“無限の猿定理”とは、十分長い時間をかけてランダムに文字列を作り続ければ、どんな文字列もほとんど確実にできあがるという定理である。比喩的に「猿がタイプライターの鍵盤をいつまでもランダムに叩きつづければ、ウィリアム・シェイクスピアの作品を打ち出す」などと表現されるため、この名がある。

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真昼の子猫のタップダンス

 吾輩は猫である。

 

 名前は――――よく分からん。

 よくご主人が吾輩に対して名前(だと思われる)で呼んでくるのだが、人間の言葉は理解できない。

 ご主人の声に反応して振り向けばご主人はいたく喜ぶので、恐らくそれが名前なのだろう。

 とはいえ、どういう名前なのかはよく分からないので、吾輩はただの猫である。

 

 ご主人は最近よく家にいる。

 しばらく前までは日中はどこかに出かけていたというのに最近は机に座って板のようなものを叩いている。

 この板が中々良いもので、適度に暖かく凸凹具合も心地よいのだ。

 なので、ご主人の指先にある板へとよく寝転がるのだが、ご主人はそんな吾輩を煩わしそうに退かすのだ。

 

 不敬である。

 

 ある日、ご主人を見てみると、机の上に突っ伏して寝ているのを発見した。

 吾輩は華麗に椅子を駆け上り、テーブルの上へとたどり着く。

 

 ご主人、昨晩夜更かししていた所為か、心地よさげに寝ておる。

 

「……にゃぁ」

 

 一言。

 

 反応なし。

 

「にゃぁにゃ」

 

 二言。

 

 ――フィーバータイムだァ!!

 

 この板は吾輩のモンだァ!!

 ゴロゴロゴロゴロ! 匂いだってつけまくっちゃうもんね!

 吾輩のオンステージを邪魔する愚かな人間種は今日ここに存在しないのだ!!

 

 吾輩のもんだぁ!――

 

◆ ■ ◆ ■ ◆

 

 彼と一緒に上京をして4年が経った。

 

 慣れない都会の生活に悪戦苦闘してはいたものの、私としてもだいぶ安定してきたのかなと思った。

 そう考えると人間は次の新生活を望むもので、私にとっての願望はたった二文字だった。

 

「結婚かぁ……」

 

 理想を言うのであればこういうことは彼から言ってほしいものである。

 こう、強気に、かっこよく、曇りない眼で言ってほしいものである。

 

 ――俺のものになれ。と。

 

「無理だよなぁ」

 

 彼はよく言えばとてもやさしい。悪く言えば弱気が過ぎるのだ。

 告白したのもじれったい関係に嫌気のさした自分が言ったものだし、絶対に自分から結婚の話を出してくるようなタイプではない。

 

 だからこそ、メッセージの文章が来た時に私は目を疑った。

 

『なぁ』

 

 いつもメッセージを送るときは“お忙しいところ大変申し訳ございません。貴方の彼氏なのですが今お時間よろしいでしょうか”とお前は何者なんだという姿勢で話出すのに、今日の雰囲気には不覚にもドキリとした。

 

『どうしたの?』

 

 恐る恐る返す。

 

『もうそろそろおれたちもつぎのすてっぷにすすむころあいだとおもうんだ』

 

「読みづら……」

 

 もうそろそろ俺たちも次のステップに進む頃合いだと思うんだ?

 何を言っているのか。てか、なんでひらがな?

 

「もしかして……」

 

 次のステップと聞くとどうしても頭に浮かぶのは、やはり結婚という二文字だった。

 そんなまさか、銭湯や温泉に行ったときに男風呂から大きな声で“冷えものでございー!”と恥ずかしげもなく言う低姿勢な男だ。

 自分から結婚を話題に出すとは思えない。

 

『けっこんしよう』

 

 ――!?

 真昼のカフェで声にならない声が出る。

 まさかまさか、外食なんてしようものなら店員さんに向かっ――

 

『おれのものになれ』

 

『……はい!』

 

◆ ■ ◆ ■ ◆

 

「んぅ……」

 

 深く重いため息が出る。

 

 時計を確認する。15時を少し回ったところだ。

 

「15時提出予定だぞ……」

 

 最新商品の企画書提出は本日の15時予定なのだ。

 最近の若いモンは時間に対して無頓着な節があるのだ。

 

 現在、企画書の提出を出せていない男もまさしくうだつの上がらない、かといって生真面目とは程遠い男だ。

 今までなら少し席の近くに足を運んで進捗確認と圧力をかけることも出来たのだが、ご時世柄か在宅勤務が決まってからは何をしているのか全く見えない。

 まさか、人目がないことをいいことに仕事をサボっているのではないのか。

 

 今回の企画を彼に任せたのは最後のチャンスだと上位レイヤーでは言われているのだ。

 ましてや提出期限すら守れないのはただ叱られるだけでは済まないのではないか。

 

「仕方ない。電話をかけるか」

 

 これで在宅をいいことに居眠りでもかましていた場合は私の堪忍袋も限界だろう。

 

「ん?」

 

 社内メッセージ?

 見てみると今電話をかけようとした彼からの通知だ。

 ギリギリセーフだったということか。

 

『きかくしょ』

 

「まともにメッセージも送れんのか……」

 

 企画書を出せればいいというわけではないのだ。

 これで大したことない企画書だったら容赦なく突き返してやろう。

 

「どれどれ?」

 

 企画書へと目を通す。

 

 やはり面白みもない商品企画だ。

 ターゲット、商品性、会社への利益。

 そして何よりプレゼン力が足りていない。

 どこかで見た説明文だ。

 

「……ダメだな」

 

 やはり彼には才能がない。

 残念ながら人事には私から説明を――

 

「ん? まだページ数がある?」

 

 大方企画書の内容は終わっているはずだが、まだ別の内容がある?

 

 私はスクロールしてページを捲る。

 

「こ、これは!!?」

 

 なんだこれは!?

 じょ、情報が溢れてきている!? こちらの脳内に直接アイデアを叩きこんでくるような斬新な語り口!

 老若男女すべての人物に受け入れられる商品性。

 誰にも思いつかない独創的かつ斬新なデザイン。

 

「なんてことだ……」

 

 ほろりと自身の頬を涙が伝うのが分かった。

 

 私は今、文化レベルの分岐点にたどり着いている。

 人間が新たなステージに旅立とうとしているのだ。

 

「能ある鷹は爪を隠す……か」

 

 この商品により、日本は先進国から一歩先へ進む。

 車は空を飛び、不老不死は実現し、猫と人間は対話できるようになるのだがそれはまだ未来の話である。

 

◆ ■ ◆ ■ ◆

 

 地球から7万6千光年。

 人類には認知することすらできない遥か彼方で人類を値踏みする存在はいる。

 

「謌代i縺梧ャ。縺ォ襍エ縺乗弌縺ョ隱ソ譟サ縺ッ騾イ繧薙〒縺?k縺具シ(我らが次に赴く星の調査は進んでいるか?)」

 

 名という概念からも超越した彼の者たちは居住地を求めて進軍を進めていた。

 新たに生物が居住できるに適した星への調査を進めていた。

 

 今まで数多の星々を侵略し、その地を枯れさせてきた彼らに恐れるものはないが、慢心は凡愚のものだ。

 

 彼らは星へと侵略する前に、調査を秘密裏に行っていた。

 

「逕溷多菴薙?荳?莠コ縺ォ逶ョ繧偵▽縺代?∝・エ繧峨?謖√▽讖滓「ー縺九i隱ソ譟サ繧定。後▲縺ヲ縺翫j縺セ縺吶?(生命体の一人に目をつけ、奴らの持つ機械から調査を行っております)」

 

 報告を聞くに、その星の生命体の文化レベルは酷く拙く、機械をハッキングしての調査すらわずらわしさを覚えるほどだ。

 いまだに地に足をつけて歩いているし、アブソーバーユニットもなく、同じ種族で対立している箇所すらあることは彼らからしてみれば信じられないことだ。

 

「諢壹°縺ェ窶ヲ窶ヲ謾サ繧∬セシ繧薙〒蝠城。後↑縺?↑(愚かな……攻め込んで問題ないな)」

 

 愚かな星など彼らの糧となる定めである。

 

「縺薙?√%繧後???シ(こ、これは!?)」

 

「縺ゥ縺?@縺滂シ(どうした?)」

 

「縺薙■繧峨?繝ヲ繝九ャ繝医↓貎懷?縺励※縺上k繧ゅ?縺後>縺セ縺呻シ(こちらのユニットに潜入してくるものがいます!)」

 

 星の生命体を足掛かりに調査をしていたというのが仇をなしたか。

 生命体がこちらがハッキングしていた機械からこちらの船のユニットを捕捉しているという。

 

 そんなバカな話がない。

 この星の生命体は重力から解放されることすらままならないはずだ。

 低い文化レベルの生命体が自分たちの存在に気付くことなどありえない話だ。

 

「繝槭じ繝シ繝ヲ繝九ャ繝医↓謖?尚讓ゥ繧貞・ェ蜿悶&繧後※縺セ縺呻シ(マザーユニットの指揮権を奪取されてます!)」

 

「繧ィ繝翫ず繝シ繧ク繧ァ繧、繝ォ縺ョ髫泌」∝ー?事?√??谺。蜈?オ仙粋轤峨?蜃コ蜉帙r縺ゅ£繧峨l縺ヲ縺?∪縺呻シ(エナジージェイルの隔壁封鎖! 次元結合炉の出力をあげられています!)」

 

「繧ィ繝ェ繧シ繝シ繝臥?イ繧貞・ェ繧上l縺セ縺励◆?√??闊ケ蝗」縺悟推縲?r辣ァ貅悶↓縺?l縺ヲ縺?∪縺呻シ(エリゼード砲を奪われました! 船団が各々を照準にいれています!)」

 

 初めて彼らは気付く。

 我々は逆鱗へと触れたのではないか?

 この生命体。人間といったか? この種族が星を治めていたと思ったが、その裏には強大な……まさしく次元が違う存在がいるのではないか。

 

 手も出ず、成す術もない兵たちに嘆息し、指揮官である彼は目を瞑る。

 

「諷「蠢?□縺」縺溘°(慢心だったか……)」

 

 この日、地球から遥か彼方で一つの生命体が終わりを告げた。

 その船団が消滅するときの光が地球に届くのは遥か未来の話である。

 

◆ ■ ◆ ■ ◆

 

「んぁ……?」

 

 やべぇ、寝てたみたいだ。

 昨日まで残業して企画書をまとめていたから寝不足だったのか。

 今日は15時までに企画書を提出しなければならないのにとんだ失態だ。

 

 よだれを袖で拭き、目の前のPCを見る。

 

 そこには我が家の愛猫がすぅすぅと寝息を立てて寝ているのだった。

 

 何が楽しいのかうちの猫はキーボードに興味津々だ。

 咎めてやらないといつもキーボードで小躍りするのだ。

 

 猫を抱き上げてやると、猫は眠たげに目を開けてこちらを見る。

 

「仕事中だからキーボードに乗ったらだめだって言ったろ? 聞いてるのか――?」

 

「にゃあ」

 

 名を呼ぶ前に猫は返事した。

 

~真昼の子猫のタップダンス 完~


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