努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
「ネム姫!」
飛び込んできたのは、ガイルだった。
息を切らして、興奮した表情で。
「えっと……なに?」
「さっきの戦い――素晴らしかった!」
「あ、うん」
「ネム姫から直接教えを受けられて、光栄だった!」
「教え……?」
ガイルは一歩近づく。
「『芯を捉えきれていない』――あの言葉、胸に刻んだ!」
「ああ、それ」
『姫様、小僧が完全に感謝しておりますな』
(ふ~ん……でもナミギリ、言うことあるよね?)
『……はて?』
(ナミギリ勝手に喋りすぎ! 喋らないって約束だったでしょ!?)
『申し訳ございませぬ。有望な小僧を前にすると、つい言いたくなってしまったのです』
(もう、次からはちゃんとしてよね!)
ガイルが言う。
「……しかし、ネム姫はあまりに強すぎる。だからこそ、聞きたい」
ガイルは拳を握りしめる。
「ネム姫は寝てばかりだ!」
「うん」
否定する理由がない。
「――だから、夜中に鍛錬してるんだろう!?」
「ううん、寝てるよ」
「ば、馬鹿な!?」
ガイルの顔が、驚愕に染まる。
『姫様、小僧が盛大に勘違いしておりますな』
(ふ~ん……)
「そんなはずはない!」
ガイルは首を振る。
「ネム姫のあの剣筋は……一朝一夕で身につくものじゃない! きっと、誰も知らない夜に血のにじむ鍛錬を……!」
「してないよ」
「なら、どうやって!? 俺は……俺はネム姫に追いつくために、毎日鍛錬を続けてる。それでも、ネム姫に足元にすら届かない。なぜだ!?」
(あー、なんか、すごい真剣……)
『小僧は努力を信じておりますな』
(努力ねぇ……わたしには縁がないけど)
わたしは、ゆっくりと起き上がる。
「ガイル、ちょうど今、剣が一本ほしいんだけど」
「……は?」
「真剣。本戦で使えるやつ。木刀じゃなくて、ちゃんとした刀」
ガイルは困惑した表情を浮かべる。
「あの、俺の質問は――」
「それ持ってきてくれたら、わたしの強さの秘密、教えてあげてもいいよ」
「……!」
ガイルの目が、期待で輝く。
「ほ、本当か!? ネム姫の強さの秘密を!?」
「うん。わたし、嘘つかない主義だから。あ、でも、気に入った剣じゃないとダメだからね?」
ガイルは少し考えて、頷いた。
「……わかった。俺の家の家宝がある。それでいいか?」
「家宝? いいの?」
「構わない! どうせ使う人もいない。それに……ネム姫のために役立てるなら、誰も否定できないだろう!」
『姫様、秘密を教えてよろしいのですか?』
(まあ、剣が手に入るならいいじゃん)
「じゃあ、お願い」
「わかった! すぐに持ってくる!」
ガイルは駆け出していった。
...*...*...*...
ナイスタイミングのガイルのおかげで、真剣が手に入りそう。
わたしは安心して、ひとり、観客に紛れて屋台へ向かった。
「おお……串焼き……!」
目の前で肉が焼かれている。
じゅうじゅうと音を立て、香ばしい匂いがたまらない。
「お嬢ちゃん、一本どうだい?」
「ください!」
硬貨を渡して、串焼きを受け取る。
(買い食いとか、初めてかも……ちょっと悪いことしてる気分!)
『姫様、行儀が――』
(いいのいいの! たまにはこういうのも!)
一口かじる。
「――!!」
熱々の肉汁が口の中で弾け、香ばしい味が広がる。
塩加減が絶妙で、表面はカリッと、中はジューシー。
(これは!? 罪深い味がする! なにこれ、めっちゃ美味しいんだけど!?)
『……姫様、口元が』
(うるさい! これは正義の味! 惰眠の友!)
串焼きを頬張りながら、わたしは周囲を見回した。
そのすぐ隣で、賭け屋が声を張り上げていた。
「次の試合! 倍率発表! ルーズマ・ケール1.3倍! ネメシア王女殿下は3.3倍だ!」
「やっぱり王女様は弱いって思われてんだな」
「今までの勝ちはマグレだろ」
「次は本物の強豪が相手だ。さすがに無理だろう」
「だが今までの戦いすべてで瞬殺なんだぞ!? それに剣鬼の技を使えるとか!」
「じゃあお前は王女様に賭ければいい。ま、ルーズマ・ケールが、負けるわけないがな! ガハハハ!!!」
(……え? 3.3倍?)
わたしは串焼きを持ったまま、賭け屋の前で立ち止まった。
(待って待って。つまり、わたしに賭ければ――勝ったら3.3倍になるってこと?)
『……姫様、まさか』
(自分で自分に賭ければ大儲けじゃん!? 天才か、わたし! いや、天才だわ!)
『姫様……それは』
(何? もしかして、負けるかもしれないって?)
『いえ、当然すべての試合を圧倒いたしますが』
(なら問題ないね! 絶対儲かるじゃん!)
わたしはフードを直し、人混みに紛れて声を張る。
「最強美少女ネムちゃんに全部! 絶対勝つよ!」
周囲の観客がざわつく。
「おい、あの子、本気で賭けてるぞ」
「ネム様に全部って……勇気あるな」
「ちっちゃいのに、男気あるな!」
(ふふん、これで大儲けして、毛布も枕もアップグレード!! ふかふか最高級寝具セット購入確定! 惰眠投資、大成功~!)
わたしは串焼きを頬張る。
もう一本食べちゃおっと!
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
しばらくして。
控え室の扉が再び開く。
「はぁ……はぁ……持ってきた……」
息を切らしたガイルが、長い包みを抱えて入ってきた。
汗だくで、相当急いで往復したらしい。
「これが、家宝の刀だ」
ガイルは包みを解く。
中から現れたのは、美しい鞘に収められた刀だった。
鞘は深い青色で、淡い銀の模様が霞のように流れている。
「銘は《
ガイルは刀を差し出す。
「昔、ドワーフの鍛冶師が"夢見心地で打ったら、いつの間にかできていた"っていう逸話があるんだ。どうしてこれほどの出来になったのか、生涯わからなかったらしい。ま、うちの家では"夢の中で神が槌を振った刀"なんて呼んでるけどな」
(夢……?)
『ほう、面白い逸話ですな』
「……ネム姫は眠り姫って呼ばれてるし、ちょうどいいと思ってさ」
わたしは《夢霞》を受け取る。
鞘から抜くと――
刃は澄んだ青みを帯びた銀色で、刃文が淡く霞のように浮かんでいた。
光に翳すと、まるで夢の中の景色のように揺らめく。
「……きれい」
『これは……良い刀ですな。重さも姫様にちょうど良い』
ナミギリに体を預ける。
すると、刀がするりと手に馴染んだ。
素振りを一つ。
――音がしなかった。
刀が空気を裂く音すら、霞のように消える。
ガイルは、その素振りに息を呑み、言葉を失っていた。
「……はっ! す、すごすぎる……! やはり、ネム姫は……!」
ナミギリが頭の中で言う。
『……これは、名刀ですな。姫様の体格に合い、かつ、わしの技を乗せるに十分な業物。小僧、良いものを持っておりました』
(へー、ナミギリが褒めるなんて珍しい)
『これほど、姫様に合う刀は、世界にそう多くはないと確信できるほどのものです』
(そ、そんなに?)
刀を鞘に収め、体の操作を戻す。
「えっと……気に入ったよ?」
「そ、そうか……!」
ガイルは嬉しそうに笑う。
「姫に気に入ってもらえて、この刀も本望だ!」
そして、すぐに真剣な表情に戻る。
「……それで、ネム姫の強さの秘密ってのは?」
「ふふふ、教えてしんぜよう!」
「ご、ごくり……」
「その名を――
――惰眠設計!」
「おお、惰眠設計! だみん? ……せっけい?」
ガイルが首を傾げる。
「そう! 寝てる間に理論が完成するの!」
「……理論が?」
「うん、理論が。と言っても、わたしもまだ一回しかできたことないんだけどね~」
「な、なるほど! だからネム姫は寝ているのか! それは……鍛錬の一種なんだな!?」
「ん~、鍛錬法って感じじゃないんだよね~、もっとこう、リラックス? 肩の力を抜いて」
「はぁ……リラックス……」
ガイルは真剣にメモを取り始めた。
「とりあえず、やり方を教えるね! 本、プリーズ!」
わたしが指示すると、メイドが荷物の中から、分厚い禁書を取り出してドンと机に置く。
『地動説~太陽は回らない~』――最近持ち歩いている、新しい禁書だ。
「こんなの……わかるのか?」
ガイルは本を覗き込む。
ページをぱらぱらとめくって、顔をしかめる。
「俺には何が書いてあるのかさっぱりだ……」
「わかるわけないでしょ?」
「は……?」
「だから、こんなの、わたしに分かるわけないじゃん!」
「じゃあどうするんだ!?」
「寝るの!」
わたしは本をぱたんと開く――
難解な言い回し。聞いたこともないような単語。ただ眠くなるような数値と数式のオンパレード。謎のデータ。
一瞬で頭がパンクしそうになる。
――そのまま、机に突っ伏した。
「……すぅ」
「……これが、ネム姫の鍛錬法……!」
ガイルの驚嘆の声が響く。
でも、わたしはもう夢の中。
すやすや。
やっぱり、禁書はよく眠れる……
「俺も……やってみるか……」
遠くの方でガイルがぶつぶつ言っている音が聞こえたような。
でももう、わたしは夢の中だった。