書きだめ溜まりすぎたので放出、二ヶ月ぶりの投稿らしい…。
根の国で起きた異変らしい異変と言えば、コレだ。地底の堅洲国に赴任して神としてもそこそこの月日が経ったと感じる、ある時の春のことだった。
相変わらずの少数精鋭…いや、綺麗事はよそう。人員不足そのものと言える状態で運営されていた地底において、ある時に個々の隙を狙って死霊連中が結託し、蜂起したことがあった。
…まぁ、きっと何か唆されたりやましいことでもあったのだろう。首魁を戴いた連中は石桜に眠る純粋な力を利用することで我々権力者たちの支配を転覆しようと目論んだのである。
まず初めに僕達が違和感を感じた所はと言うと、例年に比べ明らかに石桜の欠片が散って輝く期間が長かったことから始まった。
観測についてはさとりちゃんが毎年コツコツと記録をつけて居たのだが、普段であればとうに終わっていていい時期であるにもかかわらず、この年ばかりは妙にその期間が長い。彼女は違和感を覚えれば迷わずすぐに報告してくれる性格であるため、すぐさま僕を呼び出してその事について伝えてくれた。
「分かった。見回りを行い、何か変わったことが他にもないか調査してみよう」
「毎年の石桜の散り方には差異があれど、今まで一度もこのような事態は起きたことがありません。くれぐれもお気をつけてください」
それからと言うもの、僕は毎日刀と弓を持って見回りを行ったものの、そういう時に限って何も起こらない。むしろ、ちょっと空がきらきらと輝いていること以外は至って平穏である。
「…嫌に静かだな。こう何もないとかえって不気味だ」
何ひとつとして痕跡を見つける事が出来ず、どうしたものかと思いながらも僕は警戒を続けていた。しかし、それでも有効打が打てぬままにただ闇雲に月日が過ぎていったのだが、やがて事件が起きた。
その内容はと言うと、普段から間の抜けた声で鳴きながら飛んでいる根の国の掃除屋こと、地獄鴉達の死体が時折空より降るようになったのだ。日に日に粒が大きさを増していた事は把握していたものの、このような事態が起こるとは誰にも分からなかった。
その死体は大抵のものは堕ちた際の衝撃で潰れてしまっていたものの、調べたところによるとその全てが石桜の結晶による裂傷によって墜落していたのだった。
地獄鴉という生き物は、地底において特定の時期にのみ舞い降る石桜の結晶を避けることについては他の追随を許さぬ名人である。そんな奴らが日頃より避け慣れた石桜によって切り刻まれて地に墜ちるということは、いくら彼らは妖とは言えども、伯母上と仲が良くて且つその使い魔たる八咫烏と縁のある僕にとっては何よりの凶兆に他ならなかった。
…
「近頃は北の鬼達の集落や、その周辺に新たに住み着いた土蜘蛛、牛鬼達の中から不安を訴える声や感情が多く聞こえ、そして視えてきます」
根の国の中心、南北を川に隔てられたこの地霊殿(の前身)の庭園にて、さとりちゃんからそう言われた。
因みに、この頃には既に地上において嫌われ者と呼ばれるに相応しい妖怪たちによる定住が盛んになっており、当時も山で幅を利かせていた酒呑童子、星熊童子の二人が率いる鬼の本隊を除けば、僕が太古の大昔にしょっぴいた事もある土蜘蛛(尚、諏訪で戦った氏族がそのまま流れ着いていたことは、彼女達が僕と積極的に関わらなかったためつい最近まで知らなかった。)や、鬼の分派であり今日の幻想郷においては三途の川流域にも住まう子守り名人、牛鬼などが既に住み着いていた。
この頃の地霊殿は地底に労働者が増えた事からかつての高床式から立て直され、当時の地上における武士連中が住む武家屋敷のような形へと姿を変えていた。なお、前の
「困ったな。見回ったりしてるんだけど原因らしいモノはないし…」
「向こうの方々の代表者には異常気象であると伝えてありますが…。貴方を慕って山からやって来る鬼の巡礼者も多い以上、あのような不可思議な現象が続くと衛生面、治安面において大きな問題となり、住まう者達には不安が広がる一方になります。
朝斗彦さん、貴方はこの地を統べる存在なのですから、早急に対応すべきです」
「…そうだね。何とかして手を打たねば此方の威信にも関わるし…にしても、今日も相変わらず凄い空だ」
「…もう数ヶ月はこの調子ですからね。最早見慣れたものですが、やはり異様です」
袖の中で腕を組み、かつて何百年も前に河勝と共に対峙した常世桜のような色の空を観ながら二人で話をしていた、その時である。噂をすればなんとやら、空の上よりまた一羽、地獄鴉がこちらへと向かって降ってきたのだ。
ソレは体格の大きい地獄鴉である。ここいらを飛ぶ群れの中では常に先頭を往く群れの長であり、見回りを行っている際には幾度となく顔を合わせ、お互いに不可侵を誓った個体だった。
「朝斗彦さん、あの子はまだ生きています。堕ちる前に助けましょう」
「よし、分かった。さとりちゃんは後ろに下がってて」
くるくると回りながら落ちてくる鴉の落下地点を捉えると、僕は両腕を広げてどんとこい!と構えた。そして、黒く輝く羽を散らしながら堕ちてくる鴉を抱えこむと、すぐに羽織の袖を破き、それを包帯代わりにすることで出血していた左翼に対して止血処置を行うことにしたのだ。
「…よし、これでとりあえずは大丈夫だろう」
人ならざる者の神でもある特性を活かして自らの神力を変換し、拒絶反応が出ない様慎重に大国主様直伝の治癒術を使うと、地獄鴉の傷は見る見るうちに癒されていった。…なお、腕に抱えていたため気に入っていた着物は血塗れになってしまったのだが。
「お召し物が血だらけになってるのは大丈夫なのですか?」
「大丈…いや、だいじょばないな」
「ならいつもの見た目を変える幻術でも使えば良いのでは?」
「えっ?あー…。あれ、幻術で見た目は変えられるけど実際の所は汚れたまんまなんだよね。だから悪いけど一旦諏訪まで帰って、それからまたこっちに戻って来る事にするね。
…おっと、ほら。この子の世話は君に頼むよ。流石に外にまで連れて行ったら大騒ぎになるからね」
「承りました。あとは任せてください」
こうして僕は地獄鴉をさとりちゃんに手渡すと、指をバチンと鳴らして地上へと戻った。珍しく日の光が頭のてっぺんに降り注ぐ時間帯に諏訪へと帰ってきた為、僕に代わって民を監督する為に下の社へとやって来ていた比売が物珍しげな表情を浮かべながら話しかけてきた。
「あら。こんな時間に戻ってくるなんて珍し…!?ちょっとアンタッ!何よその格好!?」
「比売!今話してる余裕無いんだ!御免!」
「…なんだったのかしら?」
ドタドタと慌ただしい様子でその血だらけの服を脱いでさっさと禊を終え、その当時、比売に『貴方もイマドキな着物を着たら似合うと思うの!』と言われたので用意していた、当時の武士達が着ていた直垂のような装束へと着替えた。
(なお、履物については古来から着慣れた
…八百万の神のみんながみんな、角髪を結んで白い
そして再び指を鳴らして地底の社へと戻ることとなったのだが…。
…
「っ、何だこれ!?」
「…!おお、東神様が戻られた!実は貴方様が地上に戻られてから今までずったこんな様子なのです!東神様、どうか我らをお救い下さい!」
社の本殿より外に出ると、煌く石桜がまるで北陸の吹雪にも負けぬほどの勢いで地底の空を舞っていた。この時、社に仕える鬼の神官が藁にもすがる思いで頼み込んできた事は今でも覚えている。
(なお、これを聞いた口述筆記担当のさとりちゃんからは貴方が覚えていない事なんてあるんですかと突っ込まれた。あるよ、多分だけど。御阿礼の子じゃあるまいし。)
然し、それらは屋根の下などで見る分には圧巻の景色であったが、触れれば溶ける雪とは違ってその舞い散るもの全てが鋭利な結晶である。
差し迫った危険を報せる為に僕は身体にかけていた弓を手に取りながら大急ぎで社を飛び出した。
「皆、急ぎ社の中へと退避しろ!外に居ては危険だ!
繰り返す、これを聞いた者は今すぐに周りの者達と共に社へと避難しろ!!皆、社に入ったらすぐに耳を塞ぐんだ!」
野次馬に集まっていた妖怪達は驚いた様子でわぁわぁと叫んで逃げ出し、彼等が退避したのを確認すると僕は素早く弓に矢を番えた。そして、入の字のように前傾姿勢をとって脚を体に対して垂直になるように開いた後、唯の人間ならば少なくとも四人は居なければ張れないであろう弦を引き、空を埋め尽くす石桜へ向けて破魔矢を放ったのである。
「さぁ、出てこい奸賊め!堅洲国の主、葦原朝斗彦が相見えようじゃあないか!」
放たれた天之波波矢は僕の手元から離れた直後から邪気を祓う音を鳴らし、舞い散る桜吹雪を晴らしながら空の向こうへと一直線に飛んでいく。
しかしソレはある所まで飛んだタイミングでまるで何かに遮られたかのように弾き返されたのであった。
「…こちらが思っていたよりも随分戻ってくるのが早かったじゃあないの。もう少しかかるとばかり思っていたのに」
「何者だ!」
「…うーん、名乗る名なんてとうの昔に忘れたわ。だけどそうねぇ…これからこの隙だらけの土地の神になる者とでも言っておこうかしら?
一応宜しくね、カビ臭い神様サン」
亡霊の証である白い霊魂でできた下半身に、頭の先から足先までを覆う青と白の装束に背中に生えた妙な翼、そして見るものを一目で唸らせるであろう程に妖しげな色気を纏ったこの女は手に持つ錫杖を巧みに回した後、その先端をこちらへと向けて不敵な笑みを浮かべた。
「亡霊などというあやふやな存在が、この根の堅洲国を簒奪しようとでもいうのか?お前が何者かは知らないが、己の立場をわきまえずに領域を荒らす不届き者はこの葦原朝斗彦が許さないぞ!」
「…ただのノロマなお蛇さんって聞いてた割には鋭い剣幕の持ち主じゃない。…正直ちょっとビビっちゃったわ」
「そりゃどうも。その前評判は強ち間違ってはいないが、今は自らの領域を狙った未知の敵がいるのだから、気合を入れるのは此方としても当然のことだ。
それで…腰が引けてくれたのならそのままお帰り願いたいが、どうする?」
「貴方を倒すためにこんなにも陰気臭い場所へと来たのだから当然でしょ?
ここよりずーっと離れた西の果てから遥々こんな田舎みたいな場所までやってきたというのにさ。まぁ〜流石にさ、何の成果もなく手ぶらで向こうに帰る訳には行かないよ」
「ほう…、ならば仕方が無い。そちらが退かぬというのならばもはやこの地を賭けて戦うに他はないな!
さぁさぁ、遠からん者は音に聴け、近くば寄って目にも見よ!八坂の鈴の音を、堅洲国に仕えし木々の声を聴き、そして我が威を畏れるがいい!
…さぁ、かかってこい!葦原中国の大王にして根ノ堅洲国の旧主たる素戔嗚尊が末子、この楽園における堅洲国の主である葦原朝斗彦命が相手してやる!」
柄に添えていた右手で鯉口を切って刀を鞘より引き抜き、その切っ先を敵へと向けると、向こうは怯むことなくこちらを見つめていた。そして彼女は最後まで名乗ることなく小さな合図を出すと、その周りからは大量の死霊達が現れたのである。
連中は大半が黄泉の国から何らかの方法で引き連れられた不浄なる者達を中心として、その中にぽつりぽつりと人、獣、妖の亡霊が混じった構成だったが、何れにせよ死者の身に余る野心を抱えた明確な侵略者であった。
そして、対する僕はと言うと生者と死者の狭間の国を治める神であり、普通に考えれば彼等とは水と油の関係と言えるだろう。
(…まぁ、この頃は地上でそれらしく国津神として振る舞う傍ら、後の旧地獄では妖怪達と自給自足を送るという、二足のわらじ生活を送っていたので正直いってあまり僕には説得力はないのだが、我が
「協力者の一人や二人いるとは思っていたが、全くこれだけの数で良くもまぁ潜伏していたな!こんな事せずに映姫さんに叱られていればいいものを、全く手を煩わせる…。
…やぁやぁ!そこの青白い顔の死霊共!もし、お前達の中に恐れ知らずの自信家が居るならばこの私自らが相手をしてやろう!
さぁ、我こそはと名乗るだけの自信があるものはこっちへ来い!」
川と地霊殿に背を向け、随分と時代遅れな見た目の愛刀を引き抜いてから僕がそう叫ぶと、敵は一度顔を見合せた後にこちらへ向けてバカにしやがってだの、お前を討つのは俺だ!などと叫び始める。
こうして、挑発に乗った敵のうちある者は足を引きずり、またある者はふわふわと漂いながら砂利石の転がる河原へと向かってきた。
「おーおー、思っていたよりも益荒男が多いな!その心意気や良し!ならば、此方も本気を出すとするかな…」
僕は片足を後ろへと踏み込むと、長く、そして真っ直ぐに伸びた刀身を右肩に背負うように構えて自分の身体を領域に同調させた。そして、まるで木々が根を張る様に僕が領域の力と自身の神力を紐付け、押しても引いても倒れないように体をその場へと固定した。
しかしその間も、敵はばったばったと特徴的な足音を立てながらこちらへと駆けて来るのだ。
「良いぞ、そのままこちらへと向かって来い…」
自らが許容出来る限界まで敵を引き付けたあと、彼らの抱く生への渇望が肌に触れそうな程に近く感じたその瞬間の事だ。それまで受け入れていた同調をこちら側から一方的に遮断したことで、まるで鬼に思いっきり背中を叩かれたかのように身体が吹き飛ばされた。
瞬間的に体にかかった強大な力をものともせずに数千里を数秒で駆け抜ける程の勢いをこの一振りに込めると、僕は横薙ぎの一撃をお見舞いしたのである。
隠された刀身の長さを把握せず、完全に間合いを見誤っていた敵は呆然と立ち尽くし、それまで戦場らしくわぁわぁと騒がしかったにも関わらず、まるで地底全体が琥珀の結晶に閉じ込められたかのような静寂に包まれた。そんな中で一人僕は空気も読まずに刀を払い、そして鞘へと納めた。
「…な、なんだ?」
ひとしきりの静寂の後、有象無象の敵達の中から誰かが間の抜けた声をあげたのが聴こえたその瞬間、止まった時が動き出す。彼等はまるで、胴を啄まれ頭だけになったにもかかわらずその動きを止めぬ虫のように踠き苦しんだ末、バタバタとその場へと倒れていった。
そして、幸か不幸かソレを免れた者たちは流石に怖気付いたようで、周りを包み込んでいた嫌な足音がパタリと止んだのだった。
「…さぁ!どうした!遠慮はいらないぞ、皆もかかってくるといい!」
腕を広げてそう叫んだものの、こちらへ向かってくるのは親玉に操られた石桜の礫のみ。それらを弾幕を展開することで相殺しつつ引き続き様子を伺ったものの、結局敵はその足を動かすことはなく、かえって前線を後ろへと下げてしまったのだった。
「…目の前であんなの見せられたら誰だって嫌でしょうよ」
慌てて下がる敵に対し、なんだよ骨のない連中だなぁ…なんて事を僕が考えていると、いつの間にか隣にはやれやれ…とでもいいたげな表情を浮かべた小野塚小町がいた。
「小町!なんでここに!」
「…四季様の名代だよ。あれらの監督責任を負うのは是非曲直庁だけれど、ココに対する向こうからの扱いはなんでか知らんがとにかく悪いからね。
あのお方が裁きを行わないと順番待ちの霊魂達が負債のように増えるってんで、そんな多忙なお上に代わって暇してたあたいが来たって訳さ」
「こんな時でも仕事があるのか…。
役割分担できる者がいた方がいいんじゃない?是非曲直庁は何人も閻魔を抱えてるって話じゃないか。流石に可笑しいよそれ」
「へへ…それ、四季様も同じこと言ってたよ。
…それで、どうするんだい?このまま睨み合ったままだと埒が明かないけど」
「…ならば、こちらから仕掛けよう。まぁちょっと離れて観ててよ、面白いモノ見せてあげるからさ」
「え?ああ、分かった」
「…天之波波矢よ、戻ってこい!」
合図を受けたことで特徴的な音色を奏でながら矢が戻ってくるのを察知すると、僕はすぐさま腕を掲げてソレを掴み取り、体にたすき掛けしていた長弓を手に取って再び構えた。
弓道のきの字すら経験していない、実戦譲りの品のない構えを僕が見せた途端、先程の余波を引き摺っていた敵の顔には恐怖の表情が浮かんでいた。言っておくが、僕からすればそちらの顔の方が怖い。
(…ちなみに、たかが道具に過ぎない矢が何故僕の呼び掛けに応え、その手元へと戻ってくるのかと言うと、愛用している叢雲剣、そしてこの矢とセットで語られる事の多い天之麻迦古弓の三種皆が揃って付喪神化してしまったからである。
なお、僕が大切に扱っていることを向こうも分かっているのか、傍に在る事に嫌気が刺して足を生やして逃げ出す…などと言った事件は幸いな事に今まで一度も起きていない。)
話を戻そう。
僕は前傾姿勢で弓を持つ左腕を真っ直ぐに伸ばしながら矢を番え、人差し指、中指の二本と薬指の間に矢筈を挟んで弦を引き絞ると、こちらを伺う敵の頭上を上手いこと通り過ぎる位置に向けて矢を射った。
山なりに、それでも尚鋭く飛ばした矢は勢いよく敵陣へ向けて飛んで行ったのだが、徐々に矢は自らの意思で速度を落とし始め、それからやがて本体を中心に次々に矢型の弾幕群を周りに生み出し始めた。すると、矢が抱えし叛心の執念によってそれらの弾幕は誕生するやいなや、一目散に地上に佇む敵目掛けて飛んで行き、かつて天邪鬼がヤマトに対して使った技が如く、敵の頭上より大量の矢の雨を降らせたのである。
「まったく、手加減の欠片も感じないね」
「それぐらいがちょうど良いものさ。…さあ、それじゃあこちらも攻めるとしよう。僕のことは気にせず、好きに戦ってくれて構わないよ」
「はいよ!」
僕は相手を牽制する為、自身を起点に蛇の卵のような楕円形の弾幕をずらりと並べると、それらを荒れ狂う潮のように渦巻かせながら敵陣へと向かって突撃した。
弾幕ごっこに使うようなヤワなモノじゃない、血に飢えた猟犬が如き追尾性能を持つ矢弾の猛追を受け、敵達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
弾幕の執念は恐ろしく、中にはずっとついてくることに嫌気がさし、家屋へと侵入してやり過ごそうとする者もいたほどである。しかし、例え逃げ切ろうとしても周りに弾幕を展開しながら刀を持ってすっ飛んでくる僕に一瞬で間合いを詰めてくる小町が居るのだから、もう逃げ場なんてものはないのだ。
但し、だからといって連中もやられっぱなしでは無い。いくらこちらが押せども、ヤツらは完全に消滅させない限りは黄泉より帰ってくる。倒したはずの見覚えのある顔が地中よりボコボコと湧き出てくるのだ。
そうなると流石の僕も抗えない。死霊に足首を掴まれたことでなんだか相容れないような死の感覚、本能的な恐怖を味わい僕が慌てて後ろへと退避すると、その隙を奴らは見逃さずに勢い付き、こちらへと襲いかかってきた。
「オイ見ろ、あやつの懐がら空きだぞ!今だ者共、攻めかかれ!」
石桜から吸収された力を親玉より送られていた死霊連中は弾幕を放ちながら勢い良くコチラへと向かってくる。
対する僕はというと、弾幕をやり過ごすために回避に専念していたせいで結界を張る為の印を結ぶ時間がなかったので、方向転換して刀を納めたあとに天之麻迦古弓を手に取り、その弦を何度か強く弾く事で連中を怯ませた。
そして、弓を弾いた際のびいいいん、という大きな音を聞き付け、こちらの危機を察知して戻ってきた小町にたいしてソレを投げ渡した後に再び抜刀したのであった。
「ちょっと!これどうすりゃいいのさ!」
「とりあえずそこいらに置いておいてくれ!どうせこっちに戻ってくるから!」
「わ、わかった!置いたらあたいもすぐまた加勢するよ!」
この時いざこざの起きた地底の北部地域…現在の旧都の辺りはというと、数百年の時が経った今もなお僕の神徳が及ぶ…言わば、かつての諏訪の大社やその後継たる妖怪の山の守矢神社に次ぐ第二のお膝元である。
(たとえこの地の主祭神であっても、僕にとってはあくまでも第二の存在であるという事は念を押しておこう。)
しかしながら、当時はそこら中で僕の緩々な支配を受け入れた妖怪達による開墾が行われていた為、僕の力の証である木々がほぼ残っていなかった。そんな陽の光一つ届かぬ土地にせいぜい残っていたものといえば、僕が自ら植えた中では桃の木、山葡萄ぐらいだったはずだ。それらはどちらも破邪の言い伝えを持つ果実を生らすため、妖怪達も触らぬ神木に祟りなしといった様子で残していたのである。
…まぁ、こんな日陰しかない場所で樹木を維持するのには僕の力が必要不可欠な訳だが、それを補うのは鬼達の絶対的な信仰心である。故に、今日の地底においても我が社の周りや地霊殿の中庭などには青々と茂る木々が立ち並んでいるのだ。
話を戻すと前述の通り、幾つか繋がりを持った木々も残っていたものの、周りに残っているのは大体が地衣類、魔力に充ちた茸の類いばっかりであった。なので先の勇壮な名乗りに対し、まともな眷属はほぼ居ないという酷い実情、まさに火の車というヤツである。
…いや、実際に火車も此方側に付いては居たが。
なけなしの木々達を操って掴んだあと、眷属達を介して流す神通力によって腐りかけた頭を消し飛ばせばやつらを叩きのめすことができた。しかし、すっかり調子に乗った連中は、まるで憎たらしい
なんなら、蝗と違って佃煮にも出来ないので厄介極まりないことこの上ない。
「ひっきりなしに来るな…!困った連中だ!」
そんな時である。死霊達の脇を突くように鋭く研がれた鎌が横薙ぎに振るわれ、それによって何体もの死霊達が体を持っていかれたのだった。
「私のコト、忘れてもらっちゃあ困るよッ!死神の鎌捌きをとくと見るがいい!」
今は絶対に刃を研ぐことはないと公言している三途の川の船頭である小野塚小町も、この頃は間違いなく今よりも任される仕事の分野が多かったために切れ味抜群の鎌をぶん回していた。
それにしても、彼女が持つ能力『距離を操る程度の能力』というモノは、敵へと肉薄するのにはピッタリな力である。普段の怠けっぷりが嘘のように機敏な動きを見せて敵を刈り取る姿は、まさに人の短き一生そのもののようであった。
「すまない、助かったよ!」
「良いってことさ。ほら、これ刈り取った霊魂。アンタん所のネコちゃんにやりなよ」
訳の分からないことを言う彼女に対し、は?と僕が間抜けな声を出している間に呼ばれて飛び出てにゃんとやら、味方その二ことにゃーんと鳴いてお燐が現れた。そう、彼女は最強の裏方ことさとりちゃんによって派遣されてきたのである。
これを見る皆からすれば、オイオイ、よりにもよって猫一匹かよ…などと思うかもしれないが、舐めることなかれ。実際の所、この騒乱において彼女は適役であった。
小町にちゃっかりと餌付けされて口をクチャクチャと動かした後、彼女は僕めがけて襲いかかってくる死霊や亡霊へと飛びかかり、その首へと噛み付いてはその小さな体には似つかわしくない力で彼等を地に伏せさせたのだ。その戦いぶり、まるで虎のよう。…見た事ないけど。
…何故そんな芸当ができるのかと言えば、彼女の種族が関係している。
今では旧地獄の観光案内なども引き受ける働き者な彼女の種族は火車であり、死体を攫うことに対してはその道のプロフェッショナルである。そのため、首魁が唆したことで蜂起した死霊共にとって彼女は正に天敵そのものであり、連中にとって為す術のない存在だったのだ!
(ちょうど本人が通りがかったので、あの時はありがとうねと言うと、「アタイの事を褒めた所で何も出ませんって」と言われた。
なおその後、お茶のおかわりは必要ですか?とか、何か入り用ですか?と何かとタイミングが合う度に尋ねてくれた。全く分かりやすい子である。)
この三人組は対岸より脱走した悪霊退治もよく行っていた仲であり、チームワークは抜群である。故に流れに乗ってしまえばもうこちらのモノであり、いくら相手が何倍も居ようが関係なかった。
ただし、それはあくまでも力を持った神と経験豊富な妖怪だからこそ成せる技であるので良い子は真似してはいけない。
あまり突っ込みすぎても良くないので少し余裕を持って戦っていると、思わぬ増援が現れた。
「皆さんこんな悪天候の中よく戦えますね〜…。私なんてさっきから自慢の翼がズタズタですよ、もぉ…」
「むっ」
そんな中で味方その三、地獄の番頭神こと庭渡久侘歌登場。
きっと出勤の際に石桜にやられたのであろう。彼女は顔を出した時から既にズタボロで見るに堪えない姿だったが、彼女の顔を見た瞬間に僕の頭の中には一つの案が思い浮かんだ。
「久侘歌!アンタその格好どうしたのさ、大丈夫!?」
「小町さん〜!もう痛くて痛くて!湯治にでも行きたい気分ですよぅ!」
「湯治?いいねぇ、それ!アタイも一緒に行きたいな」
「にゃーん」「お前さんは猫なんだから入れないだろ?」
「あたいだって入れるよ」「うわっ!びっくりさせるなよ!」
呑気に姦しい会話を繰り広げる閻魔配下の二人と猫一匹。そんな緩い空気を壊すつもりはなかったものの、僕が提案した言葉に一同呆然とするのである。
「…よし、決めた。久侘歌ちゃん、力を貸してもらえるかい?今から川を塞き止める」
『!?』
朝斗彦は元々上着と合わせて白色のものを着用していた(国譲りから諏訪への侵攻まで)が、萃香と共に過ごした時期から河勝の傍に在った頃は本人がはっちゃけていたので色付きの物を着始めた。(基本は黒地に赤紐、この頃より結びの紐には鈴が付けられ始めたため、歩けばりんりんと音が鳴る。刀女比売の時は同色で同じ装飾ののロングスカート。)
その後、河勝改め隠岐奈の誘いを受けて地底へと向かった鎌倉時代の頃から紆余曲折を経て幻想郷に移った現在に至るまでは、本人曰く"昔に比べてだいぶ落ち着いた"ため、青みの強い鈍色のモノを愛用している…という設定。
ちなみに、現代の幻想郷においては上着は真緑の半襟が付いた襦袢の上に白や青などの早苗の巫女装束に近い色合いが混じった羽織を着る時もあれば、黒地に樹木に巻き付く白蛇が描かれた着物も着用するなど、割と拘りなくその時の気分で変えがち。