「……まずは犠牲者を手厚く葬らなければね。彼らは紛れもない被害者だから。
復興作業についてはまず泥や壊れた家屋を除去し、灼熱地獄を調節する事でこの地全体を意図的に乾燥させよう。あとは、土地の水はけを良くしなければ皆が安心して暮らすことすらままならない」
「住民達の家はどうするのさ。あそこまで流れ浸かってとなりゃあ、生き残った家でも柱は腐ってるだろうし寝てる間に崩れて潰されちまうよ」
「それについては援助を惜しまないつもりだよ。あの時は死霊共に良い様に使われたくなかったから川に飲み込ませたが、巻き込んでしまった以上は僕の責任だからね。
この社の様に浸水を免れた土地は幾つか残っている。そこを利用し、まずは仮の寝泊まりができる場所を用意する。ほかにも再建に力が必要とあらば、その時はいくらでも貸そうじゃないか。
例えば、少しくらいであれば屋根のある場所も僕が作ったっていい。本業の者たちほどでは無いが、一応心得はあるし」
戦後間もない頃。僕達は合議を開き、今後の根の国をどうして行くかについて話し合っていた。
まず上がった議題は旧都地域の再建であり、地形を変えて新たな流れを作り出してしまった川のことや、かつての居住地域に点在する水溜まりや泥の事などを、各妖怪諸族の有力者を招く事で討論したのである。
「我々土蜘蛛としては不潔な環境はまァ、好みっちゃ好みだよ」
「そんな所で過ごしたらちびっこ達に良くない影響があるでしょうが!」
「酒ってのは清潔さが全てさ。……まァ、要するに不潔な環境ってのは余りいい気はしねぇな」
……とはいえである。
主張の強い連中しかいないものだから、誰かが何かものを言えば必ず別の者が反論する、という嫌な流れが出来上がってしまっていた。
「おいおい、何度目だい? アンタらがこっちの言うことに目くじら立ててくんのは。そういうお前達は何が望みなんだよ、え?」
「なんだよ、こっちが敢えてやさーしく言ってやってるってのに、お前さんは文句あるってのか? 汚ぇ場所になんざ住みたくないに決まってんだろ、なぁお前ら?」
「あんまり口出しはしたくないけど、そりゃそうだよ。私達だって変なビョーキにかかるかもしれないじゃないか」
「……」
「……」
「……」
こちらへと突っかかってこないことが救いではあったが、同席する身として何とも居心地が悪かった。
ジワジワと身体を刺激する胃痛によって、群臣の言い争いに苛立っていた大国主様の姿を記憶の片隅から思い出した。そして、その内の一人であったことから彼に対して非常に申し訳ない気持ちを持ちながらも、僕は偉大な義父のように場を収めようとしたのだった。
「……もういい加減さ、そういうのはやめにしよう。話を進ませる為に集まっているのに、何も成果が出ないんじゃたまったものじゃない。
……ほら、もっと前向きな話し合いをしよう! 我らは敵を打ち破り、この地には生まれ変わる時が来たんだ!
我々にとってもいい機会だと思おうじゃないか!」
ぱん! と手を打ち、柄にもなくそんな前向きな言葉を口にする僕を見て、彼らは一体何を思ったのだろう。
確かに戦いを勝利という形で終わらせたのは僕であるが、それと同時に集落を水害でダメにしたのもコレまた僕である。
鬼達はまぁ……平常運転といった様子でわぁわぁと騒ぎながらも同調してくれたものの、問題はほかの種族である。悪い奴らでは無いものの、常に何か企んでいそうな気配を持つ土蜘蛛衆に、母性が強すぎるあまり自らが面倒をかける相手以外には少し排他的な牛鬼たち。
いつものメンツと言えばそうだが、そういう集まりだからこそ油断ならない。彼らを変に刺激してしまえば、たちまち僕の居場所は無くなってしまうに違いない。そう考えざるを得ない状況であった。
「神様の言うことは分かったよ。でもさ、人手はどうするんだい? ウチら土蜘蛛だって別にここじゃなくても生きていけるし、アンタらもそうだろ?」
「……まぁ、私達は漁業で生計立ててるからアンタらほど好き勝手動けないけどね。けどまぁここを出るってのも一つの手かな」
「なんだと、混乱の中で守ってもらったってのに薄情な奴らめ! ……お、そうだ東神様! 地上の同族に力を借りるってのはどうだい!? あそこには我らの親戚も沢山いるし、何より伊吹様と星熊様が居られる! 頼って損はしないだろ!?」
「…………」
この時、僕はこう考えていた。やめろ、今はその二人の名前を出すんじゃあない! ……と。
ただでさえ絶妙な線引きによって成り立っていたこの三種族の力関係を、笑顔でぶっ壊してしまうのがあの二人である。
彼女たちが来るにしろ来ないにしろ、それ以前から熱心に入植を進めていた鬼達が更に増えるということは、他種族にとって十分脅威になる事は間違いない。その為、三種族を頭トントンな力関係で維持したい僕としては彼女達に力を借りる事なく、現状の力だけで何とかできないかを模索していたのだった。
「…………僕はこの地の王だ。この堅洲国の問題は僕に課せられた試練であり、この地の民を頼ると共に彼女達にはよほどの事がない限りは頼らない。なんとしてでも今居る者たちの力を合わせ、この地を再建する。
細かな指示は僕の腹心である古明地さとりが出すが、君達には直接、これだけは伝えておきたい。まず、鬼と土蜘蛛の職人達は足並みを揃えて普請を行い、牛鬼達は彼等の為に精のつくものを用意するようにして欲しい。この通りだ、頼む」
『…………』
「……東神様の仰せの通りに!」
「……了解」
「かしこまりましたー」
頭を下げて自らの願いを伝えると、同席していたもの達はそれまでやいのやいの言っていたにも関わらず黙ってこちらを見つめた。そして顔を見合わせた後に各々思う所はありそうながらも恭順の意を示したのであった。
……
……異なる種族同士が共存するというものは、それまで噛み合っていた歯車でもそのうちどこかで狂うものだ。それは人でいうところの部族、土地持ちの貴族同士の関わり合いでも一緒であるが、それらの例に漏れず我々の場合もそうである。
全種族共に地底の日陰者というなんとも言えない悲しい共通点はあれど、誰に似たのか楽観的で、妙な所ではこだわり深い鬼と、巣にかかる餌を待つだけのように自分本位な土蜘蛛。この二組が組んだ時、どんな反応が起こるかは想像にかたくはないだろう。
〜……
「!!! ……おい、そんな所に資材を吊るしてんじゃねぇよ! 折角東神様が用意してくださったのに、コレじゃあ材が反っちまうだろ! しかもこんなにベトベトにしやがって!」
「はぁ? 木なんて多かれ少なかれ反っちまうんだから、いちいち置き場までチンタラ取りに戻るよりも早く使える方がいいに決まってる!」
「なんだとっ!」
「やるかっ!」
「……おまえらー、喧嘩するなよー」
〜
「あんたさぁ、いつまで水路の幅なんて気にしてんだい! さっさと掘り進めるよ!」
「っ、うるせぇ! こういう所を大事にしなきゃ街全体の見栄えが悪くなるだろうがッ!」
「はぁ……。そんなだから自慢の角とやらもちんけな見た目なんだよ!」
「……なんだとッ!? テメェッ! このっ、ビョーキ塗れのネズミ野郎が!」
「なにっ、アタシは蜘蛛だ、やるかっ!?」
「いいさ、買ってやる!」
「やめろ! 揉め事なら他所でやれ!」
〜……
「……はぁ──ーっ、腹の底からムカムカする!」
「な、何よ急に……」
調停に調停が重なり続け、大した内乱の一つも起こさずに王国を統治し続けた義父こと大国主様の偉大さを痛感していた頃。
僕は少しばかり暇を貰って(……まぁ貰う立場ではないので数日席を空けただけなのだが)国許へと戻り、妻である御名方神奈刀比売命……つまりは守矢の主神こと八坂神奈子と社の屋根に腰を掛けて晩酌をしていた。
「もうさ、住民達の足並みが揃わなくてね……。毎日毎日喧嘩の仲裁ばっかりだよ。どうやら、比売と違って僕には統治者としての素質は無さそうだ」
僕が己の不甲斐なさに対して思わずはぁ……とため息を着くと、横に座る比売は一言、貴方らしくないわね。とだけ呟いた。
「貴方はよくやってる方じゃない。本当に素質がなかったらきっととうの昔に追い出されてるわよ?」
「そうなのかなぁ……。まぁ確かに、外敵との戦いはあれど内乱は起きてないしまだマシなのかもな。
むぅ、僕にとって彼等は巻き込んでしまった被害者達だからな。敵にいい様に使われる位ならと選んだ選択肢だったが、もしもう一度信頼を損なうような真似をしたら間違いなく追い落とされるだろう」
「……そう意識するだけでも人って変わるモノよ。貴方がそう危機感を持っているのならば大丈夫。きっと今はいがみ合っていても、そのうち皆も分かってくれるわ」
「そうかなぁ……そうである事を願いたいよ」
彼女は不安な様子の僕を見つめたあと、再び優しい声色で「大丈夫よ」と声を掛け、身体をこちら側へと近づけた後に僕の手の上に己の手を重ねた。彼女の根っこの部分にある優しさには救われてばかりなのだ。
育ての親である大国主様が穏和なお方であったために多少はその面を受け継いでいるとは思うのだが、やはり僕は素戔嗚尊の血を引く者として少々気が昂りやすい性質の持ち主である。
(実際のところ、腹違いや誓約上の兄姉達もそういった一面を持つ者が多かった。古の血族というのは猛りこそが生存の道筋だったのだ)
それでもこうして不自由なく過ごせてきたのは周りの人々との縁に恵まれているからである。
特に比売はそうだ。
彼女は共に出雲に在ったはるか昔の頃より常に支え合って過ごしてきたため、もし僕が困れば彼女が行動を起こし、また彼女が困れば僕が助言をしてきた。お互いに何度助けたかなど、もはや覚えていない程にである。
……
助け合いといえば。
ちょうどこの頃、僕らを奉じていた諏訪氏の間にも異変が起きていた。
彼らの中でも僕達夫婦から見て嫡流に近い家系というのは、その昔に大御神によって認められし現人神を生み出す血筋であった*1。だがしかし、戦乱を呼び、また戦乱に巻き込まれた彼らの流れからは、いつしか現人神たる素質を持つ子供が生まれなくなったのだ。
選ばれし稚児のみがなる現人神は湖の明神の生き写し、つまりは我が妻の代弁者たる存在であり、湖の民にとっての道標でもあった。それ故に力を持たぬ神の系譜というものは名ばかりのものとなり、我らはいつしかその後継を見つける事にすら難儀するといった状況に陥るようになった。
そんな状況に最も気に病んだのは妻、八坂神奈子である。彼女は寝る間も惜しまずに自らの血を分けた氏族の幾つもの系統に属する者達の夢枕に現れては、素質のある稚児の存在を知らせるように迫った。
しかしながら、どの者も口を揃えて「心当たりなどない」と、大変に魘されながら寝言を口にしたことで、我が妻の不安と焦りは限界を迎えようとしていたのだ。
「不味いわ……。このままだと、今まで大祝が齎す事で維持されてきた信仰の力が衰えてしまう」
「……比売、もう夢枕に立つのはやめた方がいい。こっちの方にもさ、最近建御名方神に魘されるから奥方*2に何とかして欲しいって願い……というか苦情? が増えてるんだから」
「ちょっと……私だって好きでそんな事してる訳じゃないわよ。神生始まって以来の危機なんだから必死になるのも当然よ……」
「まぁしかし、元々神徳を兼ね備えた領主の名乗るモノだった大祝の名が、もはや実力で家督を取った素質のない者達が名乗る称号みたいになりつつあるのは我々にとっては宜しくはないな。
比売、本当に血縁の有力者には全員声を掛けたの?」
「え、ええ……。繋がりを持てる者には一通りかけたわ」
全く信じられないものだが、一から百通りまで全てを試すような真似を大真面目にそういう事をするのが彼女である。たしかに、当時の比売は目の下に大きなくまを作っていた。
「……どうしたものか。これについて、諏訪子とはもう話し合ったの?」
「いいえ? だってアイツは関係ないじゃない」
「……えっ? なんでさ!?
そもそも、守矢氏はアイツが生み出した
まさか、比売に限ってそんなことは無いよな……と思って横に座る彼女の顔を見ると、まぁやはりというかなんというか、その大きな目をかっぴらいて驚いていた。
「……」
「……まるで今初めて知ったかのような顔だね。一応補足すると、彼らは比売のところの社家だし神長官なんだけど?」
「……かんっぜんに忘れてた! ……ああっ! なんて失態、これじゃあ明神の名が聞いて呆れるわ!」
「……そうだね。それに、比売は諏訪子と一蓮托生の関係なんだから、守矢氏云々を置いといても一つ確認した方が良かったって思うんだ」
「……確認するわ! 朝斗彦、ありがとう!」
「お安い御用さ」
……なんてこともあった。
そして、この予想は的中。
彼らの家には現人神たる素質を持つ子供がおり、すっかり機嫌を良くした比売はその者こそが次代の現人神であると神託を行った。
個人的には内心、宗家を継いだ者達から文句があるんじゃないかとヒヤヒヤしていたものの、やはりホンモノの現人神というのは普通とは違う存在感がある。予想通り苦言は出たものの、実物と対面した世俗的な権力者達もそれを認めざるを得なかったため、結局大きな問題は起こらなかった。
上述の通りに大名としての諏訪家が存在していた為、彼らはもともと名乗っていた神長官の称号に加え、大祝を名乗る諏訪の者達を憚り風祝の号を名乗るようになった。
これにより、以降この家系は地元の者たちからは守矢風祝家と呼ばれるようになり、やがてその祭祀を受け継いだ子孫の東風谷家から最後の風祝である東風谷早苗へと繋がることになるのだ。
……
本筋の地底の話からは逸れてしまったが、ちょうどこの前に我々は地底で揉め事を起こしたこともあったので、関連する話として載せてもらうことにした。
読者の皆、もしも気が向いたらでいいので是非一度山へと遊びに来て欲しい。
依然として人間にとっては危険な地域ではあるが、僕も気まぐれを起こして出掛けていなければ掃き掃除をしたり、暇を持て余した参拝客の子供の相手などをしているので対応可能であるし、湖の方では名物の巨大御柱も見れる上に命蓮寺からやってきた村紗船長の遊覧船巡りなどもある。
しかし、何より索道から見える幻想郷の景色というのは空を飛ぶ術を持たぬ者にとっては格別なものだ。霊峰より見下ろす幻想郷の美しさは一度は堪能して欲しい。
行きたいけど度胸が無くて……と思っているそこの貴方。我々守矢神社は異なる主義、信仰に囚われることなく、遍く人々の訪問を歓迎しよう。
(もし野良妖怪に襲われるようなことがあった場合、助けて欲しいと願ってもらえれば直ちに駆けつけます。遠慮なくこの葦原朝斗彦へと願ってください)
なお、史実においての安土桃山時代から江戸時代の諏訪氏は大名藩主としての家系と大祝の家系に別れてそのまま明治維新を迎えたものの、国家神道政策によって神職の世襲が出来なくなったことにより大祝家は断絶してしまったそうです。
一方で、神長官守矢氏は他の祝部や仏教勢力と内ゲバを繰り広げつつも生き残り、現代においては早苗のモデルになったであろうお方である守矢早苗氏が知られています。但し、こちらの家も上述の同政策によって祭祀的な要素は無くなってしまっている模様。
…
「比売、ウチのこと宣伝しておいたよ」
「困ったら願ってくださいなんてアンタコレ…絶対信者増えるわよ?
全く、ホントちゃっかりしてるわね〜」
「なにせ、父上に存在認められた以上は末っ子だからな〜。わはは」
…
一難去ってまた一難。外患の次は内々の問題です。嫌な予感と酒の匂いがしますねー。
現実でもそうですが、こういった棲み分け的な部分ってなかなか難しい所があります。