叢雲、天より根差す光   作:聖徳王の笏

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今回は三人称多めです。


八十話 王達の邂逅

 

 

 

 

「よもや、このような場所でお目通りが叶うとは。我が名は日白残無。是非曲直庁より命を受け、この地へと赴任した。宜しく頼もう」

 

 

「諏訪明神の配神にして地底の堅洲国を任された葦原朝斗彦だ。こちらこそよろしく頼む」

 

 

初めて出会った際の印象といえば、らしくない。というものだった。

 

大体の鬼というのは先程述べた土蜘蛛との衝突のように、少し挑発を受ければすぐに怒り、またすぐ酒を飲んでは徒党を組んで暴れ出すものであるが、彼女は鬼らしい荒々しさを纏ったモノとはまた違った貫禄を感じさせた。また、話しぶりにも余裕を感じさせられ、鬼と会話していると言うよりは賢人と会話しているようだったのである。

 

 

「貴公のその名は数百年前から噂で耳にしていた。こうして顔を合わせることができ、光栄である」

 

 

 

「なに、噂だと? 信仰と紐付いた伝説とは違うの?」

 

 

「うむ……昔、寺にて修行の身にあった頃に聞いたのだ」

 

 

 

「そうなのか……。それよりも、話を聞いていて気になったんだが、鬼を受け入れる寺など聞いた事がないな。その寺とは何処か?」

 

 

 

「畿内の湖国近江が古都、大津に在りし長等山……つまり、園城寺である」

 

 

 

「ほう、園城寺か。そこは確か新羅明神たる我が父、素戔嗚に由縁のある寺ではなかったかい? 

しかし、あの寺は妖を受け入れてなど居なかったはずだ。どういう事だ?」

 

 

「その通り。何せ、儂は元々唯の人間であるからな。

 

 

かつて、儂は智証大師……円珍上人の様にかの神により神託を受けた。正しきものの為に武器を振るい、付き従えば未来が拓けるとな。故に、儂は還俗はせずとも鎧を身に包み、そして主の為に薙刀を振るって目の前の敵を斬って、斬って、斬り続けた。

しかし、その先に待っていたものとは新たなる戦いの火種のみである。この世に渦巻く業に嫌気が差したあと、儂は未練がましくこの世を彷徨う霊魂をこの身に受け入れ、やがて鬼となったのだ」

 

 

そう、この日白残無という者は元より鬼としてこの世に生を受けたものでは無い。人の身でありながら邪道へと逸れ、妖へと変じた人鬼と呼ばれる存在である。

 

 

かつて勇儀から聞いた話によれば、鬼達から見た場合の人鬼というものは"匂い"でわかるらしい。

 

人から転じて鬼となる者たちはそれなりに多いらしく、人里で過ごせなくなって道無き道を歩まざるを得なくなり、そのまま野垂れ死んだり退治される者もいれば、鬼の里へと加わる者もいる。

そして、中には人の頃より力を持っていた上に鬼に転じた事でそこいらの連中を凌駕する者もいる。残無はその最たる例だろう。

 

 

ちなみにその会話の中で、「国津神が天津神を一目見て分かるのとか、大和の人々が蝦夷、新羅人や百済人と会った時にお互い見分けつくのと一緒かな?」……なんて僕が言った後、「まぁ間違ってはいないが、蝦夷は滅びたし半島のヤツらの今の名乗りは高麗だけどね」と、例え方の古さを突っ込まれたのも覚えている。

僕の中では彼女は山に住めさえすれば全てが良いのかと思っていたが、意外にも世界の情勢に詳しかった。まぁ、それも遠い昔の話だが。

 

 

 

「なるほどな。つまり、君は父から僕の話を聞いて知っていたのか」

 

 

 

「そうでもあるし、そうでもないな」

 

 

 

「おや。まだ他に僕を知る者が? こっちの姿ならまだ分かるけど……」

 

 

 

含み笑いを浮かべる残無の目の前で女子の姿に変じてみると、彼女の配下たちが「えっ!」と声を上げて驚いたのに対し、ただ一人のみとして別に驚くこともなく腕を組んでいた。

その物怖じしない姿勢は確かに並の者のモノではなく、彼女の経験深さを物語っていた。

 

 

「その者の名は、かつての我が主でもある源九郎判官義経公である。貴公もきっと、名くらいは聞いたことがあるはず。

あのお方は幼き頃に親を亡くし、京の都を見守る鞍馬山へと送られた。そして、その地に割拠していた天狗達に稽古を受けていたのだ」

 

 

「あぁ、数百年前の英傑か。

……しかし、そう聞くとなんか他人の気がしないな。僕も親と離れ離れになったところを大国主様に拾われたことで今があるんだ」

 

 

「そうであったか。道理で貴公と義経公はどこか似た雰囲気をお持ちだと思っておった。

 

話を戻すと、義経公は風神と称された大天狗に養育を受け、武芸のみならず様々な術を学んだ。貴公は隻腕の天狗*1に覚えはあるだろうか?」

 

 

「……ああっ、あの時のか! 

懐かしいな。傷を癒してからだとこちらが何度も伝えたのにも関わらず、彼女から何度もせがまれたものだから仕方なく手合せをしたことがあった……。

利き腕を失くしたというのに大刀の扱いに長けていたなぁ。アレは実に器用な者だったな。

 

ちなみに……あっちに彼女の腕を吹き飛ばした張本人がいるけど?」

 

 

僕が性別を元に戻したあとに指を指し、皆の視線の先にいたのは現場にて音頭を取る星熊勇儀。初陣で張り切りまくり、敵である鞍馬天狗と死闘を繰り広げた女傑である。

残無の配下たちは何か話でも聞けるのかな? とわくわくしている様子だったものの、当の主人は少し遅れて目をやり、はぁ……と一息溜息をついた。

 

 

「……あやつは兎に角自慢話が多くて困る。貴公のようにしみじみ思い出し、ぽつりぽつりと話す位が丁度いい」

 

 

「そ、そうなの? 確かに自慢してるつもりは無いけど、一瞬そう言われてヒヤッとしたよ」

 

 

自分の事かと思い、(初対面でそう思われるのはマズイ!)……等と僕が考えていると、何処ぞのサトリ妖怪が如く心を読み透かした残無に、「……儂は貴公に言ったつもりは無いぞ?」と先回りされて言われたのでお互いに顔を見合せ、控えめに笑った。

 

 

「……全く、神という地位に在りながら謙虚なお方じゃな。

 

前もって言っておこう。朝斗彦殿、儂は奴らと違って貴公の事を信仰することは今後含め一切無い。だが、この地をより良いものとするため、お互い手を取り合おうではないか」

 

 

「ああ、願ってもない誘いだ。是非に頼む」

 

 

 

ハッキリとした物言いをする者というのは個人的には好みなものだ。なので僕にとっての彼女の印象というのはそこまで悪いものではなかった。

 

残無に付き従う妖怪達にも遅れながらもそれぞれ挨拶を行い、ここで彼女達とは別れることとなった。

 

 

 

 

〜……

 

 

 

「……のう、お前達。あやつを見てどう思った」

 

 

「……えっ!? あー、えっと? なんか思ったよりも話が通じそうだなーって思います!」

 

 

「顔が好みでした!」

 

 

 

取り巻き達が各々思った事を述べると、残無はため息をついて頭を掻いた。

 

 

 

「ハァ、お主ら……。今まで何を見ておったんじゃ」

 

 

「えー! コイツはどうしようもないあんぽんたんだとはいえ、これ以上に何があるって言うんですか!」

「もー、なにがあんぽんたんよー」

 

 

取り巻きその壱が文句を言うと、残無は呆れた表情を浮かべながらこう言った。

 

 

「……中々のモノよ、奴は。

 

並の者であれば、たった一人を戦場に紛れ込ませただけで大番狂わせを起こすような鬼共をアレだけの数従わせている場合、まず間違いなく笠に着て威張るだろうに……我らのような他所者相手にも自然体のまま接してきおった。

 

……まぁ、それなりに頼りにしてはいるようだが、それ以上の出すぎた素振りというのは微塵も見せん。それどころか、鬼では無い民の為に酒呑童子と星熊童子の過剰な介入を嫌がっていたというのだから驚く他はなかろう」

 

 

「はぁ……」

 

 

「それに、今儂らが立ってるこの場所もそうだ。あんなにものほほんとした雰囲気の奴が、先にあったという戦において、迷うこと無くこの場にあった全てを棄てた。人々であれば再起出来るだろうという自らの希望的観測だけで、じゃ。

 

あの者は自らが勝利する為ならば、例え自分の手脚を失おうとも一切の躊躇はせぬだろう。

きっと、その事で彼を憎む者も少なからずおろうに、事実この地は地獄の入口として栄えようとしているという事が、そこいらで働く者共の顔を見ればすぐに分かる。

 

紛れもなくここは彼奴の国であり、奴こそがこの国の心の臓である。儂らもあ奴らも、全てが奴より送り出される血でしかないのだ」

 

 

 

自分が思う以上に舌が回ってしまったな……等と虚無感に浸りながら残無が考えていると、取り巻き達はそうでもなかったらしくその目を輝かせていた。

 

 

 

「……さすが残無様! 私達が気付けないところまで見てらっしゃいます!」

 

「いよっ、残無様! 日本一!」

 

 

 

そんな時である。妖怪だらけのこの地においても一際不気味な気配が突如として辺りを包み込んだ。

 

薄気味悪い気配と共に、ぬるり。と、その場に現れたのは、身長は八尺……つまりは250cmは越えるであろう巨躯を持つ黄泉醜女の豫母都日狭美である。彼女はその持ち前の地獄耳で自らの推しである朝斗彦に関する噂話を聞きつけ、こうして残無達の前へと現れたのだった。

 

 

 

「先程から聞き耳を立てさせて頂きましたが、貴女様は朝斗彦様のことをよく見ていらっしゃいますね。……ええ、そうでしょうそうでしょう! 何せ彼は黄泉醜女たるこのわたくしめにも分け隔てなく接してくれる度量の持ち主! 普段は謙虚で穏和だというのに、戦になればその身に流れし血に抗えない苛烈さが目立つなんて……ああ、その二面性にこの豫母都日狭美、思わず身悶えてしまいます! 

嗚呼、朝斗彦様……。我が愛しき堅洲国の王子(みこ)……。

日狭美の傍、いつでも空いておりますから……」

 

 

「お、おい……お主、その……大丈夫か?」

 

 

「? ええ、大丈夫ですわよ。

……お気になされたのであれば、ご安心を。この豫母都日狭美、分別は付けられるので」

 

 

「急に落ち着いた!」

「怖い!」

 

 

日狭美が受け答えをする様子を見ると、取り巻き達はお互いの身を寄せ合った。

 

何せ、鬼よりも大きな体を持つ女が挙動不審にクネクネと身悶えていたかと思えば、いきなり落ち着いて話しだしたのである。怖くないわけがなかった。

 

 

「……おや、怖がらずとも良いですよ! 何せ、貴女方三人はわたくしと志を同じくするもの同士……。遠慮する事などございませんわ……」

 

 

相手が怯えるなどなんのその、日狭美の独擅場は終わらない。取り巻き達は恐怖で白目を剥きかけ、それを見かねた残無は助け舟を出す事にした。

 

 

「……おい貴様、あまり儂の部下を困らせないでくれないか?」

 

 

「あら、知らない内に困らせてしまっていたとは……皆様、ごめんあそばせ? 

では、わたくしはここいらで失礼します。楽しい会話が出来て嬉しかったですわ!」

 

 

 

そう言い残すと、日狭美は猫背姿でゆらゆらと揺れながら歩いて去っていく。対して、呆気に取られた残無達はその場に立ち尽くしながらただ見送ることしか出来なかった。

 

 

 

「……なんなんじゃ、あやつ。とち狂っとる……」

 

 

 

なお後日、地獄側で再度遭遇した二人は自分達が上司と部下の関係にあることが発覚。残無は頭を抱え、日狭美は頭に被った冠よろしくアヤメ色に彩られた未来が約束されたのであった。

 

 

〜……

 

 

*1
三章にて登場した当時の鞍馬天狗の棟梁。文の母であり、文武両道を往く大天狗。戦った萃香や勇儀曰く『ヤワ男』な、当時の天魔の配下であった天狗の男と結ばれた。






地底の王と後の地獄の王、初接触は意外にも平穏なものでした。
なお、日狭美さんが全てを攫っていく模様。

今回出てきた残無様のモブ取り巻きはnot獣王園三人衆です。よろしくお願いします。
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