そういやコイツら何してたの?枠なお二人のお話。
「準備はいいかね?」
「アイアイ、キャプテン!」
「聞こえないぞ?」
「アイアイ、キャプテン!!」
「皆、ちゃんと捕まりなさいよー!目指すは地底からの脱出!行先は魔界よ!!」
「ム、ムラサ!本当にコレ大丈夫!?」
地底の王である葦原朝斗彦と魔導師の怨霊・魅魔が戦いを始め、朝斗彦の手引きによって三途の川が氾濫を起こしていた丁度その頃。暴れ狂う川の波に逆らう様に勢い良く遡上を始めた舟が一隻あった。
その船の名は聖輦船。仏僧・聖白蓮の教えを信じ、彼女の復活を誓った弟子の雲入道・雲居一輪、船幽霊の村紗水蜜の二人が住まう大型の箱船であり、村紗は船長も務めている。
「一輪、貴女まさかこのムラサ船長の腕を見くびってるの?
…かつて海の男達が挙って恐れ、ここに堕とされるまでに沈めた船は数知れず…。海と船を愛し、海と船に愛された女…!それがこの私、村紗水蜜よ!」
「…いやそれ聞いて誰が貴女の事信じるのよ!…ちょっと!雲山もなんか言ってやって!」
「…えー、雲山も『そうだ、ムラサの言う通りだ…』と、言っていまーす」
「言ってないから!私の相棒に勝手な事言わせないでくれる!?」
相棒の反論に頷く見越入道の雲山と、長い間血の風を浴び続けてボサボサになった髪を掻きむしりながら阿呆な会話を繰り広げるこの二人。
実の所、彼女たちは古明地姉妹や朝斗彦が地底へとやってくるよりも数えること百年ほど前、その存在を良く思っていなかった仏教徒達によってひっそりと血の池地獄へと封印されていた、言わば先住民的存在である。
しかし、住処が誰も近寄りたがらない場所だった為にその存在は全く把握されていなかった。その知名度の無さは、当時さとりが編纂した堅洲国の戸籍表にすらも名前が載っていないという有様であり、本来であれば上層にて起きている騒乱には全く関係のない第三勢力…のはずだった。
妖怪の本懐である人間からの恐怖の感情すらも得られず、地底上層を含む外界からも隔絶されているという劣悪な環境の中で、彼女達二人は白蓮の封印を解くことだけを目標に何百年もの間この地で過ごしていたのだが、ここでついに千載一遇の好機が到来した。
幻想郷の創設者の一人にして同地の筆頭賢者と目されるスキマ妖怪、八雲紫の手引きによって招かれた怨霊である魅魔と、もう一人の賢者である後戸の神、摩多羅隠岐奈より招かれ、仲間達と共にこの地を根ノ堅洲国と呼ばれるまでに整えた国津神、葦原朝斗彦が地底の支配権を巡って争い始めたのだ。
そして、この動乱によってそれまで保たれていた領域の調和が乱れた事で、彼女達に施された封印が緩まり、自分達の預かり知らぬ所で好機が到来したのであった。
初めは『上でなにかおっぱじまってるなー』程度の事をぼんやりと考え、甲板で寝っ転がっていた聖輦船乗組員約二人と一名?であったが、そのうち常日頃より休むことなく降り注いでいた血の滝と罪人達が流れ落ちて来なくなった事に雲山が気付いた。
その後、いつもの比なんて規模ではない程に勢い良く降ってきた滝を見た彼女達は、こんな所でウダウダしてられない!といった様子で急いで錨を引き揚げ、師である白蓮とその弟である命蓮上人が遺した法力を使って滝を昇る事にしたのであった。
こうして聖輦船は滝を無理矢理遡上した後、地上へ脱出する為に流れに逆らってまで川を昇り始めた。
しかし、完全な力を引き出されていないにも関わらず滝登りに大きく力を割いてしまったことで、船はノロノロと進むのがやっと。かつて名声を集めた師がいないため完全自動航行にもならず、張られた帆に雲山が息を吹きかけることで多少速度を稼げるくらいの状態である。
それでも、彼女達は血の池地獄から出れた事に大喜びし、その身は達成感で満ち溢れていた。
「ねぇムラサ…。ひょっとして私たち、本当に脱出出来ちゃう?」
「分からないけど…今の私達なら行けるんじゃない?」
「…いや、疑問形は止めましょう。私達は脱出できる!してやるんだから!そうよね!二人とも!」
「そうだ!一輪の言う通り!私達は脱出出来る!
…待ってて、聖様!今助けに行きますから!」
孤独な地底生活が成り立っていたのはこの強靭な精神力があってこそ。やる気に満ち溢れた二人、流石は妖でありながら仏門へ深く帰依した稀有な存在である。
こうして彼女達は荒波を乗り越えながら航行を続け、自分達のの想像を遥かに超えるほど楽に血の池地獄より脱出することができた。
呆気にとられる彼女達の目の前には三途の川から見慣れた血の水へと変ずる境目が広がり、この行き当たりばったりな地底脱出計画がもはや夢幻の類ではないことを実感せざるをえなかったのだ。
しかし、彼女達は知らない。船の航行速度が段々と遅くなっていることに…。
…
「退け退けぇ!!この聖輦船はお前らが乗れるような安っちい舟じゃないのよッ!今すぐその手を離しなさい!」
「オラオラッ、雲山!やっちゃって!
…ムラサ、どうしよう!これじゃキリがないわよ!?」
このまま脱出出来るかと皆が考えた、その時であった。突如として船はガクンと大きく揺れ、一輪と村紗は慌てて近くの
錨を降ろしていないにも関わらず何故止まったのか?と、ふたりが疑問を抱きながら水面を覗き込むと、そこには助かること一心で船体にへばりつき、船へと乗り込もうとする死霊達がいて、そんな彼等と目が合ってしまったのだった。
「「キャアアアッーーーッ!」」
ふたりはまるで、夜厠に行った時に暗闇に潜んでいた
「アレ、やるしかないわね…」
「アレ?」
「アレったらアレよ!私の十八番、水難事故よ!」
どこからともなく柄杓を取り出すと、村紗はそれを振るった後に自らの妖力を解放し、辺り一面を彼女の力が覆い尽くした。すると、みるみるうちに水位が上昇し、川の勢いは更に強まり始めたのである。
なお、そのそばで戦う一輪は、村紗が力を使った際に周りへと漂う妙な磯臭さ、そして得体のしれないドンヨリとした雰囲気に未だ慣れる事が出来ず、ゲンナリとした表情を浮かべていた。
「…この周りを巻き込む倦怠感、何とか出来ないの?」
「いや〜溺れさせがいがあるなー、今ならどんな相手だって溺れさせてやるわ!」
一輪からの苦情などなんのその。荒れ狂う川相手にも関わらずその抜群な操舵技術で乗りこなしつつ、村紗は不敵な笑みを浮かべながら踠き苦しむ敵対者達を眺めるのであった。その能力の効果は中々なモノで、船体に引っ付いていた死霊たちもみるみるうちにぽろぽろと剥がれ落ちていき、濁流の中へと消えていく。
そして丁度その頃、三途の川へと飛び込んだ朝斗彦もこれより多少上流よりの位置で溺れまいと藻掻いていた。彼は味方である庭渡久侘歌の救援を頼りに、どこからともなく伸びてきては体に絡み付いて水底へと誘おうとする毛髪や、三途の川に住まう古代魚による襲撃をやり過ごしていたのだが、背中に妖怪の少女を背負った状態でそういったモノをやり過ごすのはいくら神とて難しいものだった。
朝斗彦は激流に抗い続けたものの、既に幾つもの結界を維持し、更には背中に背負ったこいしを護る為に莫大な力を消費していたため、彼はそのうち止まることを知らない激しい川の流れに圧倒され始めたのである。
「…あっ!動き出したわ!」
聖輦船は重い音をたてながら再びゆっくりと動き出したものの、災難は続く。
ただでさえ朝斗彦の採った焦土作戦で川が存在感を放っていたというのに、そこに誰も素性を知らない存在が現れたということもあり、彼女達はあまりにも悪目立ちしすぎてしまったのだ。
乗組員達が安心したのもつかの間、今度は川に飛び込んだまま上がってこない朝斗彦へと追撃をかける為に移動してきていた魅魔による攻撃が始まった。
そう、彼女は聖輦船の事を朝斗彦救出の為に現れた地底の一員だと考えたのだ。
「な、なんで私達まで攻撃されてんのよ!」
「分からないわよ!…ああもう!もっと早く動けないの!?」
師匠である聖白蓮とは違った系統の魔術を巧みに扱う敵から無造作に放たれた弾幕に当たらぬよう、二人は素早い身動きで物陰へと身を隠して頭を腕で抱え込んだ。そして、止まない弾幕の雨から身を守りながら、二人は要らぬ揉め事へと自ら顔を突っ込んでしまったことを察したのである。
ただし、聖輦船が悪目立ちした事で得をした者もいた。その名は葦原朝斗彦。村紗の術中に嵌り、水神の神格を持つにも関わらず溺れかけていた地底の神である。
『国津神風情が天津神*1の真似事なんてすべきじゃなかった!』
そんな事を考えつつもすっかり動揺していた彼は、どうにかして助かろうと流れ行く自身の身体の脇に在った暗い影へと右手に持った刀を突き刺し、その柄を強く握り締める事で流れへと逆らう事にした。
なお、この時彼が咄嗟の判断で刀を突き刺した存在。それこそが今回の主役こと聖輦船であった。
…
「…ムラサ!もう地上に行けるほど船に力が残ってない!このままじゃ船ごと破壊されてまた血の池地獄まで堕とされるわよ!」
「くそーッ!そんなっ!折角ここまで来たのにこんな終わり方あるか!」
一躍時の存在と化した聖輦船。初めの勢いはどこへやら、船と乗組員達は魅魔からの集中砲火を受け、船底には濁流によって流された倒木や岩石、そして朝斗彦の剣によって穴が空けられるなど散々な目にあっていた。
「もう退くべきよ!ムラサ、舵を切って!」
「諦められるかっての!ようやく来た好機、無駄には出来ないわ!」
「…気持ちは痛いほど分かる!でも、もしここで私達がやられたら姐さんだって復活させられないのよ!?…私だってホントは諦めたくない!けど、今逃げれば好機はきっとまた来るわ!退きましょう!」
一輪がそう言うと、村紗は悔しそうに顔を歪めつつ、船の舵をいっぱいに切るしかない。
彼女達二人は既に何百年も共に過ごす間柄であり、こういった時に相手がどう考えているかなど手に取ったように分かるほどの仲である。故に、あの負けず嫌いで頑固な一輪がわざわざそんな事を言った以上、村紗は彼女を信じる事に決めたのだ。
船がゆっくりと来た方向へと船首を向けると、魅魔は追撃の体勢に入り、更なる攻撃を繰り出し始めた。そんな時である。
妙な歌を歌う鳥人が現れ、彼女の歌に誘われるように朝斗彦が水中から勢いよくその姿を表したのである。朝斗彦は謎の船には目もくれず魅魔に向かって一直線に飛んで斬り付けに行き、彼女はそれを迎撃する為に船からの敵視を外した。
彼らが戦い始めた隙を見た村紗は、逃げるのは今しかない!と直感。聖輦船は雲山が吹き出した風の力を帆に受けて地底の上層から脱出したのであった。
…
「私は守矢神社が祭神の一柱である葦原朝斗彦だ。貴女が聖白蓮殿か?」
あれから数百年の歳月が過ぎ、遂に一輪達は悲願を成就させた。そう、師である聖白蓮を復活させることに成功したのだ。
かつての騒乱の後、存在が明らかになった彼女達は復興の為に迎えられた者の一人であった日白残無が主導した融和策によって旧都への出入りが可能となり、割と最近には棚ぼた式で地上へと上がることも叶った。
今は異変後の親睦会の真っ只中。聖の復活に伴う一連の騒ぎを起こした寺の仲間たちと共に幻想郷流の歓待を受けている最中である。そんな中、彼女達と戦った半人前の現人神の身内として記憶の片隅に残った顔が目の前へと現れ、聖へと接触してきたのだ。
「ね、ねぇ一輪。アレって…」
「地底の王…よね?…ねぇ、ぬえもここに来るべきだったんじゃないかしら」
「…アイツこういう場に来たがらないから今みたいなビックリするような状況を共有出来ないのよねー」
見間違えるはずもない。あの荒波のようにうねった特徴的な長髪に、随分と時代遅れな服装、彼女達が遠巻きに見た頃より何もかもが変わっていなかった。
彼女達の師匠と直ぐに打ち解けた彼は、ニコニコと笑みを浮かべながらこちらへと向かってきて一人一人に挨拶を交わす。彼は態度こそ余所行きのものであれど、酒も入ってすっかり陽気になっているのか彼女達ふたりには全く気付く気配すらなく敬語でぺらぺらと喋っていた。
やがて、彼は寺を建立する為の土地についての相談を聖とした後、キリのいいところで話を切り上げ、フラフラと人気
「…そういやあの時ぶち開けられた穴、雲山が修理してくれたのよね。修繕費、少しくらいなら請求してもいいとおもう?」
「…私は止めないけど。揉めるわよ、確実に」
その為、朝斗彦や神奈子のような生まれついての国津神は人(或いは妖)に親しみと畏怖の感情を持たれ、密接な関係を築く事でその差を少しでも埋める事が必要不可欠である。
まさか、遠い昔に作中時系列の把握の為だけに書いた閑話をまたチェック(+ちょっと訂正)することになるとは思いもしなかった。