努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~   作:エレティムさん

12 / 34
10.本戦一回戦(上)

 

 予選を順調に勝ち上がり、本戦の舞台へ。

 

 そこは城門の外にある大闘技場――石造りの円形闘技場は一万人を収容できるほどの規模で、すり鉢状の観客席がぐるりと取り囲んでいた。

 

「「「「「「おおおおおおっ!!」」」」」」

 

 満員の観客の歓声が、地鳴りのように響く。

 

 旗が揺れ、太鼓が鳴り、屋台の香ばしい匂いまで空気を震わせる。

 

 わたしは入場門で立ち止まり、うんざりとため息をついた。

 

(うわ……人多すぎ。これ全部の前でやるの? めんど……VIP席で寝たい)

 

 ナミギリの声が脳内に落ちる。

 

『姫様。場慣れが肝要ですが、心配は要りませぬ。剣で示せば、観客の声はすべて姫様を称賛するものに変わりましょう』

 

(はいはい……)

 

 そして、本戦第一回戦が始まった。

 

「第一回戦――ネメシア王女殿下 対 ガイル!」

 

 本戦一回戦の相手は、まさかのガイルだった。

 

 観客席からはひときわ大きな歓声が沸き起こる。

 

「ガイルだ!」

「学園最強の男!」

「予選も順調に勝ち上がったぞ!」

「王女殿下が相手とは運が良いんだか悪いんだか」

「いや、王女様だって予選全勝だぞ」

「でもガイルには勝てないだろ」

 

 ガイルは、ゆっくりと近づいてくる。

 

 その目には――熱狂が宿っていた。

 

「ネム姫……! ついに、この時が来た!」

 

「へー、ガイルも本戦出場なんだ。すごいじゃん」

 

「ああ! ネム姫と戦うために、必死で勝ち上がってきたんだ!」

 

 ガイルの声は、興奮で震えていた。

 

「ネム姫の剣技を、もう一度拝見できる……! この日のために、毎日鍛錬を重ねてきた!」

 

「ふーん」

 

(なんか、テンション高くない?)

 

『小僧、相変わらず姫様に心酔しておるようですな』

 

 ガイルは高価そうな長剣を鞘から抜き放った。

 

 鋼の光がまぶしい。

 

「ネム姫の剣技を、文献で調べたんだ! 《誘剣》……剣鬼ナミギリ様が使ったとされる技だって!」

 

(え、何それ? ナミギリ、なんか言われてるけど?)

 

『……ほう。小僧にしては、よく調べましたな。確かに、わしの技の一つでございます』

 

 ガイルは剣を構える。

 

「《誘剣》は、剣の動きで相手を誘う技。誘いの隙を見せて、相手を踏み込ませ、そこをカウンターする――」

 

 ガイルの目が、キラキラと輝く。

 

「つまり! ネム姫は剣鬼ナミギリ様の技を完璧に再現してるってことだ! 素晴らしい! さすがネム姫だ!」

 

(まぁ、本人だしね)

 

「……俺は少しでもネム姫と長く戦いたい。対策を用意したんだ。そう、シンプルだ。剣を見なければいいんだ!」

 

「ふ~ん」

 

(それでも、問題ないよね? ナミギリ)

 

『ええ、もちろんでございます』

 

 わたしは、木刀を抜き放つ。

 

 そして、ひらひらと木刀を振って、構える。

 

 その瞬間、観客がざわついた。

 

「……あれ、木刀?」

「なんで真剣じゃないんだ?」

「まさか……真剣なんて使うまでもないってか!」

 

「……木刀、か?」

 

 ガイルが、目を見開いた。

 

「え、だっていつもそうじゃない?」

 

「本戦は真剣が使える。結界にヒーラーも待機してる。それを……知らなかったのか?」

 

 よく見たら、ガイルはがっつり本物の剣を使っている。

 

 鋼が鈍く光っている。

 

「え、知らなかった」

 

「……そうか」

 

 ガイルの表情が――喜色に染まった。

 

「つまり! ネム姫は、木刀でも勝てるって! そう言ってるんだな!」

 

(ナミギリ、どうなの?)

 

『問題ありませぬ』

 

「うん、多分」

 

「さすがだ! 殿下!」

 

 ガイルの声が、闘技場に響く。

 

 観客も口々に騒ぐ。

 

「王女殿下、本戦のルールを知らないのか!?」

「無茶だ! あれでは斬られてしまう!」

「違う! ネム様は、木刀でも圧倒できると言っているんだ!」

「やってくれるじゃねーか! 眠り姫様よっ!!」

「まさか! 王女様はこれほど豪胆な方だったとは!」

「おいおい、正気か!? 真剣相手に木刀で勝つなんて相当な実力差がないと厳しいぞ!」

 

「え? ちょっと! それ知らなかったんだけど!」

 

『確かにそんなルールだったような気もしないでもありませんが、いかんせん最後に大会に出場したのはずっと前ですからなぁ……』

 

(そんなのんきなこと言ってる場合じゃないよ! ベスト4にならないといけないんだよ!? ここで負けたらベスト4になれないんだよ!? わかってる!?)

 

『姫様、問題ありません。小僧相手には、いささか軽すぎるハンデかと』

 

(つまり?)

 

『楽勝でございます』

 

 ナミギリは断言した。

 

「そっかー、別に木刀でも楽勝かぁ」

 

「……っ!」

 

 ガイルの目が、さらに輝いた。

 

「ネム姫……! そこまで圧倒的な実力差を……!」

 

 ガイルは剣を構え直す。

 

「ならば! 全力でぶつかる! ネム姫の剣技に、少しでも近づくために! 木刀相手に負けたら、俺は俺自身を許せなくなる! 勝負だ!」

 

『ほう……小僧、少しは剣士らしくなりましたな』

 

(はいはい。じゃ、あとはよろしくね)

 

『……御意』

 

 そして、互いに剣を構える。

 

 ガイルは真剣で。ナミギリは木刀で。

 

 審判が声を張る。

 

「構え――始め!」

 

 ガイルが吼え、全力の突進を仕掛けた。

 

 鋼の剣がうなりをあげ、まっすぐ突進してくる。本気だ。

 

(あれ? なんか今回、本気で来てない?)

 

『ええ。小僧なりに、全力を尽くしているようです』

 

 ナミギリは静かに一歩進み出る。

 

 わたしの握る木刀がするりと動き、真剣の刃と噛み合った。

 

 ――剣がぶつかったのに、音はしなかった。

 

 木刀の刃は水流のようにぬるりと絡み、ガイルの剣を逸らす。

 

「なっ……!?」

 

 力強く放たれた突進は横へ流され、砂を削るだけに終わった。

 

 直後。

 

 体勢が崩れたガイルへ、ナミギリの木刀が走る。

 

 そして、首元へぴたりと突きつけられていた。

 

 戦いは、一瞬だった。

 

「……まだ、芯を捉えきれていない」

 

 ナミギリの声が、静かに響いた。

 

 わたしの口を通して、ナミギリが言葉を紡ぐ。

 

「だからこそ、剣が流される。本質を掴めば、もっと鋭くなる」

 

 観客席が静まり返る。

 

 そして――

 

「そこまで!」

 

 審判の声が響いた瞬間、観客は総立ちになり熱狂の渦に包まれた。

 

「ガイルが……!」

「王女殿下が勝ったぞ!」

「全力で挑んだのに!?」

「木刀で真剣を……!」

「美しい……」

「王女様、万歳!!」

 

 ガイルは――膝をついた。

 

「ネム姫……」

 

 手の中の剣が砂に落ち、乾いた音を立てた。

 

「俺は……まだまだ、遠い……」

 

 ガイルの目には、涙が浮かんでいた。

 

「でも……ネム姫から、直接教えてもらった……」

 

 ガイルは顔を上げる。

 

「『芯を捉えきれていない』……その言葉、胸に刻む! ネム姫!」

 

『小僧の努力は認めます。しかし、その程度で破れるほどわしの斬霧流(ざんむりゅう)は浅くはありません』

 

(斬霧流?)

 

『わしが作り上げた剣術にございます。《誘剣》は斬霧流の基本技――初歩の初歩。それすら破れぬようでは、先は長いですな』

 

(へー……ナミギリって自分で流派作ったんだ。すごいじゃん)

 

『恐縮です。しかし、斬霧流はわし一代で途絶えました。弟子も取らず、伝える者もおりませんでしたから』

 

(あー、だからガイルが《誘剣》を調べても、中途半端だったってこと?)

 

『その通り。文献に残っているのは技の名と、わずかな記述のみ。本質は何一つ記されておりませぬ。小僧が調べたところで、表面をなぞることしかできぬのです』

 

(なるほどね……でも、ガイル可哀想じゃない? 頑張って調べたのに)

 

『……姫様は優しいお方ですな』

 

(優しくないよ。ただ、努力が報われないのって、見てて痛々しいなって)

 

『努力が必ず報われるとは限りませぬ。しかし、努力なくして強くなることもまた不可能。小僧はまだ若い。この敗北が糧となりましょう』

 

(ふーん……まあ、わたしには関係ないけどね。努力なんてしないし)

 

 

 

...*...*...*...

 

 

 

 休憩時間。

 

 試合が終わって、一旦、控え室へ戻った。

 

 でも、さっきから、ずっと気になっていたことがある。

 

 そう、それは……

 

 屋台から漂ってくる、あの香ばしい匂い!

 

 串焼きの煙が立ち上り、甘い蜜菓子の香りが混ざり合う。

 

(……お腹空いた。てか、あの匂い、食べたすぎる!)

 

 メイドが言う。

 

「ネム様、少し早いですが、お食事の準備をいたしましょうか」

 

「ちょっと待って。あの屋台、気になるんだけど」

 

「屋台、ですか? しかし、王族として庶民に混ざるのは……」

 

「だから、何か変装できるものない?」

 

 メイドは少し考えて、持っていた荷物から布製のフード付きローブを取り出した。

 

「……一応、こちらを。万が一のために持参しておりました」

 

「ナイス! さすが!」

 

 わたしはローブを羽織り、フードを目深にかぶる。

 

『姫様、お待ちください!』

 

(え、どうしたの?)

 

 ナミギリの声が響く。

 

『本戦では真剣が必要でございます』

 

(でもさっきは楽勝だったじゃん!)

 

『実力差があれば、あのような芸当は可能になります。しかし、真の猛者が相手では、木刀だと心もとない』

 

(え、じゃあどうしろって?)

 

『数打ちでも、木刀よりはましでしょう。急いで買いに行けば十分間に合います』

 

(うぇ~、めんどくさぁ~)

 

 せっかく屋台モードになっていたのに。

 

(そもそも、ナミギリの生前使ってた刀あったじゃん? あれってどこにある?)

 

 ナミギリと最初に出会った病室に、確かにナミギリの刀があった。

 

 あれでよくない?

 

『さて……わしは天涯孤独の身でしたゆえ、死後は王家保管になっている可能性が高いようには思いますが』

 

(ってことは、宝物庫にあったりするのかなぁ?)

 

『おそらく。しかし、あの刀は、わしの全盛期に作った一品。姫様の体格からすると重すぎます。もっと別の剣の方が良いかと……とはいえ、数打ちに比べればはるかによいでしょうし、とりあえず今のところはそれで凌ぐのも手ですな』

 

(う~ん、メイドに言ったら持ってこれるかなぁ)

 

 う~ん、厳しい気がする。

 

 あー、めんどくさい。でもベスト4には絶対入ってもらわないといけないし……

 

 とその時、扉が開くと、

 

「――ネム姫!」

 

 ガイルが立っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。