努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
トーナメント戦が始まる。
観客席は、先ほどまでとは違う雰囲気に包まれていた。
熱狂ではなく――恐怖。
「次の試合は王女殿下だ……」
「また血の海になるのか……?」
「あの……サバイバルは、見たか?」
「見た……というか、見えなかった……」
「一瞬で全員が倒れて……」
「血だらけだったぞ……」
ざわめきが、重苦しく広がる。
わたしは大あくびをして肩を回す。
(……早く終わらないかな。お昼寝したい……)
でも、パパとの約束。
ベスト4に入らないといけない。
それに、さっきの試合結果。
あの反応、絶対に普通の勝ち方じゃない! あんなに怯えられるなんて絶対おかしい。
わたしはこんなにかわいい美少女だっていうのに……
(ちゃんと起きて見てなきゃ……)
対戦相手は、筋骨隆々の大男。
手にしたのは舞台用の大剣――木刀とはいえ分厚く重い。
彼はステージに上がると、わたしを睨みつけた。
「おい審判! 王女サマだからって手加減はしなくてもいいんだよなァ?」
「え、ええ……」
「じゃあ、怪我させちまっても、文句はねぇってことだよなァ!?」
(だ、大丈夫だよね?)
大男の凄みに、一歩後ずさる。
体も声も、デカい。ちょっと怖いかも……
『ご安心ください。この程度の者、100人いたとしても、負ける道理はありません』
(そ、そっか!)
こんな大男100人いても大丈夫なんだ!
一方。
大男と審判は言い争っている。
「おい審判! どうなんだァ!!」
「あ、えっと、こちらとしては怪我させてもいいとは言えないというか……」
「はぁ? じゃあ攻撃するなってか!?」
「寸止めなどで戦っていただいて」
「それは全力で戦うことにならんだろ!? なぁ王女サマ?」
「えっと……あなたが100人いても負けないよ?」
「あ?」
「だから! あなたが100人いても、負けるわけないって言ってるの!」
観客席がざわめく。
「おいおい、また煽ってるぞ……」
「さっきのサバイバルを忘れたのか、あの男……」
「そのサバイバルって本当なのか? そんなに強いようには見えないぞ」
「おいおい、これは教育が必要みたいだなァ……」
『姫様! 無駄に煽るようなことを言うべきではありません!』
(でも、ナミギリが言ったんだよね?)
『それはそうですが……』
大男はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「俺様が100人いても勝てるような相手と戦うんだ、手加減なんてできるわけねぇよなァ? そんで勢い余って、怪我させちまっても仕方ねぇってことだよなァ?」
わたしは片手をひらひらさせた。
「どうぞご自由に~」
「ククク、言質は取ったぜ!」
審判が手を振り下ろす。
「構え――始め!」
次の瞬間、大男の大剣が唸りをあげて振り下ろされる。
刃の影が覆い、観客席から一瞬、悲鳴が上がった。
「殿下が――」
「やめろ!」
だけど――
大剣は見事に空振っていた。
虚しく石畳に振り下ろされ、砂埃を上げる。ただ、それだけ。
その大剣は、全然違う方向に振り下ろされていた。え、どこ狙ったの?
「……は?」
大男の呆けた声。
ナミギリは、木刀を相手の喉元に寸止めしていた。
観客の悲鳴が――静寂に変わった。
「……終わった?」
「一瞬だった……」
「さっきのサバイバルと同じだ……」
「あの大男が……一瞬で……」
やがて、静寂が歓声に変わっていく。
「王女殿下が勝ったぞ!」
「一撃だ……!」
「いま絶対直撃したと思ったのに、次の瞬間には剣の向きがおかしくなっていた!?」
「さっきのサバイバルも……こういうことだったのか……」
わたしも驚いた。
ナミギリは自信満々だったとはいえ、こんなに強そうな男に一瞬で勝ってしまうなんて。
(……ナミギリ、本当に強いんだね)
『姫様が見ておられるのです。手を抜くわけにはいきませぬ』
観客席は、歓声と――少しの安堵が混じっていた。
「強い……」
「血は出なかったな……」
「さっきのサバイバルとは違う……」
「綺麗に勝った……」
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
予選二回戦。
「次はシュノール騎士団の兵士だ!」
「精鋭だぞ! 王国随一の武勇を誇る!」
「勇者様の仲間になるかもしれん男だ、手を抜くはずがない!」
観客席がどよめくなか、舞台に現れたのは漆黒の鎧をまとった若い兵士だった。
背筋をぴんと伸ばし、木刀を手にすると、まずは深々と礼をする。
「王女殿下。無礼を承知で――全力で参ります」
脳内にナミギリの声が響く。
『姫様、手合わせを願う者の誠意。ここは正面から応えて差し上げましょう』
(うん、お願い。わたしは見てるから)
『はい。お任せください』
審判の合図。
「構え――始め!」
兵士の踏み込みは鋭かった。
地を蹴る音が重く響き、剣筋は無駄がなく正確。
観客が息を呑む。
「さすがシュノール!」
「これは……殿下でも苦戦するかもしれん……」
木刀が交錯する――と思われたその瞬間。
相手の木刀は、ナミギリの方を向いていなかった。
ただ虚空を斬っていた。
悠々と、木刀を喉元に突きつけるナミギリ。
「……っ! 完敗です」
兵士は目を閉じ、剣を下げた。
観客からは大きな拍手と、どよめきが湧き起こる。
「殿下が……精鋭を倒した!」
「また一瞬だ!」
「マグレじゃなかったのか!?」
「今のなんだ!? 絶対に木刀が合うと思ったのに!?」
「さっきと同じだ! 剣が交差する瞬間に!」
「王女様は瞬間移動でも使っているのか!?」
歓声が熱狂に変わっていく。
わたしも驚いていた。
ナミギリが強いとは思っていたけど、まさかここまでとは。
学園の生徒を瞬殺するのとは、訳が違う。ちゃんと強い剣士を相手に、瞬殺だった。
どれだけの実力差があればこんなことが可能なんだろう? 分かんないけど、きっとものすごい力の差があるということなんだと思う。
(……なんとなく、わかった気がする。ナミギリが『剣鬼』って呼ばれていた理由。ほんっとうに規格外すぎない?)
『……姫様。過分なお言葉です』
(謙遜とかいいから、本音で言って! 生きてたときって、どれくらい強かったの? 今の力って、全盛期と比べてどうなの?)
『……正直に申し上げますと、今のわしは全盛期の半分も出せておりませぬ。この若き体はまだ鍛錬が足りず、わしの技を完全には再現できません。しかし――それでも、この程度の者たちに後れを取ることはございませぬ』
(半分……? それでこれ? じゃあ全盛期のナミギリって、どんだけヤバかったの……)
『姫様、次の試合が始まります』
(え、もう?)
観客席は、完全に熱狂していた。
「王女殿下万歳!」
「無敵だ!」
「眠り姫、最強! 眠り姫、最強!」
(……最強? まあ、悪くないかな)
『姫様、油断されませぬように』
(大丈夫、大丈夫。ナミギリがいれば、余裕でしょ?)
わたしは、次の試合へと向かった。