場所は戻り、地下の底。
妻はああ言ってくれたものの、問題は未解決である。連日口悪い言葉が飛び交う、いつの間にやら復興に尾ひれがついて出来上がった地底の都構想計画作業場では、その日もまた鬼と土蜘蛛という異なる主義主張を持つ二組が喧嘩していた。
「だから、この区画は俺達が住んでた場所の近くなんだからお前らに何を建てろって指示される筋合いは無いんだよ!」
「何をっ! お前ら朝斗彦様の寵愛受けてるからって図々しいぞ!」
「まぁまぁ、喧嘩するんじゃない! 区画の整理とそこに何を立てるかについてはこの前の合議で話し合って決めたじゃないか! 納得が行かないのなら彼らにではなく、此方に請願してくれ!」
「そうだよ! ていうか、アンタらには前にも同じこと説明したじゃないか!」
お燐と共に宥めたものの、双方の不満は限界突破。このままだとお互いが角材を持って殴り合うなんて事態になるのでは? と安全を危惧していた所、事件が起きた。
なんと、独断で作業から脱走した鬼の一人が地上の山まで三日三晩走り続け、その頂点に君臨する二人の鬼へと火急の用であるとして救援要請を伝えてしまったのだ!
なお、伝えた鬼は下級の者で使いっ走りされたのであり、それを仕組んだのは僕が融和策の一環として組織した、種族ごちゃ混ぜで構成される監督官の役を担当していた鬼によるものだった。
地底の様子というのは巡礼者づてに彼女たちの耳にも入っていたようで、彼女達は「はァ〜〜ッ」と、酒臭い深い息を着いたあとに腰を上げると、大群を組織して地底へと向かう支度を始めたのである。
「ぃよ〜ッし、ここは平安の都を知る私自らが東神さまに力を貸してやろうとするかね! オイ者共、急ぎ荷物をまとめろ!! この私が、いや……私達鬼の本隊が、地底を助けに向かうぞ!!!!」
「者共、アタシらの武器は持ったかい? 準備が出来次第、地底へと向かうよ!」
ここで彼女らの言う武器とは棍棒やら鉞やら……といった、鬼らしい物騒なものではなく、左官の道具やら鋸に槌、鉋、鑿に墨壺などなど……挙げるのに暇がない、建築に使う道具や物資のことである。
「すまんが龍、私の代わりに『私達が地底に向かう間の山の政はお前が差配しておけ』と隠遁している天魔へと伝えろ!」
「……仰せの通りに、伊吹童子様」
「さァ、法螺貝を吹き、太鼓を打ち鳴らせ! これより出立するぞ! 向かうは地底、東神さまの待つ*1堅洲国だ!」
こうして、まるで戦の前のような高揚感に包まれながら、山の鬼達は移動を開始した。
この時、誰もが一時的に拠点を空けるものだと思っていたらしい。それは、普段から鬼に対して良くない感情を抱いていた天狗すらもである。
特に、天狗達は首尾良く拠点を乗っ取ることよりも、乗っ取ったあとの鬼達による報復が恐ろしかった為に下手に動くことも出来なかったという。これまた僕の友人である大天狗の飯綱丸龍は、『この時典の言う通りにもっと直ぐに抑えておけば、余計な火種を起こさず済んでいたハズだった……』と嘆いていた。
然しながら、ご存知の通りに鬼達はこれっきり山には戻らず、地上に住まう人々の記憶の中から居なかった扱いされる程に忘れ去られた。
こうして数百年にも及んだ鬼の支配はたったこれだけのことで終わりを迎え、被支配層の妖怪達は突如としてその軛から解放されてしまったのだ。その後、山の主権をめぐって被支配層同士が骨肉の争いを繰り広げることになったと言うが、まぁ僕には関係ないのでその話は別にしなくていいだろう。
……
さて、鬼達が大移動を始めた事など露知らず、僕は閻魔の四季映姫・ヤマザナドゥとの会談(……と言えば形は良いが、実際は苦労人同士の労い会)を行っていた。
「……魅魔の様子はどうです? 悪さとか、企んでないでしょうか?」
「毎日うわ言のように文句をぶーたれているけど、今の所は特に何も無いよ。たまにはこっちに顔出して彼女を叱ってもらえると有難いかな」
「それは何より。……しかし、そうですね。時間のある時はそちらへと出向いてお説教をしましょうか」
「勿論、魅魔だけにだよね? ……ってまぁ冗談は置いといて、その方が映姫さんも気が楽になるでしょ?」
「うふふ。ええ、それはもう」
おおよそ地底の指導者二人とは思えないろくでもない会話をしつつ、本題へと移る。前にも彼女が提唱していた領域の制定についてだ。
当時の幻想郷では死後の世界は大雑把に幻想郷の黄泉としてまとめられていた(なお、不遜な輩への抑止力となる黄泉醜女すら居ない)ため、三界六道と呼ばれる領域のうち、霊魂が閻魔の沙汰を待つ冥界を除けば地獄道……つまり地底を流れる川の向こう側に広がる地域しか稼動していなかった。それをより仏教的に細かく分け、餓鬼道や畜生道などといった欲界に属する領域を制定することに決まったのである。
それは地底の発展のため、ひいては幻想郷発展の為の布石の一つだったのだ。
是非曲直庁からもそれに関する知識を持つ者たちが出向しているため、地底の都起こし計画に比べてそちらの方は大分順調に進んでいる、ということについての話をしていたそんな時、地霊殿の用心棒兼雑用係の地獄鴉の霊烏路空が飛んで来た。
頭に付けられた緑の紐飾りと背中を覆う白い外套(元々は僕の羽織の袖だった物)で着飾った彼女は足に文を握っており、カァーと一言鳴いた後に首を左右にキョロキョロと傾げながらそれを僕へと渡してきた。
「なんだ……? え〜……
『つい先ほど、貴方と入れ違う形で本隊より派遣された鬼の遣いが地霊殿へとやって来ました。
彼からは「火急の用の為に今すぐにでも貴神にお目通りを願いたい。場所については我らに馴染みの深い堅洲ノ社にてお待ちしております」……と、言伝を預かりましたのでそれをこの手紙に記し、お空に託します。
追伸
彼の話を聞くだけでこちらは胃が痛くなる一方なので、どうかこれ以上面倒事を増やすのは止めてください。 古明地さとり』…………なんだ? とりあえず向かうとするか。
映姫さん、ごめん。急用が出来たから今日はここまでということでも大丈夫?」
「勿論。そちらを優先していただいて構いません。また都合のつく時に話し合いましょう」
「申し訳ないね。……よし。それじゃお空ちゃん、案内を頼む」
なんだか胸騒ぎがするなと思いつつ、お空ちゃんに併せて空を飛んでいると、見覚えのある、やや紫がかった紺色の下地に北斗七星の描かれた幟旗が我が社を取り囲むように幾つも立ち並んだ光景が目に入り、それに加えてやけに騒がしい太鼓の音が聴こえた。
ある者にとっては己を鼓舞し、またある者にとっては恐怖の象徴でもあるその音色は、僕にとってもまた馴染みの深いものであった。
「おいおい、なんで彼女達がいるんだ!? 一度たりとも呼んだ記憶など無いぞ!?」
鳥居の前にある石段の最上段へと着地し、まるで戦いの前のように張り詰めた空気の中で自らの背後へと振り返る。
すると、下の鳥居の足下には額に朱色の一本角を持った大鬼・星熊勇儀と、背丈は無いものの威圧感は彼女以上、その名を聞けば泣く子も黙る酒呑童子・伊吹萃香が横並びで立っていて、彼女達は僕を見るやいなや片膝を地面に着き、その頭を垂れて礼の姿勢を取った。
彼女達に続いてその他の鬼達も一糸乱れずに前にならって同じ体勢になったことで、まるで軍を率いていた古の時代へと戻ったのかと錯覚する程だった。
「……皆、面を上げてくれ」
僕が合図をすると、萃香はいの一番に顔を上げた。そして、石段を登ってくると僕のいる位置から少しばかり段を空けた場所で留まった。
それに遅れて、勇儀もゆっくりと、しかしながら大きく胸を張ってその隣へとやってきたのであった。
「久しぶり! 東神さま! 会えて嬉しいよ!」
彼女は嬉しそうな様子でそう言うが、状況の飲み込めない僕からしたらただ戸惑ってしまうだけであった。
「……久しぶり。なんでここに居るか……とか、色々聴きたいことはあるけれど……。とりあえず、まずは要件を聞こう」
当時、恐らく誰が見ても分かるほどに困惑した表情を浮かべていたであろう僕が二人にそう尋ねると、彼女たちは腹の底から声を張り上げて要件を申し立てた。
「……地底に住まう同胞の助けを求める声を聞き入れ、崇めし東神さまが支配せし堅洲国の集落を平安の都が如く栄えさせるため、我ら鬼の本隊はこうしてこの地へと下ってきた!」
「同胞の為ならば、我らは血の汗をかこうともその歩みを止めん! 我らの力があれば神をも煩わせる困り事などすぐに消え去るだろう!」
二人がそう言い切ると、萃香は自信満々といった表情でこちらへと視線を向けた。まるで、待ってたんだろ? ……とでもいいたげな様子で。
「救援だと!? 誰がそんなこと……」
困惑を隠せない僕の様子を見かねた勇儀が後ろへと振り向き、首を振って指図する。すると、見覚えのある顔の鬼がらしくもなく背中を丸めながらこちらへとやってきた。
「……因みに助けを求めたのはコイツだよ、東神サマ。ほら、さっきアタシらに言ってた通りに謝りな」
「も、申し訳ございません東神様! 貴方様の考えを知りながら、こうして約束を破るような真似をしてしまい……このままでは埒が明かないと思ってお二方に頼ってしまったのです!」
「……あ、ああ。分かった、とりあえずこちらからの沙汰を待つように」
普段であればスグ叱り飛ばすなり責任を負わせたりだのするものだが、もう何がなんやらである。しかし、これでは必死になって維持しようとしていた均衡が崩れるのも時間の問題であり、こうなってしまった以上は土蜘蛛達が蜂起しない事を祈るばかりであった。
「……えっとさ、多分めちゃくちゃ張り切って来たんだとは思うんだけど。まずは協力相手の土蜘蛛衆を呼ぶからちょっと待ってて貰える?」
「おうよ!」
不浄なモノを浄化する性質を持つ神々の社というのは妖怪たちにとっては少しむず痒くなる場所の一つである。しかも土蜘蛛は病を呼び込む存在であり、僕ら神が水だとすれば油側の存在である。
それ故に僕の社に抵抗感を持っていることは知っていたが、そんな事を言ってはいられなかった。急いで社へと来いと知らせを送り、こうして堅洲国に侵入した鬼達と土蜘蛛衆による緊急会合が行われたのだが……。
なんと土蜘蛛達は、もし何かがあった際に鬼から報復を受けぬよう、顔全体を頭巾で被うことで素顔を見せぬようにしていたのである。
当然、それを見た萃香を始めとする地上からやってきた百戦錬磨の鬼達はというと、「なんだよ! 顔すらも見せぬ程に臆病風を吹かす土蜘蛛衆なんて恐るるに足らんな!」……と、一蹴。お前らが何を言おうが我等には通用しないと宣言し、結局勝ち目が見えない土蜘蛛達はというと、抵抗すること無く侵入者を受け入れた。
これにより、あまりにも呆気なく種族間の力関係が決まってしまったのだった。
こうして僕が当初思い描いていた、優劣のつかない多種族共生の統治姿勢は完全に崩れ去ったものの、自分に対して絶対的な忠誠を誓う鬼が多数派となって種族間の序列が決定的に定まった事でそれまで頻発していた揉め事の類はほぼ起こらなくなった。
また、この事件によって経験豊富な指導者に値する者達が流れ着いたことで、地底の都計画は大幅に進行する事になったのであった。
「……ハァ、最悪ですね。よりにもよって鬼達が大挙して移住してくるなんて。個人的な恨みつらみというものは無いものと思っていますが、これではまた住民調査などをやり直しせねばいけないではないですか」
「いや……本当に申し訳ない。本当に、うん……」
……
こうして僕が胃を痛めていた頃、昔馴染みのとある人が仲間たちを連れて地底を訪れた。
「朝斗彦様! お久しゅうございます! わたくしのこと、覚えてらっしゃいますか? 覚えてないわけがないですわよね! もう本当に、此処に来れる日を待ちわびておりましたもの!」
「勿論、覚えているとも……。久しぶりだね、日狭美さん」
現れたのは規格外すぎる身長と、柳の枝のような細い身体としなった前傾姿勢が特徴的な黄泉醜女、豫母都日狭美さんである。彼女達は刺激不足な黄泉の国から一族で抜け出して、僕の"匂い"を頼りにしてこの堅洲国へとやってきたのだった。(怖い)
「……おや? 朝斗彦様、もしやご気分が宜しくないのですか? 何か日狭美に出来ることはございますか?」
「……いや、大丈夫だよ、うん。大丈夫……」
この人と接すると急に自分が子供になったかのような錯覚を起こすので本当に良くない。死の香り漂う魔性の女とは、正しく彼女のことだろう。
それに、まだ神代と呼ばれた時代に初めて出会った時はその執念と人間離れした背の高さに驚いたものだが、なんだかんだ自分が親交を持つ人々の中ではかなりの古株であり、信用するにはもってこいな人物である。
「おい東神さま、ここの造りなんだけどさ……って、アレ? アンタあの時の黄泉醜女じゃないか」
「久しいわね、小鬼ちゃん。元気そうでなにより」
因みに彼女は我が弟子の一人である萃香とも面識がある。まだ彼女が半人前の子鬼だった頃、出雲から諏訪を目指すまでの道中黄泉比良坂にて休息した際に顔を合わせたことがあったのだ。
「小鬼だと……。くそ、ムカつくがこの体格差だと何も反論出来ん!」
「あらあら、ご機嫌を損ねてしまったかしら? ごめんなさいね?」
「──ーっ!!!」
「ほらほら、落ち着いて。彼女は悪気があって言ってるわけじゃないよ。僕だって昔は彼女に坊っちゃんって呼ばれてたんだからさ。ソレに君は能力次第で幾らでも大きくなれるじゃないか」
そう、彼女は僕よりも全然昔からこの日ノ本に存在しているので、僕の事を子供扱い出来る数少ない存在である。
私生児如きがこう言ってしまうのは申し訳ないものであるが、我が祖父の伊弉諾尊もまた、彼女との手に汗握る競争を繰り広げたのだ。
そう。だから、坊っちゃん。ヨシヨシされても受け入れざるを得ないのだ。
「いや〜……日狭美さんたちが来てくれて本当に助かるよ。追跡者として名高い黄泉醜女たちが居れば、きっと逃げようとする愚かな罪人なんかも減るだろう」
「任せてくださいな! この豫母都日狭美、朝斗彦様の為ならばたとえ火の中であろうと水の中であろうとも追跡してみせますわ!!」
「……全く頼もしい限りだね。あっと、そうだ。恐らく君の直接の上司は閻魔になるだろうから、あの橋を渡って一言挨拶をしておくと良いよ」
「……えっ? お待ちになって? なぜここまで来たというのに朝斗彦様に仕えられないのですか!? ねぇ、ちょっと! そんなッッ、あんまりです!」
僕の何気ない一言を聴いた後、日狭美さんは取り乱した様子で「貴方の元で働きたいから来たっていうのに、酷すぎますッッッ!」と、悲痛な叫びをあげたものの、「姉さん、早く行くわよ!」と他の黄泉醜女達によって両腕を組まれた後、しくしくと涙を流しながらされるがままに引き摺られていった。
「めちゃくちゃ久しぶりに見たけど全然変わってねーなアイツ。というかさ、昔よりヤバくなってないか?」
「……否定はしない」
愛は毒にもなるという事を日狭美さんが身をもって感じさせてくれた後、思い出したかのように萃香がその手に持った紙を広げた。
「……あっと、そうだよ。コレ、是非曲直庁から来たってヤツから送られてきたんだ。
まず、計画を抽象的なモノから確かなもんにするため記憶の中にあった平安京の模倣図を描いて見せたんだが、奴は『武芸に名高き葦原朝斗彦命のお膝元たるこの地に都を作るならば、貴族らしさを減らした武士(もののふ)の神都とすべし』って言ってコレを描いてきたんだ」
「ほう……?」
「私らも東神さまの戦いっぷりは知ってるからアイツの意見に文句は無いし、むしろ賛同したいところなんだけどさ。勇儀は硬っ苦しい雰囲気にしすぎるよりかは此処をもっと華のある場所にしたいみたいなんだ。
だから東神さま、あんたの意見を聞きに来たんだよ」
「なるほど。どちらも良い意見だと思うが……そのうち一つだけを選べと言うのならば、勇儀の言う方にしたいな。こんな陽の光も届かぬ場所である以上、民が生活を営む場所は少しでも活気がある方がいい」
「……やっぱりな! 東神さまならそう言うと思ってたよ! アイツら二人にもそう伝えようじゃないか!」
少し心配になる足取りでぱたぱたと走って行く萃香を見送り、僕は見回りも兼ねた散歩をする事にした。そして、現場の作業者達を労ったりしている所てある者が声を掛けてきた。
それまで面識はなかった為、噂程度に話を聞く存在であったその者は鬼の襲来と時を同じくして是非曲直庁から派遣されし一団のまとめ役。
名を日白残無という者であった。
ヤバさを増して帰ってきたキラーストーカー日狭美さんとやっと名前が出てきた残無様。
ウチの子日狭美さんは我らがヒロイン神奈子様に次ぐ数少ない朝斗彦ラブな存在なので、どう調理するべきか。