先代さんの描写に関してはだいぶ個人の妄想が入っています。
こういう解釈もありだよねってことで…ほな、また…。
百年前の博麗神社というのは、正直に言えば今ほど居心地の良い場所ではなかった。
ここでは祀る神が居ない(恐らく当初は竜神を祀っていたのだろうが、その信仰は長い月日を経て忘れられたのだろう)にも関わらず先代の巫女による祭祀が執り行われていたが、彼女は神降ろしの術を何代にもわたって受け継ぐことで郷における格を維持していた。
そして、先代の巫女だ。
彼女は霊夢の一つ前の代の博麗の巫女を務めた者である。
僕はこの時のみの対面であったが、御阿礼の子による記録によれば、その役を務めた年数は頭から数えて五つのうちに入る程の長期に渡るものであり、大結界の成立やその後まもなくに起きたという吸血鬼異変の対処などにも関わったという。
その後、彼女が雲隠れした後は暫くの空白期間を経た後に皆のヒーローである当代、博麗霊夢へとバトンが繋がれたのだ。
「やはりここに居たな、紫」
「隠岐奈! アナタこんな所で何を道草食ってるの!? 計画はどうなったの?」
「その事で相談があり、ここへと来た。博麗の巫女もいるようなのだから、ちょうど良いだろう?」
「すまない、邪魔をするよ」
河勝が衣玖から聞いた話を紫へと伝えている間、僕は先代の巫女から頭の先からつま先までをじっくりと観察されていた。
「……あの、なにか?」
「……」
「えっと……あんまり見られると、こちらも落ち着かないんだけど」
「いえ……もっとこう……気迫のある方かと思っていたから……。勿論、それ相応の実力がある事は分かってるとはいえ、なんだか随分と穏和だなーって」
「あぁ、よく言われるよ」
まるで若い頃(勿論神人だった頃のことだ。今も十分若いよ)の比売のように長く伸ばした髪を一つ結びにし、存在感のあるリボンと手に持った錫杖が目を引く彼女。
この時が最初で最後の顔合わせであったが、その優しそうな雰囲気の中に様々な苦労や葛藤を感じさせた。その点、妙に浮世離れした存在である今の博麗の巫女に比べれば、まだ人間っぽさがあるように思えたのである。
「……貴方には迷惑をかけたわ。大結界に関する騒ぎに、そして……瑞霊のことも。それなのに助力して貰える理由は、一体……」
「え? それはただ、僕なりの義理ってだけさ。
困り事がある者が頼ってくれるのならば喜んで手を貸すし、別に手出し不要とあらば静観するのみ。だって、それが神の仕事だから。
あと、その……瑞霊? さんとやらについては、僕はただ地底に送っていいって許可をさとりちゃんから貰ってきただけだから、礼をするならば向こうの娘達に宛てた方がいい」
「……っ、そうね。そう……よね」
どこか不安げな様子で彼女は左腕を脇腹へと回し、もじもじと動きながら顔を俯かせた。
「……私は貴方が羨ましい。
博麗の巫女たる私は妖を退治し、調伏させるのが役目であるはずなのに、実際は妖達の掌で転がされるただの操り人形でしかないわ。それに対して貴方は人々の味方である国津神という立場にあるのに、一方では恐ろしい鬼達を始めとする妖達に崇められし、日ノ本における隠れた鬼神でもある。
何故貴方は人と妖、相容れない存在両方の神という正反対の立場を持つにも関わらず、そんなに余裕を見せられるの?」
「……分からない。僕はただ、自分が思う神としての自然な態度を都度振舞ってきただけだ。
例えどんなに人が僕の事を敬い、信じようが……鬼が僕を王として崇め奉ろうが、こちらにとってはただそれだけでしかないんだ。
それでも、僕は神として彼等を護る務めがある。故に、それらしく振る舞うことで今まで何とかしてきた結果が、それなんだ」
「……でも、貴方は皆の信用を集めてるでしょう?昨日だって、貴方を慕う鬼が一人で乗り込んできて、向こうの気が済むまで品のない罵詈雑言を浴びせて帰っていったのだから*1」
「……それは本当にごめん」
そんな台風のようにフットワークが軽く、理不尽極まりない容疑者など一名しかいない。
何を隠してるのか、僕の前ではにっししと歯を見せて笑うあの顔を思い浮かべながら、僕は彼女に一言謝罪を入れた。
「はぁ……。私もあなたのように図々しくあれたらいいのに。……あっ、ごめんなさい。貶してる訳じゃあないわ」
「気にしないさ。僕もずっと、そうやってヒトを羨ましがってきた。それに、目の前の得体のしれないヤツ相手にもそうやって思った事を口に出来る豪胆さ、僕はとても好きだよ」
驚く相手の顔を見て僕が笑いかけると、先代もまたうふふ、と笑いを漏らした。
「……どうだろう。余裕を持つ者が傍にあれば、自ずと君の気分も落ち着いてこないかい?」
「……ええ。お陰で自分を客観視出来たわ。ありがとうございます」
「それは良かった。
そうしたら……ここでひとつ、君に先人の知恵というヤツを伝えよう。
それはね、自らの前に敷かれた道を否定しないことだ。
今の君はきっと、心のどこかで自らが歩むべき道を見誤ったと思っていることだろう。だけどそこで迷えば、必ずより悪い方向へと向かってしまうよ。
……生きとし生ける者たちは皆、それぞれが天命を背負っている。若くして黄泉へと向かう者もいれば、畳の上で大往生を遂げる者もいる。
きっと君は後者だろうから、生き急ぐ真似なんてしなくていいんだよ。
それに……例え今目の前に置かれた自身の状況が、まるで籠に囚われた蟋蟀のようだと己の中で感じていたとしても、この閉じられようとしている箱庭の中で、君の活躍に感謝する存在は必ずいる。
心優しき巫女よ、人を信じたいならまず第一に自分を信じろ。そうすれば、自ずと周りもついてくる」
「!」
この幻想郷において、人というのはあまりにも弱い存在だ。
そして、そんな法が制定される前までの何百年もの間、彼等が希望を見出す為の精神的支柱であり、事実上の王のような役目を持っていたのが博麗の巫女であったのだ。
そんな地位にある存在が、迷っていた。
それもほぼ他所者といったって過言では無い、この僕がお節介を焼きたくなったほどに……である。
……というか、焼いた。
なんだか子や孫の話を聞いてる気持ちになって、気付けば父性全開になっていたのだ。まるで早苗に対する比売のように、僕もまた生粋の親バカなのである。
(しかもこの場合は普通にアカの他人にも関わらず、なので全然僕の方が酷い)
「……ありがとう。見ず知らずの私に対して、こんなにも情けをかけてくれて。貴方に寄り添って貰えたお陰で、もう少しやれる気がしてきたわ」
「いいってことさ。困ってる人ってのはなかなか……捨て置けないからね」
僕が右手を差し出すと、彼女は杖を持ち替えて差し出した手を握り返した。こうして乙女相手らしからぬ硬い握手を交わしたものの、なぜだか向こうが離さない。
「……あの、なんでにぎにぎしてるのかな」
「……あッ! いやっ、えと……これは! えっと……殿方の手なんて今まで触ったことすらなかったから……つい……。……ごめんなさい」
「……マズい。またやらかした!」
良からぬ波動を感じ、助けの視線を送ろうと振り向くと、丁度河勝と紫が話し終わった様子でこちらを見てはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「……おっ、と……まさか初めて顔を合わせた博麗の巫女を誑かすとは……感心しないな? 師匠よ。
そういうのは他所でやってくれないか」
「違う、コレは事故だ」
「そんな所をもし妻である八坂神奈子に見られたら……ウフフ、面白くなりそうね」
「ならない。……いやちょっとホントにさ、そんなことしてる場合じゃないってば」
「そうだな? よし紫、これ位にしておこうじゃないか」
「えぇ? そうね隠岐奈、これくらいにしておきましょう?」
「クソ〜……年下の癖に生意気な奴らめ」
僕が妙に呑気な金髪コンビに対して毒づいていると、紫がピシャッと手元の扇子を閉じ、真面目な表情へと切り替えた。
そして、こちらを見る目が明らかに冷たさを含むものへと変わったその時、彼女は信じられないことを口にしたのである。
「さて、冗談もほどほどに……次に打つ手を決めたわ。我らはこれより、計画を実行に移すわよ」
「なんだって!? …河勝!これは一体どういうことだ!」
「……私達にはあなたに対して説明する義務がある。故に申し上げよう。
我等には月とは浅からぬ縁がある。それも、貴方との関係のような喜ばしいものではなく、言わば因縁だ。……そして、この期を逃すほどに我らも馬鹿では無い。ヤツらに混乱が生じている今の内に、この地を結界で閉ざすのだ」
「……その様なことを行えば、竜神が黙って見過ごすはずがない!
……駄目だ。河勝、絶対にすべきじゃない! そんな……」
「貴方が今更何を言おうと、もう遅いわ。だって私の式神が妖達に声をかけ、結界を作る為の準備に取り掛かっているもの。
それでも納得が行かないというのならば、もう貴方に用はないわよ」
「……すまないが師匠、これも幻想郷のため、ひいては我ら人ならざる者の為なのだ。今すぐに分かってくれなどとは言わない……。だが、きっと貴方も思い知ることとなるだろう。この決断が間違っていないということをな……」
ニュアンスこそ違えども、二人の言葉はほぼ同じ意味……つまり、僕はもうお役御免であるという事だった。こうして、それまでの空気が嘘のように張り詰めた緊張感が辺りに漂う中、僕は覚悟を決めた。
「……分かった。こうなった以上は、僕はもう力を貸せない。ここは潔く諏訪へと帰ることにしよう」
「賢明な判断ね。物分りが良くて助かるわ」
「……すまない、師匠。すまない……」
今振り返っても、あの時に僕が出来たことはほぼないと言っていいだろう。万が一計画のプランBとして月まで行ってたとしても彼処の神は皆が格上であるし、僕よりずっとおつむだってしっかりしている。
そしてなによりも、この背中の存在感ある注連縄。
これがほぼ獅子身中の虫といえるような存在であり、向こうの手の平で転がされる事になると思うと……もし現地で陰謀に巻き込まれた際には勝つ想像が出来なかったのだ。
「……待って!」
飛び立とうとする僕の手首を握ったのは先代の巫女である。彼女はやはり何処かほか二人に比べてもただの少女であった。
「……?」
「私、貴方に励ましてもらえて、凄く気が楽になったの。……もしまた心の中で迷うような時があれば、その時は絶対に貴方の背中を思い出すから! だから、貴方も私のこと、記憶の片隅にでもいいから置いておいて!」
「ああ、勿論だとも。約束する」
「……いつか、この神社でまた会えることを心から願うわ!
さようなら……!」
こうして僕はこの地が閉ざされる前に脱出し、そのまま諏訪へと帰った。
あまりにも早い帰還に対して大層驚いた様子の比売達に事情を伝え、それでも様子が気になる為に東の空を眺めていると、やがて数時間後に空模様は逢魔時を迎えた。
この時のことを簡単に言うと、まず妙な胸騒ぎがした後、すーっと気が楽になるような感覚を覚えた。
……思えばあれは、地底の社との接続が弱まり、人の神としての側面が強く出た事でそうなったのだろう。そして国津神として本来あるべき姿へと戻ったのだと思われる。
……
御阿礼の子にも引けを取らないと自負できるこの記憶力。その膨大な引き出しの中に仕舞われた、もう一つの景色。
ここまでに述べてきた事こそが戦いに勝ち、勝負に負けた神が実際に見た光景の数々である。
これはさとりちゃんの口から語られたのだが、かつては不変の王国と呼ばれた根の国もその後間もなく内紛によって瓦解し、今となっては地獄と旧地獄へと別れてしまったそうだ。そして、今の旧地獄…つまりは僕の治めていた地ではその頃の栄華と衰退の両方を知る者たちが中心となり、逞しく日々を過ごしている。
それと結局、僕と先代の博麗の巫女が再び顔を合わせたのはそれから百と二十二年が経った秋、山の異変が落ち着いてまもなくの頃のことだった。
既に物言わぬ存在となっていた彼女に対して何を捧げてやればいいのかが分からず、博麗神社の外れにある歴代巫女の墓所へと案内をしてくれた霊夢へ、彼女の好みやらなんやらについて質問をすると、
「……そんなの私だって知らないわよ。そりゃあ、直接あったことなんてないんだから。
まぁ、わざわざ遊びに来いだなんて念を押してたくらいなんだから、アンタが顔を出しただけでも十分喜んでるんじゃないのかしら?」
等と言われたものだ。
それからというもの、諏訪子からは
守矢の神である朝斗彦が博麗神社に入り浸る理由はこういうことでした。