ウマ娘 ワールドダービー 『燦然と輝く天の星』獲得RTA   作:アヤべさん遊び人概念好き好き大好き

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おまけ1

 少し大き目のレジャーシート。ヘッドライト。方位磁針つき腕時計。防寒用のひざ掛けに、お気に入りの淡いブルーのクッション。

 

 自主練習を終えた後の軽い運動がてらの天体観測。もはやいつものルーティンの一つのように夜間外出申請を出して、同室の子に先に寝ているように声をかける。

 

 いつも通りの持ち物。いつも通りの道。いつも通りの目的地──のはずだった。

 

 最初に違和感を感じたのは香り。ウマ娘の嗅覚だからこそ遠くからでも感じられた、スモーキーな香り。それは冬の日の暖炉や、古い革張りの本のある書斎などをイメージさせるもので……ともかく、アドマイヤベガにとって不快な香りでは無かった。

 

 果たしてそこにあるのは何であるのか──その答えはすぐに分かった。

 

 ベンチに腰掛け本を読んでいる男。トレセン学園に入学してから何度か星を見にここには来ているが、初めて見た彼。この香りはどうやら彼の方から発されているらしい。

 

 ──などと考えているうちに、目が合った。不躾な視線を向けてしまっていたのはこちらであるから、少しだけ気まずくなって軽い会釈をする。とはいえ、だから何かが起こるというわけも無い。いつも通りに星を見ようと、アドマイヤベガは気を取り直して……

 

「君、トレセンからわざわざここで待ち合わせか? 邪魔なら俺はどこかへ行くが」

 

 そう話しかけられて、無視するわけにはいかなかった。先にここに居たのは向こうであるのに、自分のせいで余計な手間をかけさせるわけにはいかないという、彼女の生来の生真面目さ故に。

 

「大丈夫よ。そもそも、別に誰とも待ち合わせなんてしていないし」

 

 一体どこからそう判断したのか。アドマイヤベガはあくまで独りで星を見に来ただけであるし、これからもきっとそうだ。静かで冷たい夜こそが彼女の友であるのだから。

 

「そうか? 親しい友人……恋人、家族。そんな相手と会うのかと思ったが」

 

「なにを──」

 

 何を言っているのか……否。どうしてそう思ったのか。聞こうとしたその問いは言葉にはならなかった。

 

「違うな。自己との対話か? 星か神話か、そういうものを通して語れるような人物に縁でも?」

 

「初対面で、知ったようなことを言わないで」

 

 反射的に刺々しい言葉が口に出た。

 

「ああ。すまない。よく怒られるし、気味悪がられる」

 

 別段図星をつかれたとも言い難い。しかし的外れの意味不明な事とも言い難い。むしろ、初めて会う人物に対して目を合わせただけでここまで言い当てるのなら大したものと言っていいかもしれない。もっとも、褒める気にはちっともなれなかったが。デリカシーというのは大事な物だ。

 

「別に怒ってるわけじゃ……いえ。とにかく、気にしなくていい。気を遣われた方が、気を遣ってしまうから」

 

「そういうものか?」

 

「ええ」

 

 そこで会話は終わった。アドマイヤベガは元々独り静かに星を見るべくここに来たのであるのだから、話しかけられでもしなければわざわざ他人と関わる筋合いは無い。それも相手が面識も無い人物なのであれば余計に。

 

 しかし。

 

「……ねえ」

 

 持ってきたレジャーシートも使わず。端と端という距離を空けつつも同じベンチに腰掛け、躊躇いがちに沈黙を破ったのは彼女の方からだった。もしこの光景をカワイイ同室のウマ娘が見ていたら、驚きのあまりその場でスマホを取り出して写真を撮っていたかもしれない。アドマイヤベガが人を寄せつけようとしないのはそのぐらいに有名な話であった。

 

「貴方こそ、誰かを待ってるんじゃないの?」

 

「……いいや。何故だ?」

 

 もしそうなら自分の方こそ場所を空けるべきだから。単に星を見に来たのなら時間潰しの道具──具体的には本──は不要だろうから。何故そう思ったのかと聞かれれば幾らでも理由はあったはず。なのに。

 

「──寂しそうだったから」

 

 出てきたのはそんな言葉。言ってから自分でも何故そんなことを? と疑問に思ってしまうような、脳を通さず直感から発された言葉だった。案の定、言われた彼も呆気にとられたような顔をしている。

 

 ごめんなさい、忘れて。と、そう言おうとしたその前に。言われた彼が笑い出した。

 

「そうか……そうかもな。──案外俺達は、同類かもしれん」

 

「どうして?」

 

「ここに居ない誰かへの祈りを空に託す。そんな夢想家同士だからだ」

 

 ここに居ない誰か──産まれることが出来なかった妹の事。

 

 だから私は妹の分まで走らなければならない。走って、勝って、その生涯を捧げれば妹は喜んでくれるはずと──それはある意味では、確かに祈りなのかもしれない。『喜んでくれるはず』と『喜んで欲しい』には大した差は無いのだから。

 

 じゃあ、あなたは誰のことを? 

 

 当然の疑問としてアドマイヤベガの脳裏にそんな言葉が浮かんだが、口にすることは無かった。

 

 元より他人に踏み込む性分でもない、というのも理由としてはあったのだけど。

 

 薄い笑みを浮かべながら空を眺める男の瞳が、どこか泣きそうだったから。

 

 ほんのりと浮かんだ好奇心を満たすより、心地よい沈黙で場を満たす方を選ぶことにした。

 

 それから、どちらからともなく場を離れるまで会話はもう産まれなかったが。その間にあったのは、不愉快な静けさではなかった。

 

 

 

 

 

 初めての邂逅からしばらくの時が流れた。

 

 その間にアドマイヤベガと例の男は出会ったり出会わなかったり。居る時は彼がつけているのであろう香水の特徴的な香りで分かるので、心の準備が出来るという意味では有難い話だった。

 

 何度か出会ったとはいえ、別にそれで特段仲が深まったわけではない……とアドマイヤベガは考えているし、男の方もそうだろう。なにせ、最初に会った時が一番会話が多かったのだから。

 

 ベンチの端と端に座って、時折一言二言だけ言葉を交わして夜空を眺める。二人揃った時のルーティーンはそのようなものだった。その調子だったから、何度か出会ったと言っても増えた情報は男がトレーナーであるということぐらい。それにしたって経歴も今誰か担当しているのかも分からない。その程度の関係。

 

 

 

 そんな彼は、アドマイヤベガが誰にも会いたくないと思いながらいつもの場所へと向かった日──つまりは選抜レース後に、いつものようにベンチに腰かけていた。

 

 避けようと思えば避けられた。だって彼の香水の香りは遠くからでもウマ娘なら嗅ぎ分けられて、そこに居ると教えてくれていたのだから。

 

 ならば何故目的地を変えなかったのか? そう問われればアドマイヤベガは明確な答えを持たない。今更別の所へ行くのが面倒だったからかもしれないし、そんな事を思いつかない程にレースの結果に自責の念を覚えていたからかもしれない。或いは、誰にでもいいから行き場の無い感情をぶつけたかったのかもしれない。

 

「……こんばんは」

 

 少なくとも、欠片もそんな思いが無いのであれば声をかけはしなかっただろう。

 

「ああ、今晩は。思ったより早かったな。レース後だろう?」

 

「別に。関係ない」

 

「そうか? だが俺には関係がある。今日は君を待っていたんだ」

 

「どうし──まあ、何度も顔を合わせていたものね」

 

 だからこうして、アドマイヤベガがここに来ることは予想しやすかっただろう。勿論無駄足になる可能性もあったわけだが、そこは男が賭けに勝ったというだけの話だ。

 

「はあ……それで、何の用? あのレースを見て、どうして私を待とうなんて思うの?」

 

「トレーナーがウマ娘を待つ理由なんて一つだろう?」

 

「……揶揄ってる? スカウトなら普通、一着を取った子を狙うでしょう」

 

「揶揄うなぞ無駄なことをするほど暇じゃない。君が一番早くゴールした。重要なのはそれだけだ」

 

 余りにも明確で、余りにも脳筋な価値基準。

 

「……それでも。一番になれなかったことに変わりはない。私は、勝たなきゃいけないのに」

 

 勝ちたい、と望むのはウマ娘の本能のようなものだ。だが、『勝ちたい』と『勝たなくてはならない』は大きく違うだろう。

 

「ここに居ない誰かのために?」

 

「ええ。だってあの子は……妹は、私の身代わりに、亡くなったのだから」

 

「だから走って──だから勝つと?」

 

「……私に出来ることなんてそれしかないから。あの子の分まで走る。あの子の分まで勝つ。それだけが、私の……目標」

 

「贖罪か?」

 

「……悪い?」

 

 誰にも言ったことのなかった走る理由。アドマイヤベガがそれを口にしたのは、きっと目の前の男が言葉が足りなくても理解してくれたから。愛想の欠片も無い癖に、話したこと以上に理解してくる、よく分からない彼。

 

「悪いことなど無いだろう。走る理由なぞ誰かが決める物でもない。ただ──」

 

「ただ?」

 

「一つ気になってな。つまり、どこまで行くつもりなのか」

 

 走る。勝つ。言葉にすれば単純なものだが、そこには様々な道がある。分かりやすく極論を言うなら、OPレースで勝って満足なのか、G1レースを制覇する……それこそ『皇帝』のような偉業を目指すのか。

 

「そんなの……決まってる。勝ち続ける。この身が、燃え尽きるまで」

 

「夢物語だな」

 

『皇帝』でさえ三度負けた。『暴君』でさえ敗北を知らない訳ではない。

 

「……バカなウマ娘だなんて、言われるまでもないわ」

 

「ああ。マトモな奴はそこまで大それた夢は見ない。どこかで現実と折り合いをつけるからな」

 

 そこで言葉が止まっていればアドマイヤベガはその場を後にしていただろう。しかし今回は、だが。と男は言葉を続けた。

 

「夢想家だと笑われて行こうじゃないか。嫌になるような現実に負けなかった奴だけが、夢を現実に出来るんだから」

 

「あなた……意外と──」

 

「意外と?」

 

「……なんでもない」

 

 ロマンチストと評するには真剣すぎる表情だった。夢に焦がれるのではなく、夢を現実に引きずり落とす。そんな意思を感じさせる顔だった。

 

「どっちみち、トゥインクルシリーズに出るには誰かと契約しないとだものね」

 

「ああ。──君達に世界最高の栄誉を」

 

 こうして。不器用なウマ娘はトレーナーとの契約を果たした。

 

 

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