家でかける眼鏡を探し回った結果、枕元にほど近い蛸足配線の中に鎮座していたこと、ありませんか?私はあります。
…そんなお話です。
「……あれ。ない……ないないない、ないッ! なんでだ! 今まで一度たりとも失くしたことなんてなかったのにっ!」
「うーん……。ちょっと貴方、朝からうるさいわよ」
「あっ、ごめん起こしちゃって。……いやでもないんだよ! 河勝の作った面がない!」
「……ならまた作ってもらえばいいんじゃないかしら……」
「そういう問題じゃないんだよ!
……えーっと……、地底から戻ってきて、それで皆で濁酒飲みながら夕餉を食べて、湯に浸かって……どうしたんだっけ! 全っ然思い出せない! そもそも何時、何処でなくしたんだ!?」
「はぁ? 知らないわよ……。付喪神にでもなって自分の足で出てったんじゃないかしら」
「……」
「……」
「「それだッ(よっ)!」」
……
「付喪神、探してます……ねぇ」
「霊夢〜、助けてよ。あの面がないと落ち着かないんだよ」
「……アンタのその入れ込みよう。そりゃあその能面とやらも付喪神になる訳だわ」
細い手脚が生えた若女の面がぴょんぴょんと飛び跳ねている様子が描かれた珍妙な墨絵を見ながら、【️八百万の代弁者】博麗霊夢は頭を捻る。
博麗の巫女を頼る守矢の神など周りの者が見れば爆笑必至であるが、対する【世俗的すぎる山の神】葦原朝斗彦はそのような事は一切気にしない。
かの能面は得物である叢雲ノ剣*1、天之麻迦古弓に天之波波矢と共に長い年月を経て彼のアイデンティティと化しており、相談に乗る霊夢もまた、彼の臀部に件の能面が下げられていないことに対しては若干の違和感を覚えていた。
「ていうか……アンタ、その剣と弓矢だって付喪神化してるじゃない。それじゃまるで付喪神のバーゲンセールよ」
「これはいいの。君が産まれるより千数百年以上も前からそうだし、何も言わなくても力を貸してくれるから僕とは一心同体なんだよ」
「神のくせに妖怪と一心同体とか気持ち悪っ。そういうこと平気で言ってると紫みたいになるわよ」
「ちょっと、勘弁してよ。あんな胡散臭くなったら比売に嫌われるよ」
その刹那、彼らの頭上に開かれたスキマによって降ってきたチョップが直撃。二人が頭を抑え、痛みに悶えていると、時を同じくして空の向こうより【人間代表の魔法使い】霧雨魔理沙が現れた。
「よう二人とも! なんで頭抑えてんだ?」
「霊夢が余計なことを言ったせいで紫にシメられた」
「なんでだよ。余計な一言はモジャ神さまと早苗の十八番だろ」
「今日は霊夢きっかけだったんだよ」
「まぁ、そういう日もあるよな!」
そう言うと、快活な彼女は神社の縁側へとどかり! と腰を掛けた。そして、横に置かれていた例の絵が描かれた紙を手に取って見ると、なんじゃこりゃと困惑を顕にしたのであった。
「僕の大事な若女の面が無くなったんだ。ほら、いつも腰に着けてるだろう? 比売曰く、付喪神になって逃げ出したんじゃないかって話だ」
「ああ、だから顔にそのまま手脚が生えてんのか。
……因みにさ。これ、誰が描いたんだ?
早苗はもっとこう……キュルン!って感じの、可愛くて上手い絵を描くだろ? こういう……なんだ、趣と味がある絵ってのはさ、大体諏訪子が描きそうなもんだが……モジャ神さま、あんたが描いたのか?」
「え? いや違うよ。寝起きの比売が描いた」
『!?』
あの泣く子も黙る山の神、八坂神奈子がこんな絵を!?
朝斗彦の一言を聞くやいなや、霊夢と魔理沙は顔を見合せた後にそのセンスが爆発した絵を再度自らの目に収めると、仰向けになって起き上がれなくなるほどに笑い始めた。
それに対して朝斗彦はというと、朝同じ事をしたことで愛する妻に口を聞いて貰えなくなったため、笑うに笑えない。ただ、年頃の女の子達が楽しそうにしてくれるならそれでいいや───などと、爺心に考えているだけである。
「……これは後世に残すべき名画だぜ! いや、今すぐ模写して人里に配るべきだよ」
「いやいや、守矢神社のご当地キャラクターにした方がいいわね」
「そうか。なら分社のある博麗神社にも姉妹作を描くように僕から比売に言っておくよ」
「……遠慮するわ」
やいのやいのと騒ぐ少女を横目に、心の内にダイレクトに来る攻撃には滅法弱い自分の妻の姿を想像した朝斗彦は、妻を守る為の選択をした。
こうして、山の神である八坂神奈子の名誉は本人の知らぬ所で守られたのである。
「……はー、笑った笑った! しかし能面の付喪神か。人里に行けばすぐ見つかるんじゃないか? 彼処ならたまに歌舞伎とか人形劇だとか、そういう催しもやってるしな」
「あ、確かに言われてみればそうだな。でも流石に能をやってるなんて話は聞いたことないよ?」
「……そういや、能に関しては私も聞いたことがなかったな」
「……」
「……」
「……」
「とりあえず、見に行ってみる?」
「賛成ね」「善は急げだ」
……
「……なんか、騒がしいわね」
「人里ってこんなにピリピリしてたか?」
三人が人里へとやってくると、なんだか形容し難い厭世感が漂っており、町民たちもなんだかフワフワお祭り気分な様子であった。しかし、そんな楽しげな雰囲気とは裏腹に、一つ針を刺せば負の感情が溢れ出しそうな、そんな張り詰めた気配もあった。
「これは……」
「異変だね。間違いない」
「とりあえずモジャ神さまのモジャ喪神を探しに行こうぜ」
「女面だから髪サラサラなはずだけどね。よし、行くか」
よく通る大声を出して話しながら大股で通りを闊歩していく魔理沙と朝斗彦。その姿はまるで兄妹のようである。
そんな二人に遅れて辺りを見回しながら歩くのは当代の博麗の巫女、博麗霊夢。持ち前の鋭い洞察力ですぐさま己の利益についてを考え始めている。
「……これは使えるわね。きっとこの混乱を纏めれば、うちの評判はうなぎ登り! 参拝客も増えるに違いないわ!」
取らぬ狸の皮算用……かは分からぬが、閑古鳥が鳴く博麗神社にとって、参拝客を呼び込む絶対的チャンスであるこの機会は決して逃す訳には行かない。
他二人とは明らかにズレた目的のまま、幻想郷の秩序たる彼女は足を進めていった。
三人が人里の広場へと足を運ぶと、そこには迷える民を導かんと王の威光を輝かせながら演説を行う神霊廟一派が居た。
頭目との親交深き朝斗彦、とりあえず誰とでも仲良くなれる魔理沙、そして商売敵の出現に爪を噛む霊夢……そんな三人が遠巻きに様子を伺っていると、約一名が神特有の隠せない神々しさを放っていたせいで、一瞬で向こうに存在を感知されてしまった。
「向かってくるわよ……」
「古代の王族だかなんだか知らないが、なんかペカペカしてるな」
「これはこれは、師匠! 人里でお会いするとは珍しい。息災かな?」
「我もいるぞ!」
「やぁ二人とも。ちょっと探し物をしててさ。この二人に手伝ってもらってるんだ」
「ふぅん……」
手をヒラヒラとまわしながら挨拶しに現れたのは
【神に育てられし全能道士】豊聡耳神子と、【龍脈を司りし尸解仙】物部布都。
朝斗彦から紹介された連れの二人が素面の状態*2で再度自己紹介すると、仙人達は彼女達のことをじいっと見つめた。見た目に反して実に老練な彼女たちから発せられる威圧感に、この異様な空気感も相まって異変解決のスペシャリストたる超新星たちもタジタジである。
「……タダの人が発していい気配じゃないわ」
「ありゃあ、人の皮かぶった何かだぞ」
「あんまり余計な事は言わない方がいいぞ、そなたら! 何せ、太子様は地獄耳であるからな!」
ふふん、と布都が胸を張る横にて綺麗な白い手で顔を抑えるのはその主、豊聡耳神子。まぁ間違いではないのだが、神仙である以上地獄は鬼界にも通じる縁起の悪い言葉である為、目の前でそう紹介されると中々に心中複雑である。
「…そうだ。師匠、その探し物とは?」
「ああ……コレだよ」
懐からバサッと広げたのは例の自信作。まるで鳥獣戯画のような趣のある、画伯・八坂神奈子渾身の力作である。
「ブワッハハハハッ! なんじゃこの絵! 我の方が上手く描けるわ!」
「ふぅん? なかなかにいい絵じゃないか。私は好きだよ」
「うちの家内が描いたんだ。見れば見るほど味がする、いい絵だよ」
朝斗彦の説明を聞いて顔を真っ青に染めた布都の横で、神子はまるで同志を見つけたかのように頷き、誇らしげに目を閉じた。
朝斗彦からすると、その二人の様子はあまりにもおかしいものだったので、笑わぬように顔を逸らす。
「……所でこれは、能面かな?」
「え? あ、そうそう。河勝が雲隠れする前の最後に作った、言わば遺作だよ。ずっと大事にしてきたんだ」
「……ほう。それが、失くなったと? ならば私も手伝おうではないか。この騒ぎと、師の失せ物。きっと繋がりがあるはずだからね。
……だが、その前に。
どうやら私と同じ望みを叶えんと考える者がいるらしいですね。心の欲が、この耳当て越しにも分かるほどに先程から漏れていますよ? 博麗の巫女よ」
彼女の一言によって、それまでまるで宙に浮くかのごとく存在感を消していた霊夢の元に視線が集まった。いきなり触れられた彼女はギョッと驚き、そして神子はどこからともなく出した笏を口に当ててしたり顔である。
「あ、アンタに何の関係があるわけ? 言っておくけど、やましい事なんて考えてないわよ」
「私が関係ない? いえ、大いにあります。私は仙道を往く神仙として、迷える民を導かねばならない。故に、言うなれば所謂商売敵相手に我が力を見せつけ、民を従わせねばならないでしょう。
幻想郷の頂点に君臨せし博麗の巫女が何代にも渡って行なってきたことを、此度は私がやってみせる。そして、民を
「そうだ!太子様の言う通り!刮目せよ、聖徳王の威光を!」
各々が決めポーズをバッチリと決めてそのまま固まること、三十秒。
あんまり放置してもしょうがないので朝斗彦が霊夢に対して目で合図すると、彼女はやれやれといった様子で相手をすることにした。
「ハァ……。面倒が増えたわね。ちょっと耳の良い木兎如きがこの幻想郷で博麗の巫女を越えようなんて口走って……アンタなんかには何千年も早いわよ! 表に出なさい!」
「……いや、表にはもう出てるだろ……」
「魔理沙。しーっ、だよ」
喧嘩なんてものは人里、ひいては幻想郷では日常茶飯事である。
騒ぎを聞いてなんだなんだと集まり始めた民衆は、今すぐにでも事を起こさんと緊張感漂わせる二人を見るやいなや、すぐさま声を張り上げてそれぞれが思い思いに応援し始めた。
しかも、今回に関してはいつものような酔っ払い同士の喧嘩や、夜中に騒いで揉め事を起こすような雑魚妖怪の諍いなどというくだらないモノではない。
片や伝説の存在と思われていた、聴いていた話とは違って仏教愛ゼロの聖徳王。そしてそれを相手するは、里の者百人に聞けば百人が同じ回答をするであろう最強の存在、博麗の巫女。
そんなふたりの対戦という超ドリームマッチである。
ハッキリ言ってそんなの、民衆が興奮しないはずがないのだ。
「オイ放火魔、私らも一発行っとくか?」
「……なんだと〜? 誰に口聞いてると思っているのだ、このこわっぱ! その天狗のように伸びた鼻っ柱、我がへし折ってくれるわ!」
「おっ、やる気だな? 寝坊助の古代人がどれだけやれるのか、この霧雨魔理沙様に見せてくれよ!」
「良かろう! 場所を移すぞ、ついてまいれ!」
「おいおい勘弁してよ」
そんな調子で、気付けば辺りは大騒ぎ。
郷にやって来てからというもの、すっかりノリが悪くなった朝斗彦はもはやどうでも良くなってしまったのか、例の絵を畳んで胸にしまい込んだ後に一人静かに人里を離れていった。
そんな彼が宛もなく飛んで行った先にあるのは、小高い丘にてどっしりと構えし妖怪の駆け込み寺こと、命蓮寺である。飛んでいけば境内までひとっ飛びだというものを、どういう訳か彼はわざわざ参道に降りて自らの脚で登り始めた。
そんな林に囲まれた参道を呑気に進む朝斗彦の元に、一人の妖が立ちはだかった。神子の復活騒ぎの際には早苗にボコボコにされた命蓮寺の弟子こと、【絶叫する新弟子】幽谷響子である。
「こんにちはっ!!!!」
「こんにちは。相変わらず精が出るね」
「えぇ!! 挨拶は大事ですし、日々のお勤めは心を安らげますから!」
「うん。実にいい心がけだと思うよ」
「ところで、ご用件は?」
「探し物をしててね。人里に行ったんだけどなんかとんでもないことになっちゃったからさ、落ち着いてそうなこっちに来た」
そこで再び懐より登場、疾走する女面絵。
せっかく愛する妻が描いてくれたのだからと彼はモノ探しのために活用している訳だが、ハッキリ言って見せられる方はたまったものじゃない。
そして、それを見せられた響子はと言うと、朝斗彦から特に説明もなかったのできっとこれは彼の自作絵なのだろうな〜と割り切る事にした。
忠犬やまび公は賢いのである。
「……あっ! そういえば今朝、不思議な妖怪がここを登っていきましたよ! 私の挨拶も聞かずに『私のお面がないぞー』……とか何とか言ってました!」
「……なんだって? それは有益な情報だ。ありがとう響子ちゃん、助かるよ」
「いえいえ! 朝斗彦さんはお寺に用がある際に毎度律儀に参道を通ってくれますし、山彦と朝斗彦の同じ彦仲間なので、感謝の代わりですよ!」
「そうだね。彦仲間だもんね。
……響子ちゃん、いつもありがとうね。それじゃあ、僕は行くとするよ」
「はい! それでは!」
まるで可愛い孫の面倒を見る翁のように響子の頭を撫でたあと、朝斗彦は背中の立派な注連縄をゆさゆさと揺らしながら境内に続く正門を潜り抜ける。
自分が地底に置き忘れた事実などは無意識の内に忘れつつ、きっと何かしらの進展を掴めるだろうという、持ち前の鋭い勘に導かれて……。
2026年に心綺楼の話を書くやつがいるらしい。
いや、いるが?