交叉路をさらに奥へ進むと、石畳は次第に苔と胞子に覆われ、薄暗い空気が漂いはじめた。
私は主の背を追いながら、息苦しさに小さな胸を押さえる。
「主よ……ここは、他の場所と違います。冷たいのに、どこか重たい……何かが、見ているような」
返事はない。だが、主の足取りは迷いがなく、この闇の奥に目的があるかのようだった。
やがて開けた空洞に辿り着く。中央には古びた石の社が立ち、壁面には多くのカタツムリの殻が並んでいた。
その最奥で待ち受けていたのは、一匹の奇妙な虫――いや、カタツムリの姿をした霊媒師だった。
「オホ!」
甲高い声が響き、私は肩を跳ね上げる。
「暗闇から忍び出てきたおまえらは一体何者ぞ? ……なんと間抜けな見た目よの! 奇妙でうつろな顔に、よく切れそうなその武器! オホホホ!」
主は黙したまま、彼を見据える。
霊媒師は楽しげに殻を揺らし、くるくると首を傾げた。
「放浪者よ、おまえは重要ななにかにみちびかれ、ハロウネストの亡骸へとやってきた。それがなにかは訊くまい。……だが、助けがほしいのだろう?」
私は息を呑む。確かに、主がここに導かれたような感覚は否めない。
霊媒師は大仰に殻を叩いた。
「言うな! 何も言うな! オホホ! わしから贈り物をやろう。小さき者にこそ相応しい、強力な魔法をな!」
次の瞬間、主の胸元に眩い光が吸い込まれるようにして宿った。
――《復讐の魂》。
「ひっ……! な、何をしたんですか主に……!」
私は慌てて主へ駆け寄る。しかし、主は苦しむ様子もなく、むしろ静かに手を掲げ、掌に光を集めていた。
ぼう、と白い火球が浮かび、空中に形を成す。
次の瞬間、それは唸りをあげて前方の壁を焼き焦がした。
私は言葉を失った。
「これは……?」
霊媒師は得意げに頷く。
「恐れるでない、信じるのだ! それは《ソウル》――すべての生き物の内に眠る力よ。生命が流れるたびに生じ、死とともに霧散する。
それを刃で斬り、血で浴び、集め、解き放つ……それが魔法の本質よ。オホホ!」
「ソ、ソウル……」私は呟いた。
主の戦いを思い返す。敵を斬るたびに、白い霧のようなものが彼に吸い込まれていた。あれがソウルだったのか。
だとすれば、主はそれを意識して集め、この瞬間から自在に放つことができるのだ。
「……でも、それは……命を削って奪うものなのでは?」
思わず口にした私の疑念に、霊媒師はにたりと笑った。
「善悪など問うな。力はただ流れるものぞ。奪い、使い、繋ぐ。それがおまえたちの役割なのじゃよ」
私はぞくりと背筋を震わせた。
だが主は無言で釘――いや、夢見の釘を一瞬掲げる。そして、光が刃に宿り、霊媒師の方へ向けられた。
「おや……?」
霊媒師の瞳が細くなる。
「夢を覗こうというのか……おまえ、見た目よりも好奇心が強いのう! オホホホ!」
その声色に、一瞬の驚きが混じっていた。やはり彼はただの虫ではない。夢見の釘の力を、正面から認識している。
そのとき、奥の扉の先から、不気味な音が響いてきた。
霊媒師は首を振る。
「オホ……小さな友よ。ひとつ頼みを聞いてはくれんか? この社の中枢に、おぞましい獣が巣くってしまったのだ。わしの祖先の眠る場を汚すなど、不敬千万! おまえが退治してくれると助かるのだが」
私は思わず主を見上げる。もちろん、彼は無言だ。だがその釘がすでに構えられていることで答えはわかる。
「……わかりました。でも……気をつけてくださいね」
奥へと進むと、複数の小さなバルダーが跳ね回っていた。丸まった球体となり、壁にぶつかりながら突進してくる。
「ひゃっ……! と、とても遊びで転がすものじゃ……!」
私は逃げ惑いながら必死に物陰へ隠れる。
主は次々と釘を叩き込み、やがて掌にソウルを集める。
白光が走り――放たれた《復讐の魂》が、小バルダーたちを一掃した。
壁が揺れ、残骸が転がる。私は震えながらも、その力の強大さに息を呑んだ。
だが本当の敵は、その奥に待っていた。
天井から、巨体が落ちてくる。分厚い甲殻に覆われたオオバルダー。
「う、嘘でしょう……! 大きすぎます……!」
主はすぐさま釘で打ち込む。しかし硬い殻に弾かれる。やがて巨体は丸まり、鉄球のように突進してきた。
「主、避けて――!」
石床が砕ける。粉塵の中、主は無傷で身を翻していた。
釘では通じない。けれど、新たに得た魔法なら――
主の掌に白光が収束する。
轟音とともに放たれた《復讐の魂》がオオバルダーの体を直撃した。
巨体がよろめき、呻き声をあげる。繰り返し撃ち込むごとに、ついに分厚い殻が砕け散り、オオバルダーは倒れ伏した。
戦いを終え戻ると、霊媒師が待っていた。
「オホ! どうやら獣を倒したようだの! あれも哀れな生き物じゃ……かつてはおとなしかったのだが、この洞穴の悪しき空気に古の怒りを吹き込まれてしまった。……だが気に病むな。おまえはよくやった! もちろん、わしの魔法がなければできなかっただろうがの! オホホホ…オエオエゴホッゴホホン!」
柵が開き、次なる道が現れる。
私は疲労を覚えつつも、胸の奥に奇妙な高揚を感じていた。
主は新たな力を得た。交叉路のさらに深部、そして都へと続く道を切り開くために。
私は安堵の息をつきながら、胸の奥で奇妙な不安を感じていた。
――主は新たな力を得た。釘に加え、魔法まで。
ならば、私はもう不要ではないか? ただついていくだけの従者など。
「……主」
思わず呼びかける声が震えた。
「その……私がいなくても、もう大丈夫なのでは? 魔法もあって、釘もあって……」
沈黙。だが次の瞬間、主は小さな声を漏らした。
「……おまえがいると、安心する」
私は目を瞬いた。言葉は不器用で短い。けれど、確かに心からのものだった。
胸が熱くなり、安堵の涙が滲む。
霊媒師がにやにやと笑いながら口を挟む。
「オホホ。よい主従じゃのう。だがそこの小さき従者よ、欲をかいておるのではないか?」
私はびくりと身を震わせた。
「……わ、私も……その魔法を……使えるようになれたら……」
霊媒師は大笑いした。
「オホホホ! おまえには無理じゃ。ソウルを刃で引き出す根性が足りぬ! 命を奪う覚悟がなければ、ただ飲まれて終わりよ」
「っ……!」
悔しさに言葉を詰まらせた。
だが主が一歩前に立ち、私の前に影を落とした。
その姿に、心が静かに満たされる。――力がなくとも、私にはこの背に付き従う役目があるのだ。