かなり会話多め。
「……なんで貴方が此処に?」
「ごめん、用があって来ちゃった」
「……ハァ……。こちらはただでさえ不穏な空気が流れていて、私だっていつ何処から襲われるかも分からない状況なのですから、勘弁してください。
……まぁ、大体のことは分かりましたよ。また隠岐奈さんから面倒事を任されたのですね? 良いでしょう。この地獄はどんな嫌われ者だって全て引き受けますよ」
「……襲われるって、何にさ?」
「貴方には関係の無いことです。ほら、早く地上に戻った方が良いのではないのですか? せっかく元通りになった目の色が変わってきてますよ?」
「さとりちゃんがそういうなら……。分かった。僕は帰るから、気を付けてね」
「あなたに言われずとも、そうします。それでは」
……
「……でね? 朝斗彦ったら、アナタの事は良く褒めてたのよ。己の才能に驕らず努力を行い、自分にある欠点を見つけて直すのが上手いって。だけど、思い切りの悪さと虚勢を張るところだけは損してるとも言ってたわ」
「……は、はぁ……」
「ところで貴女、紛れもなく朝斗彦がよく話してたあの教え子なのよね?
なら私に対しても敬語なんて不要よ」
「……そ、そうですか。じゃない、そうか……ならお言葉に甘えてそうさせてもらおう」
「……なぁ神奈子、さっきから困ってるみたいだしいい加減やめてやれよ。私だってミシャグジにそんな困らせるような真似しないよ」
「……アンタこの前アイツらに新しい呪術試してた癖によくそんなこと言えるわね」
「…………」
これは後に河勝から聞かされた、比売達との会話の流れである。僕と恋愛話をしたあと、どうやら一人で社へと帰った彼女は果敢にも比売に同じ話題を振ったそうだ。
すると、なんとまぁ甘酸っぱい話を聞かされまくり、その上たまに会話に顔を挟んでくる無性生殖者の諏訪子の存在も相まって、口から砂糖を吐きそうな程にカオスだったらしい。
暫くして話題が河勝本人に対する内容へと移り、やがて上の会話へと至ったという。
「ごめん、戻った。河勝、先程の頼みは無事に聞き届けて貰えたよ」
「おぉ、有難い。すぐに紫達にも伝えなければ」
頼みを叶えた事によってきらきらと顔を輝かせる河勝に対し、じとっとした眼差しでこちらを見つめるのは愛しの妻、八坂神奈子である。
「……目」
「……厳しいなぁ。みんな待たせてると思ったからこれでも急いで戻ってきたんだよ?」
一部の人にかなり需要があるのではと考えてしまうほど、彼女は満たされていない時の嫉妬が凄い。恐らく、再度地底に行く機会がある場合は常に橋姫が傍を付きまとう事になるだろう。
「神奈子もさ、あんまギャーギャー騒がずにいい加減認めてやれよ〜。いくら騒ごうがもう朝斗彦はそういう存在なんだからサ」
ヘラヘラとしつつ、助け舟をくれる諏訪子。
彼女のこういう所が憎めないところであり、やはり我々天津神由来の国津神とは異なる出自を持つ、土着の存在ならではの思考である。
「アンタねぇ……旦那が妖の神になった私の気持ちがどんなものか分かる?」
「……それを言うなら私ありきで成り立つお前はどうなのさ! 祟り神である私との繋がりがなけりゃ、この地の支配すらままならなかったくせに!」
「……なんですって?
私は良いのよ? もう一度この地を賭けて戦ったってね」
「おうおう……なんだお前、やるか!?」
「ほらほら、二人とも落ち着いて! こんな時に仲間割れしたってしょうがないでしょ!」
それっぽく止めに入っているが、喧嘩の原因というのは紛れもなくこの僕自身である。あれ、居ない方がもしかして平和なんじゃ? と思ったそこのアナタ、それが正解だと僕も思うよ。
勢いよく立ち上がった二人の肩を抑えて座らせると、間に挟まれた河勝のゲッソリとした表情が目に入る。これは自信を持って言えるが、きっと二人に色々弄られたりしていた事は安易に予想することができた。
「……外の空気が吸いたい。三人とも、ちょっと席を外させてくれないか」
「良いわよ。幾らでも吸ってきなさい」
「……僕も」
「「アンタ(お前)はダメ」」
脚が悪いのも相まってよろよろと退席していく河勝がすんなりと脱出したのに対し、僕は逃げ出すことができなかった。
結局、僕は二人に組み伏せられたことで禊を強制的に受けさせられ、なんだか神人時代を思い出すほどに清廉潔白な状態へと様変わりしてしまったのであった。
……
日が変わり、まだ日も昇りきっていない時間。
いよいよ計画を実行に移す時が来た。
トレードマークの北斗七星が背に描かれた藍で染められた羽織の袖に腕を通し、慣れた手つきで首飾りや腕輪等の装飾を身に付けて社を出ると、そこには既に河勝の姿があった。
「準備は出来たか、師匠」
「あぁ……。行こう」
「くれぐれも粗相のないように気を付けるのよ?」
「お前はアイツの母親かよ」
「朝斗彦が子供っぽいのは確かじゃない」
「まぁたしかにね」
思い返しても恥ずかしいことこの上ないが、もう割り切るしか無かった。何しろそんな些細な事よりも大事なことがある。
なにしろ、竜神との接触を果たせなければ、河勝の期待には応えられないのだ。失敗する事は許されなかった。
「さぁ、私の手に掴まれ。後戸の国を経由し、人里へと向かうぞ」
「分かった。それじゃあ二人とも、行ってくるよ」
「何かあったらすぐ戻ってくるのよ」
「いってらー」
こうして、二人が見送るなかで僕達は河勝の領域である後戸の国へと転送された。
この後戸の国というのは、かつて神力の扱い方を知らなかった弟子の身体へと僕が無理矢理乗り移り、彼に眠る神力を引き出した際に見た光景が基礎となっていることだけは分かった。しかし、一言で例えるならば非常に歪な環境であった。
なんとなくでも神と人の魂が結び付いたことからそういった環境となっているのは明らかであったが、それでも各地を見通せるようになっているのは彼女の神徳と努力の賜物と言えた。
「あのまっさらな領域がここまでになるとは……頑張ったね、河勝」
「私だけの力ではないよ。この領域が、口が悪くて小言のうるさい貴方の分身が、直接私へと語りかけてくれたからこそだ」
「ああ……あの時の。なんだアイツ、意外と真面目にやってたのか」
「人としての後見人がアナタならば、彼女は神としての後見人だな。
初めは信じられない野心を口にする時もあったが、私が力を増していく事に影も満足していき、やがて領域と完全に同化してしまった」
「……一体何を口走っていたのやら。
元々は僕の邪な部分の一つだし、ろくでもないことを言ってそうだな……」
「言えるもので良いのなら、彼女は王になりたいと言っていた。それを受け、私はあなたに根の国を再興させようと推挙したのだ」
「……えー。そんな気持ち、木剣を振り回してた子供の頃に捨てたと思ってたのに。あの頃の僕、自分の気付かぬところで内心どこかそう思ってたのかな……」
思わぬ所から飛び出す推挙の理由。
まるで寝言を言った時のように、自分の預かり知らぬ所で考えが漏れるというのは、こちらからすれば何とも恐ろしい体験である。然し、そのお陰で出会えた存在も多いので、まぁプラマイゼロと言うべきか……。
皆も寝言には気を付けようね。寝なくていい神霊にも関わらず夢遊病と寝言癖持ちの神こと、葦原朝斗彦より。
「フッ……。貴方にも野心があったことが知れただけで私は満足だがな。
さてそろそろ、件の祠に行くとしよう。出口はこの扉の先だ……」
「わかった。じゃあ、開けるよ」
開けた先には時間的にもまだ人気のない人里があり、僕たちは通行人の背中に開いた扉からヒョイっと足を踏み入れた。
「さぁ、急いで向かうぞ。うるさい連中に捕まる前にな」
「了解」
うるさい連中というのは、言わずもがな当代の御阿礼の子と、人里の守護者である上白沢慧音の事だろう。今でこそ二人は良き隣人、お茶仲間であるが、人の里に得体の知れない神が二人もいたらそりゃあ駆け付けるに決まってる。
「ハーッハッハッハ!」
と、河勝が見つけてくださいと言わんばかりに謎の高笑いをあげる中、行先も分からないのに彼女の車椅子を押して激走する僕であった。
「……おい師匠! 曲がる道が違うぞ!」
「そんなこと言われたって! こっちは何も分からないんだからそっちこそちゃんと道案内してくれよ!」
「むっ……確かにそうだな。
よし、ここを左に曲がり、突き当たりを右だ。そしてそのまままっすぐに進めば里の外れへと着くから、そこが竜神の祠となる」
「よし来た! 行くぞ〜!」
言われた通りの道を辿り、爆速で走り抜けると確かに僅かな神力を感じる場所があった。それこそが、今現在の人里にある竜神の像が出来る前の、元々の祠である。
「……汚くない?」
「……これは……、一度も手を付けてないじゃないか!?
はぁ────ッ……あの大阿呆共め!」
胸を張って案内された先には、薮に呑まれた古ぼけた祠がポツリ。手入れの手の字すらも感じない、非常に不味い状態に仕上がっていた。
「……女の子がそんな汚い言葉言っちゃあいけません!」
「やかましい! こんなの、文句の一つや二つでもつけたくなるに決まっているだろう!
クソッ! これでは本当に向こうに行く可能性が出てきたぞ……」
「……どうする? とりあえず、掃除する?」
「そうする他あるまい。
……あーッ、もう! あの馬鹿二人め! 私のみならず師匠にまで余計な手間をかけさせおって……。これならば、昨日のうちに来ておけばよかったッ!」
持ってきていてよかった、我が愛刀叢雲剣。
先方に敵対の意志を見せないように一度は置いていこうとも考えていたものの、まさか薮を切り落とす為に使うことになるとは思いもよらなかった。
「……ぎっくり腰とか気を付けなよ?」
「神である私がぎっくり腰などなるわけが無い!」
屈んで草むしりを行う弟子に声を掛けると、なんだか珍しく反抗気味な反応が返って来た。
強い口調でそう言うものの、河勝は障碍を司る神として脚はびっこを引き、両手に指の先も斜めに曲がっている。つまり、そういうことが起きる可能性は大いにあったため、ついついこちらも親心で心配してしまうのだ。
「……出たゴミは後で私が後戸の国で処理するから、師匠は気にせずぶった斬ってくれ」
「分かったよー」
……
計画は何一つとして流れ通りには進んでいない。
が、二人がかりでひたすらに無心の状態で清掃を行ったことで、薮の片付け自体は大体一時間ぐらいで終わった。それでも一時間である。道行く人々から後指を指されることだってあった。
「よし。では師匠、竜神様に呼び掛けてくれ」
「分かった。
……隠れし竜神、月に住まいし大綿津見神よ! 我が呼び声に応えたまえ!」
膝を地面に付いて頭を垂れ、祠に向けて両腕を広げたものの、向こうからの反応というのはなかった。
「……困ったな。なんでだろう?」
「己の素性を伝えてないからじゃない?」
「分かった。ちょっとやり直すよ」
「……我こそは、海神にして葦原中国を統べし三貴子・素戔嗚尊が末子、根ノ堅洲国の継承者たる葦原朝斗彦命なり!
静かの海を統べる竜神、大綿津見神よ! もしこの声をお聞きになっているのならば、貴公と同じく
強い風が吹くことで長い髪が靡き、袴に付いた足結の紐がりんりんと音を立てる中、僕はもう一度先程のように祈りを捧げ、一度も顔をあげることなくその返事を待った。そして河勝も僕の後ろへと周り、前に習って膝をつき、頭を下げたのである。
「……」
「……」
「……あの、何をされているのですか?」
「……誰だ? 僕達は今取り込み中なんだ、邪魔をしないでくれ」
「……そんな事をしていても竜神様は今お応え出来ないと思われますが」
「「……なんだとッ!?」」
ガバッと振り返った先にいたのは、黒い帽子を被り、ひらひらとしたフリルで装飾された服を纏った女子だった。たしか、髪色は比売のに近かったと思う。
「……何故大綿津見神の動向が分かる、お前は何者だ!」
「私は竜宮の遣い、名を永江衣玖と申します。竜神である大綿津見様に仕えています」
「……何だとっ!?
師匠、コレは予期せぬ好機ではないか? 彼女に使者を頼むべきだ」
僕がわざわざ姿勢を崩してまで質問をすると、彼女はあっけらかんとした態度で自らの素性を名乗りあげた。そして、それを聞くやいなや河勝は僕の耳元へと擦り寄り、彼女の存在を活用しようと提言したのであった。
「いや、まずは彼女が否定した理由から聞こう。
……何故大綿津見神は僕らの声に応えられないんだ? いくら月の民とはいえ、祠や社より問いかければ多少なりとも反応はいただけるはず……」
「月の民とはいえ……ではなく、月の民だからこそです。
今、かの都は外敵による攻撃を受けている真っ最中。月の軍事における最高司令官たる元帥様はその対応に追われています。また娘である豊姫様や依姫様もその対応によって手が空いていないため、此度あなた方の呼び声に答えることができないのです」
「……だってよ、どうする?」
「……いま一度策を立て直す。師匠、紫の元へ向かうぞ」
「分かった。……君の名は衣玖といったか。先程は高圧的な態度を取ってしまい、申し訳なかった。有益な情報をくれたことに感謝する」
「いえ、お気になさらず。竜神様の代わりにその声を届けるのが私の役目ですので」
僕は彼女に礼を伝えると、河勝の手を取って再び後戸の国へと入り、そこを中継地点とした。
そして弟子曰く、
「紫はここに居る」
という事らしい、この郷の東に位置する博麗神社へと向かうこととなるのであった。
誤字報告ありがとうございます!┏○┓