努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~   作:エレティムさん

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13.聖女(下)

 

 剣技大会から数日が過ぎた。

 

 わたしは今日も、王宮の自室でベッドに寝転がっていた。

 窓から差し込む午後の陽光が心地よく、鳥のさえずりが子守唄のように響いている。

 

(最高……)

 

 わたしは、ふかふかの羽毛布団に身を沈めながら、至福の時間を満喫していた。

 

(誰にも文句を言われない。学園にも行かなくていい。だって、国王との約束で、口出しなしだからね)

 

 あの剣技大会で、わたしは国王から二つの約束を取り付けた。

 

 一つは「ポンコツ」と呼んだことへの謝罪。

 もう一つは「以後、口出しをしない」という確約。

 

(もう誰も、わたしの惰眠を邪魔できない)

 

 

 わたしは満足げに目を閉じた。

 このまま、昼寝に突入――

 

「ネム様」

 

 メイドがノックをして、部屋に入ってきた。

 

「んー?」

 

 眠そうに目を開ける。

 

「聖女様がお見えになりました」

 

「え? 聖女が?」

 

 思わず起き上がった。

 

「なんで?」

 

「さあ……ネム様にお話があるとのことで」

 

(聖女が、わざわざ王宮に?)

 

 わたしは、少し驚いた。

 

 勇者パーティを断ったから、なんか文句でも言いに来たのかな?

 まあ、断ってもいい。

 けど――

 

(かわいいし、美しいし……会ってみたいかも)

 

 わたしは、ベッドから降りた。

 

「わかった。応接室に案内して」

 

 

 

...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...

 

 

 

 応接室に入ると、一瞬女神かと思うほどの美少女が座っていた。

 

 柔らかな金色の髪が、光を受けて輝いている。

 透き通るような白い肌に、優しい微笑み。

 まるで絵画から抜け出してきたような、美しい女性だった。

 

「剣聖様、お忙しいところ、申し訳ございません」

 

 聖女が立ち上がり、深々とお辞儀をした。

 その動作は優雅で、一つ一つが洗練されている。

 

(うわ、本物の聖女だ……)

 

 わたしは、少しドキドキしながら、席に座った。

 

「いや、別に忙しくないから……」

 

「ふふ、それは何よりです」

 

 聖女が、にこやかに微笑んだ。

 その笑顔は、本当に心から優しい笑顔だった。

 

(かわいい……)

 

 わたしは、思わず見惚れてしまった。

 

「先日は、勇者パーティへのお誘いを断られたと聞きました」

 

「あ、うん…」

 

 わたしは、少し身構えた。

 

(やっぱり、文句を言いに来たのかな……)

 

「それで、お伝えしたくて参りました」

 

 聖女が、優しく微笑む。

 

「勇者パーティに入らないのも、あなたの自由ですから」

 

「え…?」

 

「どうか、気になさらないでくださいね」

 

 わたしは、目を見開いた。

 

「あの、本当にいいの?」

 

「はい。もちろんです」

 

 そっか……

 押し付けてこないんだ……

 てっきり、「一緒に戦ってください」とか「世界を救いましょう」とか言われると思っていた。

 

 でも、聖女は全くそんなことを言わない。

 むしろ、わたしの選択を尊重してくれている。

 

「剣聖様は、自分の意志で生きています」

 

 聖女が、少し遠い目をした。

 

「少し、憧れます」

 

「え?」

 

「私は、生まれた時から聖女として育てられました」

 

 聖女が、静かに微笑む。

 

「使命に生きてきました。ですから、この身が朽ちるまで、聖女としての役割を全うしなければなりません。それが、私の道ですから」

 

 その言葉には、覚悟と――ほんの少しだけ、寂しさが混じっていた。

 

「でも、剣聖様は違う。なんというか『自由』なんです」

 

 聖女が、優しく微笑んだ。

 

「それは、とても素敵なことだと思いますよ」

 

「……なんか、ちょっと聖女様に申し訳ないかも?」

 

「いいんです。私は私の生き方に満足しています。ですが、ときどき夢想します。使命なんて忘れて自由に生きられたらって。だから、あなたはそのまま『自由』でいてください」

 

「……いいんだ?」

 

「ええ。まあ、本当は勇者パーティに誘わないといけない立場の私が、こんなことをお願いするなんて、勇者様に知られたら叱られるかもしれませんが」

 

 ふふ、と聖女は微笑んだ。

 

(もしかしたら、聖女様と一緒に勇者パーティに入るのも、いいのかもね)

 

『……姫様?』

 

(いや、絶対ないけどね! ただ、そういう人生もありなのかなってちょっと思っただけ)

 

 聖女は、ティーカップに口をつける。

 優しく美しく、完璧な聖女様。でも心の中は普通のわたしと同じくらいの女の子でしかないのかもしれない。

 

 わたしも、それを見習って、頑張ってなるべく優雅になるように、ティーカップに口をつけた。

 

「……ただ、一つだけお伝えしておきたいことがございます」

 

 聖女の表情が、少しだけ真剣になった。

 

「なに?」

 

「有名になるということは……」

 

 聖女が、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「特に、強者だと知られると……いろんな方が寄ってまいります」

 

「まあ、そうだろうね」

 

 わたしは頷いた。

 

「良い方だけではございません」

 

 聖女が、少し声のトーンを落とした。

 

「悪い方も、です」

 

「…悪い人?」

 

「はい」

 

 聖女が頷く。

 

「腕試しを挑んでくる方。名声を奪いたい方。そして……」

 

 聖女が、一瞬だけ言葉を区切った。

 

「暗殺を企む方も」

 

「暗殺?」

 

「はい」

 

 聖女が、静かに頷いた。

 

「実は私も、何度か襲われたことがございます」

 

「なんで!? 聖女様は人類の希望なんだよ!?」

 

 わたしは、信じられなかった。

 

 聖女は、人類を救うために戦っている。

 誰もが愛する存在。

 それなのに、暗殺される?

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 聖女が、少し悲しそうに微笑んだ。

 

「ですが、世の中には、頭のおかしい方々もいる、ということです」

 

「……そんな」

 

「嫉妬、狂信、金銭目当て……理由は様々ですが」

 

 聖女が、静かに語る。

 

「強ければ強いほど、そして、有名であればあるほど狙われやすくなります。それが、有名税というものかもしれませんね」

 

 わたしは、言葉を失った。

 

 聖女ですら、襲われることがある。

 それなら、わたしも――

 

「とはいえ、剣聖様なら問題ないかもしれません。私から見ても、剣聖様の強さは圧倒的でした。我が騎士、セドリックをああも容易く……見るに、本気は出されていなかったのでは?」

 

「……え?」

 

(そうなの?)

 

『はい、姫様への体の負担を考え、なるべく負担の残らないような戦い方をしておりました』

 

(そうだったんだ……でも、あとあと三日三晩ひどい筋肉痛だったよね!?)

 

 そう。

 ナミギリの奥義は強力だったけど、そのあとの筋肉痛はまあひどかった。

 

『本気を出せばその程度では済まぬということです』

 

(じゃあ、もしかしてまた、一週間とか!? 毎日、鍛錬しているのに!?)

 

『かもしれませぬな』

 

 ぐえぇ。

 今はかなり鍛錬しているのに、それでも本気を出せばそうなっちゃうんだ……

 

「……剣聖様?」

 

「あ、ごめんごめん、確かに本気じゃなかったのかも! でも知っている? 奥義を使うとひどい筋肉痛になるんだよ!?」

 

 聖女が、優しく微笑んだ。

 

「どうか、お気をつけくださいね」

 

「……うん」

 

 

 

...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...

 

 

 

 わたしは、自室に戻った。

 

 ベッドに腰を下ろし、ぼんやりと考える。

 

(暗殺、か……)

 

『姫様』

 

 ナミギリの声が、脳内に響いた。

 

『聖女様の仰る通りかと思います。最低限自衛できるよう、やはり姫様も、最低限の鍛錬をしたほうがよいのでは……?』

 

「えー、めんどくさい」

 

 わたしは、ベッドに寝転がった。

 

『ですが、万が一のことが――』

 

「大丈夫だって」

 

 わたしは、天井を見上げた。

 

「ナミギリがいるし。危険だって思ったら、すぐにナミギリに交代すればいいんでしょ?」

 

『……それはそうですが』

 

「心配しすぎだよ、ナミギリ」

 

 わたしは、目を閉じた。

 

「全然大丈夫だって!」

 

『……姫様がそう仰るのでしたら、わしは何も申しませぬ』

 

 ナミギリの声が、少しだけ諦めたような響きを帯びた。

 わたしは、ベッドに身を沈めた。

 

(聖女は心配してくれたけど……)

 

 でも、大丈夫でしょ。

 わたしには、ナミギリがいる。

 

 交代にかかる時間は無に等しい。

 不審者が現れた瞬間に、ナミギリに交代すればいいだけだ。

 安心しきって目を閉じた。

 

 国王も口出しできない。

 勇者パーティにも入らなくていい。

 

(わたしの惰眠ライフは、絶対不可侵)

 

 窓から差し込む午後の陽光が、わたしを優しく包む。

 鳥のさえずりが、心地よく響く。

 

(この至福の時間は、永遠に続く。わたしが、そう決めたんだから)

 

 そして――

 

 わたしは、安らかな眠りに落ちた。

 何の不安もなく、何の警戒もなく。

 ただ、至福の惰眠を貪るように。

 

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