TSする呪いを掛けられたので、原因となるダンジョンを防衛する 作:ゼフィガルド
最初は単なるミーハーだった。煌びやかな世界を夢見て、されど困難に直面して、現実を知る。大人になるとはそういうことだ。特に、この糞ダンジョンにおいては顕著だった。
あらゆる媒体から探索者を夢見た少年少女が『我こそは!』と意気込んで、糞まみれを超えた先にある順当な難易度の壁にぶち当たり、やがてリターンが無いことを知ると去っていく。合理的で賢い選択だ。
成功が約束されている訳でもない探索よりも面白い娯楽は沢山あるし、収入に関しても学生バイトをやった方が確実だ。再挑戦する探索者は減って行き、なおも挑み続けるヤバい奴らが残っていた。彼女はその一人だった。
「ダァッシャァ!」
植物人間達を切り捨て進んだ先。大きな門が聳え立っていた。
このダンジョンで初めて5階に辿り着いた彼女の名は『栗栖エリコ』。糞塗れ、植物塗れになりながらも、何故か挑戦を止めないイカレた探索者だった。
雰囲気的にも。この先に強大な敵が待ち構えているのは分かった。彼女はポーションなどを使って、コンディションを整えると門を開けた。されど、罠や奇襲を警戒して、突入方法も用心した物だった。
「ようこそ。ここに辿り着いたのは貴様が初めてだ」
入ったフロアは大広間の様になっていた。壁に立て掛けられていた松明が灯り、主が姿を現した。
今までの珍妙なモンスター達とは違い、人間の様な体に凶悪な蜘蛛の顔面。背中からは8本の脚が飛び出している。ボスに相応しい威容が備わっていた。
「貴方がボスね」
「如何にも。そう言う、お前は『栗栖エリコ』だな? 俺は、お前のことを見ていたぞ。糞塗れになろうが、何度失敗しようが立ち上がる女。一体、何がお前を駆り立てる?」
大抵の同級生は直ぐに飽きてしまう物だが、彼女だけはのめり込んでいた。友人達からも制動を掛けられたが、彼女は止まらなかった。
「ミーハーだった私が、このダンジョンに潜って糞まみれになった日から。私の中で覚悟が決まったのよ」
簡単にクリアできない。クリアして貰う為のダンジョンではない。
だからこそ、彼女は自らに受けた屈辱……いや。夢を見ていたバカな少女をイジメ抜くかの様に挑戦していた。
「いうだけのことはある様だ。今のお前は、駆け出しながら探索者としての矜持が垣間見える。サァ! 俺を超えて行け!」
「もちろんよ!!!」
2人が駆けだした。蜘蛛男は見た目に相応しい粘着性のある糸を吐いて来たが、エリコはバフを掛けた身体能力で回避しながら、肉薄していた。
――
「いいぞっ! エリコ! 行け―ッ!!」
5階に到達した探索者が居たと聞いたので、私達は観戦することにしていた。
にしても、あの子。アレだけ糞まみれになって、植物人間にボコられたって言うのに、なおも挑み続ける執念は、私としても若干の恐怖を感じている。
「(一体、何が彼女をそこまで焚きつけるんだろう……)」
私達の様な職業探索者は報酬などもあるが、学生の探索者なんてイベントやノリみたいな物だろうに。どうして、彼女はこうも鬼気迫る勢いで挑んでいるんだろうか? もしや、私が糞塗れにしたのが原因だろうか。
「やれ! やるんだ! エリコ!! お前が頑張って来たのを、私はちゃんと見ていたんだからな!」
「お前はエリコの何なんだよ」
甲子園のスタンドにまで応援に来た地元のおっさんみたいだ。ただ、トライ&エラーの果てに、辿り着いたのは誰にも覆せない事実だ。
正直言って、このダンジョンの初心者用部分は他所のモノと比べて、はるかに難易度が高くなっている。私だって同い年の時に挑戦していたら、恐らくクリアは難しかっただろう。
「いいぞ! エリコが押している!」
初心者用ダンジョンのスペック同士でのバトルなので、中級探索者にはちょっと退屈に見えるかもしれないが、戦い自体はエリコが有利に進めていた。
クモ男は背中の8本脚を使っての薙ぎ払いや串刺しなどの大技を繰り出したりするが、予備動作も大きいので彼女は丁寧に攻撃を避けていた。
まるで、ターン制の様にシッカリと攻撃と防御を切り替えながら戦っている。まさか、あの娘がこんな将来有望そうな探索者のムーヴをするとは。
「コレで……!」
「調子に乗るな!」
このままではクモ男もやられると踏んだのだろう。攻撃を食らう直前、自らの腹部を抑え込んで、大量の糸を吐き出した。髪や装備品に絡まり、動きが鈍る。形勢逆転だ。
「エリコー!!」
バフォーが悲痛な声を上げていた。どちらかと言えば、お前はダンジョンの主であるんだから、カウンターを決めたクモ男を称賛するべきだとは思う。
「中々やるな。だが、所詮は教科書通りのマニュアル戦法。俺の様な強者には通じない!」
強者(初心者用ダンジョンのボス)。このままでは機動力がロクに活かせないエリコはタコ殴りにされて終わるだけだが、ここから更に逆転はあるのか。
ヨタヨタと後退していく彼女を、クモ男が楽しそうに追い詰めているが獲物を前に舌なめずりするド三流ブームはもはや様式美さえ感じる物があった。ついに壁際までやって来た。立て掛けられている松明が煌々と2人を照らしている。
「コレで終わりだ!」
クモ男が背中から生えている8本の脚を開いた。このままでは満足に動けない彼女は串刺しにされて終わるだろう。だが、彼女はポケットから取り出した物を壁際の松明に翳した。
ボゥっと火が着き、着火剤の様な役目を果たしたのか火の勢いは強くなり、自らの体に擦り付けて蜘蛛の糸を焼き切っていた。
「うぉおおおおお!」
クモの糸による拘束を解き、文字通り全身を燃やしながら突き出した剣は、クモ男を貫いていた。
「ば、バカな。……一体。何処にそんな火種を」
「これよ」
彼女がポケットから取り出していたのはカピカピに渇いていた茶色い何かだった。バフォーの補助ありきで遠目から微かに見える位の物なので何なのかはよく分からない。石だろうか?
「それは。一体」
「1階で拾って来たウンコよ。ここまで来る時点で乾燥してしまったようだけど」
この少女はウンコを拾って持ち歩いているんだろうか? ギミックを仕掛けた私が言うのもなんだけれど、大分ヤバいことをしていると思う。
「どうして、そんなことを」
「これは私が、このダンジョンを攻略すると決めるに至った物。私自身、戒めとして持っているのよ。そして、その教訓が私を救った」
なんか良い話っぽくしているが、乾燥しているウンコを着火剤にして蜘蛛の糸を焼き切るという、文面の全てが意味不明過ぎる。
「まるで、名作の映画を見ている様だ……」
「もっといい映画見ろ」
バフォーが感極まって目頭を押さえていた。悪魔も涙を流すんだろうかと覗き込もうとしたが、鬱陶しそうに払われた。
……と言いつつ。あの逆転劇を見て、私もほんのちょっとだけ感銘を受けていた。どんな逆境でも諦めずに立ち向かい、活路を開く。昔から語り継がれている王道とも言える展開だ。
クモ男を倒したことで初心者用ダンジョンを制覇した証なのか。ポータルらしき魔法陣と次の階層に続く階段が出現していた。彼女は迷うことなく魔法陣の方に飛び込んだ。
『認証。5階フロア、クリア。『栗栖エリコ』。以後、このダンジョンに潜るときは5階から始められます』
「了解。今日の探索はここまでにしておくわ」
まるで認証された証。と言わんばかりに彼女に腕輪が装着された。
アーティファクトとしてステータスのバフ効果があるだけではなく、ダンジョンの攻略を便利にするポータルの認証装置も兼ねており、初心者からステップアップしたということの証でもある。
彼女が消えたのを見計らって、私達はフロアに顔を出した。倒れているクモ男を蘇生させると、彼は周りを見渡していた。
「そうか。やられたか。ウム、いい勝負だったァ~!」
「特に最後の逆転劇とか凄かったぞ! 後で見返そう!」
盛り上がっている2人を邪魔したら悪いと思って、そっと離れた。
……そんな彼女を妨害していたことがどうにも引っ掛かって、和にはいる気にはなれなかったからだ。今更、後悔するだけの矜持が残っていたのかと、自分でも驚いた。