努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~   作:エレティムさん

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10.本戦一回戦(下)

 

「ネム姫!」

 

 飛び込んできたのは、ガイルだった。

 

 息を切らして、興奮した表情で。

 

「えっと……なに?」

 

「さっきの戦い――素晴らしかった!」

 

「あ、うん」

 

「ネム姫から直接教えを受けられて、光栄だった!」

 

「教え……?」

 

 ガイルは一歩近づく。

 

「『芯を捉えきれていない』――あの言葉、胸に刻んだ!」

 

「ああ、それ」

 

『姫様、小僧が完全に感謝しておりますな』

 

(ふ~ん……でもナミギリ、言うことあるよね?)

 

『……はて?』

 

(ナミギリ勝手に喋りすぎ! 喋らないって約束だったでしょ!?)

 

『申し訳ございませぬ。有望な小僧を前にすると、つい言いたくなってしまったのです』

 

(もう、次からはちゃんとしてよね!)

 

 ガイルが言う。

 

 

「……しかし、ネム姫はあまりに強すぎる。だからこそ、聞きたい」

 

 ガイルは拳を握りしめる。

 

「ネム姫は寝てばかりだ!」

 

「うん」

 

 否定する理由がない。

 

「――だから、夜中に鍛錬してるんだろう!?」

 

「ううん、寝てるよ」

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 ガイルの顔が、驚愕に染まる。

 

『姫様、小僧が盛大に勘違いしておりますな』

 

(ふ~ん……)

 

「そんなはずはない!」

 

 ガイルは首を振る。

 

「ネム姫のあの剣筋は……一朝一夕で身につくものじゃない! きっと、誰も知らない夜に血のにじむ鍛錬を……!」

 

「してないよ」

 

「なら、どうやって!? 俺は……俺はネム姫に追いつくために、毎日鍛錬を続けてる。それでも、ネム姫に足元にすら届かない。なぜだ!?」

 

(あー、なんか、すごい真剣……)

 

『小僧は努力を信じておりますな』

 

(努力ねぇ……わたしには縁がないけど)

 

 わたしは、ゆっくりと起き上がる。

 

「ガイル、ちょうど今、剣が一本ほしいんだけど」

 

「……は?」

 

「真剣。本戦で使えるやつ。木刀じゃなくて、ちゃんとした刀」

 

 ガイルは困惑した表情を浮かべる。

 

「あの、俺の質問は――」

 

「それ持ってきてくれたら、わたしの強さの秘密、教えてあげてもいいよ」

 

「……!」

 

 ガイルの目が、期待で輝く。

 

「ほ、本当か!? ネム姫の強さの秘密を!?」

 

「うん。わたし、嘘つかない主義だから。あ、でも、気に入った剣じゃないとダメだからね?」

 

 ガイルは少し考えて、頷いた。

 

「……わかった。俺の家の家宝がある。それでいいか?」

 

「家宝? いいの?」

 

「構わない! どうせ使う人もいない。それに……ネム姫のために役立てるなら、誰も否定できないだろう!」

 

『姫様、秘密を教えてよろしいのですか?』

 

(まあ、剣が手に入るならいいじゃん)

 

「じゃあ、お願い」

 

「わかった! すぐに持ってくる!」

 

 ガイルは駆け出していった。

 

 

 

...*...*...*...

 

 

 

 ナイスタイミングのガイルのおかげで、真剣が手に入りそう。

 

 わたしは安心して、ひとり、観客に紛れて屋台へ向かった。

 

「おお……串焼き……!」

 

 目の前で肉が焼かれている。

 

 じゅうじゅうと音を立て、香ばしい匂いがたまらない。

 

「お嬢ちゃん、一本どうだい?」

 

「ください!」

 

 硬貨を渡して、串焼きを受け取る。

 

(買い食いとか、初めてかも……ちょっと悪いことしてる気分!)

 

『姫様、行儀が――』

 

(いいのいいの! たまにはこういうのも!)

 

 一口かじる。

 

「――!!」

 

 熱々の肉汁が口の中で弾け、香ばしい味が広がる。

 

 塩加減が絶妙で、表面はカリッと、中はジューシー。

 

(これは!? 罪深い味がする! なにこれ、めっちゃ美味しいんだけど!?)

 

『……姫様、口元が』

 

(うるさい! これは正義の味! 惰眠の友!)

 

 串焼きを頬張りながら、わたしは周囲を見回した。

 

 そのすぐ隣で、賭け屋が声を張り上げていた。

 

「次の試合! 倍率発表! ルーズマ・ケール1.3倍! ネメシア王女殿下は3.3倍だ!」

 

「やっぱり王女様は弱いって思われてんだな」

 

「今までの勝ちはマグレだろ」

 

「次は本物の強豪が相手だ。さすがに無理だろう」

 

「だが今までの戦いすべてで瞬殺なんだぞ!? それに剣鬼の技を使えるとか!」

 

「じゃあお前は王女様に賭ければいい。ま、ルーズマ・ケールが、負けるわけないがな! ガハハハ!!!」

 

(……え? 3.3倍?)

 

 わたしは串焼きを持ったまま、賭け屋の前で立ち止まった。

 

(待って待って。つまり、わたしに賭ければ――勝ったら3.3倍になるってこと?)

 

『……姫様、まさか』

 

(自分で自分に賭ければ大儲けじゃん!? 天才か、わたし! いや、天才だわ!)

 

『姫様……それは』

 

(何? もしかして、負けるかもしれないって?)

 

『いえ、当然すべての試合を圧倒いたしますが』

 

(なら問題ないね! 絶対儲かるじゃん!)

 

 わたしはフードを直し、人混みに紛れて声を張る。

 

「最強美少女ネムちゃんに全部! 絶対勝つよ!」

 

 周囲の観客がざわつく。

 

「おい、あの子、本気で賭けてるぞ」

 

「ネム様に全部って……勇気あるな」

 

「ちっちゃいのに、男気あるな!」

 

(ふふん、これで大儲けして、毛布も枕もアップグレード!! ふかふか最高級寝具セット購入確定! 惰眠投資、大成功~!)

 

 わたしは串焼きを頬張る。

 

 もう一本食べちゃおっと!

 

 

 

...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...

 

 

 

 しばらくして。

 

 控え室の扉が再び開く。

 

「はぁ……はぁ……持ってきた……」

 

 息を切らしたガイルが、長い包みを抱えて入ってきた。

 

 汗だくで、相当急いで往復したらしい。

 

「これが、家宝の刀だ」

 

 ガイルは包みを解く。

 

 中から現れたのは、美しい鞘に収められた刀だった。

 

 鞘は深い青色で、淡い銀の模様が霞のように流れている。

 

「銘は《夢霞(ゆめがすみ)》って名前だ」

 

 ガイルは刀を差し出す。

 

「昔、ドワーフの鍛冶師が"夢見心地で打ったら、いつの間にかできていた"っていう逸話があるんだ。どうしてこれほどの出来になったのか、生涯わからなかったらしい。ま、うちの家では"夢の中で神が槌を振った刀"なんて呼んでるけどな」

 

(夢……?)

 

『ほう、面白い逸話ですな』

 

「……ネム姫は眠り姫って呼ばれてるし、ちょうどいいと思ってさ」

 

 わたしは《夢霞》を受け取る。

 

 鞘から抜くと――

 

 刃は澄んだ青みを帯びた銀色で、刃文が淡く霞のように浮かんでいた。

 

 光に翳すと、まるで夢の中の景色のように揺らめく。

 

「……きれい」

 

『これは……良い刀ですな。重さも姫様にちょうど良い』

 

 ナミギリに体を預ける。

 

 すると、刀がするりと手に馴染んだ。

 

 素振りを一つ。

 

――音がしなかった。

 

 刀が空気を裂く音すら、霞のように消える。

 

 ガイルは、その素振りに息を呑み、言葉を失っていた。

 

「……はっ! す、すごすぎる……! やはり、ネム姫は……!」

 

 ナミギリが頭の中で言う。

 

『……これは、名刀ですな。姫様の体格に合い、かつ、わしの技を乗せるに十分な業物。小僧、良いものを持っておりました』

 

(へー、ナミギリが褒めるなんて珍しい)

 

『これほど、姫様に合う刀は、世界にそう多くはないと確信できるほどのものです』

 

(そ、そんなに?)

 

 刀を鞘に収め、体の操作を戻す。

 

「えっと……気に入ったよ?」

 

「そ、そうか……!」

 

 ガイルは嬉しそうに笑う。

 

「姫に気に入ってもらえて、この刀も本望だ!」

 

 そして、すぐに真剣な表情に戻る。

 

「……それで、ネム姫の強さの秘密ってのは?」

 

「ふふふ、教えてしんぜよう!」

 

「ご、ごくり……」

 

「その名を――

 

 

――惰眠設計!」

 

「おお、惰眠設計! だみん? ……せっけい?」

 

 ガイルが首を傾げる。

 

「そう! 寝てる間に理論が完成するの!」

 

「……理論が?」

 

「うん、理論が。と言っても、わたしもまだ一回しかできたことないんだけどね~」

 

「な、なるほど! だからネム姫は寝ているのか! それは……鍛錬の一種なんだな!?」

 

「ん~、鍛錬法って感じじゃないんだよね~、もっとこう、リラックス? 肩の力を抜いて」

 

「はぁ……リラックス……」

 

 ガイルは真剣にメモを取り始めた。

 

「とりあえず、やり方を教えるね! 本、プリーズ!」

 

 わたしが指示すると、メイドが荷物の中から、分厚い禁書を取り出してドンと机に置く。

 

 『地動説~太陽は回らない~』――最近持ち歩いている、新しい禁書だ。

 

「こんなの……わかるのか?」

 

 ガイルは本を覗き込む。

 

 ページをぱらぱらとめくって、顔をしかめる。

 

「俺には何が書いてあるのかさっぱりだ……」

 

「わかるわけないでしょ?」

 

「は……?」

 

「だから、こんなの、わたしに分かるわけないじゃん!」

 

「じゃあどうするんだ!?」

 

「寝るの!」

 

 わたしは本をぱたんと開く――

 

 

 

 難解な言い回し。聞いたこともないような単語。ただ眠くなるような数値と数式のオンパレード。謎のデータ。

 一瞬で頭がパンクしそうになる。

 

――そのまま、机に突っ伏した。

 

「……すぅ」

 

「……これが、ネム姫の鍛錬法……!」

 

 ガイルの驚嘆の声が響く。

 

 でも、わたしはもう夢の中。

 

 すやすや。

 

 やっぱり、禁書はよく眠れる……

 

「俺も……やってみるか……」

 

 遠くの方でガイルがぶつぶつ言っている音が聞こえたような。

 

 でももう、わたしは夢の中だった。

 

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