努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~   作:エレティムさん

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1.ポンコツ

 王立学園の教室。朝の柔らかな光が窓から差し込む、最高の惰眠タイムだ。

 わたしは窓際の席で、堂々と机に突っ伏して眠っていた。

 

 わたしの名前はネム。

 この王国のお姫様である。

 この学園では「身分の差は関係ない」という建前がある。王族も平民も、規律の前では等しく学ぶ存在――だなんて綺麗事を言ってるけど、実際のところ、王女を本気で注意できる先生なんて一人もいない。

 

 むにゃむにゃ……

 

「また寝てるよ……」

「王女様っていいよな、注意されないし」

「でもあの子、成績ひどいって聞いたぞ」

「マジで? 全科目赤点ギリギリらしいよ」

 

 そんなひそひそ声も、わたしには届かない。

 

 机に顔をうずめたまま、すやすや夢の中。

 窓から入る風が心地よくて、鳥のさえずりが子守唄みたいに響いている。完璧な昼寝環境だ。

 

 さらに!

 メイド同伴!

 本当は付き人同伴なんて禁止されているのだけど、わたしだけは例外で、いつもメイドを横に置いている。これも王女特権の一つだ。

 

「ネム様、ネム様」

 

 小声で呼ばれて、わたしはのそのそと目を開けた。

 

「……ん? あれ、もうお昼?」

 

 まだ少し眠いけど、お昼ご飯の時間なら起きてもいいかな。

 

「いえ、国王ベルトナーガ様がお呼びです」

 

「はぁ……」

 

 わたしの睡眠を邪魔しないでほしい。

 起こされるのはお昼って決まってるんだから。それ以外の理由で起こすなんて、ルール違反だよ。

 

「……学校終わってからでいいでしょ?」

 

 わたしが適当に返すと、メイドは眉をひそめた。

 

「そう言って昨日も一昨日も行かなかったじゃありませんか!」

 

「う〜〜……じゃあ行くしかないのかぁ。でももうちょっとだけ……」

 

 机に再び顔を伏せる。

 気持ちよく寝てるときに起こされるのは世界で一番嫌い。だから、その嫌な気分を取り戻すには、もっと寝るしかないのだ。これは学術的根拠のある事実だ。たぶん。

 

「ネム様!」

 

「はいはい、分かった分かった。後でね」

 

――結局、わたしが王宮を訪れたのは翌日の夕方だった。

 

 

 

...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...

 

 

 

 玉座の間に入ると、父である国王ベルトナーガが険しい顔で待っていた。

 あの優しいパパの面影はどこにもない。いつもはニコニコして、わたしが何をしても笑って許してくれるのに。

 

「……呼び出してから三日だぞ、ネム」

 

「え? そんなに? ……あはは」

 

 時間の感覚なんて、寝てたら分からないし……

 

「笑いごとではないが、まあよい」

 

 国王の声は冷たく、空気が一瞬にして張り詰める。

 大臣たちは息を呑み、近衛兵は背筋を正す。

 

――いつも甘いパパが、ひどく冷たい声音。

 

 

 

 どうして?

 もしかして、機嫌悪いのかな?

 わたしが元気にしてあげないと!

 

「そうだパパ、聞いて聞いて! 今日ね、授業中にめっちゃ気持ちいいお昼寝ポイントを発見したんだよ!」

 

 身振り手振りを交えて、一生懸命話す。

 

「窓から日が入って、ぽかぽかで――しかも風通しがよくって! 最高だったんだから!

 それでね、寝てたら小鳥が飛んできて、机の上をちょこちょこ歩いたの! かわいかったなぁ……

 あとね、廊下の角にお菓子の自販機みたいな匂いが漂ってて、きっと誰か隠れてクッキー食べてたんだと思うの。ズルいよね! わたしも食べたかった!」

 

 大臣たちが顔を見合わせる。

 兵士のひとりは明らかに咳払いをして笑いをこらえたけれど、すぐに真顔に戻った。

 玉座の間に広がるのは、冷ややかな視線ばかり。

 

「……」

 

 父はまるで石像のように動かず、ただ黙ってわたしを見下ろしている。

 

 

 ……あれ?

 全然笑ってくれない。

 むしろ、もっと機嫌が悪くなったような……?

 わたし、何か変なこと言った?

 

「我が娘ネムよ。お前は学業は不出来、剣も魔法も才なく、打ち込むものもない」

 

「……ソダネ」

 

 確かに、勉強は嫌いだし、剣とか魔法とかも興味ないけど。

 いきなり何さ?

 

「何も問題を起こしていないのはよい。だが、褒められる点も何もない」

 

「むっ!? ひどくない? それに、わたしには、かわいいっていう唯一無二の美点があるし!」

 

「そういう話ではない。"何を成したか"を問うているのだ」

 

 なんだか冷たい。

 こんなパパ、見たことない。

 

「今までの人生で、何をしていたのだ。申してみよ」

 

「え? う〜ん……

 寝たり、食べたり……散歩して、いい日向ぼっこポイント探して、そこでおやつ食べて〜……眠って〜……あとお風呂で寝るのも最高!」

 

 寝ることが好き。

 それだけは誰にも負けない。

 剣にも魔法にも興味はない。寝ること以外で関心があるのは、せいぜい食べ物と――自分の美しさくらい。

 

「そういう話ではない」

 

 父の声は冷たく、それでいて拳を固く握りしめていた。

 

「才がなくとも、努力すれば補える。王族とて例外ではない。努力を怠った者に未来はないのだ」

 

「努力? ……その単語を聞いただけで眠くなってきたよ……すぅ」

 

 わざとらしく寝息を立ててみせると、玉座の間は静まり返った。

 

「って、なんで誰もツッコまないの!? ほら、『寝るな!』とかあるでしょ!」

 

 ノリが悪いなぁと心の中でぼやく。

 お笑いのセンスがないよね、この人たち。

 

「努力なんて、つらいし、だるいし、汗かくし……やりたくないランキング一位だよ」

 

「本気で言っているのか?」

 

 父の声はさらに冷たくなった。

 

 もう、どうしちゃったんだろう?

 ホントに機嫌悪いね??

 しかたないから、良いことを教えてあげよう。

 

 わたしは胸を張って答える。

 

「だってわたしは寝てるだけでかわいくなるんだよ? 寝れば寝るほど美少女! 美容効果は絶大!

 ねぇ、知ってる? 世界最強の美容法は"惰眠"なのよ! これ以上かわいくなったら、わたし、どうなっちゃうんだろうね〜」

 

 我ながら完璧な理論だ。反論の余地なし。

 

「この……ポンコツがっ!!!」

 

 父の額に青筋が浮かんだ。

 

「えっ、ど、どうしたの、パパ?」

 

「パパではない! 父上と呼べ! このポンコツネムがっ! 王族としての意識が足りぬポンコツが!」

 

「……っ!」

 

 ……ぇえ?

 

 どうして?

 いつも甘かったパパが、どうしてこんなに怒ってるの……?

 ポンコツって……そんな……

 

「……お前には、誰よりも未来を託せる可能性があると信じていたのだ。だからこそ、その才を最大限に発揮できるようになるべく自由にさせていたのだ」

 

 父の声は、怒りと失望が混じっていた。

 

「だが今の姿はなんだ……王族としての意識が足りぬポンコツではないか! ……くそっ、末娘だと甘やかしすぎたか……」

 

 ……やばい。

 涙がこぼれそう。

 

 このままだと、みっともない姿をさらす。

 そう思うと、このままこの場にいられるわけがなかった。

 

「わたし、もう行く!」

 

 涙でにじむ視界のまま、玉座の間から逃げるように出ていくのだった。

 

 

 

...*...*...(っд<。)...*...*...

 

 

 

 自室に駆け込み、ベッドに顔を押しつける。

 声を殺しても涙は止まらなかった。

 

「こんな暴言……人生で初めてだよ……」

 

――ポンコツ。

 

 あの言葉が胸に刺さったまま離れない。

 いつも優しかったパパが、わたしを見る目が冷たくて。

 『ポンコツ』なんて、ひどすぎる。

 涙でぐしゃぐしゃになりながら、それでも心の奥に小さな炎が灯っていた。

 

「もうパパなんて呼ばない! あんなのジジイで十分!」

 

 拳を握りしめて叫ぶ。

 

「……絶対、見返してやるんだから!」

 

 そう、わたしだって本気出せばできる子なんだから。

 

 ……でも。

 

「努力したら負けた気がする! む〜〜!!」

 

 怒りと悔しさと怠惰がぐちゃぐちゃに混ざる。

 

 そして、1つ、わたしの奇妙な決意が芽吹いた!

 

――努力しないで、見返してやる。

 

 そんな矛盾した目標を胸に、わたしの物語は――まだこの時は誰も知らない、剣聖としての人生は、こうして静かに始まったのだった。

 

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