叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

80 / 80

U-NEXTで配信されているゲーム・オブ・スローンズのスピンオフ作品
『A Knight of the Seven Kingdoms』
字幕派としては珍しく吹き替えで観たのですが面白かったのでオススメです。全六話×30分尺ですし、割とスムーズに話が入ってくるので正直GoT本編を観てなくても楽しめると思います。



七十三話 親愛なる来訪者

 

 

久侘歌ちゃんに例のお願いをしてから数週間が経ち、戻らぬ彼女を心配していた頃の事。中洲に建つ館より見て北西の方角より灯りを持った集団が現れ、そこから何やら騒がしい声が聞こえてきた。

見てみれば、それこそ僕が求めていた丹で塗られた御輿を担いだ鬼達、そしてその上で胡座をかきながら盃を仰ぐ勇儀とその横でちっちゃく縮こまる久侘歌ちゃんがいた。

 

 

 

「…何故かの星熊童子がここに?私は嫌だと申し上げたはずですが」

 

 

「いや、うーん…彼女"は"呼んだつもりはない。あくまでも丹と膠が欲しいと伝えただけなんだが」

 

 

「…映姫さんの仕事場に使うものですね。しかし、貴方が声をかけた時点で連中は大喜びでしょう。地底に来るいい口実とされることは分かっていたはず」

 

 

勿論、何も考え無しのままに行動に移すわけがない。やはり地底の主が全ての力仕事を行うというのは厳しいものがあったのだ。特にあの汲み取り式便所の穴掘り、あれが決定打になった。

結局返事をせずに腕を組んでいると、「やっぱり貴方は嫌いです」と横から言われた。嫌われ役となるのは辛いが、上に立つ者としてやはりそこは譲れなかった。こう話している今も嫌な顔されたが、一度でもいいから便所穴掘ってみろという話である。

 

 

「いやはや!地底に冥府ができるとは聞いていたが、まさか我らが東神サマが管理をしているとは!この鳥人間を丸焼きにしなくて良かったよ!」

「私は鳥人間などではありません…列記とした神様なんですからね」

 

 

物騒なことを言って隣の久侘歌ちゃんを青ざめさせながら川の中洲に架かる橋を配下の足越しに渡ってきたのは、今は旧都の権力者として力を振るう鬼にして、当時の山の有力者である星熊勇儀。

六尺六寸(二メートル)という僕以上に大きい体格を持ち(一応補足すると、僕は四尺八寸である*1)、額から円錐形に生えた赤い角は数多の妖怪の血を吸って出来たという逸話もある(もちろん、そんなことはなく彼女の先祖より続く家系的なモノである)程には恐れられる存在のひとりである。

 

 

「久しぶり勇儀。会うのは北陸へ逃すのを手伝った時以来かな」

 

 

「そういえば、そんなこともあったねぇ。あの時は大忙しだった─…。アンタは西に東にと奔走していたね!アイツ(萃香)の事を懲らしめたりもしてたし。

ハァ…しかし感謝してるよ、東神サマ!あの時救って貰えたお陰でアタシらも心を入れ替えて信心深い信徒に戻ったつもりだからね」

 

 

「そうかいそうかい。

…久侘歌ちゃんもありがとうね。あとはゆっくり過ごすといい」

「はい…言われずともそうします…」

 

 

 

先に降りていた久侘歌ちゃんがふらふらとしながら去っていくのを見届けると、彼女はよっと!と軽快に御輿から飛び降りた。そして胸を張って人差し指をクイクイと動かすと、数人の鬼達がそれぞれ甕を抱えて現れたと思えばそれを僕の前に置いたのであった。

 

 

「さぁッ!これがアンタの求めていたモノだ!山にあるもの、片っ端から集めて来たんだ!」

 

 

「おいおい…頼んだ身で言うのもアレなんだけどさ…これは流石に多くない?」

 

 

「アタシらがそんなケチくさいことする訳ないだろう?どうせいるなら沢山あった方がいいさね。

しかし東神サマ、アンタこの懐かしい雰囲気の小屋…まさか一人で作ったのかい?他の連中は見たところモノづくりをする手をしていないし」

 

 

「そうだ。向こうにある社も僕が建てた」

 

 

「…!成程、やるじゃあないか!」

 

 

指さした先にある例の社…後の旧都の大社を見た勇儀は、「ほぉ…」と、感嘆のため息をついた。そしてそれを暫く眺めていたと思えば、手に持った盃を仰いだ後に彼女はこんな話をし始めたのである。

 

 

「実は今、山にアンタのお社を建てようかって話が有力者達の話し合いのなかで出ていたんだよ。アタシもそれに賛成だったんだが、気が変わった。

だってさ、あんな立派なもんがあるってのに、それに張り合ったらバチが当たっちまうかもしれないだろ?」

 

 

「別にバチなんて当たらないよ。でもそうだね。あそこは建てたはいいものの常に閑古鳥が鳴いてるから、もしそっちから来れる者がいるなら遊びに来て欲しいけどね」

 

 

「おうとも!我ら鬼達は喜んでアンタの為に宮参りするだろうよ、なぁ皆!!」

 

 

『応!』

 

 

その後、しばしの歓談と社の案内をした(のち)に勇儀は「また来るよ!」と言い残し、配下を引き連れて地上へと戻って行った。

 

それからしばらくすると、まばらではあるが地上から巡礼を行いにやってくる鬼達の姿が見え始めた。そしていつしか彼等は、まるで僕を古い時代から崇めていた金刺氏の片割れが治天の君の命によって建てた善光寺が寺町と共に栄えたように、我が社の周辺に沿って集落を形成し始めたのである。

これこそが、真の獄卒と呼ばれし鬼達が住まう地底の都が興った瞬間だった。

 

 

 

あの社についてすこし語るのならば、今だったら間違いなく造る事などできないだろう。

国津神の象徴である注連縄については比売…守矢の主祭神にして我が妻である八坂神奈子に許可を貰い、百姓たちの夢枕に立って納めさせた藁を使ってひとりで夜なべしてひいこら言いながら編んだし、赤く塗られた大鳥居もまた塗り残し一つ作らない程には丁寧に塗った。また神殿についても、本殿は"唯一無二の大廈"と称される義父の社の姿を思い描き、あまり頭が高くならない程度に真似て建てたのだった。

この思い出深い社というのは、今も鬼達が熱心に参拝してくれているお陰で、幸いにも建てた当時の姿を今も世に伝えている。

 

アレは、間違いなく当時の諏訪信仰の極まりの象徴の一つであり、信徒達からの賜物であった。

明神たる妻がその威光を諏訪のみならず全国へと広く知らしめたように、日頃影の薄い僕もまたこの地底において自らの威信を見せつけたのである。

 

 

 

地底と地上の相互不可侵ノ約定が撤廃された今、もし遷宮のある年にその様子を目の当たりにしてみたいという勇気ある者が地上にいるのであれば、是非一度恐れを捨てて見に行って欲しい。

 

これは荒々しい鬼達が長い一生の中でもまずないであろうほどに集中して取り掛かる作業であり、今はどうなっているのかはわからないが、かつては烏天狗に刷らせた新聞が日夜配られた程に人気のある神事であった。

暗い地底に住まう鬼達にとって、これは石桜が引き起こす桜吹雪とともに皆が待ち望む瞬間のひとつでもあったのだ。

 

そして肝心の古くなった社はというと、取り壊された後に旧都において新しく建てられる邸宅の一部として使われる。そうする事で地底の所有権を譲り渡した今も尚、彼等は自らの心の内において僕という存在を留まらせ続けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

かつて日高見国…いや、陸奥において長きに渡る戦いの末に蝦夷が制圧されてからしばらくが経った頃、絶頂の時を迎えた朝廷はついに長年の隣人であり、そして内患の象徴でもあった鬼を討つことを決めた。

 

その理由はというと、飢えた彼らが度々人里へと降りてきてはひとつの村を消失させるほどに人攫いなどを行い始めたことで、朝廷がその被害を重く見るようになったからである。

しかしながら、何故彼らが飢えていたのかと言えば、都が京へと移ったころより突如長きに渡る日照りや旱魃が起きた事によって、古くからの習わしに則って居住地域の木々を丸ごと刈り取り、禿山にしていた鬼たちはその影響を大きく受けることとなったからだったのだ。

*2

 

 

皇族崩れの勇猛果敢な武士達……世に知られし源頼光とその四天王は、叡山にて仏より神便鬼毒酒(じんべんきどくしゅ)を授かった後、ソレを当時伊吹山に在った酒呑童子や茨木童子へと飲ませた。そして彼女達が眠りにつかされ、身体を動かせなくなったところをその首を掻っ切り、腕を斬ったのである。

 

 

 

 

 

この頃の鬼達は酒に溺れ、神事という名の宴会ばかりをしていたため、信仰心の欠片も存在しなかった。僕という絶対的な存在の加護を手放した彼女たちはその隙を突かれたことで、いとも簡単にやられてしまったのだ。

 

当時の僕はと言うと、まず初めに昔萃香に預けていた分身の黒蛇から『空腹』とだけ報せを受けた。不信心者となって久しかったとはいえ、彼女が"餌やり"を忘れるなんてことはありえない。

不穏な気配を感じて全速力で現場へと向かったところ、そこには無惨にも斬り殺された鬼達の亡骸で出来た山と、首一つの状態であてもなく飛び回りながらうわ言を呟く萃香がいたのだった。

 

 

『…私の山も、民も、酒も!ちょっと眠りについた間に全てあの男に奪われちまった!なぁ…東神さま、私はどうすれば良い!こんなみっともない姿じゃあ、勇儀達のもとに行くことすら出来ないよ!

 

東神さま、聞こえているんだろ?聞こえているなら手を貸しておくれ…。あんな卑怯者どもに同胞を死なせる訳には行かないんだよ、私は!』

 

 

僕が地面に降りてソレに近付くと、その足音を聞き取ったのか、宙に浮かんだ首はバッと振り返った。その振り向いた首の顔色はおぞましいの一言に尽きるものであり、そこいらのものが見れば気を失う事は必定であった。

 

 

「…不穏な雰囲気を感じたから来たが、遅かったようだな」

 

 

『…ッ!東神さまッ!

 

突然山伏の連中が現れたから歓待してやろうと思ったら、そいつらに毒酒を回されたんだ!奴らは飲んでもケロッとしていたんでこっちもすっかり油断して飲んだら、目覚めた時にはこのザマだ!

侍だとか源氏だなんだと名乗っていたが、そんなのは関係ない!奴らはただの卑怯者そのモノだッ!

 

…クソッ!私に力があれば…ッ!なあ東神さまっ!私に力を貸してくれッ!』

 

 

 

「事情はわかった。しかし、もし手を貸したとして、その後君はどうするつもりだ」

 

 

『…決まっているだろ!私をこんな目に遭わせたアイツらに復讐して、京の都を見た事も感じたこともないような混乱に陥れてやるんだ!』

 

 

「…ならば、手は貸せないな。今の君は復讐に囚われすぎているからな。

 

そんな事をすれば生き延びた鬼たちはどうなる?君が産まれるよりももっと昔、皆が故郷を追われた時よりも良くないことが起きるに決まっているだろう。

 

萃香。君は知恵が回るのだから、一人の軽はずみな行動でその後何が起きるかについて、その頭で考えてからものを言うようにした方がいい」

 

 

『…なんでだよ!東神さまは鬼達を助けてくれるんじゃないのか!このわからず屋!こっちは仲間の存亡がかかってるってのに!』

 

 

彼女はまるで稚児のように喚き散らす。かつて肥の河の横で稽古を行い、打ち負かした時のように。

言いたいことはよく分かる。伊吹の鬼達がこのような目に遭ったということは、直に大江山に住まう者たちも同じような末路を辿るに違いなかったからだ。

 

しかし、かつて創建した際には自慢げに紹介してくれた我が社が今にも崩れそうなほどに廃れているのは、彼女の堕落した統治の何よりもの象徴である。

かつて旗揚げを宣言した瞬間を思い出しはすれど、今のこの地には当時萃香が感じ取った天命などあったものでは無かったのだ。

 

 

「…私は神だ。祈りを捧げる者には応え、捧げぬ者には応えない。それは相手が誰であろうと同じ事だ。

萃香、子供の頃から君を知る者として言おう。今の君は私の事を都合のいい存在としか思っていないだろう?」

 

 

ここにいると己の胸の内が震える。かつての遭難劇を身体が思い出し、勝手にあの赤い目の女神へと変わってしまうのだ。

まるで噂話をするかのように木々がざわめきあい、相手が瞬きをする度に性別が入れ替わり続けて、やがてそれも収まったころ、私は女子の姿に落ち着いた。

 

辺りを妙な妖気が包み込んだ、その時である。

私の放つ神の気配に気圧された萃香は、絞り出したかのように私にとって聞き捨てならない言葉を言ったのだ。

 

 

『…クソッ!私らが飢えてた時、東神さまは何にもしてくれなかったじゃないか!貴女が手を差し伸べてくれたならば、コイツらは死なずに済んだかもしれないのにッ!』

 

 

「…なんだとッ!?民の心も解さず、何百年も日夜酒宴に明け暮れ、挙句月に攻め込むなどという愚行を犯したお前が知ったような口を聞くなッ!

見ろ、あの荒れ果てた社を!あの痩せ細った民の骸を!あれらの惨状は全て、他ならぬお前が招いたことだ!

 

あの時、お前を慕ってついてきた者たちがこのような結末を臨んだのか?違うだろう!」

 

 

『煩えッ!煩ぇんだよ…この分からず屋!

だって…、こんな事になるなんて思ってなかった!昔みたいにずっと皆でどんちゃん騒ぎして、騒ぎながら過ごせると思ってたんだよ私は!』

 

 

「わからず屋はお前だろうが、この頭でっかちの間抜けが!

錦上の都でもあるまいに、この天下において永遠に続くモノなんてない!だからこそ人は皆それぞれが創意工夫を重ね、より良き未来に向けて日々を過ごすのだろうが!

 

…民の声を聞き、彼らの為の政を敷けば、それは自ずとそれは自らの為の政になる。これは私の師がかつて教えてくれた、君主の心構えだ。同じ根無し草だった私と違って自らの力で上に立つこととなったお前が、今この時までそれを理解できなかったことが悔やまれるばかりだ…」

 

 

僕がそう言うと、目の前の青ざめた首がハッと驚いた。そして辺りを見回した後、彼女は己のしでかした取り返しのつかない行いを目の当たりにしたことで、その小さな図体を震わせ始めた。

 

 

『東神さま、ゴメン…本当にゴメンよ…。私、とんでもないことをしちまった。あの時たてた誓いを、全て破っちまった…ッ!』

 

辺りを包んでいた刺々しい妖気が晴れていく。そんな中で鬼は我が胸に顔を埋めて涙を流した。もはや流すだけの水分すら残っていないにも関わらず。

私は不浄だとか、穢れだとか、そういう事は一切気にすることなく彼女の頭を受け入れたのだった。

 

 

「謝るのなら、その思いは命を散らした同胞へと向けなさい。自らの過ちを認めて贖罪すれば、きっと彼等も分かってくれる」

 

 

『皆、許してくれ…バカで見栄っ張りな私を首領と認めてくれたのに、こんな目に合わせちまって…』

 

 

かつて僕が生やし、ただ唯一切り倒されることの無かった数本の木々の根が物言わぬ彼女の動かぬ身体を掴み、こちらへと運び出す。そして、私は義父に教わった蘇りの医術を用いた。長い年月を経て木々が宿した神力を集めると、それらの寿命から編み出した時間の紐で萃香の首と身体を縫い合わせたのである。

 

 

「…君にもう一度機会を与えよう。さあ、目を覚ましなさい」

 

 

血が流れ込み、元に戻った萃香の寝顔を撫でた後、私は急いで西へと向かった。そして復讐に燃えていた勇儀のもとへと辿り着くと、その身に迫る危険を説いた後、仲間を引き連れて山を降りる事を勧めた。

当然、彼女達は徹底的にやってやろうという気概を持っていた。大族長の館へと入った時には既に彼女率いる戦士達は鎧に身を包んで卓を囲んでいたが、私が本題を切り出すや否や、勇儀は激昂してその卓へと拳を叩きつけた。

 

 

「なんだとっ!山を降りるということは、それは即ちアタシらが負けを認めるのと同じ事だ!

アタシは認めない。かつて自らの手で掴み取ったこの山を捨てるなど、そんな事は絶対に認めんッ!誰がなんと言おうとも、必ずや盟友を屠った敵をこの腕をもって倒してやらねばならない!」

 

 

「ダメだ勇儀!抗う姿勢をみせれば、ここにいる何もかもが伊吹の二の舞となるぞ!」

 

 

「フンッ!鬼ならば戦場で死ぬ事こそ本望!

アタシらは万夫不当の大江衆!華々しく戦い、敵を打ち崩す為に生まれてきたんだ!かつて我が父が戦場で果てたように、私もその運命を受ける日が来たのさ!止めてくれるなよ、東神サマ」

 

 

やはりではあるが、頑固者である鬼に説得を行うのは蟻が要石を動かそうとするくらい無謀な行動であった。いくら崇められし神であってもそれは同じである。

仕方が無いので目の前の怒れる大鬼を含め、私は周りを囲む強者達に幻術をかけた。萃香から伝え聞いた情報、そして私自らが目の当たりにした惨状をそっくりそのままに彼等へと見せつけたのであった。

 

 

「んなっ!?コレはッ!?なんだコイツらは!?

おい萃香!華扇!何を呑気にしているんだ!ソイツらは危険だ!」

 

 

『これはほんの少し前に彼女たちに起きた事だ。

勇儀、その大きな目で見て、音に聞くんだ。これから起きることを理解した上で、皆を導く者として正しき選択をしろ』

 

 

「止めろッ!こんなものは観たくない!

駄目だお前ら、止めろ!ソレを飲むんじゃあない!

あぁ、あああ…!そんな、嘘だろう…?あの萃香とその配下たちが、たった五人の野郎共の罠に嵌められたってのか!?」

 

 

『そうだ。華扇の体はなかったからきっと逃げきったのだろうが、今見せている通りに他のものは軒並み寝首をかかれて死んでいたんだ。私が着いた時には萃香の首が恨めしそうに飛ぶのみだったよ。

皆、改めて言おう。今すぐに山から降りるんだ。奴らは使える手は全て使う。戦なんか大それた事を起こさずとも、君らを殺す手筈は既に整えているぞ』

 

 

幻術の行使を止め、辺りの景色は山の館へと戻る。上座に座る勇儀へと視線を送ると、目が合ったあとに彼女はため息を着いた。

 

 

「むぅ…ッ!」

 

 

腕を組み、顰め面を浮かべる勇儀。しかし、それよりも先に、同胞があまりにも簡単に殺される光景を目の当たりにした有力者達は見るからに心変わりし始めていた。意外なことではあるが、この集まりの中でもダントツに歳を重ねた老将が、初めに私の意見に賛同の立場を表明したのだった。

 

 

「ここで神に逆らえば我ら末代までの恥となること間違いなし!天の遣いたる神に逆らい、誇りを忘れた鬼はそれ即ち天邪鬼と同じぞ!

故に儂はここに居る皆が反対しようとも山を降りる!例え裏切り者の烙印を押されようとも、全ては東神様の思し召しよ!」

 

 

こちらも顔を知るほどに長生きしている彼の意見を聞いた鬼達は、各々が意味もなく自分の角を触れたり足を揺すったりと、見るからに不安げな仕草を見せていた。

すると老鬼は席を立って我が目の前へと足を進めると、跪いて頭を垂れた。それを目の当たりにしたことで一人、また一人と彼に対する同意の姿勢を見せていき、気付けば皆が勇儀に視線を送っていた。

 

 

「…チッ、仕方がない。萃香にはすまないが、アタシはあんな無様なやられ方はしたくない。

皆、責任は全てこの星熊勇儀にある。大江の鬼達は我が意を以て山を降り、敵が来れないような場所まで逃げるとしよう」

 

 

 

 

こうして、大江山の鬼達は山を抜け出し、彼らの崇める神に先導されて北陸へと逃げることへとなった。そして越前敦賀を経由して北の加賀へと逃れると、飛騨の国境に程近い人目のつかない地において暫しの隠遁生活を送る事となった。

 

やがて、もうすぐ隠れてから二週間が経とうかといった頃、手脚にきつく締められた痕が残るなど妙に感じるほどに不自然にボロボロな姿になった萃香が皆の前に現れた。そして、戸惑う様子の避難民達を一切気にせぬまま、彼女は「すげーヤマがある」と言い出したのだ。

 

大江山の鬼達は半信半疑ながらも、『まぁ、あの萃香がそう言うならそういうことなんだろう』と考え、彼女の案内のもとで越中、越後を経て信濃の八ヶ岳連峰へと向かった。そして、彼女の言葉通りの"すげー山"こと、古い伝説そのままの姿を残した八ヶ岳を見つけると、故郷を遥かに凌ぐその威圧的な存在感に皆が息を飲むこととなったのだ。

 

自慢の闘争本能が頭をガンガンと打ち付け、脳から大量のアドレナリンが分泌されたことで皆が同じ考えに至る。戦いの時は近いと。

体勢を整える為の暫くの潜伏を終えた後、やがて彼等は雄叫びをあげて山へと侵入した。そして、先にその地を根城としていた天狗の諸部族や河童などといった妖怪達との激戦の末に、それを従わせたのであった。

 

 

 

*1
メートル法にして約182cm。八坂刀売の姿になると168cmである。ついでに言えば神奈子は173cmくらい。二人とも古代人にしてはだいぶデカい。

*2
十世紀の頃、日本は温暖化を迎えたのだとか。今作においては前章にて大御神と八咫烏がやらかしたせい。






前章の神子といい今回の萃香(回想)といい、反省はすれど根が変わってないような強かでヤバめな面々が多い朝斗彦門下。でも、幻想郷の少女はそれくらいぶっ飛んでて良いのかなって気がします。

今回参考にした論文
4~10 世紀における気候変動と人間活動 吉野正敏氏著
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography/118/6/118_6_1221/_pdf/-char/ja
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