努力アウトソーシング ~寝てるだけの最強姫、起きたら世界救ってた~ 作:エレティムさん
Side:ナミギリ
北の森へ進むにつれて、霧はどんどんと濃くなっていく。
(この霧、王都で見たものより遥かに濃いですな)
発生源に近づいているということであろう。
姫様は相変わらず眠っておられる。規則正しい寝息が、意識の奥底から聞こえてくる。
ならば、速やかに片付けて、姫様を王宮へお連れせねば。
森の奥、少し開けたところに出ると——兵士たちが倒れていた。
……ふむ。
「う、うう……」
「剣聖様……」
それは、血だらけで倒れ伏しているシュノール騎士団の兵士たち。
鎧は所々破れ、武器は折れ、明らかに激しい戦闘の痕跡を物語っている。
(所詮はこの程度か)
ナミギリは淡々と状況を見渡した。
弱き者が倒れるのは、この世の理。それだけのこと。
「剣聖様が来てしまったのですか!?」
瀕死の騎士の一人が、か細い声で叫んだ。
「ダメです、逃げてください! 剣聖様では勝てません……!」
ほう、わしでも勝てぬと?
その瞬間——
——ガキイイイイン!!
霧の中から放たれた不意打ち!
ナミギリは、刀で弾く。
(不意打ちか。しかし、わしには通じぬ)
そして、霧の中から一人の男が姿を現した。
見た目は平凡な男。
しかし、その気配——なるほど、こやつが四天王か。
なかなかに強そうだ。
(しかも、奥義は使えぬと……)
奥義の使用に関しては、制限がある。
それは姫様を筋肉痛で苦しめないためだ。そのため、使う際は原則、姫様に了承を得ることになっておる。
しかし今は寝ておられるため、実質的に奥義は使えないと言ってもいい。
もちろん、許可なく、奥義を使うことは物理的には可能だ。
しかし、それは実質的な敗北とナミギリは考える。そう、忠義への敗北だ。
(奥義なしで、どこまでやれるか……試してみるのも、一興か)
心の奥で、何かがくすぶり始めた。
戦いに制限を設ける。
それは戦士としての矜持か、それとも——
(久々に、楽しめそうじゃ)
男は、足元に倒れている騎士の一人を、無造作に足蹴にした。
「こいつも無能だった。団長などと名乗っているからもっと有能かと思っていたのだが」
「……姫様、お逃げ、グアッ!?」
「お前まだ生きていたのか……存外しぶといやつだな! フン!」
団長らしき騎士は、男に蹴り飛ばされた。
「くくく、貴様が、例の王女か」
低く、ドロドロとした声が響いた。
「お前は、俺を倒す有能か? それとも俺に殺される無能か? ちなみに、このシュノールとか名乗ったこいつらは、見事な無能だった」
男が嘲笑する。
(有能、無能……随分と拘っておるようじゃな)
「良いことを教えてやろう。魔王様は有能が好きなのだよ。この俺のような、な! ……だが、残念なことに、襲わせた暗殺者どもは無能だった。だが俺は違う。俺は有能だ」
暗殺者——
ナミギリの脳裏に、教室で黒装束が姫様を襲った日の記憶が蘇った。短刀が机に刺さった瞬間。ガイルが血を流した光景。
そうか——
「……暗殺者を差し向けたのは、貴様か?」
ナミギリは静かに問うた。
声には、僅かな怒気が滲んでいた。
「ああ、そうだとも! 魔王様は、剣聖に警戒していた。一番のイレギュラーだとも言っていた。暗殺を試みるか迷われていた。さあ、問題だ。ここで有能な四天王であるこの俺は、何をしたか分かるか?」
「……」
「正解は、察していち早く行動したんだよ。くくく、無能すぎて分からなかったか? 魔王様に命じられる前に行動する。なんとも有能だとは思わないか?」
男は恍惚とした笑みを浮かべている。
(……なるほど。こやつが姫様の安眠を妨げた元凶か)
ナミギリの中で、何かが決まった。
「――《縮地剣》」
ナミギリは、刀を一瞬で振り抜いた。
間合いを一瞬で詰める。
瞬間、男を斬った——はずだった。
その瞬間、平凡だった男の輪郭がぼやけていく。
それはまるで、霧のよう。
いつの間にか、男の姿は掻き消えていた。
「フハハハハハハ!!!」
笑い声が背後から響く。
(ほう?)
「俺は【霧化の四天王】だぞ? 物理攻撃は効かない。そんなことも分からないほど、無能なのか?」
ナミギリは振り返る。
すると、男は何事もなかったかのようにそこに立っていた。
(霧化……なるほど、面白き能力よ)
物理攻撃が効かぬか。
しかし——
「次は俺の番だなっ!」
男はまた、霧のように姿がかき消える。
直後、刃が迫る——
――刀を合わせる。
一閃。
それだけで良かった。
「ぐわっ!?」
男の持つ短剣がどこかへ飛んでいく。
男が斬られ、血が飛び散る。
「ば、馬鹿な!?」
「攻撃の瞬間は、実体化するようじゃな」
なんとも予想通りだ。
いかに霧化といえど、攻撃する瞬間は実体を持たねばならぬようだ。
「まさか、この程度ということはあるまいな? 『有能』な四天王よ」
「くくく……なるほど。そこに気付くとはやるではないか、剣聖よ。魔王様が警戒なさるだけのことはある。まさか、この短時間で我が霧化の弱点に気付くとは! 確かに、攻撃する瞬間、俺は実体化する。その隙を斬ったというわけか。くくく……」
男は、傷口を押さえながら、不気味に笑った。
「しかし、有能であるこの俺は、当然ながら対策を持っている。シンプルながら最強の対策――ただ、自分で攻撃しなければいい!」
男がおもむろに両腕を広げた。
突然、その身体から濃密な霧が噴き出した。周囲の霧がさらに濃くなり、視界がほとんど奪われる。
そして——霧の中から、複数の巨大な影が生まれ出た。
「ガアアアア!!」
ドラゴン。オーガ。ケルベロス。マンティス。
霧から生み出された魔物が、次々と実体化していく。
(ほう、魔物を生み出すか。やはり王都の魔物の元凶はこやつ)
「一方的に攻撃してやる! これぞ有能な俺の完璧な策だ! それだけじゃない。有能な俺はここで決して出し惜しみせず、奥の手も出す――《
直後、ドラゴンたちの目が赤く光った。
「これが、魔王様謹製の御業《
——グアアアアアアアアアアアア!!!!!!
魔物の咆哮!!
そして、一斉に襲いかかってくる。
なるほど、スピードは少なくとも倍以上に跳ね上がっている。
しかし——
——ナミギリの刀が閃く。
ドラゴンの首が、音もなく地面に転がった。
二体目、三体目と、瞬く間に斬り伏せられていく。
「なっ……!?」
四天王が驚愕の声を上げる。
(なるほど、確かに暴走しておるな。動きに無駄が多い)
ナミギリは淡々と魔物を斬り続けた。
暴走状態のドラゴンなど、所詮はこの程度。
そもそも確かに力は上がっているがそれだけ。技の伴わぬ力など、脅威ではなかった。
「……な、なるほど。確かにお前は、魔王様が警戒するだけの存在のようだ。ただの無能ではない。それは認めよう。しかし、現状を見ろ! 俺は霧化し、剣士のお前では決して攻撃できない。一方で俺はいくらでも魔物を生み出せる!」
男はさらに霧を噴射し、どんどんと霧が深くなっていく。
そして現れる、オーガ、ドラゴンなどなど強力な魔物たち。
暴走しているようで、目は赤く光っている。
(ふむ……)
ナミギリは戦況を観察した。
魔物の配置、男の立ち位置、霧の流れ——
(なるほど、見えたぞ)
「なるほど――」
ぽつりとナミギリは呟いた。
「――そこだ」
ナミギリの刀が、男の肩を裂いた。
血が舞う。
「馬鹿なっ……!」
「ふむ、やはりな」
「何故っ!?」
驚愕に満ちる【霧化の四天王】の男。
(簡単なことよ。こやつ、ずっとは霧化し続けられぬようじゃな)
魔物の配置を見れば明らか。
男が無意識に庇っている方角がある。その一瞬だけは攻撃されたくない——そんな心の声が、手に取るように分かる。
実体化の瞬間を、魔物の壁で隠そうとしておるのだ。
そして——
「――弱い」
ナミギリは、現れたドラゴンを含めた魔物を、一瞬で斬り伏せた。
(……奥義を使わずとも問題なさそうじゃな)
ナミギリは、僅かに落胆した。
(もう少し、楽しめると思ったのじゃが)
「ありえないありえないありえない!!! そもそも、なぜ暴走状態のドラゴンが相手にならない!? クソッ、一旦、体勢を立て直すしかない! これは逃げではないし、俺は無能でもない、ただ戦略的撤退だ!!」
四天王はわめく。
そして、濃い霧を撒き散らした。
「ドロン!!」
濃い霧に身を隠しながら、その姿がかき消えて行く。
『――逃さぬ』
ナミギリは濃い霧の中に突っ込んだ!
霧の中を走り始めるナミギリ。
(わしには分かる。たった今も、必死に逃げる敵の姿が——)
霧の流れ、空気の揺らぎ、僅かな殺気——
すべてがこの男の居場所を教えてくれる。
「――《縮地剣》」
ナミギリが距離を詰めて、剣を振り抜く瞬間、霧の中からどこからともなく、【霧化の四天王】は現れた。
斬撃が、男の脇腹を裂く。
「馬鹿なっ!? なぜ息継ぎの瞬間が、正確に分かる!?」
一方的だった。
どれだけ逃げても意味がなかった。
次の一閃が、四天王の太腿を切り裂く。
さらなる斬撃が、四天王の背中に深い傷を刻む。
(霧化する能力は確かに厄介。しかし、それだけよ)
ナミギリは淡々と斬撃を重ねていく。
(剣技が未熟。体捌きが甘い。そして何より——覚悟が足りぬ)
「そんな……! すべてを見抜かれる……!」
四天王の声に、恐怖の色が滲んだ。
流れるような剣技で、ナミギリは次々と四天王の急所を狙い撃ちしていく。四天王は霧に紛れて逃げ惑うが、もはやナミギリの剣から逃れることはできない。
たちまち、四天王の身体には無数の傷が刻まれた。
「このままでは……このままでは無能になってしまう……!」
四天王が絶望的な声で叫んだ。
『……うるさい』
その瞬間——
意識の奥底で、姫様が目覚めた気配を感じた。
規則正しかった寝息が、途切れる。
(姫様、お目覚めですか)
『なんか……うるさくて』
その時。
「ま、待ってくれ! 待ってくれ!!」
四天王が、血を吐きながら叫んだ。