっと、あの……あちらは一体?」

 

「あれ、私の工房(アトリエ)

 

「えぇ……どうやってここまで来たんですか?」

 

「私の埴輪噴射機なら高天原からここまで来るなんてちょちょいのちょいよ」

 

「……」

(癖が強すぎる……! そりゃあ高天原で浮いていたであろう天穂日と仲がいい訳だ)

 

 

「まっててね、今鍵開けるから」

「はっ? 鍵?」

 

 そう言って袿姫は前掛けのかくしから棒を取りだし、鍵なるものへと差し込みカチャカチャと弄り始めた。

 

 

「……がちゃりんこ」

 

「……」

 

 

「はい、中入っていいわよ」

 

「……はい」

 

 

 

 ……

 

 

 

 扉の中はまぁ工房ならしょうがないだろうなと思う程度には散らかっており、馬を模したものから戦士を模したものまで、色々な埴輪?が部屋の中に点在していた。

 

 

「なんか魅須丸さんの所を思い出すなぁ」

 

 

「おや? もしかして魅須丸の知り合いだった? 

 ……あっ、確かにこの胸の勾玉は紛れもなくあの人のものだね。彼女とは長い付き合いでね、私の首飾りも勾玉も彼女がくれたんだよ。前はたまに埴輪の新型の姿形についてとかも相談したなぁ」

 

 

「へぇ……あの人神が持つ勾玉は大抵作ってんだなぁ……」

 

 

 そのうち二人の合作で訳の分からない発明が見れたりするかも? と良からぬ妄想を朝斗彦がしていると、袿姫が朝斗彦くん見て! これが天稚彦の埴輪よ! と言い、それに掛かっていたござをバッと取っ払った。

 

 そこに居たのはたしかに生前の天稚彦そっくりの、まるで本人かのようで、それでも触ると土と水で出来た無機物らしくひんやりしているという、とんでもない逸品であった。

 

 

「け、袿姫さん! これ、世に出して大丈夫なんですか? 本人が生き返ったって勘違いする人とか絶対居そうですけど!」

 

 

「流石に大丈夫でしょ。

 

 ちなみにこのハニワカヒコはね、敵性反応のあるものを撃退しようとする機能がついてるから、墓泥棒なんかが出た時はこの標準で搭載されてる弓で撃ち抜くわ! あと、墳墓の中に湧きやすい便所コオロギとか、コウモリみたいな管理が嫌になる存在も剣に内蔵された燃料で追っ払ってくれるから安心安全よ!」

 

 

(誤作動したらどうするんだろう……)

 

 

「あっ、誤作動したらどうすんのか? って顔してるわね。どうせ今日いるのだって強い神ばっかりなんだから平気よ平気」

 

「そうですか……(それってつまり、もし暴走したら僕も止めなきゃならないってことじゃん)」

 

 

「さぁ行くわよハニワカヒコ! 葬儀の場で皆のド肝を抜いてきなさい!」

 

『承知しました。参列者の肝を抜きに参ります』

 

 

「ちょ、ちょっと待って! マズイってそれは! ……ハニワカヒコ、葬儀場に行く以外は何もしなくていいからね」

 

『承知イタしました、アニウエ』

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 朝斗彦、袿姫、そしてハニワカヒコが葬儀の場へと戻ってくると、喪屋の前で嘆き悲しんでいた天稚彦の両親がハニワカヒコを見た事で口をあんぐりと開けて仰天していた。

 

 

「お、おお……! 死んだはずの息子が……! 死んだはずの息子が生きておる!」

「奇跡だわ……! 信じられない……」

 

 

「あの、これは埴輪なので本人ではないのですよ」

 

 

 と朝斗彦が説明したものの、視野の狭まった父母神は全く聞く耳を持たない。涙を流し、鼻水を垂らしながらハニワカヒコへと父神が抱き着いたその瞬間、事件は起きた。

 

 

 

『敵対者、発見。敵を排除致します』

 

 

 

 咄嗟に反応した朝斗彦が父母神を突き飛ばしたが為に二人の命が失われることはなかったものの、ハニワカヒコによる横薙ぎの一閃は建てられたばかりの喪屋を文字通りに切断し、場は騒然となった。

 

 

『敵性反応は全て排除する。敵対者は1人残らず斬り伏せる。

……おい、このアメノワカヒコ様ノコト、ナメテンジャネーよ。このアメノマカコユミデワタシの敵はひとりのこらず撃ち抜イテヤルカラな』

 

 

 天稚彦本人の遺体が安置されていた、真っ二つになった喪屋を蹴り飛ばし、ハニワカヒコは譫言を言いながら空を飛ぶ鳥や逃げ出そうとする一部の参列者に照準を合わせて装備した弓を放ち始める。

 幸いなことに、ハニワカヒコが撃つ弓は驚く程にヘロヘロであり放った矢が狙いをつけた者まで届かないため、そのうちハニワカヒコの矢が届かない位置から彼を囲むように円ができた。

 

 

「け、袿姫さん!! あれどうするんですか!? 一体何がどうなっているんです!?」

 

 

「うーん、試しに動かした時は大丈夫だったのだけれど、一体どうしたのかしら」

 

 

 現在一般兵を殴って蹴って吹き飛ばし、天穂日に向かって一直線に歩いていくハニワカヒコを見ながら、朝斗彦は必死になって頭を回転させる。そうしている間にも、天穂日とハニワカヒコは交戦し始め、普段事務仕事ばかりの天穂日は押されるばかりであった。

 

 

「……いや、まてよ……。ハニワカヒコが狙っているのって鳥と両親、そして天穂日だろ……? 

 

 話を聞く限り天若日子は雉を仕留めた後に死んだって説明だったし、彼を殺したのは高天原に所以あるもののはず……まさか、天津神を狙ってるのか!? 

 

 ……袿姫さん! あれってどうやって動いてるんですか!?」

 

 

「あれは未練がましく漂っていた本人の魂を無理矢理捕まえて埴輪に押し込んだのよ。だから、身体が土と水で出来ていることと、私の統制下に入っているってこと以外は本人とほぼ同じね」

 

 

「っ、統制できてないじゃないか!」

 

 

「多分、生前の彼の性格が強すぎて私でも制御することが出来ないのよ。やっぱり、究極埴輪(アルティメット・ハニワ)を作るには人の魂を頼っちゃダメなのかしら」

 

 

『サグメめ許サない、高天原はワタしが倒す! 忌々しイ月モ我が剛弓で落としてクレよう! 中つ国も、高天原も、月も、全部ひっくり返して私がテニいレる!!!』

 

 

「あぁ……完全にヤバいことになってるよ……」

「ああいうのはね、大体頭の斜め上を思いっきりブン殴ればいいのよ。

 朝斗彦くん! 私は自分が作ったもの殴るなんてのは嫌だから、貴方がやってきて!」

 

 

 ヤダヤダと駄々を捏ねる朝斗彦と、あなたしか居ないのよ! とその背中を押す袿姫。そうやって二人で押し問答していると、人混みの中から手に鉄剣を持った神奈刀比売が出てきたではないか。

 それを見た二人はハニワカヒコが壊される! と慌てて飛び出したものの、よく見ると神奈刀比売の後ろには今にも消えてなくなりそうな下照比売がいた。

 

 

「袿姫さん、アレが天稚彦の妻である下照比売だよ!」

 

「へぇ、結構強そうな人と結婚してたんだな」

 

「違う違う! その後ろのしおらしくなってる方だって!」

 

 

 神奈刀比売に案内された下照比売を視認したハニワカヒコはガシャガシャと音を立てて彼女へと近づき始め、対する神奈刀比売は剣の切っ先を彼に向け続けながらも、横へと逸れて下照比売とハニワカヒコが向かい合える位置へと移動した。

 

 

『ヒメ……』

 

 

「……本当に、貴方なんですか?」

 

 

『ソ、そうダ……わタしは天稚彦……天津国玉の息子デあり……出雲の王女、下照比売の伴侶だ……』

 

 

「……それでは、私達の普段の寝所、お気に入りだった場所、朝斗彦兄様と共に行った場所は分かりますか?」

 

 

『ワ、分かる……。大神の間をヒダりに出て、突き当たりを左に……いって、アめの‎穂日様の寝所の隣が我らの寝所であり、その目の前にあるメ立たぬ空間ガ結婚前ノ我らのお気に入りの場所だった……。

寝ル時は天ホ日様の鼾に悩まされ、密カに逢うトきは良き隠れ蓑となッた…。

 

 兄うエと行ったのは彼の治める玉ヅくり……そこで我らはふタツでひとつノ勾玉を頂いた……」

 

 

「……ねぇ朝斗彦くん、あれは事実なの?」

「天穂日のいびきの件も含め、僕の知る限りでは事実です」

 

 

 ハニワカヒコ……いや、天稚彦の言葉を聞いた下照比売は今にも泣きそうになりながら首飾りを外し、紐から一つだけ勾玉を外すと、彼に向かっておそるおそるそれを差し出した。それは彼が先程言った雌雄一対の勾玉の片割れであり、その全ての怒りを鎮めるが如く、深く澄み切った蒼色は、この場にいる全ての者達が天稚彦に対して抱いていた不安を安堵させる不思議な魅力があった。

 

 

「貴方は確かに私の伴侶である天稚彦本人です。ですが、貴方はもう現世(うつしよ)の者ではなくなってしまった……。貴方が墳墓の中を護る時に寂しくなって欲しくは無いので、これを私の代わりと思いながら死後の職務を全うして欲しいのです……」

 

 

「比売……、お前はそれで良いのか……? その勾玉は、お前の大事な宝物だろうに……」

 

 

「…私は良いんです。

 

 墳墓の中は暗いだろうし、隙間が空けば変な生き物だって住み着くと思います。そんな場所で自分の身体を護り続けるなんて、寂しがり屋でいつも不安を感じがちだった貴方がたった一人でするには荷が重いはずよ? 

 

 だから、それは貴方が持つべきものなのです」

 

 

 ほら! と言って彼女が渡すと、天稚彦は表情を変えず、ただし少し間を置いたあとに下照比売の手を固く握ってからその勾玉を受け取った。

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 天若日子の葬儀は八日八晩続いた後、出雲のもの達は大急ぎで墳墓の建設へと移った。高天原へと戻った彼の父母神、袿姫、そして玉造から葬儀に訪れた後、その一団へと混じった玉造魅須丸の四柱は大御神へと謁見した後、

 

『天稚彦は裏切り者ではあるものの、出雲の王女の伴侶だったので出雲の者達に喪に服す時間をやってあげて欲しい』

 

と請願。それならば許そうという彼女の言葉を受け、後日袿姫が朝斗彦へと知らせることで出雲側にもそれが知らされた。

 出雲の神々は墳墓の建設に加え、喪が明けた際に始まるであろう高天原の攻撃に備えるための軍議を開かなければならず、肉体的にも精神的にも疲弊する事となった。

 

 

 神奈刀比売や朝斗彦、他の国津神達の奮闘によって出来た、勢力としての葦原中国にて最初で最後の墳墓の最奥では、袿姫作のハニワカヒコこと天稚彦が侵入者を滅するために常に目を光らせており、その胸には一対に輝きを放つ二つの勾玉があったという。

 また、そして対する下照比売はというと、その後何度か地元の豪族や他国の王族などから求婚の誘いはあったものの、それを全て断って終生独り身で過ごし続けた。やがて、高天原の侵攻が激しくなると同時にその名前は伝承から消え、その後の彼女の行方は歴史の大河の中へと消えていくこととなった。

 

 

 彼等が黄泉にて再会出来たかどうかは、黄泉津大神である伊弉冉のみぞ知る……。

 

 





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