努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
王宮の庭園。
季節の花々が咲き誇り、陽の光はあたたかく降り注いでいた。午後の日差しが芝生に落ちる影を作り、そよ風が優しく頬を撫でる。
完璧な昼寝日和だ!
芝生にごろんと寝転がって、両腕を枕にして空を見上げる。青い空に白い雲がゆっくりと流れていく。
いつもなら3秒で夢の国に行ける。
いや、本気を出せば1秒でもいける!
……はずだった。
なのに。
「……ぜんっぜん眠れない!」
――ポンコツ。
昨日、父に浴びせられたあの言葉が、まぶたの裏にべったり貼り付いて離れない。
『ポンコツネムがっ』『王族としての意識が足りぬ』
何度目を閉じても、あの冷たい声と視線が脳裏に蘇ってくる。
「快眠が……わたしの快眠がぁぁぁ!!」
じたばたと芝生を転げ回る。
惰眠こそ至高、惰眠こそ最強美容法。
それが揺らぐなんて、許せるわけない。惰眠は人生の基盤なのに、その土台が崩れてしまった。
「ぐぬぬぬぬ……!」
両腕を枕にしたまま地団駄を踏む。
怒りと悲しみと悔しさが入り混じって、心はぐちゃぐちゃ。
通りかかった庭師が驚いて見ているけど、今はそんなこと気にしてられない。
「このままじゃ、わたしの美容に悪影響が……!」
立ち上がって、ぶんぶんと頭を振る。
「そうだ……いつもと違う場所なら、眠れるかも!」
新しいお昼寝スポットを探そう。
きっと完璧な場所が見つかるはず。
気付けば足は、王宮の奥へ奥へと向かっていた。
...*...*...(っ*´Д`)っ...*...*...
石造りの重厚な扉の前。
「……ここって」
そこは『禁書』と呼ばれる、人の道に反した魔道書や古代の記録が眠る場所――王宮禁書庫。
本来なら王族であっても自由に入ることはできない。
入室には国王の許可が必要で、記録係の監視のもとでしか閲覧できないという厳重な規則がある。
「……入っちゃダメって言われてるけど」
ふと、昨日の父の顔が脳裏に浮かぶ。
――ポンコツネムがっ!
「……今のわたしは、イライラしてるの」
怒りがふつふつと湧き上がる。
「もう、禁書庫に入っちゃえ!」
重い扉を押し開けると、古い紙とインクの匂いが鼻をつく。
天井まで続く本棚には、革装丁の分厚い本がぎっしりと詰まっている。
「む〜、悪くないお昼寝スポットはあるけど……」
窓辺の読書椅子や、柔らかそうな絨毯の上。確かに静かで落ち着く。
椅子に座ってみたり、絨毯に寝転がってみたり。
「……やっぱり眠れない」
ため息をついて、ぼんやりと本棚を眺める。
「そうだ、禁書って、なんだろ?」
興味本位で一冊抜き出す。
『魂の分割と保存に関する考察』
表紙を開いて、ぱらぱらとページをめくる。
「うえ、ほかの本と一緒じゃない? むしろもっと読みにくいような……」
難解な専門用語がびっしり。
図解も複雑で、見ているだけで頭が痛くなりそう。
「人の道に反したとか言うから、もっとすごいのかと思ったのに……ふわぁ」
あくびが出る。
「……すぅ」
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
――気がつけば、夢の中。
ふかふかのベッドで、極上の惰眠を貪っている。
鳥のさえずり、優しい風、温かい日差し。
完璧な昼寝だ。
どれくらい眠ったのだろう。
ゆっくりと目を開けると、手には先ほどの禁書。
「……あれ?」
時計を見ると、かなりの時間が経っていたようだった。
「えっ、今……めちゃくちゃ熟睡してなかった!?」
立ち上がって、本を見つめる。
「もしかして……」
別の本を手に取る。『不老不死の研究概論』。
ページを開いて、文字を目で追う。
やはり難解で、意味が全然分からない。
「……すぅ」
またもや、あっという間に――
――夢の世界へ。
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
「やった!!!」
目覚めたわたしは、両手を掲げて叫んだ。
「禁書を読み始めると、10秒で眠れる!」
これは大発見だ。
難しすぎて意味が分からない本は、最高の睡眠導入剤になる。
「これで『ポンコツ』なんて暴言忘れて眠れるね!」
胸に本を抱きしめる。
「名付けて――『禁書惰眠』!」
完璧だ。
もう二度と、眠れない夜なんて来ない。
ほかの本も試してみよう。
『禁じられた召喚術の系譜』『古代魔法陣の解析』『血と魂の錬成理論』
どれもこれも、開いた瞬間に眠くなる。
「最高……ここは、わたしの楽園だ……」
禁書庫の柔らかい絨毯の上で、本を枕にして丸くなる。
――努力なんて、わたしがやる必要ないでしょ。やりたい人にやってもらえばいいのに。
そんなことをぼんやり考えながら、またもや夢の中へ。
幸せな惰眠の日々が、再び始まったのだった。
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
Side:ベルトナーガ
あれから一ヶ月が経った。
「……ネムの様子はどうだ」
国王ベルトナーガの低い声が、執務室に響く。
末娘の惰眠ばかりの生活に、このままではいけないと叱ったあの日以降。
ネムはどうしているのか。
「はい……本を持って、よく寝ています」
メイドが報告する。
「本を?」
ベルトナーガの目が僅かに見開かれた。
「はい。庭園や廊下、教室でも……いつも分厚い本を抱えて眠っておられます」
「……努力を、しているのか?」
その言葉には、かすかな期待が込められていた。
「いえ……」
メイドは申し訳なさそうに首を横に振る。
「まともに読んでいる姿は、一度も見たことがありません。本を開いて数秒で寝てしまわれます。ご本人は、それを『禁書惰眠』と仰っていますが……」
「禁書……惰眠?」
国王の眉がぴくりと動く。
「……て、おい、禁書!? 禁書を読んでいるのか!?」
「そのようです」
「いや、絶対ダメだろ! ネムを呼びなさい!」
ベルトナーガの声が執務室に響き渡った。
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
また玉座の間に呼び出された。
「禁書を読むのをやめなさい」
父の声は厳しい。
「なんで? 別に誰にも迷惑かけてないし」
「禁書は危険な知識が記されている。お前が理解できぬとも、持ち出されるだけでリスクだ。下手に優秀な者の手に渡れば、大きな被害が発生するやもしれん」
「ふ〜ん」
父は、言った。
「禁書を読むなんて、どれだけポンコツなんだ! それに結局、まともに読んでないって話じゃないか!」
「だってこれ、ただの睡眠導入剤だし」
でも、また、ポンコツって言った……!
わたしは、睨む。
父は額に手を当てて、深く、深く、ため息をついた。
「一瞬でも……一瞬でもネムが努力を始めたと思った余がバカだった……そもそも睡眠導入剤なら普通の本でよかろう!?」
その言葉が、また胸に突き刺さる。
「……っ」
悔しい。
見返したい。
でも――
「知らない!」
わたしは叫んで、玉座の間を飛び出した。
「ネム! 待ちなさい!」
父の声が背中に響くけど、振り返らない。
廊下を走って、走って、自室に駆け込む。
...*...*...*...*...*...
ベッドの上に置いてあった禁書――『魂の分割と保存に関する考察』。
わたしは思う。
これで普通の本にしたら、負けじゃん!
『ポンコツ』って言われて、その通りにするなんて、絶対イヤだ。
死んでも『禁書惰眠』を続けてやる!
わたしは手に取ると、すぐにページを開いた。
「……見返す! 絶対に見返してやるんだから!」
拳を握りしめる。
「でも、禁書惰眠すれば眠れるし……いつかね……」
いつか、いつか――
「……すぅ」
本を抱きしめたまま、ベッドに倒れ込む。
そもそもの話。
努力なんてやる必要ある?
少なくとも、わたしがやるものではないよね?
――そう。
努力なんて、やりたい人だけがやればいい。
そんな風に思いながら。
柔らかな惰眠に身を委ね、深い、深い眠りに落ちていった。