努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
……なんか今日、やけに騒がしくない?
【羊竜王の宝毛】で作った最高級ベッドで眠りながら思った。
あの襲撃事件から数週間が経ち、王宮なら、ちゃんと眠れるようになっていた。王宮の外はまだ怖いけれど、庭園とか図書館とか馬小屋とか、王宮にもいろいろお昼寝スポットあるし、ま、いっかって思えるくらいには立ち直っていた。
そして今日も、わたしはそのベッドで眠っていたんだけど。
……やっぱり騒がしい。
枕に顔を埋めたまま、ぼんやりとそう思った。
どうにも寝心地が悪い。いや、布団はふかふかなんだけど、外がガヤガヤしてて、もう完全に起きちゃったんですけど。
ちょっとイラッとして、呼び鈴を鳴らす。
「——はい! ただいま!」
ドンドンと、いつもより三倍くらい乱暴なノックとともに、いつものメイドの声が飛び込んできた。
声もやけに切羽詰まっている。
「え? どうしたの? そんな慌てて」
「姫様! ついに、ご出陣なされるおつもりになったのですか!」
「え? なにそれ。なんのこと? てか、わたしは寝心地が悪くて呼んだんだけど。もしかして今日って何かお祭りでもやってるの? 太鼓がうるさいんだけど」
「は……?」
メイドは扉の向こうで固まったのがわかった。
「まさか……まだ気付いていないんですか……? 王都が魔物に襲われているんですよ! 魔王軍です!」
「え、また冗談を……。そんな物騒な冗談、やめてよ」
「冗談ではありません! 何度も何度も、もう三度もお呼びしましたのに、『まだ寝るから』って……!」
ああ、そういえば。
なんか思い出してきたかも。
一度目は「姫様、大変です!魔物が!」って言われたけど、「まだ寝るから…」って返した。
二度目は「姫様!本当に危険です!」って必死に言われたけど、「あと5分…」って布団に潜り込んだ。
そして三度目が、今。
「……もしかして、あれって夢の中の出来ことじゃない?」
「そうですよ!!」
「でもそんな、魔王軍なんて……」
渋々体を起こし、窓辺に歩み寄った。
寝ぼけ眼で外を覗く。
「魔王軍なんているわけ——」
——次の瞬間、窓ガラス越しにも熱気が伝わってきた。
黒煙がごうごうと天に立ち昇り、いくつもの炎の舌が空を舐めている。まるで夕焼けが降りてきたように王都全体が赤く染まっていた。炎上している箇所からは、建物の崩れる音や、人間のものとも思えない獣の咆哮が響き渡っている。
「……ちょ、ほんとに燃えてる!? 王都があんなに!?」
「だから言いました!!」
遠くからは人々の悲鳴が重なり合い、まるで街全体が泣き叫んでいるみたいだった。
わたしの胸が、ぎゅっと締め付けられた。
あの時の——黒装束に襲われた時の恐怖が、一瞬蘇る。
でも。
『姫様、大丈夫ですか?』
ナミギリの声が、優しく響いた。
「……うん。ナミギリがいるから」
わたしは深呼吸をした。
そうだ。ナミギリに任せれば、きっと大丈夫。あの襲撃事件の時も、ナミギリが守ってくれた。
「ナミギリなら……さくっと、なんとかしてくれるよね……?」
『はい、姫様。もちろんです』
ナミギリの声には、揺るぎない自信があった。
『では、参りましょう』
わたしは頷く。
メイドが慌てて声をかけてくる。
「姫様! お着替えを!」
「別にいいでしょ! サクッと終わらせるんだから!!」
着替える必要も感じない。
パジャマ姿のまま、わたしはナミギリに体を預け、城を飛び出すのだった。
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
(ナミギリ、ちゃちゃっとお願い。早くお昼寝に戻りたい)
『姫様、ご安心を。この程度の魔物は、姫様の惰眠を妨げる障害にもなりませぬ』
頭の中に響くナミギリの声は、いつものように自信に満ちている。
(その言葉、信じるよナミギリ。早く終わらせて。まだ眠いの)
『……しかし、これはどういうことでしょうか』
言われてみると、わたしでも分かるくらいに、珍しいことが起きていた。
街を進むにつれて、視界が悪くなっているのを感じた。
(……霧?)
『ええ、そのようですな』
(珍しいね。この時期に霧なんて。それに、なんか変な感じがする)
『……姫様、この霧は北の方から流れてきているようです』
ナミギリの声に、いつもとは違う緊張感が混じっていた。
うっすらと、乳白色の霧が、通りを覆い始めている。まるで生き物のように、ゆらゆらと蠢きながら街並みを飲み込んでいく様子は、どこか不気味だった。確かに、風向き的には北からこの王都へ向かってきているようだ。
(なにこれ、なんか変? 北から流れてきているような)
『王都の北部は森林地帯です。恐らく魔法的な現象かと。警戒が必要です』
ナミギリは慎重に通りを進んでいく。石畳の道が霧に霞んで、普段なら賑やかな商店街も静まり返っていた。
その時だった。
「きゃああああああああああああ!」
女性の悲鳴が霧の向こうから響いてきた。
『姫様、参ります』
ナミギリは迷いなく悲鳴の方向へ向かい、近くの民家の扉を蹴破って中に飛び込んだ。
「きゃー!誰か助けて!」
「母さん!逃げろ!」
リビングの真ん中で、毛むくじゃらの巨体を持つホブゴブリンが、今にも住民の親子を襲おうと棍棒を振り上げていた。
その醜悪な顔には、明らかに殺意が宿っている。
うげぇ、きったない。
こんなのにわたしの安眠を邪魔されたの……?
『――疾ッ』
一瞬の静寂。
ナミギリの一閃が空気を裂く音すらしなかった。
ホブゴブリンは声さえ上げられず、棍棒を握ったまま音もなく崩れ落ちる。
え? もう終わり?
まあ、剣聖になったナミギリなんだし、これくらい当然なのかな? 実感ないけど。
あっけなさに拍子抜けしていると、助かった住民たちが駆け寄ってきた。
「王女様! ありがとうございます! 命の恩人です!」
「剣聖姫様、万歳! 剣聖姫様、万歳!」
「これでうちの子供たちも助かりました……! 本当にありがとうございます!」
住民たちが口々に感謝を述べてくるが、体を操っているナミギリが小さく会釈をするだけだった。
「しかし王女様、この魔物は一体どこから現れたのでしょう?」
住民の一人——中年の男性が、まだ恐怖で顔を引き攣らせながら訴えた。
「突然現れたんだ! いえ、突然現れたんです! 何もないところから!」
「そう! 何もないところというよりは、あの白い霧から生まれたように見えました!」
「つまり何もないところからってことだろ? 同じじゃねぇか」
老人がぼそりと呟くと、他の住民たちも頷いた。
『姫様、他にも被害者がいるかもしれません』
ナミギリは住民たちに一礼すると、さらに奥へ向かって駆け出した。
城門前まで向かう途中、遠くから爆音や悲鳴が断続的に聞こえてくる。
うわぁ、本格的にヤバい感じになってきたね。
『姫様、次はオーガのようです』
「はぁっ!」
見ると、見覚えるのある少年の姿があった。
ガイルだ。
巨大なオーガと剣を交えており、必死に背後の市民を守っている。
『姫様、あれは』
(ガイルだね)
オーガの巨大な斧がガイルに振り下ろされる。ガイルは紙一重で避けながら、剣を叩き込んだ!
「おらああああああ!!!!!!」
ガイルの剣がオーガを斬り裂いた。
(おお! やるじゃん、ガイル)
『なるほど、あの小僧の実力ではオーガには苦戦するかと思っておりましたが、どうやら鍛錬を欠かしていないようですな。ですが――』
ガイルの背後。
そこへ、もう一体のオーガが近づいてきていた。
――ナミギリの一閃。
もう一体のオーガの巨体が、真っ二つに裂けて倒れた。
「ネ、ネム姫!?」
ガイルが驚いて振り返る。
振り返り、もう一体のオーガに気付くガイル。
「あの、もしかして、俺のこと助けて……?」
『何か、ガイルに言いますか?』
(いいよ別に)
「ありがとう、ネム姫! 助かった! 命の恩人だ!」
(別に……)
そんな風に思っていると。
『姫様、ご覧ください』
見ると——前方、城門の方には、巨大なドラゴンがいた。
(……は? な、何あれ?)
一目で、やばいと分かった。
あんなのは人間が勝てる相手ではない。戦いにすらならない。素人の私でもわかる。『あいつ』とは、生物としての格が違う。
羊竜は、羊が空に浮いている感じの割とポップな感じの見た目だった。でも『あの竜』の見た目はかなり違う。そう、格が違うように感じた。
でも、ナミギリは高速で、駆け抜ける!
赤い鱗に覆われた巨体が城壁の一部を溶かしながら暴れ回り、王都騎士団の精鋭たちが剣と魔法で応戦している。
しかし、明らかに旗色は悪そうだった。
「騎士長! このままでは城壁が持ちません!」
「くそっ! 魔法攻撃が効かない!」
「炎の温度が尋常じゃありません! 近づけません!」
騎士たちの叫び声が戦場に響いている。
(ナミギリ! やばいって!)
『ええ、通常は滅多に人里に現れることはございませんが……』
(なんでドラゴンの方に向かっているの!? 説明はいいから! 早く逃げないと!)
『逃げる? 姫様、お言葉ですが、このようなトカゲなど恐るるに足りませぬ』
(……は、何を言って——)
ドラゴンは大きく口を開き、真っ赤な炎を溜め始めた。
その時、ナミギリがふっと息を整えた。
「ふぅ……」
『姫様、お任せを』
ドラゴンから炎が騎士たちに向かって吐き出される——
——そこに、ナミギリは突っ込んでいた。
ちょおおおおおおおおおおおおい!?
次の瞬間、ナミギリの基本動作——ただの袈裟斬り。
それだけで空中の炎が縦に裂ける。それだけに留まらず、そのままドラゴンの首が音もなく胴体から滑り落ちた。巨体が勢いそのままに地面に激突し、砂埃が舞い上がる。
……え?
いったい何が……?
周囲の騎士たちも、呆然と立ち尽くしている。
「な、なんだ今のは……! 一瞬で……!」
「ドラゴンを一刀両断だと……?」
「剣聖の実力、恐るべし……!」
「剣聖姫様が助けてくださった!!」
え、弱っ!
いや、ナミギリが思ってた以上に強い……?
どっちなんだろ?
『最近では奥義の鍛錬もしておりましたからな』
そう。
学園での襲撃事件以降、ナミギリには奥義の鍛錬も許可していた。
一日一回だけだけど、奥義を使用していた。
なんと、羊竜王のベッドは、筋肉痛にも効果があるようで、そんなにつらくなくなったというのもある。
もしかしたら、奥義の鍛錬でナミギリの強さは剣聖になった時よりも、かなり強くなっているのかもしれない。
その時、周囲にいた市民たちの歓声が地鳴りのように響き上がった。
「剣聖ネム様が戦っているぞ! 希望だ!」
「剣聖様が我らを救ってくださった! 続けぇぇ!」
「王都に剣聖あり! 我らに勝利を!」
勢いづいた声援を背に、私は心の中でつぶやく。
いや別に、共に戦うとは言って
そこへ、血まみれの騎士が息を切らして駆け寄ってきた。王都騎士団の男だった。
「剣聖様!」
騎士は必死の形相で、その場で膝をつき頭を下げる。
「陛下はすでに避難されました。我々の務めは本来、あなた様をお守りし共に退避させることですが……!」
あー、はいはい。で?
「ですが今は、それどころではありません! 王都は崩壊寸前です!」
騎士の声は震えていた。
「どうか剣聖として——どうか我らに力をお貸しください! このままでは王都が、民が……!」
まぁ、この状況じゃ安眠どころじゃないし。
『姫様、お手伝いするということでよろしいですな?』
頭の中でナミギリが確認してくる。
うん、乗り掛かった舟だしね。それに、このまま放っておいたら安眠できないし。
すると、ナミギリが操るわたしの口が動いた。
「もちろんだ。助太刀する」
凛とした声で、威厳たっぷりに。
いや、キャラ違うって! なにその偉そうな口調!
「感謝いたします! 剣聖様!」
兵士が頭を下げる。
「では、まず状況を教えてくれ」
(また口調がおかしいって!)
『姫様、情報収集は大切です』
いや、そういうことじゃなくてだな……もうちょっとわたしの口調に寄せてほしいんだけど……
「はっ! 現在、王都各地に魔物が出現しております。確認されているだけで、ドラゴン3体、オーガ10体、その他ゴブリンやオークなど魔物が多数……」
多すぎでしょ。これじゃ安眠どころか、一睡もできないじゃない。
「全て、あの白い霧から現れているようです。霧の発生源は……王都北部の森林地帯と思われます」
やっぱり北からね……
つまり、そこが本丸ってわけね。
『恐らく、何者かが魔法的な手段で魔物を召喚していると思われます』
魔物召喚? そんなことができる人間いるの?
『通常は不可能ですが、禁術を使えば……』
禁術かぁ。面倒な響きだなぁ。
「勇者パーティは、最前線にいますので、王都までは戻れません! 北部の霧の発生源には、シュノール騎士団が向かっております!」
兵士は力強く頷いた。
「シュノール騎士団は王国最強の精鋭部隊。必ずや霧の発生源を断ってくれるはずです!」
つまり……北部さえ何とかなれば、魔物は湧いてこなくなる。
『その通りです、姫様』
「では、わしは北へ行き、加勢すればよろしいかな?」
「いえ……」
兵士は言う。
「今も王都では被害が拡大する一方なんです! シュノール騎士団が発生源を断つまで、王都の被害を最小限に抑えるのです!」
その時、また新たな爆音が響いた。今度は王宮の方角からだ。
「まずい! 王宮にも魔物が!」
兵士が青ざめた顔で叫ぶ。
(王宮にも……王宮にも!?)
わたしの目には、王宮を襲うドラゴンの姿が映っていたのだった。