努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
え……
その光景に、呆然とする……
城壁を飛び越えて、巨大な影が一つ……王宮の外壁にへばりついている?
赤い鱗が陽光に照らされて輝く、さっき戦ったような強力なドラゴンに見える。しかも、こちらはさらに一回り大きいようだ。
騎士団が血相を変えて叫ぶ。
「まずい!残りのドラゴンが王宮へ向かったぞ!」
「王宮の宝物庫を狙っているのか!?」
「いや、あの向きは……陛下の私室の方角だ!」
王宮。つまり、わたしの自室がある場所だ。
その瞬間、脳裏に雷が落ちた。
まさか! わたしのベッドが!?
ふかふかの枕。
最高級の羽毛を使った掛け布団。
何よりも——あの苦労して手に入れた、【羊竜王の宝毛】で作った最高のベッド!
あれを炎で溶かされたり、爪で引き裂かれたりしたら……わたしは確実に、この世界で生きていく希望を失う!
ダメだ! これは人生の一大事だ!
生命よりも大切な睡眠環境が脅かされている!
わたしは即決した。
(仕方ない! 奥義も使っていいから!! 全力で魔物を倒して!! そして、ベッドを守って!!)
『承知いたしました』
ナミギリの声に、これまでにない緊張感が宿った。
体が深々と呼吸を整える。空気が変わった。まるで嵐の前の静寂のように、周囲の音が一瞬止まったような気がした。
「斬霧流奥義、三の太刀——《誘剣ノ王》」
――奥義が発動した瞬間、王都全域に異変が起きた。
実に数キロメートルの範囲の魔物に対し、同時に《誘剣》を使うに等しい効果を発揮したのだ。
王都中にいたゴブリン、オーク、ホブゴブリン、さらには王宮を襲うドラゴンまでもが、まるで目に見えない糸で引かれるように一斉に突進してきた。
地響きが起こる。
文字通り、数百匹の魔物が一斉に移動を始めたのだ。
わたしの方へと……
「な、なんだ!?」
「魔物が一斉に剣聖様の方へ……!」
「あれは危険すぎる!」
騎士たちが慌てふためく中、四方八方から殺意の波動が突き刺さる。
――ドドドドドドドドドドドド
地響きのような、音が迫ってくる。
ちょちょちょちょちょいと待った!?
何これ自爆技!?
『いえ、誘いの隙というやつですな』
(は……?)
『どうでしょうか、姫様。これでベッドは完璧に守られるでしょう』
(そういう次元じゃないんだけど!? ベッドは守れても、死んじゃったら意味ないって!?)
『ああ、なるほど。自分の身を案じているのですか。しかし、心配には及びませぬ』
そう言って――
――ナミギリは跳躍した。
宙に浮き、空中から見下ろす。
大量の魔物が集まってきている光景が、眼下に広がった。
や、やばいって! 死ぬ! 死んじゃう!
こんなに大量の魔物に囲まれるなんて聞いてないよ!
宙に浮き、無防備なナミギリ。
真っ先に突撃してきたのは2体のドラゴン。
空中にいる人間を食べようと顎を開けて、突っ込んでくる――
――しかし、ナミギリは舞うように。
最初に突っ込んでくるドラゴンを紙一重で斬る。
同時に、そのドラゴンを足場に跳躍。
直後、突っ込んでくるもう一体のドラゴンを、すれ違いざまに斬る。
2つの巨体は、落ちていく。
ナミギリのみが、空に残る。
そして、次は、オーガだった。
その膂力を活かして、地面を蹴った!
弾丸のように宙に浮かぶナミギリへと突っ込んでくる。
しかし、斬られ、落ちるのはオーガだけ。
ナミギリはオーガを蹴って、宙を舞う。
次から次へと波のように押し寄せてくる魔物の群れ。
空を飛べる奴は、直接。
飛べないやつも、ジャンプして突っ込んでくる。
そして、ゴブリンなど雑魚は、上から降ってくる魔物に押しつぶされて死んでいく。
一切の無駄のない流れるような動作で正確に斬り伏せていく。
剣の軌跡が残像のように空中に踊り、一振りごとに魔物が倒れていく。
ナミギリは、空を飛べるわけではない。
けれど、次から次へとやってくる魔物たちを足場にしているだけ。
不安定な足場。
けれど、ナミギリが一番自在に動いているように感じた。
『やはり向こうからやってきてくれるのは楽ですな。こちらは一歩も動かずに済みます』
(……すごい)
『わしの剣は姫様に捧げております。つまり、これは姫様がしたことでもあるのです』
今更だけど、これ本当にわたしの体でやってることなんだよね?
信じられない……
ナミギリは舞うように、魔物を斬り捨て続ける。
そして、空中での舞いは終わり、ナミギリは地上に――
――山の頂上、降り立った。
いつの間にか、山ができていた。
魔物の山だ。
文字通り、屍の山だ。
驚くべきは、その数の多さだった。
周囲は静寂に包まれていた。
「これは……一体何匹いたんだ?」
「数百匹は軽く超えているぞ……」
「たった数分で、これだけの魔物を……!」
そして、王都を覆っていた霧も心なしか、薄くなっている気がする。
でも依然として、霧は北の方から流れてきている。
とりあえず、これで魔物は全部片付いたのかな?
「剣聖様!ご無事ですか!?」
騎士が血まみれになりながら駆け寄ってきた。
「なんと、剣聖様とはこれほどの実力なのですね!伝説は本当だった!」
「剣聖様、万歳!剣聖様、万歳!」
「あの剣技は……まさに伝説そのものだ!」
「パジャマ姿なのに強すぎる!」
「これぞ真の剣聖だ!」
「王国最強の名は伊達ではなかった!」
あー、うるさい。褒められても嬉しくないんだけど。
それより、もう魔物は全部いなくなったの? これで昼寝タイムに戻れる?
しかし、その期待は裏切られた。
『姫様、まだ終わりではありません』
(え?)
『北の森へ行きましょう。魔物の発生源を断たなければ、また同じことが起きます』
(えー、まだ続くの?)
でもさ……1つ、思うんだよね。
――起きている必要ある?
王都が炎上してたし、さっきまでは一応起きてたよ?
でも、やっぱりナミギリは最強だし、任せておけばオールオッケーじゃん?
なんか、眠いんだよね。
多分うるさくて、あんまりちゃんと眠れてなかった。眠りが浅かったんじゃないかって思う。
つまり、寝不足気味ってわけ。
『姫様、まさか……』
(わたし、寝るね。おやすみ)
『お待ちください! 今は一大事、わしが体を動かすとはいえ、姫様も起きておいた方がよろしいかと』
(……zzz)
...*...*...(っ˘ω˘c)zzz...*...*...
Side:ナミギリ
姫様からの返事がない。
規則正しい寝息が、意識の奥底から聞こえてくる。
ナミギリは、姫様が眠ってしまったと悟った。
(……仕方ありませぬな)
霧はまだ北から流れ続けている。
先ほど、王都の魔物はすべて掃討したが、根本的な解決には至っていないようだ。
その時、一人の騎士が青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「剣聖様! 北部から連絡が入りました!――
――シュノール騎士団が……敗走中とのことです!」
「なんだと!?」
周囲の騎士たちがざわめいた。
「シュノール騎士団長が破れたというのか!?」
「あの王国最強の精鋭部隊が……!」
騎士は震える声で続けた。
「北部の森に、【四天王】がいるとのこと……シュノール騎士団でも太刀打ちできず、撤退を余儀なくされたそうです!」
「バカなッ!? なぜ、四天王がここに!?」
「しかし、四天王ならばシュノール騎士団が敗れたのも納得だ」
四天王——
姫様は眠っておられる。今この情報をお伝えすることはできぬ。
しかし、根源を倒さねば、真の安眠は訪れない。
(姫様のために。そして——)
ナミギリの心の奥で、何かが静かに燃え上がった。
(まだ見ぬ強敵との戦い。いくつになっても心が躍りますな)
そう思い、ナミギリは北へ足を向けた。
「剣聖様、北部へ向かわれるのですか!?」
兵士が驚いて尋ねる。
「ああ」
ナミギリが凛とした声で答えた。
「しかし、危険すぎます!」
「このまま放っておけば、また王都が襲われる。それに——」
ナミギリは、答える。
なるべく姫様に近い口調になるように。
「——姫さ、いえ、わし、でもなく……わたくしのベッドを守らなければならないのじゃ!!」
「「「は……?」」」
騎士たちが一斉に固まった。
(恐れながら、姫様の口調を真似させていただきました)
ナミギリは内心、そう思った。
そして、完璧に真似できたとも思った。
――実際は全く似ていないのだが、それに気づく者はいない。
こうして、姫様は眠ってしまったが、ナミギリの冒険は、まだ続くことになった。