なんだか萃香が破壊王にみえてくる
頭や腕に血管を浮かべ、互いの額と額を合わせながら組み合い始めると、熱の入った見物客達の声援が耳へと入ってきた。
その内容は覚えている限りでも五分五分と言ったところであり、その中には応援合戦を繰り広げるものもいた。ちなみにそのメンツはといえば、僕側が日狭美さん率いる黄泉醜女軍団、萃香側はちょっとスカした雰囲気の鬼たちである。
「よそ見してる余裕なんてないだろ、東神さま! アンタは私を倒さなけりゃこの地底を出られないんだからな!」
「……っ、ああ、そうだな!」
見慣れたちびっこい姿ではない、大人形態(通称美人局形態)の萃香が僕を煽る。闘いの最中に油断するなど以ての外である為、こちらも脚に踏ん張りを効かせ、握りあった手に力を込めた。
腕を後ろへと引き、肩甲骨を寄せながら力を掛け、肘を起点として両手を徐々に頭の少し上の位置から脇腹の位置まで降ろしていくと、相手の顔が強ばったのが見えた。
「行くぞ〜っ、歯ァ食いしばれよ!」
相手に生じた隙を見逃さずに思いっきり頭を後ろへと振り上げると、僕は目の前の愛弟子に向かって強烈な頭突きを披露した。
今でもおでこをなぞれば痛みを思い出せるほどに強烈な一撃だったが、萃香はいつものように霧散して逃げることなくそれを真正面から受け止めたのだ。
「────ッ! 痛ってぇ──ッ!
なんだよ! 硬いのは考え方だけじゃなくて頭もなのかよッ!」
「悪いね、僕は心身共に頑固者なのさ」
「クソッ……! 見てろよ! 私がやられっぱなしじゃないってところ、見せてやる!」
額を擦りながら後退りすると、萃香はそう言いながらこちらへと指を指し、どたたたっと足音を立てながらまるで暴れ狂う猛牛のように突進してきた。そこで僕は内心(来たな!)と、思いつつ、次に彼女がとる行動を何通りも浮かべ、そして迫り来る彼女へと対面したのだった。
なにしろ、この僕を相手にして彼女は敢えて漢気を見せたのだ。僕が彼女を躱すのは容易いが、そんな事をしてしまえば戦士としての名折れであり、彼女に泥を塗ることにも繋がる。
勇気ある行動には見合った対価を送らねば。
この時ばかりは偉大な存在の数々をその傍で見て育った僕の、強者の譲れない信念というものが確かにあったのだ。
「……来いッ!」
一直線にこちらへと向かってきた後、萃香は地面を蹴って宙へと飛び、そのまま飛び蹴りの予備動作を見せた。然し、その蹴りを受けようと僕が両腕を組んだ瞬間、彼女は霧となって消えたのである。
「何っ!?」
やはり奔放不羈の言葉を体現したかのような振る舞いをしてこそ、伊吹萃香である。
彼女は僕の背後へと回り込んで腰の革蛸を掴み取ると、雄叫びをあげながら僕の身体を持ち上げた。そして観客達へと誇示するかのように掲げた後、地面へと叩き付けた。
しかも、これ以上はやられまいと僕が立ち上がろうとした所を彼女は猛追した。
まず初めに、片膝をついた左膝横……触ればポコッと飛び出ているのが分かるあの部分の少し上ら辺に回し蹴り(これがまた本当に痛い)を入れて再び体勢を崩させたあと、そのまま脇腹に対して月をも砕く程の強烈な蹴りを叩き込んだのである。
バチンと聞いた事のないような音を立てるほどの強烈な蹴りを喰らい、観衆の元へと吹っ飛ばされた僕を気にすることなく、萃香は大きく両手を振り上げてここにいる皆を煽り始めた。
「見たか! コレが伊吹萃香様の力だ!
オイお前ら、東神さまに触れば御利益にあやかること間違いないぞ! ほら、行った行った!」
「……ちょっ、ちょっと……! 何言ってんの!
皆、そんなの無いから! コラ、寄ってくるな!」
その後といえば、今でも笑ってしまう展開なのだが、半ば暴徒と化した観衆たちが少しでも僕を触ろうと押し寄せてきた。当然、僕はソレを良しとしないために藻掻くものの、いつかの異変よろしく数の暴力というのは大変に恐ろしい。
何故か? 全然抜け出せないのだ!
まず、彼らは敵ではなく、ずっと僕が護り続けてきた民である。僕が変に行動を起こしてむしろ危害を与えてしまえば、堅洲国を去る前にも関わらず互いに嫌な思いを抱くことになってしまうだろう。
そういった情の念が、余計にその場から逃げ出す事を難しくしていたのである。
まるで蜘蛛の巣に引っかかった獲物かのように、もがけばもがくほどに髪を掴まれたり、胸やら腕やら顔やらを好き放題に触られたりしていた訳であるが、流石にこれは埒が明かんと思った僕は藻掻くのをやめて暫くの思案をした後、先程述べた懸念もへったくれもない行動に出た。
普段は草を食む牛のようにぼーっとしているなどと言われがちなのだが、こういう時の思い切りの良さだけは人一倍なのだ。
僕は何の因果か、この短時間で有り得ないほどに高まった信仰の力を文字通りに身体中から溢れ出させた。そしてそれに対して暴徒達が驚いた隙を見た瞬間、この魔の巣窟から浮かび上がって胡座を組んだのである。
その際、能力を使ったことで地面を揺らしながら館に植えられた木々の根が目覚め、まるで大蛇の首のように僕の背後へと控えた。
それは、この地には届かぬ陽の光の様な、この地に長く住まう者たちにとってはある種異様な光景であり、畏れを抱くものであった。
「畏れよ、そして敬え。我こそは暗き地下の底を東より照らせし国津神、葦原朝斗彦命なり。
古き時代より、我が威光に従う者には慈愛を、歯向かう者はこの剣を以て制してきた。此度我に歯向かう者は汝か」
「……!
そうだ! 我こそは伊吹山の首領にして古き連合の本隊を率いし大族長、人呼んで泣く子も黙る酒呑童子の伊吹萃香!
私は誰にも従わん! 例え、苦楽を共にしたものであろうと、親のように慕うどこかの神さまだろうとな!
日陰者として隠れる事を強いられようが、我が野心を阻める者など存在しない! 反逆の象徴たる鬼を率いしこの私が、鬼の護り神であるアンタを倒して本当の反逆者になってやる!」
……
「……なんだか知らないけど、あの二人ノリノリじゃない?」
「ヤマメ、貴女も分かるのね。ああ……妬ましい。眩い星々のような関係、実に妬ましいわ」
「……アナタ、それタダ言いたいだけでしょ?」
「そうよ。よく分かったわね。はぁ、妬ましい」
「……ツッコまないからね?」
「……」
「……」
『……』
「本当にツッコまないなんて、もしかしてアナタ……即興とか出来ないのかしら? その釣瓶落としに頭をやられたかのような鈍感さ、妬ましいわね」
「あーもう、うるさいなぁー! 無視してんだよ、無視! ……パルスィ! 私ココではあんま目立ちたくないんだから、アンタも黙ってほら、前向く!!」
……
各々の土俵に乗っかって向かい合った神と妖、対決の構図としてはバッチリである。
しかも、仮面を被ったかのように敢えて変えない僕の表情の中にしっかりとした感情があることを萃香は読み取り、そしてその期待に応えた。
ならば、こちらも応えなければならない。この地を統べた神として、彼女の面倒を見た者として、僕は彼女を倒すことだけしか選択する事は出来なかった。
両手を広げ、相手の逃げ道を絶つような弾幕を想起し、思い浮かべた形を現実へと書き起こす。
岩へとしがみ付く松の根のように曲がりくねらせた弾幕群を僕を中心にずらりと配置し、それを蠢かせるかのように操った後、後ろに控えた根の数々が敢えて間隔をずらしながら相手の退路を塞ぎ、弾幕となって追い討ちをかけるモノだ。
ちなみに、眷属である木々の根は僕の力で復活させられるので、何度も利用可能だ。そうじゃなければ、ここら一帯倒木だらけになってしまうからね。
ここで萃香はいつもの大きさへと戻ると、僕の攻撃の数々を軽やかに避けた。そして、大きく息を吸うと、それをこちらへと吹き掛けたのだ。
彼女の酒気混じりな吐息から溢れた妖気は瞬く間に姿を変え、少しばかり小さめな彼女の分身達が自信満々な様子で現れた。
「ごうれーい!」
「壱!」「弐!」「参!」「肆!」「伍!」
「……他の連中はどこいったんだよ! オイ!居ねぇじゃねーか!」
「アイツら東神さまと戦いたくないってよ!」
「……なんだと? ふざけんな! 私の分身のくせして角なしみたいな軟い事言いやがって! さっさと呼び出せ!」
「無理だよ! あたしらがやったってアリンコ大の分身しか出せないよ!」
「……もういい! ならお前らだけでも行ってこい! 目標は東神さまだ! しくじるなよ!」
「了解! おっしゃ行くぞー!」
こうして本体共々スレスレの回避を見せながら、わーっ! と向かってきた分身達を僕の背後で蠢く根がぺちぺちっと叩き落とすと、彼女達は
「あべし!」
「容赦がねーな!」
「思ってたよりも痛い!」
等と言いながら場外へと消えていった。
「クソッ、私の分身のくせしてあまりにも弱すぎる!」
勿論、分身達は明らかに引き立て役を買って出てくれただけである。僕の記憶が正しければ、この分身は一吹きで現れる人数全員でまとめてかかれば、下っ端天狗一人をも仕留める事を出来るくらいには戦えるはずなのだ。
(なおいつかの戦いにおいては分身が分身を呼び出し、その分身がまた分身を呼び出した事で、最終的にはカエルと相撲をしていたこともある)
殺し合う闘いではなく、観せる為の闘いという選択をした萃香の頭の中にはその後の事も含め、きっと色々な考えがあったに違いない。それでも、戦いを愛する者同士として飴と鞭を使い分けた戦いを選び、自らがやられ役を引き受けた事は賞賛に値するだろう。
どうやら僕が鍛えた者達は、一体誰に似てしまったのか三者三様に一癖も二癖もある癖者揃いであるが、皆等しく信念を固く持っているのは変わらないらしい。
いやほんと、誰に似たんだかねえ……。
「アイツらが使えないのなら、この私自らがやってやるからなッ! さぁ、百鬼夜行の到来を感じろ! 酒呑童子の真の力に恐れおののけ!!」
分身達が見事なやられっぷりを見せた後、萃香は戦いの咆哮を上げると、天井を指さした後に両手を握りしめ、己の胸を何度も叩き付けた。
いよいよここで迎えるは彼女の十八番、
堅洲国において、良い意味でも悪い意味でもその名を轟かせた萃香の巨大化は皆が知る大技であり、同時に皆の恐れを集める妖怪としての本懐のような力でもある。
ある日、泥酔した彼女が突然旧都の露店でくだらないイチャモンをつけた。当然見かねた店主が彼女に注意をして諌めようとした結果、激昂した萃香が建物の中で突如として巨大化し、店をまるごと潰してしまった事があった。
なお、その事件が起きた店の主も勿論妖怪である。
彼はボロボロの状態になりながらも自ら瓦礫の中から這い出た後、ふらふらの状態で地霊殿の門を叩いて自らさとりちゃんへと陳情を訴え、もはや瓦礫しか残らない自らの住処へと帰っていったそうだ。
勿論、その情報はさとりちゃんの迅速な対応によって僕にも共有され、たまたま手の空いていた土蜘蛛の大工達を駆り出して修復させるなど手を打つ事になった。しかもそのせいで、こちらはバカ弟子相手に角の短い小鬼に課すようなお遣いや可愛がりなどを強制させる羽目になったし、それに対してぶーぶーと文句を言いながらも課せられた課題をこなす萃香の姿を都の民達が見たことで忽ち事件は皆の知るところとなった。
結果として、誰もそのしっぽを掴めないほどに神出鬼没である彼女が絡んでくると、その後我が身に何が起こるか分からない……という恐怖の感情を萃香は他の住民達へと植え付けたのである。
さて、話を本題に戻すと、流石にこの状態の彼女を相手するには胡座なんて舐めた姿勢ではやっていられない。僕はすぐに体勢へと変えると、刀を引き抜く為に腰へと手を回した。
『そうはさせんぞ!』
地面を蹴って僕と向き合うように飛んだ後に再び腕を横薙ぎに振るい、萃香が腕輪に付いた鎖をこちらへと飛ばしてくる。
鎖の先に付いた三角錐の飾りがすっ飛んできたのをまるで露を払うのように引き抜いた刀で受け流すと、そのまま僕は軌道が逸れた鎖を断ち切らんと刀を大きく振り被り、そして鉄輪の中目掛けて振り下ろしたのである。
大きな金属音が周囲へと響き渡った。
僕は振り下ろした刀へとさらに力を込め、萃香は鎖を斬られぬ様に腕を振り上げる。そして、その動きが伝わった鎖もまた強烈なしなりを見せ、瞬く間に僕の斬り付けた
「うおっ! ……今のは危なかったな! きっと頭にあたってたら全部もって行かれたに違いない」
『ワッハッハ! 流石は東神さま、こういう時の思い切りの良さは変わらずだな!』
振り下ろした刀を再び振り上げた事で敢えてこの状況を脱した後、距離を置いた僕に対して萃香はにやりと笑いながら僕へと指を指した。それにこちらが笑い返すと、まるで何も言わずとも分かるかのように彼女は二、三度ほど頷き、そして再び腕を振り上げた。
『コレで終わりにしてやるっ! ぶっ潰れろ!』
「さあ来い! 全てこの身で受けてやる!」
勢い良く振り下ろされた鎖を歯を食いしばりながら両手で受け止めたのだが、まるで大蛇を抱きかかえたかのような重みと衝撃がこの時体全体へと伝わった。
この一撃を生身の人間が受けようものなら、きっと死んだことにも気付かないに違いない。人の道で無惨にも踏み潰された、昆虫のような死に様を迎えることになるだろう。
勢いが弱まると同時に萃香は力を込めて腕を一気に後ろへと引き、僕は引かれまいと体勢を変えて肩に抱え込んだ。そして、腰を捻るようにして彼女の引く方向とは真逆の方向へと力をかけたのである。
こうして、まるで腕相撲で勝負が拮抗した時のような状況が続いたが、僕は一歩も引くつもりはなかった。僕が突然に手を離す事は出来るが、相手はこの鎖と一蓮托生、手放す事など出来ない。言わば一方的な片道切符? というやつである。
一見僕を追い込んでいるように見えるものの、天井より伸びた聖域の木々なんかもまるで意志を持つかのように萃香を捕えんと構えるなど、実は袋小路に追い込まれていたのは萃香なのだ。
……
話は逸れるが、余程の負けず嫌いと聞いて皆がまず思い浮かべるのは誰だろうか?
白黒の魔法使い? それとも山の風祝? 弱い割に好戦的な妖精共?あるいは自分の家族だったり、長屋の隣に住む何某さんかもしれない。
ちなみに僕が思い浮かべるのは愛する妻の八坂神奈子なのであるが、実の所、勝てない戦いをしないというだけで僕もかなりの負けず嫌いである。
だからこそ、今までこの幻想郷における異変には関わってこなかった。
博麗の巫女を中心とするこの地において、完全に歯向かう事が御法度なのは一般常識だ。それを負かすことなど有り得ないし、許されないのだ。
……
永遠に続くかと思われた力比べであったが、ここで予想だにしないことが起きた。突如、萃香が無意識に、文字通りに脱力してしまったのだ。当然、そうなれば僕のかけていた力だけが一気に突き抜ける事になり、彼女は最早流れに身を任せる他なかった。
『……な、何っ!? 一体全体何が起きたってんだ……あッ!! お前……やりやがったな!?』
でか萃香の角に掴まり、こちらへと手を振るのは僕の右腕にして最強の事務係である古明地さとり……の妹、古明地こいしである。
「楽しそうだったから来ちゃった〜! 朝斗彦、やっほ──!」
『やっぱりお前かッ!……クソ──ッ! こんな所で横槍入れられるなんて、私は聞いてないぞ!』
勿論、僕も知らない。だって彼女は無意識に乱入したに過ぎないのだから。
「やっちゃえ〜!」
「よっしゃあ見てろよ、やってやるぞ〜ッ!」
ピンと張られた鎖をぶんぶんと身体ごと回転して振り回し、もはや萃香はなされるがままである。そのまま残像が見える程に振り回した後、僕は愛弟子を地底の果てまで投げ飛ばしてやった。
「じゃあな我が愛弟子よ! いつかまた酒を飲み交わそうじゃないか!」
「流石にこれはねーだろー!」
と、叫びながら飛んでいく弟子を見送っていると、後ろから肩をちょんちょんとつつかれた。振り向いた先にいたのは勝利の立役者、古明地こいしである。
「……あー、楽しかった! ねぇ朝斗彦、またやってー!」
「今は無理だけど、いつかまたやってあげるよ。……だから君もお利口にしてるんだぞ? お姉ちゃんに迷惑かけちゃダメだからな?」
「……もー、しょうがないなーっ。わかった!でも、やってくれなきゃ怒るからね!」
「おおそりゃ怖い! ……でも一度助けてあげたんだからさ、そこは大目に見てよ?」
「そっかー。あれ? でもさ、今わたしが助けたってことにすればもう貸し借りなしじゃない?」
「わーわー! 聞こえない聞こえない! こいしは何も考えない! 何も考えないったら考えないんだよ?いい?!」
「……まぁなんでもいいや! じゃあね、朝斗彦!」
「…ああ、またね」
長い一日が終わり、日が沈む。それは陽の光の届かぬ地底においても同じであり、太陽など姿形すら見えないにも関わらず、皆がその認識を共有している。そして眠りについたり、外で飲み歩いて徹夜した後にぶっ倒れたりした後に時報と共に朝を迎え、各々がまた日々の生活を営むのだ。
…
ともあれ、これをもって僕は居心地の良い地底を去った。
その為、その後に起きた事については今隣にいるさとりちゃんの方が詳しい。何せ、彼女は僕の空っぽな頭を埋める頭脳、素晴らしい副官だったのだ。
確かに地底はかつての栄華に比べれば慎ましくなったものであるが、彼女は今も、この地底を取りまとめている。
「……どう?良い感じにまとまったかな?」
「…………いやまだ書くことあるんじゃないですか?これで終わりじゃ誰もここを去ったあとの貴方に何があったのかが分かりませんよ」
「そっかー」