巻き込まれ体質なお二人のお話
庭渡久侘歌。ニワタリ神である彼女は是非曲直庁に見定められるよりも前、由縁も知れぬ土着の神であった頃より、よく声が通る事から喉を司る神としてそのご利益は人々からあやかられてきた。
この時代、彼女はかつての旧都と地獄の間に設けられた関所の守り手であり、もし不当に関を押し通ろうものならば忽ちその自慢の声で治安維持部隊(朝斗彦、小町、お燐、のちにお空)を呼び込み、敵を一網打尽にしてしまう凄腕防犯要員でもある。
また、三途の川を渡る際に迷える魂がいれば正常な道へと案内する案内人の役目も務めており、その堅実な仕事ぶりは神にも畏れられると共に、中には一定の熱心な支持者も存在するほどである。
そんな彼女が、今まさに役目を果たそうとしている。並外れた武勇などでは解決出来ぬ、彼女のみの力によって。
…
朝斗彦が水中で愛刀の柄を握り潰しそうな程に強く握って流れに抗っていた頃。
数多の積みかけの石が並ぶ賽の河原にて物陰に隠れて隙を伺っていた存在が一人。朝斗彦に救援を頼まれていた庭渡神、庭渡久侘歌である。
彼女は主である四季映姫・ヤマザナドゥに対し、恐る恐る朝斗彦が三途の川を塞き止める事を計画している旨を伝えた。そして、それを聞いて驚いた様子の彼女から「彼への協力を惜しまぬように」との言伝を得て戻ってきた所であった。
然し、どうしたことか。目の前の大河には先程までは姿形すら無かった巨大な船が泊まっており、ソレが敵によって集中砲火を受けているのである。
(ど、どうすれば…!?朝斗彦さんが何処にいるかも分からないのに、彼処に突っ込むの!?というか、あの船何なの!?)
生まれついての真面目さも相まって、頼まれた以上私も頑張らなきゃ!と、やる気を見せていた久侘歌であったが、ここであと一歩が踏み出せない。なにせ、割と常に騒乱の中で過ごしてきた朝斗彦とは違い、そういった事に巻き込まれるのは彼女にとって生まれて初めてのことである。慌てるのも無理はなかった。
彼女は分かりやすく動揺していたものの、少し前に落ち着いた熱波から絶えず流れ落ちていた汗を拭って一息ため息をついた後、ここで行動せずして何になる!と覚悟を決めると、背中の翼を広げて飛び立とうとした。
「何してるの?」
「…えッ!?あ!べ、別にやましい事などは考えてなど!」
突然後ろから声を掛けられ、文字通りに鳥肌を立てながら久侘歌が振り返ると、そこにはちんまりとした少女がいた。
「貴女も石、積むの?」
「え???」
「いや、ここにいるなら仲間かなーって思って」
ふわふわと浮世離れした雰囲気を持つ目の前の少女。勿論、久侘歌からすれば知り合いでもなんでもない。
「…えと、お名前伺っても?」
「
「私は庭渡久侘歌、地獄と現世の境界を見張る番頭神です。今は訳あってこちら側に居ますが…。
というか、貴女も本来ならば向こう岸に居るべき存在だと思うのですが…どういうこと?」
「…なんだ、貴女も"こっち"側かぁ。よろしくね、久侘歌さん」
ぼそぼそと独り言のように喋る久侘歌など一切気にすることなく、瓔花はニコニコと笑いながら反応を示した。
(こっち側?この子は一体何を言ってるの?)
久侘歌がキョトンとしていると、何処か見覚えのある雰囲気を持つ彼女はぺらぺらと喋り出す。曰く、あの子は周りの存在に恵まれている、幸運に愛されているだの、偉く抽象的な話を繰り返していたのである。
「…そのぅ、さっきからあの子って誰の事を仰られてるんです?私、鳥頭なので皆目見当もつかないのですが…」
「え??あっ、そうだよね。ゴメンね。
ほら、朝斗彦の事。あの子ね、私の甥なんだ」
「………はぁっ!?」
こんな女の子が…朝斗彦様のおばさまですって!?
言われてみれば、確かに似て…などはいない。
久侘歌がよく知る朝斗彦はくっきりとした二重でぱっちりとした三白眼の持ち主なのに対して、彼女は子供らしく可愛らしい一重まぶたに垂れ目。それに、朝斗彦はまるで白蛇のように色白なのに対して瓔花は外で遊ぶことが日課の子供のように日に焼けた肌色でもある。というか、まず髪の色が正反対すぎる。
…あのいかり肩の巨漢と目の前の少女が結び付く要素は、はっきり言って一つも見当たらなかった。
なお、実の所幼少の頃の朝斗彦は瓔花と同じく一重瞼であったし、成長期の到来も人に比べて遅かったのでぷくぷくしていた。
ただし瓔花と朝斗彦の違う所といえば、彼は五体満足無事に成長した後は絶えず戦いの場に身を置くようになり、暇さえあれば修行をしていたために筋骨隆々の姿へと様変わりしたのだ。
そのため、彼の幼少の頃を知る者は口を揃えてこう言うだろう。彼ほど顔付きが変わった子は居ないと。
「…なんだか予想通りの顔してるね。
私は生まれそこなった神、蛭子。私がいたからこそ、後に続く神々は皆無病息災で生まれ育ったんだよ*1」
彼女が醸し出すぞわぞわとした雰囲気に久侘歌は思わず身動ぎし、もはや本家本元の鶏にも劣らぬほどの鳥肌が身体中に浮かび上がる。
(見てくれはそこら辺で遊んでそうなただの可愛い子なのに!)
涙目になりながら久侘歌が平服すると、そんなビビり散らかした様子の彼女を見た瓔花は不思議そうな表情を浮かべた後、にぱーっと笑い始めた。
「…なんか、久しぶりに畏れられたかも!逆に戸惑っちゃうんだけど」
「…もぅ…もーっ!私の事おちょくってるんですか!私だって神の端くれなんですよ!」
涙目で顔を上げた後、込み上げた悔しさから地団駄を踏んでいると、瓔花は頭を掻きながら一言、「ごめんごめん!ちょっとからかっただけ!」と謝った。そのからかい方はなんだか朝斗彦によるイジリのようであり、その時初めて久侘歌は目の前の少女と彼の間にある見えない繋がりを感じたのであった。
「………ってそうだ!私、朝斗彦様を助けに行かなきゃ!」
「えー、そうなの?」
「そうそう!ほら、三途の川が氾濫起こしてるでしょ?あそこに朝斗彦様が居るんです!」
「…え、じゃあさ…?今ここで話してる場合じゃなくない?」
全くその通りなんですよ!!!……とは、久侘歌は口が裂けても言えなかった。
何せ、彼女は勤め先の土地を貸してくれている存在の、自称伯母。聞くだけで頭が痛くなるような関係性であるが、もしそんな事を自分が言ったら目の前の彼女は落ち込み、子供をいじめたとして上司にも怒られる未来*2しか見えないからである。
「う、うーん。えー、そう!なので、私は向こうに向かいますね!…あー、えっと!そう!使命を果たす為!それではまた…」
「そっか、じゃあ仕方ないね!…あっ、ねぇ!わたしも見に行ってもいい?」
「…………もう、そちらにお任せします」
こうして、瓔花のもつ天性の無邪気さ故の発言に振り回されつつ、久侘歌は翼を広げて空へと飛び立ったのであった。
…
頭のトサカが反応している。
あのいやに大きな船のすぐ傍にて助けを待つ朝斗彦の気配を察知した久侘歌は、どうか攻撃されませんように!と、ひたすらに心の中で念じながら三途の川のすぐ真上へとやってきた。迷える霊魂を導く力を持つ彼女は、内心(神霊も適用内なのかしら?)と、疑念を持ってここまでやってきた訳であったが、前言撤回。もはややかましさすらも感じる程には存在感が大きく、迷える霊魂が一つ川の中に在ったのである。
(い、居た!あれじゃないはずがない!)
あまりのわかりやすさに緊急事態にも関わらず、思わず笑いが零れそうになったものの、そんな彼女にも魔の手が忍び寄る。
少し高度を下げた所、突如としてその身が川へと引き込まれそうになったのだ!その諸悪の根源は目の前の船に乗る船幽霊、村紗水蜜のせいであるわけだが、そんなことは当時の久侘歌は知る由もなかった。
「私は地獄の按針、こんな妙な術になど引っ掛からないわ!」
久侘歌は水中より忍び寄る無数の頭髪を躱しながら両腕を広げ、コケーとアピール。当たり前ではあるが、武闘派ではなくとも神として術の類は使える為、自らを守る結界を張ることで彼女は第一関門を突破した。
「溺れかけていた僕が阿呆みたいじゃないか」
当時の状況を知った朝斗彦ならそう言い出しそうな状況の中、真面目な彼女は唄を送る。この場にいる誰も聞き馴染みのない蝦夷の歌は宛てられた朝斗彦に高揚感を与え、彼の持つ水神としての神徳を更に強めた。
その結果、それまで燻っていた地底の王は目覚めの時を迎え、水中より飛び出すと共に自らに仇なすものへと容赦無く向かっていったのだった。
「……はぁ〜っ、良かった!私の役割、終わり!怖いからさっさと降りる!」
元々争うことは不得意ではあるが、気の荒い鶏達の代弁者でもある為久侘歌もやろうと思えばヤレる口ではある。
しかしながら、それでもこんな状況であの敵と戦うなんて無理であった。やる事を終えた気になった彼女はすっかり観戦側へと周り、朝斗彦に対して後は任せたと言わんばかりの態度をとったのであった。
「おー、やるね!」
額の汗を拭いながら久侘歌が着地をすると、そこでは野次馬に来ていた瓔花とその隣に立つ積み石の塔が出迎えた。曰く、ここまで積めたのは自己新記録であるとかなんとか。お陰で機嫌の良い彼女であったが、すぐにその笑顔は崩れることとなる。
先程まで上空にて肉弾戦を繰り広げていた朝斗彦と魅魔。正に無我の境地としか例える他ない、全てを読んだ戦いぶりであっという間に間合いを詰めた朝斗彦の姿が二人の目にも入ったのだが…。
ここで、朝斗彦の容赦のない
狙ったのかという程にガヤ二人の至近距離に落下した魅魔の周りには土煙が舞い上がったのだが、それが晴れた瞬間、久侘歌と瓔花の視線の先には想像を絶する光景が広がっていた。
「「!!!」」
「そんなあっ!私の最高傑作が!!!」
「…瓔花ちゃん!逃げなきゃ!」
まさかの甥御による攻撃によってベストオブ積石塚、倒壊。号泣する瓔花の腕を引っ張り、久侘歌は決死の逃避行を行うことになってしまった。
しかも、そんな彼女達が居たのは河原の地獄側、本来ならば長居は禁物の地域である。もし長居をすれば、かつかつと踵を鳴らしながら閻魔が出歩いてきてそのまま公開説教への道まっしぐらであり、そんなのは誰も望まない。その為、久侘歌は急いで翼を広げ、瓔花と数多の水子霊達を引き連れて川を渡ったのであった。
…
「久侘歌〜見て〜!」
「瓔花ちゃん!凄い!この積み方、初めて見た!」
「ふふーん、でしょ!…ねぇ、今度の石積みコンテスト、コレで行けば優勝間違いなしだと思うけど…どう!?」
「良いと思う!優勝間違いなしだよ、瓔花ちゃん!」
ここは三途の川の賽の河原、曼珠沙華の咲き誇る地。
ここでは今日も瓔花を始めとする水子霊達が日課の石積みに励んでいた。
地獄の再構築によって三途の川が新たに敷かれてからかなりの月日が経つ。是非曲直庁に所属する者達は地底からこちらへと移り住み、そして誘われるかのように一部の妖怪たちもこの地へと引っ越した。そして、あの日の一件以来親交を深めた彼女達二人は、こうして暇な時にお互いの傑作を作る為に時間を合わせているのだ。
「あら〜、なんだか分からないけど良い出来栄えではなくて?こんなフニャフニャな体でここまでのモノが作れるなんて、私感激しちゃいます♪」
「でしょ〜!…ひいっ!?邪仙が来た!みんな逃げろ!」
「あらあら…逃げられてしまいました。そんなに怖がらなくたって、わたくし何もしないのに…」
その場に残された積み石を人差し指でちょんとつつき、それを崩した青娥。そんな彼女に対し、人でなしを見るかのような視線を送る久侘歌と、その横には恰幅の良い死神がたっていた。
「…いいや、するでしょうよ。アンタ、今とんでもない顔してたよ?アタイとしては、こんな所で道草食ってないでさっさとお縄にかかって貰えると有難いんだが」
「ええ、お断りいたします♪それではまた会いましょうね、小町さん♫」
青娥は一瞬の迷いもなく鑿を手に取ると、都合良く隣にあった岩へと穴を開け、何処へと逃げ去ってしまった。それを深追いすることもなく、三途の川の水先案内人、小野塚小町と庭渡久侘歌はため息を着くのであった。
久々に青娥かいたな…。