努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
予選を順調に勝ち上がり、本戦の舞台へ。
そこは城門の外にある大闘技場――石造りの円形闘技場は一万人を収容できるほどの規模で、すり鉢状の観客席がぐるりと取り囲んでいた。
「「「「「「おおおおおおっ!!」」」」」」
満員の観客の歓声が、地鳴りのように響く。
旗が揺れ、太鼓が鳴り、屋台の香ばしい匂いまで空気を震わせる。
わたしは入場門で立ち止まり、うんざりとため息をついた。
(うわ……人多すぎ。これ全部の前でやるの? めんど……VIP席で寝たい)
ナミギリの声が脳内に落ちる。
『姫様。場慣れが肝要ですが、心配は要りませぬ。剣で示せば、観客の声はすべて姫様を称賛するものに変わりましょう』
(はいはい……)
そして、本戦第一回戦が始まった。
「第一回戦――ネメシア王女殿下 対 ガイル!」
本戦一回戦の相手は、まさかのガイルだった。
観客席からはひときわ大きな歓声が沸き起こる。
「ガイルだ!」
「学園最強の男!」
「予選も順調に勝ち上がったぞ!」
「王女殿下が相手とは運が良いんだか悪いんだか」
「いや、王女様だって予選全勝だぞ」
「でもガイルには勝てないだろ」
ガイルは、ゆっくりと近づいてくる。
その目には――熱狂が宿っていた。
「ネム姫……! ついに、この時が来た!」
「へー、ガイルも本戦出場なんだ。すごいじゃん」
「ああ! ネム姫と戦うために、必死で勝ち上がってきたんだ!」
ガイルの声は、興奮で震えていた。
「ネム姫の剣技を、もう一度拝見できる……! この日のために、毎日鍛錬を重ねてきた!」
「ふーん」
(なんか、テンション高くない?)
『小僧、相変わらず姫様に心酔しておるようですな』
ガイルは高価そうな長剣を鞘から抜き放った。
鋼の光がまぶしい。
「ネム姫の剣技を、文献で調べたんだ! 《誘剣》……剣鬼ナミギリ様が使ったとされる技だって!」
(え、何それ? ナミギリ、なんか言われてるけど?)
『……ほう。小僧にしては、よく調べましたな。確かに、わしの技の一つでございます』
ガイルは剣を構える。
「《誘剣》は、剣の動きで相手を誘う技。誘いの隙を見せて、相手を踏み込ませ、そこをカウンターする――」
ガイルの目が、キラキラと輝く。
「つまり! ネム姫は剣鬼ナミギリ様の技を完璧に再現してるってことだ! 素晴らしい! さすがネム姫だ!」
(まぁ、本人だしね)
「……俺は少しでもネム姫と長く戦いたい。対策を用意したんだ。そう、シンプルだ。剣を見なければいいんだ!」
「ふ~ん」
(それでも、問題ないよね? ナミギリ)
『ええ、もちろんでございます』
わたしは、木刀を抜き放つ。
そして、ひらひらと木刀を振って、構える。
その瞬間、観客がざわついた。
「……あれ、木刀?」
「なんで真剣じゃないんだ?」
「まさか……真剣なんて使うまでもないってか!」
「……木刀、か?」
ガイルが、目を見開いた。
「え、だっていつもそうじゃない?」
「本戦は真剣が使える。結界にヒーラーも待機してる。それを……知らなかったのか?」
よく見たら、ガイルはがっつり本物の剣を使っている。
鋼が鈍く光っている。
「え、知らなかった」
「……そうか」
ガイルの表情が――喜色に染まった。
「つまり! ネム姫は、木刀でも勝てるって! そう言ってるんだな!」
(ナミギリ、どうなの?)
『問題ありませぬ』
「うん、多分」
「さすがだ! 殿下!」
ガイルの声が、闘技場に響く。
観客も口々に騒ぐ。
「王女殿下、本戦のルールを知らないのか!?」
「無茶だ! あれでは斬られてしまう!」
「違う! ネム様は、木刀でも圧倒できると言っているんだ!」
「やってくれるじゃねーか! 眠り姫様よっ!!」
「まさか! 王女様はこれほど豪胆な方だったとは!」
「おいおい、正気か!? 真剣相手に木刀で勝つなんて相当な実力差がないと厳しいぞ!」
「え? ちょっと! それ知らなかったんだけど!」
『確かにそんなルールだったような気もしないでもありませんが、いかんせん最後に大会に出場したのはずっと前ですからなぁ……』
(そんなのんきなこと言ってる場合じゃないよ! ベスト4にならないといけないんだよ!? ここで負けたらベスト4になれないんだよ!? わかってる!?)
『姫様、問題ありません。小僧相手には、いささか軽すぎるハンデかと』
(つまり?)
『楽勝でございます』
ナミギリは断言した。
「そっかー、別に木刀でも楽勝かぁ」
「……っ!」
ガイルの目が、さらに輝いた。
「ネム姫……! そこまで圧倒的な実力差を……!」
ガイルは剣を構え直す。
「ならば! 全力でぶつかる! ネム姫の剣技に、少しでも近づくために! 木刀相手に負けたら、俺は俺自身を許せなくなる! 勝負だ!」
『ほう……小僧、少しは剣士らしくなりましたな』
(はいはい。じゃ、あとはよろしくね)
『……御意』
そして、互いに剣を構える。
ガイルは真剣で。ナミギリは木刀で。
審判が声を張る。
「構え――始め!」
ガイルが吼え、全力の突進を仕掛けた。
鋼の剣がうなりをあげ、まっすぐ突進してくる。本気だ。
(あれ? なんか今回、本気で来てない?)
『ええ。小僧なりに、全力を尽くしているようです』
ナミギリは静かに一歩進み出る。
わたしの握る木刀がするりと動き、真剣の刃と噛み合った。
――剣がぶつかったのに、音はしなかった。
木刀の刃は水流のようにぬるりと絡み、ガイルの剣を逸らす。
「なっ……!?」
力強く放たれた突進は横へ流され、砂を削るだけに終わった。
直後。
体勢が崩れたガイルへ、ナミギリの木刀が走る。
そして、首元へぴたりと突きつけられていた。
戦いは、一瞬だった。
「……まだ、芯を捉えきれていない」
ナミギリの声が、静かに響いた。
わたしの口を通して、ナミギリが言葉を紡ぐ。
「だからこそ、剣が流される。本質を掴めば、もっと鋭くなる」
観客席が静まり返る。
そして――
「そこまで!」
審判の声が響いた瞬間、観客は総立ちになり熱狂の渦に包まれた。
「ガイルが……!」
「王女殿下が勝ったぞ!」
「全力で挑んだのに!?」
「木刀で真剣を……!」
「美しい……」
「王女様、万歳!!」
ガイルは――膝をついた。
「ネム姫……」
手の中の剣が砂に落ち、乾いた音を立てた。
「俺は……まだまだ、遠い……」
ガイルの目には、涙が浮かんでいた。
「でも……ネム姫から、直接教えてもらった……」
ガイルは顔を上げる。
「『芯を捉えきれていない』……その言葉、胸に刻む! ネム姫!」
『小僧の努力は認めます。しかし、その程度で破れるほどわしの
(斬霧流?)
『わしが作り上げた剣術にございます。《誘剣》は斬霧流の基本技――初歩の初歩。それすら破れぬようでは、先は長いですな』
(へー……ナミギリって自分で流派作ったんだ。すごいじゃん)
『恐縮です。しかし、斬霧流はわし一代で途絶えました。弟子も取らず、伝える者もおりませんでしたから』
(あー、だからガイルが《誘剣》を調べても、中途半端だったってこと?)
『その通り。文献に残っているのは技の名と、わずかな記述のみ。本質は何一つ記されておりませぬ。小僧が調べたところで、表面をなぞることしかできぬのです』
(なるほどね……でも、ガイル可哀想じゃない? 頑張って調べたのに)
『……姫様は優しいお方ですな』
(優しくないよ。ただ、努力が報われないのって、見てて痛々しいなって)
『努力が必ず報われるとは限りませぬ。しかし、努力なくして強くなることもまた不可能。小僧はまだ若い。この敗北が糧となりましょう』
(ふーん……まあ、わたしには関係ないけどね。努力なんてしないし)
...*...*...*...
休憩時間。
試合が終わって、一旦、控え室へ戻った。
でも、さっきから、ずっと気になっていたことがある。
そう、それは……
屋台から漂ってくる、あの香ばしい匂い!
串焼きの煙が立ち上り、甘い蜜菓子の香りが混ざり合う。
(……お腹空いた。てか、あの匂い、食べたすぎる!)
メイドが言う。
「ネム様、少し早いですが、お食事の準備をいたしましょうか」
「ちょっと待って。あの屋台、気になるんだけど」
「屋台、ですか? しかし、王族として庶民に混ざるのは……」
「だから、何か変装できるものない?」
メイドは少し考えて、持っていた荷物から布製のフード付きローブを取り出した。
「……一応、こちらを。万が一のために持参しておりました」
「ナイス! さすが!」
わたしはローブを羽織り、フードを目深にかぶる。
『姫様、お待ちください!』
(え、どうしたの?)
ナミギリの声が響く。
『本戦では真剣が必要でございます』
(でもさっきは楽勝だったじゃん!)
『実力差があれば、あのような芸当は可能になります。しかし、真の猛者が相手では、木刀だと心もとない』
(え、じゃあどうしろって?)
『数打ちでも、木刀よりはましでしょう。急いで買いに行けば十分間に合います』
(うぇ~、めんどくさぁ~)
せっかく屋台モードになっていたのに。
(そもそも、ナミギリの生前使ってた刀あったじゃん? あれってどこにある?)
ナミギリと最初に出会った病室に、確かにナミギリの刀があった。
あれでよくない?
『さて……わしは天涯孤独の身でしたゆえ、死後は王家保管になっている可能性が高いようには思いますが』
(ってことは、宝物庫にあったりするのかなぁ?)
『おそらく。しかし、あの刀は、わしの全盛期に作った一品。姫様の体格からすると重すぎます。もっと別の剣の方が良いかと……とはいえ、数打ちに比べればはるかによいでしょうし、とりあえず今のところはそれで凌ぐのも手ですな』
(う~ん、メイドに言ったら持ってこれるかなぁ)
う~ん、厳しい気がする。
あー、めんどくさい。でもベスト4には絶対入ってもらわないといけないし……
とその時、扉が開くと、
「――ネム姫!」
ガイルが立っていた。