朝斗彦という君主の存在がある事により、原作以上の期間を地獄としての役割を保持していた旧地獄。そんな中、地上では闘争が起きたり、陰謀が渦巻いたりとなにやら騒がしい様子。
そんな騒乱の種が朝斗彦の周りでも芽吹きます。
……こればかりは、地上の事も書かなければならない。
これは今から大体一二七年ほど昔の話。
当時、二百年ほど前に鬼達がこちらへと移ってきて、旧都が完成した頃だっただろうか。かつて父が治めた堅洲国が地上との不可侵の契りを結んでいたということを言い分として、地上に住まう一部の妖怪たちがその契りを復活させてしまった。
その理由は言うまでもなく、なかなか帰ってこない鬼達を地上へと出さない為である。
しかし、それによってしわ寄せが来たのは鬼ではなく、別の存在だった。封鎖された地底に三途の川が流れることに懸念を抱いた閻魔達は長きに渡る共存を捨ててこの地を去り、意図せず集権化を果たした僕の統治の元で地底は独自の発展を遂げていた。
この頃のことといえば、かつて河勝と結んだ盟約がある為に僕のみは特例で国許に戻ることができたので、当時の僕は目まぐるしく変わる外の世界の情勢にばかり目を向けていた。
そして地獄の管理については、是非曲直庁の主導する新たな大事業について行かずこちらへと留まった、僕の片腕と言える存在である日白残無が主導することとなり、鬼達は獄卒として地獄に落ちた者を恐れさせ、その力で存続していたのだった。
……
永遠に続くかと思われた争いの時代が終わって数百年間の平和が大八洲へと到来し、そしてその陽もまた、沈む。そして、また新たに日が昇るのだ。
世界は進歩の時を迎え、日ノ本もまたその流れに乗る時代が訪れた。
その日は空に虹のかかる、雨上がりの日であった。
いつもの如く地底へと出向しようと身支度している僕の元に客人が現れた。
古びた仕掛けの車椅子に乗った我が弟子の摩多羅隠岐奈と、当時は畜生界にある霊長園へとぶち込まれていた魅魔との間に起きた一件など、僕とは多少の因縁を抱えたスキマ妖怪の八雲紫である。
「随分と久しぶりだな、師匠。息災だったか?」
「変わりないよ。久しぶり、河勝。会えて嬉しいよ」
こちらは気にしないと言っているにもかかわらず、河勝はわざわざ椅子から立ち上がり、自らの身体を蝕む痛みから少し顔を歪めた後、僕へと歩み寄って礼をした。
力関係はとうに逆転しているというのに、こういう所だけは変に真面目なのだ。
「堅苦しいのはやめよう」と、つい昔の癖で肩を抱き寄せたが、もう河勝ではなく隠岐奈であるためになんだかよろしくない様になってしまった。
別に誰が見てる訳でもないと言うのに、(コレは不味い)と思った僕は、スグに誤魔化して女子の姿へと変えたのだが、その見た目のそっくりっぷりに紫は大層驚いていた。
「っ! まるで親子ね……」
「そうだろう! 時が経つ事にどんどん似てしまい、今ではこんなにもそっくりだ!」
「この姿での唯一の子供ったって通じるんじゃないかしら!」
「……あのさ師匠、それは公言しない方がいい。何処で奥方が聴いてるかも分からないんだから……」
「た、確かに……」
なんだかとても懐かしく感じるようなやり取りを二人でしていると、まるで変な物を見るような目で彼女を見つめた後に改めて紫が挨拶をしてくれた。
それに対して僕も姿を元に戻した後に挨拶を返し、話は本題へと移った。
その本題というのは、幻想郷に住まうものにとっては最も馴染み深い存在の一つ、博麗大結界についてである。そして、わざわざ彼女達が諏訪まで出張ってきた理由というのも、僕に対してそれを張るための助力を願い出てきたのであった。
「……この大結界は貴方の治める地底を含め、私が作り出した領域や貴方にとっての地底のような隔たれた領域の境界と境界を繋ぎ合わせ、その全体を包むものとなります。
これが出来れば、幻想郷は完全に箱庭と呼べるものとなり、そこに住まうものたちは外の世界より隔絶されるのです」
「……この取り組みははっきり言って未知数だ。我々でも分からぬことは沢山あるし、上手くいくかも分からない。だから師匠、貴方の力を借りたい」
紫による勢力の統合について説明を受けたあと、河勝はピシッと人差し指を立て、僕への協力の要請をした。
「はぁ。……なるほどね。天津神との話でしか聞いた事のない、高天原をこの手で作るようなものか……。
しかし、そんな大きな結界、どうやって張るつもりなんだい? 君には既に領域があるし、僕だって今受け持ってるもので両手が塞がっている。ましてや紫は妖怪だ。僕らと違って神じゃない」
「やめてくれ、彼女の力は紛れもなく人知を超えたモノだ。……つまりは、神にも遜色のない実力がある。貴方も今まで沢山出会ったろう、神になり損ねた妖怪達に。そんな連中のどれよりも紫は強い。
どうか私のことを信じてくれ」
「……そこまで言うなら信じる他ないね。分かった、力を貸そう。だけど、どうして今更こんな事を?」
「それについては、私が。
昨今の情勢を鑑みるに、そう遠くないうちに人々が妖怪を恐れぬ世が来る……。恐れの眼差しを喪った妖怪たちが行き着く先は、概念としての消滅のみ。そうなることを避けるため、今までそういった怪異とされる存在を積極的に幻想郷へと引き込み続けました。
だけどそれももう終わり。集まるべき者たちは幻想郷に広く住み着き、彼の地を完全な箱庭とする用意は整いました。それ故、最悪の結果を招く前に外界から隔絶し、世間から忘れ去られる代わりに幻想郷で永遠を過ごすのです」
「……でも、地上には人々が住まう里があるじゃないか? 彼らはどうするの?」
そんな僕の問いに対し、紫は咳払いをした後に口元を扇子で隠しながら説明を始めた。
「……彼等は言わば人柱よ。妖怪達は自らを恐れる存在が必要不可欠、その役目を彼等に務めてもらうのです」
「……なんと哀れな……。だけど、君の言うこともまた事実だ。あの地は妖怪達のための理想郷なのだから、そういった役目を背負うものがいるのも仕方がない」
「……てっきり貴方のことだからそういうのは良くないとでも言うとでも思ったが……」
「まぁ、清濁併せ呑むって奴だよ……。うちだって妖怪達を大量に抱え込んでるわけだからね。
……しかしこれ、比売達にも相談した方がいいかな? 彼女は地元大好きだから絶対に嫌がるだろうけど、僕らも早いうちに移るべきな気がするなぁ」
こちらとしてはそう考えたのだが、それでも妻の意見が異なればそちらに従うつもりだった。そして、まぁ……結果は皆の知る所な訳だが、移住の件で比売が悪い選択をしたとは思わない。
まず第一に、僕はかなり自由をさせてもらっている立場であり、対する彼女は地域信仰の要である。比売がその地位に誇りを持つのは当然の話だし、最終的な決定権は彼女にある。
そして第二に、何よりも穢れに満ちた地底へと移住するのを兎に角嫌がった。そもそも、僕が鬼とつるむのだって、
『あんな不良達と一緒にいないでよ!』
と、不満たらたらなのに、その鬼と隣人になるなんてイヤ!!! と拒絶反応を示されてしまったのである。
……穢れまみれの旦那は大丈夫なのかって? かなりギリギリ。
……因みに、ついこの前に堅洲大社の遷宮に際して地底へと夫婦二人で降りた時があった。僕も民を捨てて国許へと帰ってしまった身であるので内心落ち着かぬ状態ではあったのだが、その際は二人して想像以上に熱烈な歓迎を鬼達から受けることとなったのだ。
しかも世に知られる建御名方神としてではなく、神奈刀比売命としての信者が興奮した様子で名乗り出てきたこともあり、鬼アレルギーの彼女も思わず頬を緩めていた。こういう所、なんだか可愛くない?
「……ともあれ、これは大仕事になりそうだ。そんな大それた事を実行しようとしてるってことはさ、ソレを行う為の計画がある訳でしょ? 打ち合わせしたいからそれを教えてくれるかな」
「……」
「……」
「……えっ? なんで黙りこくるのさ。何か良くないことでもある……? 不安になるんだけど」
ノリが違かったかな……? などと僕が考えつつ二人の顔を見ると、何故か紫も河勝も目をそらす。やがて、どうすればいいのか分からないので一人で戸惑っていると、見かねた河勝が咳払いをし、説明を始めた。
「すまないが……師匠。今回、私達が担当するのは結界を張ることじゃない。……龍神様の説得だ」
「りゅ、龍神様……? …………まさかッ!?」
「……そうだ。あの土地は元々竜神信仰の根付いた土地だ。そこを
……だから、師匠! 私と一緒に交渉に行ってくれないか!? 私に頼れる存在は貴方しか居ないんだ!」
威厳の欠けらも無い態度で河勝がそう頼み込み、横にいる紫もまた真剣な表情でこちらを見ていた。……あれだけ結界の説明しておいて全く違う役割を押し付けられたって、どういう事?
正直、自分の長い神生の中でも群を抜いて肝を冷やした頼み事だろう。
なにせ、
「……ちょ、ちょっとだけ考える時間が欲しいんだけど……いいよね? というか、いいって言わなきゃ受けないよ!」
……もうこの時の自分が本当に阿呆すぎる。なんでこんな事を口にしたのか。僕ってホントに阿呆なんだよなぁ……。
「むっ……。ならば、時間をやってもいいと言えば受けるという事で間違いないな? 師匠よ。
ならば、一日時間を設……「二日! 絶対に一日じゃ無理!」……わかった。二日、二日だな? 時間を設けよう。
……すまないが、紫。こればかりは許してくれ」
「……しょうがないわ。その時間が必要な犠牲なのは分かってる。計画は日をズラすことにするわ」
「二人とも本当にありがとう。本当に……」
……そう、本当にどうかしてる。時を巻き戻せるなら自分の頭に蹴りをお見舞いしてやりたいよ。
……
話し合いが終わった後に事の重大さを改めて感じた僕は、慌てて妻の元へと駆け込んだ。そして先程上で書いたことを伝えて彼女から激しい拒否を受けた後、例の問題の件を伝えたのである。
「……ハァッ!? んなっ、ちょ……な、何言ってんのよアンタ? ……ッはぁ〜〜〜っ……。……ア、アンタさ、それ受けてないわよね!?」
「いや……考える時間をくれなきゃ受けないって河勝に言って、……その、二日の猶予を……」
「……って事は受けてるじゃないのッ!!!! この大馬鹿ッ! ……っあ──ッ! もうッ……バカァ!!!」
移住問題なんかよりももっと重大すぎる事件へと家族を巻き込んだ結果、最愛の妻は激怒し、僕は肩をすぼめて縮こまる他なかった。
「だっはっはっはっは!!! こりゃあー、傑作じゃんか! なぁ神奈子!」
「笑ってる場合じゃないわよ諏訪子!!!
……良い? 貴方も覚えていると思うけど、月の天津神は何をしでかすか本当に分からないわ! 協力ならいくらでもするから、とにかく揉め事だけは起こさないでちょうだい!」
「分かったよ。とりあえず、僕は援助を得られないか他の神々に聞いてみるよ……」
「……二度とこんな馬鹿なことしないで欲しいわね、全くもう……」
……
八百万の神々というのは、たとえ相手がはるか遠くに在っても神通力で念話を行える。そこで、僕がまず頼ったのは父だった。
僕が地底へと向かった後に自らの社の奥へと籠りながら交信を試みると、父との念話は実に早く繋がった。
「……父上、急に連絡よこしてごめん。今大丈夫?」
『なんじゃ朝斗彦、お前から声をかけてくるなど珍しいじゃないか。儂は勿論大丈夫だ。それよりも、息災だったか?』
「あ、ああ。こっちは元気にやってるよ。でさ、用件なんだけど……」
そして、用件を伝えたところ……。
『……すまんが、息子よ。それは流石に無理な相談だ。儂はもう兄上と揉めたくない』
案の定断られてしまった。
そもそも、父は伯父である月夜見命と喧嘩をしたせいで時の流れが微妙すぎる旧き根の堅洲国に閉じ込められていたし、ちっこい箱庭ひとつの為に世にも恐ろしい月の都との対話をしなきゃならないってのもほんっとうにおかしな話なんだけども……。
「そ、そうだよね。ごめんね父上、急にそんな事頼んじゃって」
『こちらの方こそすまん。息子の為に力になってやりたいのは山々だが、相手が月の神々となると話は別だ……。
……お前としても向こうと揉めたくはなかろう。まずは思兼様にでも軽くお伺いを立ててはどうだ?』
「確かに……。ありがとう父上、そうしてみるよ」
『うむ。ではな、我が息子よ。無理はするなよ』
「はーい。じゃあね……。
……はぁ。まぁそうなるよなー。クヨクヨしててもしょうがないから、とりあえず、思兼様にお伺いを立てるか……」
こうして、月のメンツの中で面識のある彼女へと交信しようとしたものの、こういう時に限って繋がらない。彼女はその性格上、念話をかけた時にはすぐに返事があるにも関わらず、二度、三度と試してみてもダメだった。
「あー……、マズい……マズいマズいマズいっ! どうしたらいいんだ! 伯母上に頼る? ああそうだ、伯母上にも声をかけよう。きっとそうだよな、うん」
あまりにも焦り過ぎて独り言が止まらない。
僕はその状況を打破するために最終手段の手札を切る事にした。親愛なる伯母上、天照大御神へと相談することにしたのだ。
『もしもし、妾だが』
「あッ! 伯母上! 久しぶり、朝斗彦です。今って……大丈夫?」
『……おおっ、朝斗彦か! 久方ぶりじゃの……。取り込み中ではあるが、話くらいならば聴けるぞ?』
「そうだったのか。忙しいのにごめんね伯母上……。用ってのは〜……」
僕にとっては唾も飲み込む程の緊張の一瞬だ。
大御神である伯母上の力が借りられればそれだけで流れが変わるからである。
刺激をしないようにゆっくりと、落ち着いて状況を説明しつつ彼女の声色やら何やらを探っていると、何やら雲行きが怪しくなってきた。明らかに何かトゲのある反応になってきたのだ。
『……朝斗彦よ、あんな奴らの元になど行くべきではない。あくまでも我が威光に照らされているだけにも関わらず、あやつらは自らの立場を分かっておらぬ。それでも行くのならば、好きにせよ』
「ちょ、ちょっと待って! 僕達には伯母上のお力添えが必要なんだよ! というか、連中と何かあったの?」
『……妾が太陽へと招待したと言うに……連中は一言、「暑いのは嫌です」と断ってきおったのだッ!! この妾の誘いを断るとは、あやつら許せん!』
「……そっか。それは僕でもどうしようもないと思うな……」
『何ッ!? お前までそんなことを言うのか!? …………もう知らん! 勝手にしろ!』
「えっちょっと! 伯母上! 伯母上ッ! ……ダメだ、繋がらない」
……今思い返しても何が地雷だったのかさっぱり分からなすぎて困惑するしかないのだが、これを以て神々を味方に引き込む作戦は失敗に終わった。
最強のくせ者である父と伯母との連続したやり取りという、兎に角非常に疲れるやり取りを終えた僕はその場へとうつ伏せに寝っ転がった後に一言、
「うお────っ!」
と、叫ぶしか無かった。
頼みの綱が切れたことを悟った時というのは、まさにこういう時の事を言うのだろう。普段叫ぶ事など滅多にない僕の慟哭は堅洲国中に轟き、地底の民達に不安を呼ぶこととなった。
義父である大国主様にも頼ろうかとも思ったものの、彼は死後の世界の神であるため、絶対に月側が取り合ってくれないのは目に見えていた。
親愛なる中つ国の家族達が頼れない以上、残る友人ならぬ友神といえば、天への忠義の塊である建御雷と布都怒志の二人に、ビビりな鍛治職人であり叔父、甥の関係である天目一箇神、その昔榛名山の火砕流の中から親指を立てて復活した
「……ダメだ、頼れる存在がいない」
この中で頼るとしたら魅須丸さんだが、彼女は生粋の隠遁者である。まずどこにいるかもわからないし、一度作業に取り掛かり始めてしまえば、たとえ念話をかけようが『うるさいですね……』の一言でぶつ切りされてしまうのである。
でも、今思えば建御雷達に頼るのも一つ手だったように思える。こんな妖怪の匂いが染み付いた僕を受け入れてさえくれれば、一言向こうへと口添えして貰えたかもしれなかった。
何れにせよ、その後の事を変えられるわけではない以上、全て後の祭りだ。
クラクラする頭を押さえつつ、僕は重い腰を上げ、かつて手作りした大注連縄がぶら下がる奥の社を出た。そして、都において民草に時報などを報せる為に設置されている鐘楼へと向かい、片手で綱を引いた後に三度大きく鐘を鳴らしたのであった。
三度の鐘打ち、それは地底の有力者を招集する報せである。
つまり、緊急の合議が開かれるということであった。
目にも止まらぬ速さで墓穴を掘り、無事に連帯保証人になってしまった朝斗彦。彼が地底を去る日も近い…。