「もう天稚彦の喪も明けて良い頃合いだろう。この度は皆との合議による決定ではなく、我と思兼が選んだ者とする。
「はっ、承知致しました」
名を挙げられた布都怒志が立ち上がり、まさに出征しようとしたその時、一人の神が待たれよ! と声を張上げた。恐れを知らず大御神へと待ったをかけたその神の名は
「布都怒志一人だけとなれば、高天原には彼以外の益荒男が居ないと思われてしまいます!何卒、ここは私めも帯同させていただきたいことをここに願います」
建前上最後通告とする為に使者をたてたものの、元々もはや戦争あるのみだろうと考えていた天照大御神はこの建御雷の名乗りを嬉々として歓迎し、彼が今回の一団に加わる事を許可した。
「良かろう。
それではそなたら二柱は天鳥船に乗って稲佐の浜へと降り、敵が降伏を認めるであればそれまで、交戦の構えを見せるのであれば筑紫洲の豪族共を束ね、出雲へと進軍するのだ!」
十年近く前にこの国譲りの話が出てからというものの、天穂日や天稚彦のような失敗が続いたためもう後が無いのでは? と考える高天原の神々にとって、大御神が武力行使に踏み切った事は喜ばしい事であった。
神々たちはその場の床や壁、自身の胸などを叩いて出征する二柱を送り出し、それに対し、目立ちたがり屋である布都怒志は手を振って応え、建御雷は虎視眈々とした表情で前を見つめるのみであった。
そんな熱気に包まれる大部屋の端にて我関せずといった雰囲気で雑談に繰り広げる者が二人、創造性溢れる物作りの神、埴安神袿姫と玉造魅須丸である。
「魅須丸、いよいよ始まってしまうわね」
「そうですね。私としては国津神達にしかない魅力も分かってるつもりだから、正直この状況には少々複雑な気持ちになりますが……」
「……大国主達は国を明け渡すと思う?」
「まぁ、玉造にいた頃の態度を思い返す限りはその可能性はないでしょうね。……そもそも、一応の血縁があるとはいえ、他所様から土地をくれって言われてハイ渡しますー!
……なんて言う方は居ないでしょう。つまり、そういうことですよ」
「そうね。まぁ最悪、私の置いてきたハニワカヒコもいるし使ってもらえるかな……」
「ああ、あれですか。自分の喪屋を切り裂き、無差別に人を襲ったという……私が行った時にはもう騒ぎが終わってたから良かったですよ、ホントに」
「まさかあんな事になるとは思いもしなかったわ……。
でもね、あれのお陰で更なる閃きの予感もしたの! 次回作は期待してくれていいわよ!」
「……ちょっと怖いので、もし作る際は私も手伝いましょうか」
……
出雲近郊、稲佐の浜。
その日は雷を伴う嵐が出雲を直撃していた。
その止まない雨の勢いは収まる気配がなく、まるでかつての八岐大蛇の様に肥の河が暴れてしまうのではないか? と、中つ国の支配層から下民までが階級を問わず噂するほどの荒れ具合であった。
高天原からの侵攻に備え、海岸に対して設置された積み石から顔をのぞかせた出雲の兵士はその肝を抜かれる事となった。
大荒れの空と海を背景に弓なりに反った奇妙な剣を逆さまに立て、その切っ先に座してひたすらにこちらを見る者がいたのだ。あと、隣で自信満々に腕を組んでいる奴もいる。
覗いた兵士は咄嗟に隠れたものの、神にそんなモノは通用しなかった。やい、今顔を覗かせたお前! と声を掛けられ、わ、私でしょうか? とその兵士が聞くと、お前しかいないだろう! と叱咤されてしまったために彼が防塁から顔を出すと、剣の上であぐらを書いている方がその姿勢を変えぬまま、地面が揺れたかと思うほどの低い声を響かせて兵士へと自身の要求を突き付ける。
「おいお前、ここに大国主を連れてこいッ! 天より遣わされし建御雷が稲佐の浜で待っていると伝えろ!」
彼に声をかけられた瞬間、兵士はまるでその身に雷が落ちたかのような衝撃を受け、相手から放たれ続ける規格外の威圧感を前に、はい、承知しました! という他なかった。
浜からそう遠くは無い宮殿まで無我夢中で駆けた後、兵士は大国主への謁見を許されたため、浜で起きた事の次第を報告した。
それを聞いた大国主はむーん……と唸ったあと、
「……案内してくれ」
と一言だけ返し、その兵士の後について行って共に稲佐の浜へと向かうのであった。
……
「おっ、来たな」
布都怒志が嵐の中でも濡れないその銀の髪を靡かせながら言うと、目を瞑った建御雷がその瞼を開き、向正面から歩いてくる大国主をじっと見つめた。
「そなたが我を呼んだ建御雷か」
「如何にも。天より国譲りの使者としてそこの布都怒志と共に派遣された者だ。私はそこの天穂日や死んだ天若日子の様にはいかないぞ。
大国主、そなたに問おう。国を譲るのか、譲らないのか!
その建御雷の一言を聞いた大国主は、もはや癖となってしまった『はァ〜〜〜ッ』という長いため息をついた後に建御雷に目をやると、息を吸い込み大声で答える。
「ならば、この葦原中国の大神、大王としてその問に応えよう。
答えは否である! 素戔嗚尊より代々受け継ぎしこの愛しき国をそう易々と譲るわけがなかろう!」
大国主の返答を聞いた出雲の兵士たちは歓声をあげ、自身らの木盾を剣でゴンゴンと打ち鳴らし始めた。
それを聞いた建御雷はフッと笑みを浮かべると、良くぞ申したと言って乗っていた剣から降りたと同時に引き抜き、大国主の方へと向かう。
そして剣の切っ先を大国主へと向けると、
「では、戦を行う他あるまいな。
言っておくが、我らは天日槍の軍よりも強いぞ。大国主よ、その首をよく洗って待つことだな」
と言った。建御雷からは相変わらずとてつもない威圧感が発されており、あの大国主も剣を突きつけられた時には思わず唾を飲み込む程であった。
そしてその建御雷が布都怒志に対して筑紫に行くぞと言うと、どこからともなく船が現れて彼等を乗せて去っていった。
そして大国主達はそれを黙って見送る他なかったという。
「どうするのですか大神。今現在、朝斗彦と神奈刀比売は黄泉比良坂と例のあの方の調査に出ており、事代主様は美保ヶ崎にあるご自身の釣り小屋にて引きこもっておられますよ」
「こればかりは仕方ない。伝令を送り、出雲へと呼び戻す他ないだろう。天穂日よ、手配を頼めるか」
「承知致しました」
……
事代主の方はすぐに連絡が着き、彼は出雲へと馳せ参じたのだが、それに対していつもの二人は全く連絡がつかず、大国主と天穂日はそれに対し、非常に危機感を抱いていた。
その頃、根の国。
現在二人は地下の黄泉の国と根の国に通ずる黄泉比良坂を高速で下り、前方を走るシワシワの翁を全力で追いかけていた。
何故こんなことになっているのかと言うと、三十分前に遡る。
朝斗彦と神奈刀比売が葉の付いた木の枝を両手に持って物陰にかくれ、黄泉比良坂の地底方面への入り口を見張っていたところ、異様に長い髪と髭を蓄え、そして曲がった腰の謎の翁がふらっと現れ、中に入ろうとしていたのだ。
しかし、そんなよく居る翁の一人に過ぎないような御老公にひとつ特筆すべき特徴があるとしたら、それはその身から溢れる生命力の強さか。
万物の命の象徴のような、そんな隠しきれない雰囲気を感じた時、朝斗彦の中には何か親近感に近いものを感じ、慌てて草むらを飛び出て翁を追いかける。そして彼を呼び止めると、すみません。今、黄泉比良坂に自分から入ろうとしていましたよね? と単刀直入に切り込んだ。すると彼は全く朝斗彦の方を見ずに
「えっ???」
っと大きく聞き返してきたので、朝斗彦が同じことを言うと、ようやく翁は振り返り、
「黙っとれ小童! 儂はこれから根の国に戻らねばならん…の…!?!? わ、儂がおる! 若かりし頃の、イケイケドンドンだった頃の儂が!お主、名は!?」
と騒ぎ出したため、朝斗彦はすぐさま葦原朝斗彦ですと名乗り、朝斗彦の横でそのやり取りを見ていた神奈刀比売が何言ってんのよ爺さん、朝斗彦と全然似てないじゃん……と漏らすと、対する翁は髪を逆立て、曲がった腰が真っ直ぐになる程に怒り始めた。
「なんだと〜? この小娘が……。この儂を誰だと思っているんじゃ! 儂はな、この葦原中国をかつて束ねし者にして根の国の王、素戔嗚である!!」
超大物の登場に木々はざわめき、畜生共は慌てて逃げ去る中、その名乗りを聞いた朝斗彦と神奈刀比売は顔を見合せた後に口を揃えた。
「「……捕まえろ!!!」」
……
「コラー! 待てー!」
「根の国の者が地上で好き勝手して許されると思ってんのかー!」
「止まって話を聞いてー!」
朝斗彦と神奈刀比売が声を張上げながら追い掛ける。そんな二人に対し、逃げるジジイは余裕飄々といった感じで速度を上げ、追う二人を突き放そうとする。が、ここで転機が訪れる。
道の脇から突然何かが飛び出し、彼を取り押さえることに成功したのだ。
「うおっ! なんじゃこいつ、薮から棒に!」
「残念。薮から日狭美ですわよ、素戔嗚様」
「げえっ、黄泉醜女! なんで儂を捕まえるのだ!」
「おおっ、凄いよ日狭美さん! そして久しぶりだね!」
「お前はいつぞやの黄泉醜女か……」
「お久しぶりですわ、お二方。
お困りの様でしたのでこの豫母都日狭美、僅かながら助力させて頂きましたわ」
じたばたする素戔嗚を完全に取り押さえたまま、話しかけてくる日狭美。
アンタ、朝斗彦は渡さないわよ! とガルガル言いながら彼の腕にくっ付く神奈刀比売を見た彼女は、わたくしはもう割り切ったので気にしなくて良いですわよと
「実はさ、そこの彼が昔からちょくちょく地上に出てきては名も知れぬ国津神の娘と火遊びしてるみたいなんだよね。
前に大国主様と話した時に僕の実の父親が素戔嗚様の可能性が高いって話になって、黄泉比良坂の解かれた封印の事も含めてまとめて調査しに来たんだ。
んで、しばらく待ってたら彼が洞穴に入ろうとしてたから話を聞こうとしたら逃げられて、今に至るわけ」
「……そんな話してたの? 父上と、朝斗彦だけで?」
「そう、天稚彦が死んだ日にね」
「……し、知らなかった。今日だって、黄泉比良坂の異変を調べに行くだけかと……。そのついでに大物と出会えたのかと思ってたわ……」
「まぁ、比売には言ってないしね」
こうやって話している間もずっと日狭美に拘束され続けていた素戔嗚が唸り声をあげると、おっとそうだった! といって朝斗彦が彼へと近寄り、ねぇ、親子水入らずで話さない? と質問した。
彼の周りにはいつの間にやら地上の木の根が伸びて集まってきており、逃げようとすればこれで捕まえるよ? という息子からの意思表示を見た素戔嗚は観念したのか、日狭美に対しておいどけ! と言った後に
「分かった。儂の神域に来い」
と言って歩き始めた。
なお、彼は神奈刀比売を指さし、お前は来てはならぬ! 純粋な生ある者だろうからな! と言って引き返すことを強く薦めた。しかし、彼女は胸を張って
「私を誰だと思ってるのかしら。大国主と沼河比売の子、御名方神奈刀比売よ! 父は根の国から帰ってきた蘇りし神*1、その娘な以上そんなものなど怖くないわ!」
と名乗りを上げる。しかし、それを聞いた素戔嗚は隣にいた朝斗彦に、
「おい、あの女子の父親は一体何者なんだ?」
と聞いてきた。
朝斗彦が溜息をつきながら、
「あなたの娘の一人、須勢理毘売様とご結婚なされた方ですよ……。大己貴命とか、葦原醜男とか言えば分かりますかね?」
と説明すると、このスケコマシジジイは直ぐにアイツか! と叫んで大国主の事を思い出し、あいつの娘であれば大丈夫だ! と言って同行することを許した。
……
素戔嗚によって案内されて二人が根の国を進むと、そこには倒壊した建物と新築そのものな建物が横並びで存在していた。
「あっちはあまり見るなよ。お前の父親のせいで倒壊したんだからな」
素戔嗚がそう言うと、詳しい実情を知らない神奈刀比売ははぁ、とだけいってそのあとをついていく。
ちなみに、日狭美は途中までは三人と一緒にいたものの、素戔嗚に
「真後ろを歩かれると気味が悪いから帰ってくれないか?」
と言われたことで、落ち込みながら黄泉へと帰っていった。
綺麗な方の建物の中へと案内されると、そこには寝具や壺などの家具が一切なく、雑に置かれた道具と埃だけが溜まった、天井には蜘蛛の巣が張り付いているような、生活感のかけらが一切ない部屋だった。
こんな状態で普段どうやって暮らしているのですか? と朝斗彦が聞くと、素戔嗚はまるで沼河比売に怒られた時の幼少期の朝斗彦のように縮こまり、小さな声で
「外の女子に頼っておる……」
と口にしたので、またそうやって無責任なことして僕みたいな子供孕ますつもりですか!!! と朝斗彦に激怒され、素戔嗚はどこかで見た記憶のある、いーっ! っと言いたそうな顰め面をしながら耳を手で押えていた。
そんなやり取りを見ていた神奈刀比売が内心、にわかには信じられないけれど、本当に彼等は親子なのかもしれないわね……と思っていると、あっそうだ! と朝斗彦が声を上げた後、父上に中つ国を救ってもらおうよ! と言い始めたのだ。確かに! と神奈刀比売がそれに同調すると、素戔嗚はううむ……と唸ったあとにそれは出来ぬ……と一言だけ言った。
「どうしてですか! 父上は中つ国の祖、貴方の子孫である大国主様が今苦しんでおられるんですよ!」
「まだ認知しとらんのに父上呼ばわりするな!
根の国と現世は相互不干渉、それは絶対なのだ! それにな、儂は生大刀、生弓矢も持ち去られ、もはや何も出来んのだ……」
「……ねぇ、会った時にワシがいる! って言っておいて、認知しないのは無理があるでしょ! それに、相互不干渉とか言ってる割にはジジイ、アンタ地上でヒモみたいな生活してる上に遊びすぎて僕みたいな隠し子までこさえてるじゃないか!」
出会った時の素戔嗚のようにその長い髪を逆立てた朝斗彦による容赦ない口撃を受け、だって寂しいんだもん……としょぼくれる素戔嗚。一緒にいる神奈刀比売も、朝斗彦がここまで口を荒らげる所は正直初めて見た。
その後少し説教された後、しょぼしょぼになっていた素戔嗚が喚くように朝斗彦のことを認めた。
「……わかった! 認知する! お前は素戔嗚の息子、葦原朝斗彦だ! それで良いだろう!
はっきり言って、儂とお前の性格は雲泥の差があるが、その若き日の儂を写したかのような姿、体から感じる活力は正真正銘儂の息子じゃ!」
神奈刀比売が凄いわ! と横で騒いでるのに対してそこまで大喜びする訳でもなく、朝斗彦は話を進める。
「ありがとう父上、それと中つ国の救援については?」
朝斗彦からの質問に素戔嗚はうーむ……と長く唸った後、
「…………それは出来ん!
これ以上姉上に歯向かえば高天原と月の両方から刺客が送られてきてしまう。
……国津神に鞍替えしてやがて神霊となるか、他殺でもされない限り、悠久の時を生きる天津神のしつこさというものは嫌という程知っておるからな!」
と言った。
どっちの例も身近にいる為、朝斗彦と神奈刀比売は苦々しい表情を浮かべていると、どうやらお主らには心当たりがあるようじゃのうと素戔嗚に見事に読まれてしまい、そのままツッコミを入れられてしまっていた。
「これじゃあ朝斗彦の肩書きが素戔嗚様の息子に変わった以外何も成果がないわね……」
神奈刀比売がそう言うと、素戔嗚はうおっほん! と大きな咳をしたのちにまだ話は終わっとらんよ、砂利んこ達と言い放つ。
「直接手を貸せない代わりと言ってはなんだが、お前達を鍛えてやろうじゃあないか。
この地は兄上に手伝ってもらって時の流れを途方もなく遅くしているから、地上の戦争にも間に合うはずじゃ。お前達、如何かな?」
素戔嗚さまの神域はほぼ精神と時の部屋
ありがとうございました。
感想、評価、お気に入り登録などよろしくお願いします!