ふと思いついたFate/zeroのネタ作品   作:ふふん

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時臣は苦労性

 じとり、床に付く手に、大きな汗の粒が浮く。それは疲労のためでもあり、魔力消費のためでもあり、そしてなにより――緊張のためであった。

 頼む――万感の思いを、魔力に乗せる。開いた魔術回路から、感情ごと魔力が流れていき、それが手元にある魔方陣に染み渡った。もはや、高望みはしない。頼む、それだけを念じ続けて、最後の一節を唱える。

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 魔方陣が、強く赤い光を発っした。熱すら帯びそうなそれは、ぶわりと待って工房内に満ちる。これだけの魔力であっても、ただの呼び水でしかない。それは『一度目』の召喚の時に、よく知っているのだ。発光は臨界点を超え、そして――

 それ以降、術式は肥大化することは無く、静かに幕を下ろしていく。後に残ったのは、薄暗い魔術工房と、膝を折った時臣だけだった。

「……やはり、だめだったか」

 可能性は低いと、最初から予測していた。しかし、期待をしていたのも事実なのだ。実際に試してみて、失敗を目の当たりにすれば、落胆は大きい。

 遠坂時臣は、アーチャーに逃げられた翌日、次のサーヴァント召喚儀式に挑む。しかし、結果は見ての通りの、大失敗であった。マスター一人に一体のサーヴァント、この原則は、たとえサーヴァントを失っても適応されるらしい。

 魔力は十全とはほど遠く、媒介すら無い状態での無差別召喚。ありったけの魔力を注ぎ込んでの挑戦は、むやみに魔力を失っただけ。キャスターでもいい、どれほど弱くともいい。聖杯戦争に参加する資格さえ得られれば、それだけでよかったのに。

 これで、最後の手段に頼らざるをえなくなった。

 言峰綺礼から、令呪を一画移植されての、サーヴァントの共有。つまり、合計四画の令呪で、サーヴァントに多重契約をさせるのだ。これは、自信を分割できる能力のあるアサシンだったからこそ出来る荒技だ。

 当然、こんな真似をして問題がない訳が無い。命令系統に異常が起きる、意思の統一に影響が出る、最悪の場合はアサシン内で意見が割れる。あり得そうな可能性は、いくらでも考えつく。本当に、無理矢理参加資格を得る、それ以外にメリットのない行為なのだ。どこかに、マスターを失ったサーヴァントがいればいいのだが。それもやはり、過度な期待はできない。

「綺礼か……いや、変わらなくていい。やはり、召喚は成功しなかったとだけ伝えてくれ。移植と令呪の調整は明日にする」

 必要事項だけを手早く伝えて、連絡を切った。常に余裕を持って優雅たれを家訓としていても、さすがに長々と話して入れる精神状態では無かった。

 倒れ込むように、備え付けの椅子に座る。肘掛けに手を置き、頭を乗せれば。その場で眠ってしまいそうな程に、精神的な疲れが襲ってくる。彼から余裕を奪っているのは、サーヴァントについてだけではなかった。

「……桜」

 口から自然と、養子に出した娘の名前が漏れる。

 早々にサーヴァントを失い自失する時臣に、次の悪い知らせが届いたのはすぐだった。なんと、サーヴァントによる間桐邸の襲撃と崩壊、そして間桐桜の拉致。聞いた瞬間、足下から何かが崩れていくのを確かに感じた。

 教会が事後処理に忙殺される中、独自に間桐と連絡を取る。そこで、襲撃したのが自分から逃げたサーヴァントである事。間桐臓硯は無事だが、手ひどいダメージを受けた事。そして、サーヴァントの目的は桜であった事を知った。聖杯戦争中の出来事であるため、間桐からも追求の声は上がらなかったが。サーヴァントを御せなかったという、汚名を被ったのは変わらない。

 桜の発見は、とても簡単だった。いくらアサシンを総動員したとは言え、翌日の朝に見つかったのだから。アーチャーには、彼女を隠す気配がなかった。それどころか、桜をマスターにしたという事実すら、秘匿する様子がない。

 救出も考えたが、それは止めざるを得なかった。アサシン曰く、桜の周りには常に強力な宝具の気配がする、との事。桜を簡単に発見できる所に置いておいたのは、守る自信があったからだろう。

 そして、逃げ出す可能性も考えていなかっただろう。桜の側には、アーチャーの宝具らしい女性が一人だけ。他に、逃走を妨害しそうなものは見当たらなかったのに、桜は動かなかった。いや、それどころか、監視している間、微動だにしなかったのだ。

「私は……」

 頭は、いつの間にか冴えていた。疲れは相変わらず、体を冒している。しかし、それを凌駕するほど、脳はクリーンに働いていた。

 なおも思考は続く。

「私は綺礼から報告を受けて、桜の正気は、アーチャーに何らかの手段で奪われたものだと思っていた」

 瞬きすら最小限。茫洋と、同じ方向を見続ける……いや、見てもおらず、視線を向けていただけ。そこには何も映っていなかった。

 アーチャーが迎えに来るまで、桜の様子は変わらない。呼び寄せられた後も、やはり人形のように、ただ粛々と従うだけだったと報告を受けた。

「しかし、本当にそうなのか? それは、なんと言うか、効率的ではない筈なのだ」

 独りごちる。とにかく、上手く言えないが……おかしい。暗く、正面にある壁のシミも見えない部屋で。ただ一人、虚空と自分に語りかけた。

「アーチャーは、自分に都合のいいマスターを求めていた。だから、桜を選んだ……これが納得いかない。なぜ桜なのだ?」

 拉致の連絡を受けて、早半日。多忙な日中を乗り切り、魔術儀式で体力の一欠片まで消費し、やっと得た空白の時間。そこで、今までにないほど冷静な脳が、淡々と疑問点を持ち上げてきた。アーチャーに向いていた、無軌道な憤りが消えたわけでは無いが。しかし、一度見つめ直すと、見え方が全く違ってくる。

「魔術師の正気を奪えるならば、私のままでも問題ない。条件があったとしても、桜で大丈夫ならば、凛でも大丈夫だったはず。敵サーヴァントと会うリスクを考えれば、凛一択でなければおかしい。しかし、現実には私でも凛でもなく、堅牢と行ってもいい魔術師の住居にいた桜を選んだ、か」

 なぜだ。分からない。サーヴァントの気まぐれであるかも知れない。いや、気まぐれならば、むしろその方がいい。ただ理解を諦めればいいだけなのだから。しかし、そこに理由があったとしたら。桜が最善であると、アーチャーが判断したのであれば。

 例えば、桜は洗脳されてなどいない。間桐にいた時から、あの有様だった、とか。

 ぞわりと、時臣の背中を虫が這い上がる。その感情に何という名前をつけていいのか、全く分からなかった。ただ、それは胸の内で納めきれないほど苛烈に、大きくふくれあがる。

 ほんの僅かな希望。それがあるとすれば、桜がアーチャーのマスターである限り、指一本触れられる者はいない、という点であろう。

 とにかく、なんとしても桜を助けなければならない。そのために、今の時点で聖杯戦争から脱落する訳にはいかなかった。

 最悪、アサシンを使いつぶしてもいい。今回聖杯を諦めるのすら、許容範囲であった。

 とにかく、真実を。ただ事実を暴く。アーチャーの真意と、桜の事情。これだけは、何があっても知らなければならない。

 そのためには、どんなことでもするつもりだ。

 

 

 

 やばい……セイバーが怖い。札束がいっぱいに詰まったアタッシュケースが複数並び、金銀宝石がぞんざいに転がっているテーブルを前に。俺は顔を引きつらせながら、そこにいた。

 桜を奪還して余裕ができたとはいえ、それはあくまで、最低限の生存権を得られた、というだけだ。ここから生き残るのであれば、まだまだ足りない。次に求めたのは先立つもの――早い話が金だった。食料を買うのも、拠点を得るのも、戸籍が無い怪しさをひっぱたいて黙らせるのも、全て金の力だ。金、金、金。現代の世で力ある者というのは、すなわち金があるもの。たとえ圧倒的な武力を持とうとも、金がなければ弱者でしか無い。

 幸いにも、ギルガメッシュとは黄金律というスキルがある。一生金に困らず遊んで暮らせる能力だ。どうでもいいが、これをスキル扱いするのは何か間違っているのではなかろうか。

 桜をその辺に置いておき、宝具を山ほど置いて金策に出た俺。ちなみに、今冬木市で動けるサーヴァントは、俺とアサシンだけというのは確認済みだった。だからこそ、サーヴァントの強襲を度外視して動けたのだ。

 当初、俺はスキル内容を金運がいい、程度に考えていた。適当に金を拾って、それでギャンブルでもする。そうすれば、まあ数日しのげる程度には稼げるだろう、と。

 一日街を歩いた詳細は省く。ただ、その結果、俺は拠点となるビルを手に入れた。

 いや、確かにビルは欲しいと思っていたのだ。聖杯戦争の内容を考えると、そこそこ人がいる場所に、がちがちに防御を固めた陣地を作るのが一番いい。俺ならば、町内全体を探索範囲として設定する事ができるのだ。つまり、昼に攻撃できず、敷地に入れば迎撃部隊を投入され、外部からの破壊はほぼ不可能、内部は半異界と化したダンジョン。そんな拠点になる。

 しかし、それはあくまで最善を想定した話。そんな都合のいいビルが手に入ると思っていなかったのに……入った。

 呆然としながらも、とりあえず拠点となる場所に移動しよう、そう考えて桜の元に戻ろうとした。しかし、そこでも金を手に入れたり、なぜか貴金属を献上されたり。とにかく、金が山のように手元に入ってきた。

 ……これが、三日前の話だ。さらに二日、ものを揃えに買い物に出向いたりすると、また金が増える。今や俺は、ちょっとした富豪だった。

 さて、アーチャーの黄金律のランクはいくつだっただろうか。答えはAだ。これは桜にも確認してもらったので、間違いはない。

 も一つ問題だ。セイバーの戦闘向けスキルはいくつあったでしょうか。答えは四つ、直感と魔力放出と騎乗と対魔力。もう一つ問題、それらのランクはいくつだったでしょうか。答えはAだ。

 数日でもっとも都合のいいビルと、合計十数億の金銭を手に入れられるスキルランクと、同じランクなのだ。しかも、ステータスも俺より上。マジで宝具がなかったら勝てる気のしないステータスとスキルである。最優の名は伊達ではない。zeroセイバーはSN時と違って、やたらメンタル弱いから、そこだけが救いだ。

 金の使い方は、おいおい考えよう。欲しいとは思ったが、こんな大金、庶民だった俺には使い道が思い浮かばない。

「アーチャーさん……」

 ぼそり、と声に出される単語。それが俺を呼んでいると理解するのに、少しだけ時間がかかった。

 振り返ると、そこには間桐桜。現実に見る彼女は血の気が薄く、顔に生気が全くなくて、死体を見ているようだ。そんなのが入り口で体を僅かに隠し、ぼそりとこちらを呼ぶ。下手な幽霊よりよほど怖い。

「何だ?」

「ごはん」

 霞のような音をふっと吐き。消えるように、という表現がとても合う動きで踵を返していた。

 その背中には、あまりにも何も無く。彼女に謝ろうとしても、どう言葉をかければいいか、全く分からない。

 俺は桜を拉致して、無理矢理マスターにした。全て俺の都合だ。そして、彼女には何も報いていない。世話すら、取り出した自動人形に任せている。顔を合わせる事はそれなりに多いものの、そこに会話がある事は殆ど無い。はっきり言ってしまおう、俺の桜に対するスタンスは、完全に放任だった。

 自分がろくでもないという自覚はある。彼女をいいように利用しているという意味では、間桐と大差ない。

 そして今日も、かける言葉が見つからず。ただ黙って、リビングへと向かった。

 食事はいつも二人だけで、無言のまま終わる。自動人形に片付けをさせて、そのまま何となく解散。それがいつもの流れなのだが、今日は違った。いつの間にか近づいていた桜が、服の袖を握っていたのだ。

「何だ?」

「アーチャーさんは、どうして私を助けたんですか?」

「……別に、お前を助けるつもりでやった訳じゃない」

 ただの本音だ。聞かれたから答える。だから、これは別に懺悔でもなんでもない。

「魔力があって、黙って言うことを聞く奴が欲しかった。だからお前を選んだだけで、助けようなんて、最初から思っちゃいない」

「そうですか」

 言って、手放される手。表情からは、感情を読み取れない。ただ確認しただけ、そうとしか思えない口調だ。

「……でも、もういたくないです」

 だから、その言葉にどんな思いを乗せたのか、俺には分からなかった。

 言うだけ言った桜は、近くのソファーに座り、あとはじっと動かない。このまま誰かに何か言われるまで、じっと動かないのが彼女の普通だった。たまに、立ち上がったと思えば座る場所を変えたり。あとは町内をふらふら歩いたり(防御陣営内を昼間、自動人形を連れてなら出歩いていいと言っている)しているので、全く自意識がないという訳ではないのだろうが。

 後回しみたいになるが、桜の行く末は聖杯戦争の後だ。今は、生き残りの為に集中しなくては。

 王の財宝から、遠見の為の道具を取り出し、テーブルの上に設置した。それを起動し、倉庫地帯全域を写す。じっくり隅々まで観察して……いた。濃厚な気配を振りまいている存在が。そこにピントを合わせる。

 と、ここで隣に、ぽすりとものが落ちた。振り向くと、相変わらず無表情の桜が、しかし隣に座っている。

「見たいのか?」

 答えはない。が、首は確かに縦に振られていた。隠し立てをするような内容ではないし、何かのきっかけで自意識が復活するかもしれないし。鏡の解像度を上げていった。

 そこにいたのは、呪符にくるまった二槍を持つ美丈夫。間違いなくランサーだ。

 ほっと胸をなで下ろす。彼らを動かすために、色々と骨を折ったのだ。もし動いてくれてなかったら、機能の努力は全くの無駄に終わっていた。

 俺がギルガメッシュに憑依した事による影響を受けたのは、時臣陣営と間桐陣営だ。つまり、他の陣営にはまだ大きな影響はないのである。少なくとも、早々に方針を変えよう、と思わせる程の影響は。

 ならば、多少のリスクを冒しても、物語通りに動くよう調整する。ここはzeroないし、zeroに限りなく近い世界ではあるだろう。しかし、どこかで何かがずれているとも限らない。

 全陣営の情報を持っているが、それはあくまで全て正しという前提で、初めて意味がある。ここは多少の優位を捨ててでも、全陣営に情報をはき出してもらうべきだ。

 と、言うわけで、俺は昨日の晩ふらふらと出歩いていた。当然戦いなんてごめんなので、気配はかなり薄くして。……バーサーカーとの戦闘は、本当に死ぬかと思った。能力知って事前に対策を立ててたから咄嗟に動けていたものの、あの不意打ちは本気で心臓に悪い。

 俺がふらふらすれば、当然アサシンも付いてくる。と言うか、付いてこさせるために、アサシンが陣地に入っても迎撃しなかったのだ。俺の索敵能力をなめてもらわねば困る。

 ちなみに、アサシンの気配遮断スキルは攻略済みだ。いくら気配がなかろうと、長時間宝具で作り出した陣地にいられれば、さすがに発見できる。

 アサシンお供に夜遊びに出かけ、他陣営の使い魔が俺を追跡するのを待つ。揃ってきた所で、さあ攻撃しようとし――逆にアサシンが、じりじりと近づいてきた。

 ふと疑問に思ったが、よく考えればそんなに不思議でも無い。アサシンが退場したと思わせるには、原作のシチュエーションよりも遙かに説得力があるのだから。俺はランサー組を動かしたく、綺礼はアサシンを隠したい。ここで利害は一致したわけだ。

 ある程度接近してきた所で、俺は急激に反転。アサシンに躍りかかった。宝具は使わない。事前に桜にステータスを確認させ、オールEの薄い個体だと確認済みだ。わざわざ手札を見せてやる理由も無く、掴んだ頭を強引に地面にたたき付けて、戦闘をあっさりと終えた。

 これで、明日戦争に動きがある可能性が高くなっただろう。加えて、俺の索敵能力が低いと判断してくれれば言うことなしだ。

 そして今日……まあ策略という程のものではないが、おびき出しは成功。狙い通り、ランサーが姿を現してくれたわけだ。

 瞑想しつつも、周囲に撒く圧力は押さえない。それから程なくして、セイバーがやってきた。

「頼むぞー」

「?」

「なんでもない」

 ぼそりとした俺のつぶやきに、桜が首を傾げていた。言いながら、ぐっと頭を持って鏡の方向に向かせる。

 画面の端に、白い髪の女、恐らくアイリスフィールが映っている。これでほぼ確定だ。しかし、断言はできない。俺はもっとはっきりした証拠が欲しいのだ。

 剣士と槍兵の戦いは、次第に激しくなっていく。獲物がぶつかり合う度に、強烈な衝撃波が周囲にあるコンテナを叩いている。たまに、武器そのものが壁や地面に触れると、最初からそうであったかのように殆ど抵抗なく抉られている。余波だけでこれだ、本流を叩き付け合っている二人には、どんな力学が働いているのか。

 両者共に、相手を攻めきるほどの差は無い。しかし、それは大きく引き離せていないと言うだけで、差は確かに存在する。その証拠に、セイバーがランサーを、じりじりと押し込み始めていた。独特の槍裁きと経験で凌いではいるが、純粋なパワー差をどうにかするほどのものではない。

「ねえ」

 桜の呼びかけ。視線は画面に向いたままだが、それに見入っているという様子でもない。虚ろな瞳には、鏡写しになった画面。ちょうど火花が散り、虹彩を彩っている。

「この人達は、なんで戦ってるんですか?」

「あん? 何でって……聖杯を手に入れるためだけど」

「セイハイ?」

 もしかして桜は、まだ聖杯戦争の事情を知らないのだろうか。いや、思ってみれば当然かも知れない。魔術は一子相伝で、後継者以外は一般人として育てられるとか何かに書いてあった気がする。

 養子に出されたのは、およそ一年前。直前まで扱いを迷っていたのなら、遠坂家で説明がないのも当然だ。間桐で普通に育てられていたとしても、年齢を考えれば、聖杯の説明があったかは微妙なライン。仮に説明されていても、理解できるかどうかとは別の話だしな。

「そう、聖杯だ。そんなもんが欲しくて、遠坂も間桐のジジイも、色々やってた訳だ」

「そのいろいろは……わたしもですか?」

 ――聡い子供は嫌いだ。言いたくなかった事まで、言わなければならなくなる。これで俺が関係なければ、そんな事は知らなくていいとでも言えていた。けど、俺は当事者で、遠坂や間桐と変わらないような人間だった。

「そうだ。俺も、そうやってお前を巻き込んだ。……悪かったな」

 左手で桜の頭を掴み、無理矢理なで回す。何をしても抵抗がない事を知っていて、彼女の目を見たくなくて。

 くそ、ただの一般人だった俺がなんでこんな思いをしなきゃいけないんだ。ギルガメッシュが神を嫌いな理由がよく分かった。俺も運命の女神なんてもんがいたら、絶対に呪ってる。

 意識を画面に戻すと、場面は佳境に入っていた。ランサーが自分の槍から、呪符を剥がしている。俺は身を乗り出して、集中した。

 セイバーが後退し、剣を大きく脇に構える。しかし、体は前のめりだ。あからさますぎる、チャージの姿勢。来たか、俺の中の観客が腰を浮かせた。直後、鎧が消えて――これは――暴風と共に、視認も難しい速度でランサーに突撃。

 そして、黄色い槍にざっくりとやられてくれた。

「やった!」

 勝った! 俺の勝率はうなぎ登りで鯉のぼりだ!

「?」

「いやなんでもない」

 さっきよりも怪訝そうな様子の桜の頭を、両手で持って画面に向かせた。

 興奮のあまり、ちょっとテンションがおかしくなっていた。反省はするが後悔はしていない。とにかく、それくらい嬉しかった。

 なぜ俺がそんなに喜んでいるかと言うと、それはFate/zeroの設定に由来する。もっと言えば、Fate本編と、zeroとの設定の違いに、だ。

 スピンオフなだけあって、Fateとzeroには、かなり設定の違いがある。例えばSNでは、セイバーと切嗣は、感情はどうであれ阿吽の呼吸であった。切嗣も、魔術師から忌避されるような存在では無く、魔術師らしすぎる魔術師という評価だったり。参加したマスターの魔術師を殺しまくって無双をしていたとか。セイバーは願いの内容からして違った。遠坂時臣は言峰綺礼ばりの武術の使い手という設定もある。あと、言峰が目覚めるのも聖杯戦争よりもっと早く、覚醒内容も異質で得体が知れない。元のアーチャーがセイバーに求婚した理由も違った。

 まあつまり、キャラが殆ど違うのだ。ここで問題なのは、キャラが違えば行動も違ってくる、という点である。どちらの方がより強いか、というのは、この際関係がない。

 俺の優位とは、主に二つ。全サーヴァント中ぶっちぎりで最強のギルガメッシュである事。そして、Fateの情報を持っている事だ。

 Fate本編では、言峰以外のキャラクターは一言二言の出演のみで、後は設定だけ。それに対し、zeroの場合は、大まかな行動と性格のほぼ全てを把握しているのだ。出来事については、俺の行動でほぼ意味をなさなくなったと言ってもいいだろう。それでも、性格を知っていれば傾向を把握でき、対策を立てられる。ほぼノーデータのSN基準とでは、相手の行動の予測範囲が違ってくる。

 特にセイバーは、SN基準だと恐ろしすぎて笑えない。本編のセイバーには、ギルガメッシュを倒した実績があるのだ。そして、倒した原因になった宝具も、すぐ近くにある。確実に俺の死亡フラグで『あった』。

 ありがとう、馬鹿なほうのセイバーさん! 自分は宝具を二つ持ってるのに、相手は一つだと思って突っ込んでっちゃうセイバーさんで本当にありがとう!

「だれかきた」

 ぼそりという桜の言葉に、俺の有頂天だった意識が戻ってきた。来客か、と思って、自分が馬鹿だったのを再確認。画面には戦車に乗ったライダーが乱入して、周囲をぽかんとさせていた。

 たぶん今頃、出てこない根性なしは余の侮蔑を~、と言ってるのだろう。しかし残念ながら、この宝具は見るだけのもの、声は聞こえません。挑発に乗りようがない。

 それからしばらく、誰も来ないので徐々に解散していく。これは当然。今回は俺こと元時臣のサーヴァントが出てきても、バーサーカーが出てこない可能性が高い。ダメージ自体は、耐久力が高いのと、俺も行動不能を優先した攻撃であったため、もう回復していてもおかしくない。だが、俺が時臣のサーヴァントで無くなったことも知れてる可能性が高いので、突っかかってくる理由自体がなくなった。現界してない状態では、セイバーに挑みようが無い。

 原作よりかなり穏便に終わった倉庫での開戦。誰もいなくなったのを確認して、機能をオフにし、王の財宝の中にしまった。桜は宝具が消えた後も、俺の隣で虚空を見続けている。

 とりあえず、今回の確認で、現状が俺にとても都合が良いと確認できた。あとは、方針をどうするかだ。

 絶対にしなければいけないのは、アイリスフィールの――正確に言えば心臓の確保だろう。見た限り、聖杯の器があれば、ある程度任意のタイミングで聖杯を起動できる筈。タイミングさえ操作できれば、エアで一発である。余裕があれば、アンリマユの摘出を試してもいい。

 大聖杯の破壊は最後の手段だ。破壊だけなら今でもできるが、それをすると全陣営から確実に袋叩きに合う。スペック的には、返り討ちは不可能では無い。だが、魔力が絶対に足りなくなる。死にたくないので嫌だから、やるなら終盤だ。

 と、ここまで考えて気付いた。俺はアイリスフィールさえ確保してしまえば、割と全て上手くいくのだと。そもそも、聖杯を問答無用でぶっ飛ばせるとう言う時点でかなり有利。宝具をふんだんに使った拠点も、サーヴァントでもなければ突破不可能だ。いや、サーヴァントであっても、完全合体していないアサシンと海魔未召喚キャスターでは突破できまい。

 かなりヌルゲーだ――と思う思考こそが敵だと思わねばならない。はっきり言って、戦って負けるとは今でも思ってない。それこそが慢心であり、死の要因なのだ。俺がギルガメッシュであるならば特に。

 とにかく、今後は出会ったアサシン以外のサーヴァントと監視なく一対一で戦える状況なら、最大火力で各個撃破する。アサシンの場合は、戦っている内に情報を持ち帰られるかもしれないので、とりあえず放置だ。

 今回のアサシンは、最後まで残れる可能性が一番高いサーヴァントである。同時に、絶対に最終的な勝者になれないサーヴァントでもあった。

 自己分割宝具は、確かにサバイバルという状況では強力だ。しかし、聖杯を降臨し最後の持ち主を決める場合、必ず『正面決戦』をしなければいけないのだ。ただでさえ数を減らし、ステータスを低下させたアサシン。それが、たとえ手負いのサーヴァントだったとしても、勝つのはどうあがいても不可能。

 と言うわけで、アサシンは放置しておいても問題ない。

 それより一番なんとかしたいのは、キャスターだ。今現在も、子供を拉致してフィーバーしてる筈なのだが、全然見つからない。いや、彼らがやらかした『跡地』は見つかるのだ。問題は、行動がめちゃくちゃだからか、それとも見つかりにくい行動をしているのか。現場を押さえられない。

 夜に足で稼げば、それなりに遭遇率はあるのだろう。だが、戦争が活発になる時間帯に、長時間桜を放置するのは恐ろしい。それに、関係ないサーヴァントと遭遇戦をするのも馬鹿馬鹿しくある。

 向かってくる敵を探知する能力はあるのだが、長時間遠距離の対象を監視する力が無い。いや、全くないことはないが、それも宝具であり、つまりすごく目立つ。他の陣営のように、確証はないけど見られてるだろうな、という状況を作れないのだ。

 大半の陣営の拠点位置を把握してるのだが、その大半に入らない相手だ。拉致された子供達は哀れだと思うが、優先すべきはこちらの事情であり。出現位置が確定するまでは、申し訳ないが泣いてもらう。俺が巻き込んだ手前、桜よりも優先はできないのだ。

 とりあえずは、こんな所だろう。

 今晩のイベントは、セイバーとキャスターの接触に、ハイアットホテルの爆破だったか。確実にサーヴァントを脱落させるならランサーの監視……と考えたが、それが間違いだと気付く。そもそもケイネス陣営は、一番、何をしても俺に影響のないチームだ。潰す必要も理由も無い。衛宮切嗣に監視されているならば尚更だ。

 それに、キャスターの位置が確定するのも今夜だ。それが、山道のどこかという、アホみたいに膨大な範囲だったとしても、である。

 しばし考えて、山道の一部で、通る車を張ることに決めた。運が良ければ、今日でキャスターを倒せる。

 方針を決めて、俺は立ち上がった。手始めに、隣でうとうとしている桜を、ベッドに転がす事から始めよう。

 

 

 

 非情に耳障りな、歓声とも悲鳴とも取れぬ声。そこに込められた感情は分からないし、分かりたくも無い。非情に耳障りな雑音が、アイリスフィールの鼓膜を叩いた。

「神はどこまで残酷な仕打ちをおおおぉぉぉぉぉ……!」

 鶏を絞め殺したような、という表現が最もふさわしく。絞り出す声を、ただ自分の感情によってのみ吐き出し続ける。確かに、両陣営とも口は開いていよう。しかし、これは会話というものでは断じてない。少なくともアイリスフィールには、感情を一方的に吐き捨てるだけの行為を、会話とは呼べなかった。……ちょっとだけ切嗣の顔が浮かんだのは秘密だ。

 しかし、この場をどう切り抜けるか、それが問題。セイバーは会話に応じながらも、油断無く構えている。何かあれば、すぐ切り伏せられるだろう。アイリスフィールの目からは、今でも切れるように見れるのだが。サーヴァントとはいえ、所詮はキャスターでしかない。対魔力Aランクのセイバーであれば、圧倒できると思うのだが。

 それができない、させない何かがキャスターにはあるのだろう。戦闘に関して素人でしかないアイリスフィールには、セイバーの指示に従う選択肢しかない。

 と、突然――本当に突然だった。キャスターを注視していたセイバーが、その集中を手放し、崖の面を向いた。当然、そちらにあるのはガードレールと、伸びた木と……なぜか、幻影があった。薄く伸びる黒い霧。茫洋としたそれの隙間から見える、黒い甲冑。なによりも、圧倒的な存在感。

 間違いなくサーヴァントだ。アイリスフィールが逃げ腰になり、セイバーが戦闘姿勢の対象を変更――し切る前に、そのサーヴァントは襲いかかった。キャスターにだ。

「■■■■■■■■■■■!」

 キャスター同様、理解できぬ絶叫。違うのは、キャスターは正気と狂気が混じり合ったおぞましさがあるのに対し、サーヴァントのそれは純然たる狂気。

 狂気を、ただの暴力に。甲冑に包まれた拳を握り、キャスターに突き出された。バーサーカーの筋力ランクは、恐らくセイバーと同等かそれ以上なのだろう。すんでの所でよけられた拳は、威力を維持したまま真正面の壁に突き刺さった。

 土砂崩れ防止の壁は一瞬にして突き破られ、亀裂は波紋状で全体に広がる。土の塊が奥にあるにも関わらず、分厚いコンクリートは奥に埋め込まれた。冗談のような膂力。セイバーとランサーの戦いを間近に見たが、それと比べても現実離れしている。なにより恐ろしかったのは、その力に洗練されたものが感じられなかったのだ。本当に、ただの暴力。破壊に特化した力、それを思い知らされる。

 初撃をよけたキャスターは、全力でその場を離脱していた。勝てない、そう瞬時に判断した結果だろう。

 全力で後退しながら、しかし狂気に彩られた顔をさらに歪め、絶叫する。

「おのれええぇぇぇぇぇ! 神はまだ、このような哀れに堕ちた魂を私に向けるかああぁぁ!」

 喉を大きく震わせ、掻き毟らんばかりの形相。その怒りは、セイバーと会話にならぬ会話をしていた時の非では無い。困惑も悲哀もない、純粋すぎる怒りを虚空に向けていた。

「聖処女ジャンヌよ、お迎えの準備をして必ず向かわせていただきます。それと、そこの哀れなる仔よ、私は必ず貴方の魂を、その呪縛より解放すると誓いましょう! それまで、どうか待っていて欲しい……!」

 言葉を置き去りに、その姿を溶かすキャスター。迎え、という不吉な単語が気になった。が、今はそれよりも重視しなければならない事がある。

 ぎしぎし、と音を立てて、バーサーカーが腕を引いた。同時に、ぐるんと首を回す。対象は、言うまでも無い。

「■■■■■■■■■■■!」

 再び耳に届く絶叫は、しかし先ほどまでよりも勢いが増した気がした。膝を曲げ、体を落とし、今すぐにでも飛びかかれる体制。対するセイバーも剣を握る手に力を込め、激突を予感させた。コンクリートが弾けたのは、ほぼ同時だったように思う。アイリスフィールの目では、とても追うことは出来なかったのだ。次に目に映ったのは、瞬間移動したように壁際にいるセイバー。他には誰もいない。

 ふと見回しても、やはりバーサーカーはいなかった。

「セイバー、バーサーカーは?」

「分かりません。いきなり霊体化したのですが、それ以上は……」

 怪訝そうに首を振るセイバー。ここでバーサーカーを引かせる理由が、思いつかない。むしろ、消耗し癒えぬ怪我を負ったままのセイバーは、絶好の相手の筈だ。

「す……すまない」

 掠れて、そよぐ風にも負けそうな声。しかしそれにセイバーはしっかりと反応し、音とアイリスフィールの間に自分を潜り込ませていた。そして、音の方向には、パーカーを着た男の影があった。

 状況を考えれば、この男がマスターなのだろうが。アイリスフィールには、そしてセイバーにも、とてもそうは見えなかった。見るからに消耗した体、弱々しい魔力、そして、恐らく上手く動いていない左半身。どれをとっても、マスターとして活動する人間の健康状態ではない。

 なんとかガードレールを乗り越えて、しかしそれで力尽き、アスファルトに転がる。手を貸すべきか、放っておくべきなのか、判断しかねた。

「貴方たちに、頼みがあるんだ」

 声よりも、むしろ呼吸の方が大きいのではないだろうか。それほど生命力を感じられない声。実際、生命力は殆ど尽きているのだろう。

 男は、なんとかガードレールを背もたれに座り込んだ。パーカーから除く顔半分は、異形じみている。しかし、そこにキャスターから感じたような、狂気は無い。

「サーヴァントの支配権は渡す。知ってる限りの情報も渡そう。俺を殺してもいい。だから、少しだけ、俺に力を貸して欲しい……」

「ちょ、ちょっと待って。あなたは誰? そして、なんで私たちなの?」

 懇願は、悲鳴じみていた。恐らくは演技では無い、全くの本音。しかし、アイリスフィールには何を判断するにも、全然情報が足りない。

「すまない、焦りすぎた……。俺の名前は、間桐雁夜だ」

 その名前に、セイバーの目が一瞬細まった。アイリスフィールも、僅かに目を見開く。

 間桐雁夜が、というよりも、間桐は今聖杯で少し名が売れていた。と言うのも、聖杯戦争開始直前で、敵サーヴァントに襲撃を受けた、という意味で。詳細は集められなかった、と切嗣が言っていた。真実を知るのは、当事者同士だけ。そして、サーヴァントを持つ雁夜が当事者でない筈が無い。

 そのときの情報を得られる、これだけでも、彼の話を聞く価値はあるだろう。

「君たちを選んだ理由は、これだ」

 言って雁夜が投げ捨てたのは、何かの機械だった。それが何の機械かは、疎いアイリスフィールには分からない。しかし、それが化学品というだけで、息を詰まらせるのに十分だった。

「……それは何かしら」

「ごまかさないでくれ。君たちの協力者が、これを使ってるんだろ?」

 息絶え絶えの言葉の中に、隙を見つけた。彼は、切嗣を協力者だと言ったのだ。つまり、マスターはアイリスフィールだと思っている。少なくとも、真のマスターは露見していないのだ。

「なぜそれが私たちのものだと思ったか、聞いてもいいかしら」

「簡単な……消去法だ。アーチャー組とライダー組は、サーヴァント側が主導権を持っている。キャスター組はまともに聖杯戦争をしていない。アサシン組は……」

 そこで、一度ふっと鼻で笑った。何かを嘲るように。

「機械なんて、死んでも使わないだろうな。残ったのはランサー組とセイバー組だ。最初はランサーかと思ったけど……それにしては設置する位置がおかしい。それが町中にあるなら、町中で挑発しなければならない筈なんだ。君たちは別のやり方で、向かってくる相手を待っていた。おそらくは、サーヴァントと同時に来るマスターを発見するため。自分すら囮にして、協力者に見抜かせようとした」

 彼の言うことは、殆ど正解だった。同時に、自分と夫の失態を感じる。なぜ、ここまで読めたのだろう。

 今から誤魔化すか……いや、無駄だ。彼は確信している。だからこそ接触してきた筈だ。ここで無理に否定すれば、最悪戦闘になる。それだけは、なるべく回避したかった。

「……そうね、それは確かに、私の協力者のものよ」

「アイリスフィール!?」

「もうばれてるわ、セイバー。それで、もう一度聞くけど、貴方はなんで私たちに話を持ってきたの? 他の魔術師でよかったんじゃない?」

「魔術師なんて……!」

 ぎりり……! 歯ぎしりは、半死人とは思えないほど力強く、そして怨嗟に満ちていた。正気だと思っていた男から見えてた、強烈な狂気、それにたじろぐ。

「信用できるか! だから、まともじゃない魔術師がいる君たちに、話を持ってきたんだ。俺が話をしたいのは、君であり君じゃない。仲間の、協力者の方だ」

 だから、機械などを持ってきたのだろう。確かに、最新の化学品を持つような魔術師は、まともな存在では無い。切嗣も、魔術師からは蛇蝎の如く嫌われていた。まあ、それは魔術師殺しという異名も、少なからず影響があるのだが。

「セイバー」

「私はアイリスフィールの決定に従います。ただし、あまり猶予はありません。素早い決断を」

 頼ろうと思ったセイバーに、判断を返される。雁夜と、そしてバーサーカーへの警戒で、他に割り振る余裕がない。

 うぐ、と声を詰まらせて、アイリスフィールは悩んだ。こんな時に、切嗣に連絡を取れればどれほど頼もしかったか。彼は今、大事な『作戦』の途中だ。科学的な手段、魔術的な手段、どちらでも連絡は取れない。自分で決定するしかないのだ。

 しばらく、リスクとメリットを考えて、やがて思考を放棄した。どの内容がどれと釣り合いが取れているか、全く理解できないのだ。

 ならば、焦点は一つ。セイバーとアイリスフィールで、雁夜とバーサーカーを止められるか。少し悩んで、可能だと判断した。

「車に乗ってちょうだい。詳しい話は城で聞きます。セイバーは後部座席で、彼の隣に。妙な動きをしたら、お願いね」

「ええ、分かっています」

「すまない……ありがとう……!」

 涙ながらに感謝を述べる男に、しかしアイリスフィールの気分は沈んでいた。切嗣ならば、情報を引き出すだけ引き出し、サーヴァントを奪って殺しかねない。いや、よほどのメリットがなければそうするだろう。

 それでも、アイリスフィールは衛宮切嗣の妻であり、アインツベルンである。行動の全ては、自分たちに利益があるものにしなければならない。たとえ、それが非情の判断だとしても。

「……? どうしたの? 早く乗って」

 未だに座り込んだままの雁夜に言う。しかし雁夜は、とても申し訳なさそうな、そして情けない顔で返した。

「その、すまない。出来れば手を貸してくれないか」

「……」

「……。セイバー、手伝ってあげてちょうだい」

「分かりました。カリヤ、貴方を持ち上げますので手を」

「本当に、重ね重ねすまない……」

 ちょっとこの人を危険視しすぎたかもしれない。なんとなく後悔しつつ、アイリスフールはハンドルを握った。

 どうでもいいが、車が発進してから城に着くまでの間、雁夜の掠れた悲鳴が止まることはなかった。


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