努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
剣技大会の開幕を告げる太鼓が、地鳴りのように轟いた。
王都の大広場に設けられた仮設ステージの周りは、ぎっしりと観客で埋まっている。旗や紙吹雪が舞い、屋台からは香ばしい串焼きの匂いが漂い、熱気がすごい。
「今年はシュノール騎士団からも参加者が出るらしいぞ!」
「おお、あそこは精鋭揃いだ」
「でも一番の目玉は王女殿下だってよ!」
「ははっ、まさか……あの『眠り姫』が?」
「本当に出るのか? 寝てばかりの姫が剣なんて」
「見世物になるに決まってるぜ!」
観客のざわめきは、半信半疑と野次馬根性で満ちていた。
(……眠り姫?)
ヒソヒソと聞こえてくる民衆の声。
「王族なのに何もしないって有名だよな」
「学園でも寝てばかりらしいぞ」
「まあ、美しいからそれでもいいんだけどさ」
(あ、わたしのこと? まあ、事実だし)
『姫様……民衆にそう呼ばれていることを、ご存知でしたか?』
(知らなかった。でも、眠り姫って……むしろいい名前じゃない?)
『……姫様らしいお考えですな』
わたしは入場門をくぐりながら、大きなあくびを噛み殺す。
(……早く帰って昼寝したい。どうせなら三戦まとめて不戦勝とかにならないかなぁ。マジで怠い)
『姫様、気を抜きすぎて涎を垂らされませぬように』
(フォローの方向間違ってない!?)
『そうでしょうか? ひどく妥当な懸念だと愚考します』
(……ナミギリがわたしのことどう思っているか、お話が必要な気がしてるんだけど?)
『姫様のことですか? わしのような老いぼれに、再び剣を振る機会を与えてくださった。それだけで、姫様への忠義は永遠に尽きませぬ。それに、姫様は、わしが生涯で出会った中で最も天才的な術者でいらっしゃいます。この黒魔術は前代未聞、死にゆく者の人格を取り込み、感覚を共有し、しかも意識の切り替えまで可能とする。その上、姫様は類稀なる美貌の持ち主。白銀の髪、澄んだ瞳、気品ある佇まい――まさに絵に描いたような姫君でいらっしゃる。たとえ姫様がどれほど惰眠を愛されようとも、わしにとっては絶対の主。この命に代えても、お守りいたします』
「……な、ながいよ?」
『事実を述べただけでございます』
「ふ、ふ~ん……」
ま、まあ、そこまで言うのなら、何も言わないよ、うん。
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
剣技大会の予選は、王都の大広場に設けられた仮設ステージで行われた。
石畳を組み合わせただけの舞台に、木製の柵。屋根もない。
――はっきり言って、しょぼすぎる。
けれど、観客はやたら多い。
屋台がずらりと並び、焼き串や甘い蜜菓子を手にした人たちが、ぎゅうぎゅうに押し合って舞台を取り囲んでいた。
「王女が出るって本当か?」
「勝ったら見物だぞ!」
「怪我でもさせたら、打ち首になるんじゃないか?」
わたしは肩をすくめてため息。
(……え、こんな貧相ステージでやるの? 人だけは無駄に多いし。てか王女なんだから予選免除でいいじゃん。なんでわざわざ庶民に見世物されなきゃいけないの~?)
脳内でナミギリの真面目な声がする。
『場数を踏むことは重要です。どのような舞台であれ――』
(どうでもいい。わたしはただ早く帰って昼寝したいだけ!)
「次の試合は――」
審判が声を張り上げた。
「予選第一ラウンド! サバイバル形式で行います! ステージに残った参加者が、次のトーナメント戦へと進みます!」
観客席がざわめく。
「サバイバルか!」
「一気に人数を絞るつもりだな」
「これは荒れるぞ!」
(……サバイバル? つまり、一度にたくさんの人と戦うってこと?)
ステージの中には、わたし以外に、30人以上の参加者がいた。
筋骨隆々の大男、素早そうな剣士、重装備の騎士。
わたしと同い年か年下に見えるような子もいるし、まともに剣を振れるか怪しい老人もいる。
(……え、こんなにたくさん? 一度に全員と戦うの?)
『はい。複数の敵を同時に相手にする形式ですな』
(めんどくさ……もう、ナミギリに任せていい?)
『もちろんです。お任せください』
(じゃ、寝るね~)
『姫様! せめて起きて――』
(おやすみ~)
わたしは頭の奥、真っ暗な世界で意識を手放した。
ふわぁ……やっぱり寝るのが一番だよね……
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
『姫様、起きてください』
「んー? もう終わったの?」
目を開けると――
ステージには、わたししかいない。
(……あれ? みんなどこ行ったの?)
と思ったら、足元に倒れている人がいた。
いや、足元だけじゃない。
ステージ中に、倒れた参加者たち。
血だらけの者、気絶している者。
「え……?」
ナミギリと交代。
自分の体を動かして、辺りを見回す。
「な、何これ……?」
貧相なステージには、たくさんの男たちが倒れている。
わたしは心配になって、近くに倒れている血だらけの男の傍に座る。
「えっと……死んでる? あの~、生きてますか~?」
「ぐ、あ……」
ゆすってみると、反応がある。
「よかった、生きてて」
「うう、う……」
男は、なんとか、身体を動かし、目を開けた。
わたしと目が合った瞬間――
「ひやああああああっ!? お、鬼だぁぁぁぁ!!」
その男は転げるように逃げ出した。
「え、ちょっと!?」
他の参加者たちも、わたしに気づくと――
「来るな!」
「悪魔!」
「化け物!」
一斉に逃げ出した。
「……え? わたし、何かした?」
(ナミギリ? 何があったの?)
『……申し訳ございません。少々、やりすぎました』
(やりすぎって?)
『少々遊び……いえ、今後のためにも、なるべく鍛錬になるように戦いました』
観客席を見ると、みんな青ざめた顔でこちらを見ていた。
先ほどまでの熱狂は、どこにもない。
ただ、静寂と――恐怖。
「鬼だ……」
「悪魔だ……」
「あれが……王女……?」
「見たか……あの動き……」
「人間じゃねぇ……」
「眠り姫じゃない……血の王女だ……」
(え、なにこの雰囲気……)
わたしは木刀を見下ろした。
血が、ついていた。
「……え?」
(これ、わたしがやったの?)
『はい。姫様の体を使い、わしが戦いました』
(でも、こんなに……血だらけって……)
『申し訳ございません。つい楽しく……ではなく、少々、手加減が足りませんでした』
(手加減が足りないって……)
『ご安心ください、姫様。全員、生きております。ただ、骨が数本折れている程度です』
(程度って……)
わたしは頭を抱えた。
(……これ、やばくない? わたしの評価が……)
さっきまでは「眠り姫」だったのに、今は「血の王女」。
(絶対悪い意味だよね!? むしろ悪化してない!?)
わたしは、ただ寝てただけなのに。
なんでこんなことに……
(パパにバレたら、絶対何か言われるやつじゃん……)
『姫様、次のラウンドが始まります』
(え、まだ続くの!?)
審判が、震える声で告げた。
「つ、次は……トーナメント形式で……予選第二ラウンドを、3番ステージで行います……」
(……もう、帰りたい)
わたしは深々とため息をついた。
でも、ここで帰ったら、パパに何を言われるか分からない。
絶対にベスト4にはならないと!
(……仕方ない。ちゃんと起きて、戦いを見てみるか)
『姫様が?』
(うん。さすがに、このままだとわたしの評価がやばいことになってる気がするし)
『……なるほど。姫様が見ていただけるのであれば、遊ぶわけにはいきませんな』
(……遊ぶ? さっきから、なんか言ってたけど、どゆこと?)
『いえ、何でもありませぬ。この忠臣の働きっぷり、しかと見せましょう』
(……なんか、引っかかるんだけど)
わたしは、仮説ステージを出る。
ざざざと距離を大きくとる観客たち。
うるさかった観客は、静まり返っている。
みんな、怯えた目でこちらを見ていた。
(……わたし、何か悪いことした?)
いや、したんだろうけどさ。
ナミギリが。
でも、わたしは寝てただけなのに……
内心、不貞腐れながらも、監視するため、次の試合が始まるのを待つのだった。