ウマ娘 ワールドダービー 『燦然と輝く天の星』獲得RTA 作:アヤべさん遊び人概念好き好き大好き
トレーナーの付いていないウマ娘は自分でトレーニングをすることになる。一応全体を見てくれる教官のような存在は居るが、距離の適性も戦法の適性も異なるウマ娘達にまとめて効果的なトレーニングを施すことなど不可能だ。
極端な話、短距離を最後方から捲るのが得意なウマ娘と、長距離の最前を走り抜けるのが得意なウマ娘では必要な素質も鍛え方もまるで違うのだから。
そんな環境であったから、アドマイヤベガはトレーニングメニューを自分で考え実行していた。インターネットや教本で聞きかじった知識程度とはいえ、広く薄く施される教育だけで済ませるわけにはいかなかったから。
だから、トレーナーの有無なんて別に関係ないと思っていた。精々メニューが変わるぐらいで、独りであることは変わらないと。
「明日放課後蹄鉄を作りに行く。外出申請はこちらでしておく。放課後正門前で」
一日目のトレーニングを終えた時に告げられたのはそんな言葉だった。必要事項だけを端的に伝えるトレーナーのコミュニケーションは、似たようなタイプであるアドマイヤベガをして、『なんのために?』や『そんな急に?』と疑問を差し挟みたくなるものであったが、わざわざ連絡を取ってまで聞き出そうと思うほどでは無かった。彼女自身、トレーナーとの距離感を測りかねているからというのも理由の一つであったかもしれない。
ともかく合流を済ませトレーナーの道案内に従って装蹄店へと向かう……道中。二人の間にちょっとした会話があった。
「蹄鉄……装蹄師なんて、そんな昨日の明日で行っていいものなの?」
適当……というと言い方は悪いが、市販品であるならわざわざ急いで買う必要は無いだろう。だがオーダーメイドでとなればそれなりに時間がかかるのは常識だ。更に、腕のいい装蹄師となれば注文を受けてもらうだけでも一苦労。何せそんな人物の作る蹄鉄なんてレースに挑むウマ娘なら誰でも求めるのだから。
「あー……まあ、コネだな。──人脈というのは便利な物だ」
それはズルと呼ぶのでは? アドマイヤベガの脳裏にうっすらとそんな疑問が過ぎったが気にしないことにした。コネがあろうと無かろうと、客を選ぶ自由は職人の側にあるのだし。
そうして連れていかれた先は、スポーツ専門店のような大衆向けの雰囲気とは大きく異なり、頑固な職人が居るような無骨な店構えでもなく、どちらかと言えば高級なアクセサリーでも売っていそうな──アドマイヤベガはそのような店に入った経験が無いから想像でしかないが──そんな店だった。
「お久しぶりのご来店ありがとうございます。……そちらの方は?」
「新しい担当だ」
「左様で。デザイン担当の者をお呼びしましょうか? それとも装飾品の方を?」
「どちらでも無い。今日の用事は蹄鉄の方だ」
淡々とこなされていくやり取り。アドマイヤベガからすれば『敷居の高い店』ではあったが、トレーナーからすれば『何度も来ている馴染みの店』だ。最低限の事を伝えればそれで十分だった。
「左足の骨の歪みのせいで負荷がかかっている。それを軽減出来るような物を」
トレーナーが装蹄師に伝えたのもその程度。勿論足のサイズを測られたりだとか、筋肉の付き方を見られたりだとか、そういったことはされたが、それもすぐに終わる作業でしかなかった。
「金色の王様にもよろしくお伝えください」
「……アイツはもう杖を見つけた。そいつの方に伝えておく」
支払いを済ませた後にそんなやり取りが最後にあった。以前担当した誰かだろうか、とアドマイヤベガは考えたが、別にそれを問いただすつもりは無かった。単純に自分には関係の無い話であったからという理由と、『敷居の高い店』からさっさと出たいという理由で。
「あなた、もしかして良い所の産まれだったりする?」
他人にあまり深く関わろうとしないアドマイヤベガであったが、そんな質問をするくらいには先程の店には緊張していた。宝石やら金細工やらまで取り扱っているような店に入り慣れている学生の方が少ないだろうが。
「ごく普通の家庭だが? ……どちらかといえば貧乏よりかもしれんが、比較対象によるだろう」
帰ってきたのはそんな答え。その割には場馴れしていたように見えたけど。そんな言葉を続けようとしたところでトレーナーのセリフが先に飛んできた。
「言うまでもないことだが、俺はトレーナーだ。つまり、君のトレーニングメニューを考えたり、栄養を考えたメニューを考案したりするのが仕事となる」
「まあ……そうでしょうね」
「幸いな事に俺が初めて担当したウマ娘は俺にその辺りの経験を積ませてくれた。やろうと思えば一人でも出来そうな奴だったが」
翻って。トレーナーはそう言葉を続ける。
「俺は蹄鉄だとかシューズだとか、そういった道具に関しては三流だ」
「……話が見えないのだけれど」
「む……つまりだ。トレーナーにはトレーナーの。装蹄師には装蹄師の。デザイナーにはデザイナーの役割があるわけだ」
「ええ」
「しかし俺はトレーナー以外は三流だからな。一流の人間に頼むしかなかったから、必然ああいう場所にも慣れるしか無かったわけだ」
言ってしまえば適材適所というだけの話。人一人で全てを賄うことは不可能だから、出来ないことはさっさとプロに投げてしまおうと。
「それは……」
しかし、独りでいい、独りがいいと。誰の力も借りずにレースを走り続ける決意をしていたアドマイヤベガにとってはそんな単純な話ではない。ある意味では、自分のやろうとしていた事が否定されてしまっているのだから。
そんな逡巡を見抜いたのかどうか。トレーナーは言葉を続けた。
「無理だと思った事だけ頼ればいい。別に、何もかも一緒にやろうと言うつもりは無い」
「……大丈夫、必要無い。──って言うつもりだったのだけど。その時はお願いすると思う」
「どういう気持ちの変化だ?」
「少なくとも私には、ああいうお店で平然と注文するのは無理そうだから」
その答えにトレーナーは少し笑って。バカにする意図が無いと分かってはいても、アドマイヤベガとしては少しだけ面白くなかった。
オーダーメイドの蹄鉄と新しいシューズ。まずは慣れる為にと学園のコースを軽く走る。
「走り心地はどうだ? 違和感は?」
「大丈夫。凄く……走りやすい」
軽く流したランニング。それからの全力疾走。腕のいい職人に時間と金を与えて設えたそれは、一流が道具にこだわる理由を教えてくれるほどには素晴らしい物だった。
トントンと爪先で地面をたたく。それだけの動作でも靴の軽さを感じられて、思わず尻尾も揺れるというもの。
「気に入ったか?」
「あ……ええ。……ねえ」
「ん?」
「どうして……」
どうしてここまでしてくれるの? 言葉にしたかったのはそんな思い。より正確に言うのならば、まだ何も出来ていないのに、どうしてここまで尽くしてくれるのか、だろうか。選抜レースで一着を逃した。愛想は無い。生来の体の歪みは僅かな時間で見抜かれた。少なくとも、自分ならこんなウマ娘をスカウトしようとは思わない。アドマイヤベガはそう考えていた。
「ごめんなさい。なんでもない。……そういえば、デビュー戦って決まった?」
とはいえ、そんなことはわざわざ口に出さない。もしかしたら理路整然と返してくれるのかもしれないが、こんな『よく分からない人』の答えを彼女は理解できそうにないと思っている。
「ああ。夜にでも伝えるつもりだったが、まあいい。六月の後半だな」
「そう」
「先に言っておくが、自主練習をしたら走った量と場所を伝えるように」
「……はぁ。わかってる」
契約翌日に今までのトレーニング内容を伝えたら休息を増やされたメニューを渡された身としては耳が痛い話だった。
「安心しろ。君達の実力なら敵は居ない。今はまだな」
地道な練習を繰り返して迎えたメイクデビュー当日。
「足の調子は?」
「平気」
「良し。……君達の旅の始まりだ。思いっきり──」
「走ってこい?」
「いや。楽しんで来い」
「ありがとう……行ってきます」
そんな会話で送り出されたアドマイヤベガは、出遅れという失敗こそあったものの、遺憾なく実力を発揮したと言っていいだろう。
レース場で渦巻くウマ娘達の闘気。応援する観客たちの熱気。何もかもが初体験で、アドマイヤベガの……いや、彼女達の魂を震わせた。
追込みウマ娘というのは分かりやすいものだ。つまり、溜めて、溜めて……最後に、一気に吐き出す。
豪快な勝利に観客たちが湧きたつ中、地下バ道へと戻ってきたアドマイヤベガ。
「……いい顔になったな」
「え」
言われて思わず自分の顔をぺたぺたと触る。別に口角が上がったりもしていないし、変な顔はしていないはず──と考えたところで、目の前のトレーナーが笑っていることに気が付いた。
「もしかして、揶揄った?」
「いいや、本心だ。二人分、楽しめたか?」
「……分からない、けど」
走っている時、確かに。体の内側が、胸が。魂が。
もっと先へ、誰より早く、何よりも楽しくと。
吠えていた──ような気は、していた。
「──旅の始まりはいつもそうだ。まだ見ぬ未来への不安と、それと同じだけの高揚感。まずは第一歩だな」
「旅、なら。次の目的地が必要よね」
「ああ。君の魂の赴くままに」
「それなら──」
(楽しかった! 楽しかったね、お姉ちゃん)
(それにしても、随分変わった人と一緒に居るみたい)
(私のこと、どこまでわかってるんだろ?)
(面白いことばっかりだなぁ……ありがとう、お姉ちゃん)