「おい……なんだよ……。
どうしたんだよ、いきなり皆を招集なんかして。外敵なんかも来てないし、都は今日も平和そのものだぜ?
なんで集まる必要があるんだよ? 東神さま……」
「それに、さっきから何処か落ち着かぬな。きっとそれほどまでに火急の用なのだろう」
鐘の音は地底に響き、有力者達は地霊殿へと集結した。僕を上座へと迎え、各々が別に取り決めた訳でもないのにいつの間にか固定されていた位置に座り込んだ。
着いてそうそう酔い覚ましの冷水を所望した萃香は、当然緊急で呼び出されたことへの疑問を口にし、対して残無は僕がモジモジしていた事からすぐに只事では無いことを察知した様であった。
「残無さん、逆にアナタは落ち着きすぎなのでは? 黄泉醜女の膝に乗せられて堂々としてる方なんて今まで見た事がないですけど」
「しっ……さとり、あれは落ち着いてるんじゃあないよ。諦めてるんだ」
目の前の状況にツッコミを入れるさとりちゃんに耳打ちする勇儀、それに対して鋭い視線を送るのは日狭美さんである。彼女はある種、残無に対して並々ならぬ庇護欲を見せていた。
他にも顔を布で覆うのが常となった土蜘蛛の一味や、人の身体を簡単に維持することが出来るようになったお燐やお空ちゃんなどもいた。
「……っ、静粛に! 今から、大事な話を伝える。聞き漏らしがないように……。
此度、お前達をここへと招いたのは理由がある。
……この地底のはるか上に、幻想郷と呼ばれる土地があることは皆知っているだろう。
彼の地はこれより、強力な大結界によって外界より隔てられることとなった。……ここ、堅洲国もその枠に漏れず、外界とは完全に遮断されることになってしまうことになる。そして、僕は一連の流れに際し、月の天津神との交渉を担うこととなる。
仮に無事に戻ったとしよう。その時、僕はここに戻らない。王という立場を退き、諏訪の神という本来あるべき立場へと帰るのだ。
「「「なんだって(ですって)!?」」」
……異論や何か申したいことのある者はいるか。もはや意思は変えられないが、聞くだけならタダだ! 今まで溜めに溜めた不満や文句があるならば、いくらでも聞こうじゃないか」
「なっ……そんな、いきなり一気に言われたってなにがなんやら……私にはさっぱり分からねーよ!
結界のことは昔に紫から計画だとか、夢だとかいろいろ聞いてたとはいえ……。
……東神さまが地底から居なくなる? クソッ! 巫山戯んな、そんなのは相手が紫だろうが許さないぞ!」
「そうだそうだ! 戻らないなんて、アタシらの事はどうするつもりだ! 皆アンタに役立ちたいからわざわざ山捨ててこっち来たんだよ!?」
「……残無様、これからわたくし達はどうするべきなのでしょうか……」
「分からぬ。然し、こういう時が来てしまった以上はもはや背に腹はかえられん。残る我々のみで政務を行わねばなるまい」
この時の一連の事件については、本当に皆には迷惑をかけることとなった。
背中や社の本殿にある注連縄など最早飾り同然な程、数百年もの永きに渡って妖たちと共に保ち続けた均衡が崩れる瞬間を、よりにもよって自らの手で招いた事は僕の心に深い喪失感を感じさせた。
それでも互いに譲れない線があったことは、同時に如何に仲を深めようとも神と妖怪という似て非なる存在の間にある壁を感じさせたのである。
「……月なら私だって行ったことがある! 紫もだ!
……もう一度、あの時の仕返しをしてやらねば! 私達から東神さまを奪うことへの報いを受けさせなきゃ気が済まん!」
がばっと勢いよく立ち上がると、萃香は皆と僕の間に空いた隙間へと移動し、そう自信満々に言い張った。
「戯言を申すな! その月の神とやらが攻めてきた訳でもなく、儂らを含めた地上の妖が彼らに迷惑をかける側なのだぞ!
怒りを他人へと向ける前に、その頭でっかちな頭に入った脳で論理的に考えてからものを言うべきだ! お主の申しておることは八つ当たりに過ぎぬぞ、萃香!」
「なんだと〜ッ! この人鬼がッ! 黙って聞いてれば好き勝手言いやがって! 私を誰だと思ってんだ!」
「黙れ、小童ッ! お主が何者かなど、今は誰も聞いてはおらん! それに好き勝手に言っておるのはそなただ!
これ以上朝斗彦殿の眼前で見苦しい行動を取り続けるのならば、この場から立ち去ってもらうぞ! 生きて辱めを負いたくないのならば、まずはその口から閉じるがいいッ!」
「……ッ、ケッ! クソ!」
萃香は反骨心を隠すことなくガニ股で自らの定位置へと戻っていき、彼女へと勇敢に諫言を行った残無は立ち上がったついでにさりげなく席を移動しようとして日狭美さんに捕まっていた。
「萃香、君が僕を慕ってくれているのは十分にわかる。だけど、勘違いしないで欲しい。今回は戦争を挑むのではない、交渉を行うんだ。
そんな所で相手を挑発でもしたらどうする。彼等は赤子の手をひねるように全てを終わらせるぞ」
「……」
「僕も昔は血気盛んだったから、因縁深い相手である彼らには戦いを挑んでもいい……なんて、口にしたこともあったよ。でもそんなの現実的じゃないんだ。君なら分かるはずだ」
腕を組みながらドカッと胡座をかき、不満タラタラといった様子で目を閉じた萃香に対して僕が諭すと、彼女はムスッとしつつもこちらを向いた。
目を合わせた後、僕は改めて前を向き、かならず伝えねばならぬ事を説明する為に一息呼吸を置いた。
「……地底を離れるにあたり、幾つか取り決めを行う。これについては後で改めて古明地さとりにまとめてもらうことにする。
一つ。政は全て合議のもと執り行い、各々が納得出来ると思うものから施策すること。
まずはじめに明言しよう。この地位を退くにあたって、明確な後継者は定めない。
故に此度のように、何かを決める際は地霊殿へと集まって話し合いを行い、問題がある際は話し合いで解決を行うべし。
君達は腕っ節に優れた強者揃いだから、納得のいかないことに対して手が出る可能性が大いにある。異議があれば、ソレを言葉で相手に伝えるんだ。……萃香、君は特にだぞ。
二つ。スキマ妖怪、八雲紫への反抗はしないこと。
彼女はこの地を含めた幻想郷全てに目を向ける賢者だ。そんな彼女の取り決めに反抗した結果、皆と共に作り上げたこの第三の故郷とも言える地が悲惨な目に遭う……なんてのは絶対に嫌だ。
相互不可侵の取り決めがあるとはいえ、それが全てでは無い以上彼女にも干渉は最低限に抑えるよう伝えるつもりだ。彼女の言うことには耳を傾けよ。
三つ。他者を尊重すべし。
今、この地底で最も力のある種族は言うまでもなく鬼だろう。だが、この堅洲国にはそれ以外の者も多く住んでいる。
……特に、土蜘蛛達。君達は鬼を恐れて顔を隠すようになってしばらくの歳月が経ったな。今までも僕なりに伝えてきたつもりではあるが、恐怖で顔を隠さねば生きれない環境などさっさと改善すべきだ。
彼らが遠慮などしなくて済むように鬼達も歩み寄るようにするんだ。だが、無理強いだけはするなよ? もしかしたら隠すのが落ち着くって者もいるかもしれないからな。
土蜘蛛に限らず、適度な文化の交流はこの地をより発展させる鍵となる。勿論、喧嘩にドンパチ揉めたりもするかもしれないが、根っこの部分で手を取り合い、共存するんだ。
長くなったが以上だ。皆、どうだろうか?」
「異議なし。我、日白残無はこの提案に賛成する」
「わたくしも右に同じく」
「私も賛成します。良いですね? 二人とも」
「勿論、さとり様に従います!」
僕の問いに対して、残無やさとりちゃんをはじめとする地底の中でも穏健派の顔触れはすぐに賛同し、残るは武闘派の二人、勇儀と萃香である。
先程提案した一連の取り決めというのも、実の所は主権を持つに等しい鬼達に対する牽制であり、既に一度各々が招いた惨劇を繰り返すことなかれという僕からの間接的な提言でもあった。それ故、彼女達の同意こそが意味のあるものなのである。
「どうだ、二人とも。スグには答えは出ないか?」
「……出せるさ! アタシは賛同するぞ!
……やっぱりアンタはアタシたちに甘すぎる! ご先祖サマに手を差し伸べた時だって、アタシたちを助けてくれた時だってそうだ!
確かに見え見えの思惑*1なんかもあっただろうが、それでも何かとアンタは手を差し伸べてくれた! そんなお人好しで頑固な神様が去るってんなら、ちゃんと送り出さなきゃコッチの面子が立たないよ!」
悔しそうな顔を浮かべつつも、拳を握り締めてそう言い切ったのは星熊勇儀。
彼女ははっきり言って性格に難がある萃香(鍛えた僕とは違う方向に難がある)と違って粗野ではあるものの根がいい子*2だし、普段は落ち着いていても、内に秘めた心の熱さは灼熱地獄にも勝るのだ。
「……答えが出せてないのは私だけか。まさか、お前がそんな簡単に受け入れちまうとは思わなかったな、勇儀。
……東神さま! 私もその提案、受け入れてもいい!」
「本当か!」
「……だがッ! ……だがひとつだけ、此方にも条件がある。
東神さま、私と闘えっ!
そっちが勝ったら何でも言う事を聞いたっていい! その代わり、私が勝った時には私の王国へと留まってもらうからな!」
「なっ……萃香! 一人だけ抜け駆けなんてズルいじゃないか! それに、私の王国だって!?」
「うるせぇ! 東神さまの王国を継ぐのはこの泣く子も黙る酒呑童子、伊吹萃香さまだ! 日和見主義のお前らは指でも咥えて、黙って見てろ!
……さぁ、どうする! やるか、やらないか! 今ここで決めるんだ! 迷ってる時間なんてないんだろ? なぁ!?」
頭を抱える勇儀に、長い溜息をつく穏健派たち。
この時、退位を告げた瞬間に外へと走っていった者が居たのだが、彼がバラしたことで一気に都の民草が地霊殿へと押しかけた。地底の民は中つ国の民よろしく、陽気な分口が軽いのだ。
そして、この者たちは屋敷(まだこの時は和風のものだった)の庭から遠巻きに見える合議の様子を見守っていた訳だが、ヒートアップした萃香の叫びを聞くと、途端に大歓声をあげたのである。
ちなみに、決闘はあまりの負傷者の多さから残無が禁止令を出していたため、久しく行われてはいなかった。そんな取り決めを破ってまで行われる対決が根の国における最高権力者とその四天王の一角のカードとなれば、盛り上がらないはずがなかったのだ。
「……良いだろう! 何もせずに去るよりは一波乱あった方がこちらも納得できるものだ!
萃香、その挑戦……受けて立とう。表に出ろ!」
鬼の決闘というのは山や逃亡先などで隠れる事の多かった鬼達にとって唯一の娯楽と言っていい。戦が出来ない状況において自らの勇敢さを仲間達に知らしめるための絶好の機会であり、相手が格上だろうが挑むことがなによりの美徳なのだ。
その一方、その挑戦から逃げる事は不名誉な行いであり、逃げた者は"角無し"として一生を蔑まれることになる。故に、僕が今まで負かした鬼は数知れず。武辺者からそこいらの酔っ払いまで、全ての挑戦者の手を幾度となく捻ってきた。
そんな恐れ知らずの連中の、最後の挑戦者が我が弟子とはなんと感慨深かったことか。
腰を上げ、庭へと出ると既にここでやってください! と言わんばかりに空けられた空間があり、それを取り囲む大勢の観衆たちが腕を掲げて迎え入れた。それに応えるように左腕を掲げれば、彼らはそれはもう大喜びである。
一方の萃香はというと、いつも飲み屋で連れ歩いている舎弟たちがぞろぞろと現れ、観衆と彼女の間へと割って入ることで萃香の花道を作り出した。そして、そこを彼女が悠々と歩いて僕へと向かい合ったのである。
「折角久しぶりにアンタとやり合うんだ。なら、アンタと同じ目線で戦ってやる!」
霧のように散り、そしてそれが晴れた所には僕と同じくらいの体格をした、一部の身体の部位が強調された凛々しい鬼が立っていた。
「……つ、美人局形態だね、ありゃあ……」
恐らく萃香に参考にされたであろう勇儀がボソッと漏らした言葉に対し、滅多に笑わないさとりちゃんが笑いを漏らした所を目撃出来ただけでも萃香に勝利を譲りたい気分ではあったが、そうはいかない。
ここで彼女を倒さねば、もう一人の愛弟子を待たせることになるからである。
「……いつでもいいぞ? 君の始めたい時にかかってこい」
「……いつまでも子供みたいな扱いしやがって!
さァ……百鬼夜行の恐怖を思い知らせてやるっ!」
地面を蹴って飛びかかってくる萃香に対し、僕は刀を引き抜こうと右腕を腰に回した。その時である。
「!? ……マズい!」
「かかったな! 大捕物、一丁上がり!」
萃香は両腕を振り回して繋がれた鎖の質量を変えて巧みにしならせると、抜群の正確さで僕の腕を縛り上げた。
そしてこちらの動きを封じると一瞬の隙も作らぬほどに素早く着地し、まるで物を放り投げるかのような動きで鎖を巻き付けた僕の身体を宙へと浮かせ、そして地面に何度も叩きつけたのだ。
「お前ら見たか! 東神さまに一杯喰わせてやったぞ!」
両腕を広げ、指を猫の手のように曲げながら萃香は自慢するように誇り、僕はまるで十の字のように身体を無理矢理開かされた。
まさか戦いが萃香優位に始まるとは誰も思っていなかったらしく、彼女の言葉を聞いた観衆たちは大きな歓声をあげたのだった。
公衆の面前で晒すにはとてもみっともない格好ではあったが、恥ずかしさなど気にしていられない。僕はすぐに頭を回し、さりげなく両腕に巻き付いた鎖を強く握りしめた。そして、直ぐに自らの力を高めた後に神通力を流し込んだのである。
「この勝負、私が貰った……!?
グッ……ウオオオオッ! 頭が割れるッ! …………クソッ! 東神さま、やりやがったな!?』
「この師匠あってこの弟子あり、だな萃香!
まさか、僕が何の対策も出来ないとでも思ったのか?」
慌てて霧散した萃香が再び実体を取り戻し、僕の腕をきつく縛り上げていた鎖は彼女と共に離れたのだった。こうなれば、戦いは仕切り直しである。
「……くっそーっ。折角先手を取れたってのに、また初めからになっちまった」
「油断するからだよ! ともあれこれで仕切り直しだ! もう一度行くぞ?」
「東神サマ、アンタどの口が言ってんだ!」……とか、「油断してたのは貴方もじゃないですかー!」……と、どう考えても聞き覚えのある声のヤジの数々が飛んできたのは、まぁ置いといて。
とにかくこれで仕切り直しである。
相手の次の動きを読まんと互いに神経を張り巡らしながら向き合った。そして何者かが唾を飲む音が聞こえた瞬間、僕らはお互いの手を合わせ、睨み合いながら組み付き合ったのであった。
久々の決闘。次回はまるまる戦闘回です。